サチの身請け
職場に行くと、細マッチョイケメンになった部長をめぐって、女子職員の間で修羅場が起こっていた。セクシー美女になったお局様は、重役秘書に異動になっていた。
いままで美女やイケメンに『玉手箱』を開けさせたことがなかったので、いったいどうなるのだろうと思い、職場一の若いイケメン男子にあげてみた。
「課長が僕に何かくれるのってめずらしいですね~」
と言って、イケメンが爽やかに笑いながら『玉手箱』を開けると白い煙に包まれた。どうなることかと思ったが、何の変化もない。イケメンには効かないのかと思っていたら、翌日そのイケメンは、買ってもいないのに宝くじが7億円当たり、会長の孫娘令嬢との婚約がいきなり決まったそうだ。
「身請けは結構大変だぜ。サチは禿(遊女見習いの少女)でも何でもないからかなり安い方だとは思うが、乙姫様に百万、蛸壺屋に百万、その他いろいろ支度料やご祝儀なんか合わせて三百万円くらいは必要だ」
カメ吉は身請けの相場を教えてくれた。もっと高額なものかと思っていた。結構高額だが、手の届かない額ではない。
私が身請けしたいと言った時のサチの泣いて喜んでいた顔を思い出すと、我ながらこの身請け計画にはワクワクする。
私の貯金は200万円ほどあった。自分の生命保険を解約し、100万円解約金が戻ってきた。これで身請け金確保した。さらに妻に内緒で娘の学資保険を引き出し、200万円を得た。これで身請け後にサチを住まわせるアパートの当座のお金も確保できた。
「兄ちゃん、まさか本当にサチを身請けするとは思わなかったぜ。薄々分かっちゃいるとは思うけど、サチはもともと鰯の精だぜ。人間じゃない。そんなもの身請けしたっていずれ破綻するに決まってる。まだ間に合う、悪いことは言わねえ、やめときな」
「ありがとうカメ吉。お前の言うことはもっともだ、よく分かる。でも決めたんだ」
カメ吉の忠告には感謝しかない。でも私は今まで静かに死んでいた。家庭でも、会社でも自分らしくいられない。唯一の自分らしくいられる時間は釣りだったが、サチと出会ってそんなものはどうでもよくなってしまった。サチと一緒にいるときだけが自分らしくいられる時間だ。その時だけが私が生きていると言える。
てっきり現金で納めるものだと思っていた乙姫様や蛸壺屋への身請け金は、銀行振り込みだった。以前身請けのために多額の現金を持ってカメに運ばれていたお客が、野良カメに襲われて以来振り込みになったらしい。
身請けの当日、着飾ったサチが竜宮城を輿に乗って練り歩いた。蛸壺屋で待つ私のところに到着し、サチが口上を述べる。
「伊和詩幸です。末長くよろしくお願いします」
綺麗な着物で着飾ったサチは見違えるように綺麗だった。サチが満面の笑みで喜ぶ。これで辛い下働きや女中たちからのいじめからサチを守ってやることが出来る。
「サチ、これからはずっと一緒だよ」
「浦島様、奥様やご家庭を第一に愛してください。その残りで、サチを愛していただけると嬉しいです」
そう言ってサチは私にしがみついた。やっとサチと一緒になれる。
「サチ、幸せにしてもらうんだぞ。浦島様、サチを末長くよろしくお願いします。また、時々はこれからも蛸壺屋をご贔屓にお願い致します」
蛸壺屋の楼主は私に深くお辞儀をすると、『玉手箱』をくれた。身請けに際しても店から土産として客に渡すらしい。私はイケメンになったり宝くじに当たらなくても、もう幸せは手に入れた。
帰りはカメ吉ではなく、一回り大きなカメが私とサチを乗せて砂浜まで運んでくれた。付き添ってくれたカメ吉に心づけを渡すと、カメ吉が祝福してくれた。
「兄ちゃん、あんたにゃ負けたよ。ここまで来たら二人で幸せになれよ!」
私はサチを車に乗せて借りていたアパートに向かった。ひととおり生活するだけの家具などは買いそろえておいたが、服はいっしょに選んだほうが良いと思ったので、明日はサチに洋服を買ってあげよう。和服だと何かと不便だろう。
サチとの生活は夢のようだった。週末では飽き足らず、平日も家には帰ることは無くなった。サチがもう少し大きくなったら結婚しようと誓い合った。そんなある日、我々の愛の巣に、どうやって調べたのか妻と娘と娘の彼氏が乗り込んできた。
「奥様。ご挨拶が遅れて大変申し訳ありません。サチと申します。ふつつかものですがよろしくおねがいいたします」
そう挨拶をするサチに、妻も娘も娘の彼氏も見たことがないような顔をしていた。
早速妻に通報されて、私は未成年者誘拐の容疑で逮捕された。
放してくれ、私と一緒にいたいと泣き叫ぶサチは、児童相談所に保護されてしまった。




