親の言い付け守るべし
生まれてから十数年、我が父親と母親は口を揃えてこう言っていた。
『未熟なら山の門をくぐるな』と。
きっかけはちょっとしたイラつきでその山の門へと向かってみたのが間違いだった。
俺の家にはちょっと特殊な家庭の事情がある。
この世界にある日本という国とこことは違う世界、つまり異世界に関する事情が。
地球と異世界の2つを繋ぐ不思議な門の管理と異世界ハーモラルと地球の交わりを最低限に抑える役割が俺をはじめとした一族に与えられている。
しかしその血筋であれば誰でもいいという訳ではない。
ハーモラルには地球には存在しない様な魔獣と呼ばれる危険な生き物が跋扈しており、それらに対処できる様な力を持たねばその役割は果たせない。
「くそっ!やぁっちまったぁ!!」
つい先程まで光の差し込まない裏山の隠し部屋にあるゲートを壊してやろうと農業器具などを盗んで物理的に色々ぶつけようとゲートの内側に足を踏み込んでしまい、気がつけばこの部屋の外には明らかに地球の日本ではない光景が広がっていた。
「…もう一度ゲートくぐれば戻れるか?」
そう思いゲートの何度もくぐったり、時には反復横跳びをして数十往復するが一向に動きだす気配はない。
「っだぁぁぁ!!ダメだ!」
狼狽するのも時間の無駄だと悟りゲートのある部屋から出て外の空気を吸って落ち着こうとする。
「どーすっかなぁ…ハーモラル来るのも初めてだし…一応街っぽいところは見えるけど…」
日が暮れてしまったら危険度の高い魔獣が活動を始めてしまう。
素直に事情を話せばあの街の人達は保護してくれるだろうか。
「ま、俺子供だし街に行きゃ大人たちが保護とかしてくれるだろ!」
何を隠そうこの少年、かなり能天気かつ見切り発車大好き人間であった。
幸い、そう遠く無いところに街があったので踏みならされた道を直感を頼りに走る。
「しっかし…身体が軽い軽い!地球とハーモラルではマナ濃度が違うって言ってたけど…こんなに違うのかよ!」
世界に漂う不可視の生命エネルギーであるマナ。
それが濃いハーモラルでは身体能力が地球にいる時と違って軽やかな動きができそうだ。
「おい!待てやそこの見慣れない服装のクソガキゃゃゃぅッ!?」
道の途中で山賊らしき装いをした複数人がひょっこりと出てきたが、しっかり言語が理解できることに安堵しつつ中心核っぽいヒゲ面おっさんの顔を膝蹴りで沈める。
「ザッス兄貴ィィィィィ!!!」
通り過ぎた後に下っ端がおっさんの心配をしていたようだが振り返ることはなく少年の足は止まらず先を急ぐ。
「勢いよく街にやってきたはいいけど…そもそもここどこだ…」
ちょうど噴水の近くに腰をかけてあたりを見渡すと町並みは地球の日本とは造りが明らかに異なる。
和を感じられず、洋を全面に押し出された異国の建物が並んでおり待ち行く民衆の顔や服装も日本人ではない。
「日本じゃこんな景色見れないからなぁ。イタリアとかドイツっぽい造りだな…あ!最近連載し始めたあの漫画っぽい!」
キョーヘイが好んで呼んでいる週刊少年誌の漫画の新連載を思い出す。
あれは確か、特殊な力を持った人間と悪魔の戦いを描く面白そうな漫画だったな。
「バカバカ!んな事考えてる場合じゃないだろ!早く地球に帰らないと_」
不意に焼き付けられた過去の記憶が自分を襲う。
『もっと一緒にいたかった…なぁ…』
精一杯振り絞ったであろうかすれた声を聞いていた耳、痛みに耐えながら細くか弱い力で撫でられた頬、閉じていく瞳と目線が合わなくなった目、冷たくなって動かなくなった身体を抱きしめていたこの腕。
俺はあいつを救えなかった
あの地球で守りたくて、一緒にいてほしくて、ずっと笑っていてほしかったあいつがいない地球なんてもう
「__帰らなくても…いいか」
意識外からその言葉が漏れたことをキョーヘイは理解していない。
「ぶぉい!見つけたぞオラァ!」
下品で野太い叫び声が思考を遮ったので俯いていた顔を上げる。
「さっきはよくもやってくれたなぁ?おぉん?」
つい先程、走りながら顔に膝蹴りを入れた山賊さんが仲間を連れて目の前に現れていた。
おまけに斧とか武装までしてわざわざ探してくれていたようだ。
「珍妙な格好しやがって…ま、探しやすかったけどよぉ!」
近づいていたヒゲのおっさんは両手に斧を握るとまるで薪を割るかのようにキョーヘイに振り下ろした。
割れる噴水に噴き上がる水飛沫、山賊の斧はとてつもない破壊力を持っている。
この力なら人を二分割する事も他愛無いだろう。
「へっへっ…お?」
しかし振り下ろした場所に血は流れておらず少年も姿を消している。
どこだどこだと不審なほど首を動かして少年を探していると背後から若い男の声が。
「いきなりなにすんだよ。おい」
振り向くと同時に頬に走る痛覚。
少年の拳が頬にめり込んだ事を自覚したのは壁に殴り飛ばされた後だった。
「それともソレがハーモラルのやり方か?だったら俺もその文化に乗らなきゃなぁ」
準備運動として手首足首をほぐして軽く跳躍、そして最後に父親から教わった拳で戦う際の構えを取る。
「タイマンでも全員でも構わねえ。てめえらの想像の3倍は痛い目に合わせてやるよ」
親の言いつけを守っ(たつもりで)て15年は生きた。
