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大名コース

 その日、職場に行くとセクシー美女となったお局様が優しくなっていた。経理を担当しているお局様は、チェックが厳しすぎて皆から嫌われていた。厳しすぎるからどうにかしてくれと他の職員から私に苦情が来ていた。こういうのは中間管理職の辛い仕事だ。


「もう少し、お手やわらかにできないのかな。細かいミスは目をつむってもいいのではないかな」


「じゃあ課長、監査が来た時に課長は責任とれるんですか責任! 課長が全責任取れるんなら一筆書いてください。自分が経理不正を指示したって!」


 そんな感じだったのが、「ミスは誰でもありますよね~」と言って皆の領収書を受け取っている。男とイチャイチャしている女子職員がいると、「職場は盛り場じゃない!」と言っていじめていたりしていたが、今では用もないのにお局様の周りには男子社員がたむろっている。変われば変わるものだ。


 家では娘が彼氏と同棲し始めた。茶髪のその彼氏は俳優志望だそうだ。妻は娘の彼氏と仲が良さそうで、最近見たこともないような豪華な手料理をふるまっていた。そのおこぼれで私もエビフライをもらえたので、キッチンで缶ビールを片手に一人で食べた。ひさしぶりに妻の手料理を食べることが出来てよかった。


 休日出勤がしばらく続いたため、一カ月ぶりの日曜日、私は事前にATMでお金をおろしてから南房総のいつもの砂浜に出かけた。


 砂浜に行くとカメ吉が他のカメとしゃべっていた。


「兄ちゃん、久しぶりだな。今日も竜宮城行くかい?」


「ああ、頼む。サチに会いたいんだ」


「まあまあ。自分でサチを紹介しておいてなんだが、そもそもサチってのは接客するようなレベルの女じゃねえ。本来竜宮城ってのは、サチよりももっと美人で出るとこ出てて、芸事も上手な、つまり男を楽しませてくれる一流のスペシャリストの女がお相手するところなんだ」


 隣のカメもそうだそうだとうなづく。


「だからよ、兄ちゃん。本来の竜宮城をいっぺん体験してみなよ。ものは試しって言うだろう」


 確かに、いつも蛸壺屋で他の客は玄関からそのまま階段を上がって上の階に行くのだが、いつも私は一階の調理場の脇にある小さな物置のような部屋に通される。


「それによ、兄ちゃん。兄ちゃんは少しサチに入れあげ過ぎだ。少しは冷静になるのもいい薬だよ」


 言われてみればその通りかもしれない。サチはまだ十五才くらいだ。そんな少女に40代後半の私が入れあげるなど異常だ。大人の女性に夢中になる方がまだマシというものだ。


「じゃあ、今回はそれでお願いするよ」


「まいどあり~! 大名コース頂きました! 今回は10万円になりま~す!」


 思っていたより安かった。私はカメ吉にお金を渡すと、背中に乗って竜宮城へと海の中に入った。


 蛸壺屋に着くと、いつも出迎えてくれる番頭ではなく、楼主が出迎えてくれた。


「浦島様、いつもご贔屓にありがとうございます。今日は大名コースでございますね。初めてでございますからご指名などございませんでしょう。こちらで綺麗どころを揃えさせていただきました。さあ、どうぞ御二階へ」


 二階の部屋は、いままでの小部屋とはくらべ物にならないほど豪華なつくりだった。高級そうな木材を使っていて、天井には錦絵が描かれていた。開け放たれた桟敷からは竜宮城の賑やかな街並みが見渡せた。空中をクジラなど、いろいろな魚が泳いでいた。これを見ながらお酒を飲むだけで10万円の価値はあるのではないだろうか。


「さあさあ、浦島様、よそ見はご禁物ですよ」


 楼主の声に振り返ると、障子が開いてどれも綺麗な着物を着た三人の美女が現れた。


 一人は艶やかで妖艶に笑う女性、もう一人はきつそうだけどどこか愛嬌のある顔立ち、もう一人は他の二人よりも若く、初々しい感じだったが豊かな胸が揺れていた。


「どうですか浦島様。うちの自慢の綺麗どころでございます。さあ、ごゆるりと本日はお楽しみください」


 そう言って楼主が下がると、料理が運ばれてきた。どれも見た目も美しく、今まで食べたことがないほど美味しいものだった。


「浦島様、あ~ん」


 美女たちがかわるがわるお料理を口に箸で運んでくれる。日本酒が無くなると良いタイミングでお酌してくれる。三人の美女に囲まれ、綺麗な景色を見ながら日本酒を飲む。お琴を弾いてくれたり舞を踊ってくれたがどれも素晴らしかった。お大尽というのはこういうことを言うのだろうか。


 私が美女の膝枕でうつらうつらしていると、カメ吉が迎えにやって来た。


「兄ちゃん、楽しかったかい? これぞ大人の遊びってやつさ」


 なるほど、こんな美女三人に囲まれて料理と日本酒と景色を堪能する。これは贅沢な遊びだ。


 美女三人に優雅に見送られて玄関を出ようとすると、楼主に声を掛けられた。


「浦島様、ちょっとよろしいでしょうか。どうしても浦島様にお礼がしたいとサチが申しておりまして」


 ふと見ると、楼主の陰にかくれるようにサチがいた。サチは今までの木綿の着物と違って、かわいい桃色の毬が描かれた着物を着ていた。サチが笑顔で私の前に出てきた。


「浦島様、こんな素敵なお着物を買っていただいてありがとうございます! わたし、こんな綺麗なお着物を着たの初めてです。大切にします!」


 サチが恥じらいながらも嬉しそうにそう言った。


「どうですか浦島様、似合いますか?」


 くるっと身体を回してサチがはにかみながら私に聞いてくる。


「ああ、よく似合っているよ。かわいいよ」


「嬉しいです!」


 ああ、そうだった。この笑顔を見るためにここに来たかったのだ。楽しかった美女三人との時間が瞬時に色褪せたのを感じる。贅沢な料理も、美女も、素晴らしい景色もサチの笑顔には足元にも及ばない。楼主が土産の『玉手箱』を私に渡そうとする。


「楼主、サチを身請けしたい」


 気づいたら私はそう言っていた。




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