親の言い付け守ってガッコーにはちゃんと皆勤賞で行くほど健康に過ごしたし、いじめなんてした事ないけどちょっとやんちゃな少年として生きてきた
なら知ってる人間がいないこの場所ならどう振る舞おうが自己責任。
自己責任という事は自分以外誰も咎められないという事。
極論、人を殺しても、国を滅ぼしても、途中で野垂れ死のうとも、質素に生きても、被害や罪を受けるのは自分だけ。
責任を取るのは自分だけで済む
「かかってこいやカス共ォ!!」
中指を立てて山賊全員に挑発すると馬鹿の一つ覚えの様に突っ込んでくる光景を見てゲラゲラと笑ってやりたい。
「なっ!」
大振りの剣、身を逸らして簡単に躱わして間抜けな顔に一撃。
「ぬっ!」
腰の入ってない腑抜けた拳、腕を掴み引き寄せて不細工な顔に一撃。
「のっ!」
雑に振り回す金槌、先に懐に潜り込んで振らせる事なく醜い腹に蹴りを。
「ガキがぁ!!」
「黙れやブ男ぉ!」
卑怯なことに背面から短剣で刺そうとした山賊の一人を回し蹴りを間抜けで不細工で醜い顔に頂戴させる。
「おいおい。大の大人が寄って集って16のガキに触れねえなんて滑稽だなぁおい!」
「全員でかかれぇぇ!!!!」
少年の挑発に山賊の頭が全員で襲いかかるように命令するも難なく攻撃を躱しては的確な一撃で次々と山賊たちを沈めており、その戦いぶりは少年というより獣の様な猛々しい拳だった。
「な、なんなんだよこのガキはよぉ…」
20数名引き連れたが、ものの数分で少年の手によって屈強な男が地にひれ伏していた。
そしてその少年に傷は一切なく息切れすらも起こしていない。
つまりまだ余力があるということだ
「あんたが親玉だろ?」
一人だけ鎧みたいな硬そうなの着てるし何かちょっと派手な斧持ってるし
あとなんか顔ケガしてた
「ひっ!」
「お仲間全員ぐっすりだけど…まだやる?」
「な…」
下を向いた山賊のボスの手は震えている。
おそらく戦意は喪失しているだろう。
「じゃ、俺行くから。ちゃーんとお仲間連れて帰れよー」
背中を向けて少年はどこかへと歩いていこうとする。
「舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
身体が勝手に動き出す。
たくさんの人間から追い剥ぎや強奪などを繰りかえしてのし上がった山賊としてのプライドがこんな小さくて若い子供に一方的に負けましただなんて神が許しても俺が許さない。
「うおおおおおおおお!!!」
「そう来ると思った♡」
振り向いた少年は邪悪な笑みを浮かべた。
2週間後……………
「ようこそ、夜明けの太陽へ。本日はどういったご要件でしょうか?」
助けてくれ!山賊たちが最近やけに活発でうちの商隊が困ってるんだ!もう1週間も予定が狂ってしまっている!
「はぁ、なるほど。つまりここ数日間で山賊の行動が過激化していて商人たちが困っているからすぐに対応してほしい、とのことですね」
そ、そうだ。一刻も早く!
「申し訳ありません。現在、実はかなりの数の団員が旅に出ていたり依頼を受けていたりで動ける人員が…」
はぁ!?いつならいいんだ!!
「そうですね…あと3日ほど頂ければ…」
3日もか!?
「ご納得いただけなければ紹介場や他ギルドへの依頼をおすすめしますが…」
それができれば苦労はしない!個人で雇った冒険者がことごとく返り討ちに…
「失敗した!?たかが山賊の捕縛が!?」
そうなんだよ!向かわせた冒険者の話じゃ変な子供が妙に強いんだと!!
「最近現れた謎の少年…聞いたことあります。2週間前に山賊たちと派手な戦いを噴水近くで行ったと…その少年に向かわせた冒険者達が一蹴…」
早くしないとナフィコの合同市場に間に合わなくなるんだ!
「それは…大変で_」
「話は聞かせてもらったぜ」
来訪者専用の受付所の奥からかなり大柄で筋肉質な初老な男性が姿を表した。
見上げてしまうほど大きな背丈と人間2人分の厚みと肩幅を持つ身体、一言で表すのなら圧倒的強者だろう。
「実はギルドマスター同士でもちょっと噂になってたんだ。ベリダバ山までの森林で変なガキが暴れてるってな。話聞く限りじゃBランクくらいの力持ってるらしい」
じゃ、じゃあ受けてくれるのか!?
「おうとも。ただギルドマスターが直々に出るんだ。高く付くぞぉ?」
構わない!ナフィコの合同市場で賄える計算だ!
それに夜明けの太陽のギルドマスターといえば冒険者で知らない人はいない!
そんな人が味方なら心強い!
「うし!じゃあ契約成立だ。10分待ってろ。準備してくらぁ」
商人の男に受諾の旨を伝えて出発の準備に入る。
受付所から離れて自室へ赴く道中で最近入団した新入りの少年が剣の鍛錬に励んでいるのを見てしまった気まぐれで声を掛ける。
「おい新入り!今からちょっと山賊懲らしめてくるんだけどよ。おめえも行くか?」
まさか声をかけられるとは思っていなかった少年は一瞬理解が出来ずにとぼけた顔をしてしまったがすぐに我に返り元気に返事をした。
「はい!お願いします!」
すぐに駆け寄ってきた少年からは必死の熱意を感じたので思わずこちらも笑ってしまう。
「よーし、5分で準備だ。おめえさん名前なんだったか」
「はい!ライメルと言います!ライメル・メロウルです!」
「ライメルか。ほんじゃとっとと行くぞ」
出発準備は完了。
ライメルも張り切った顔で剣を大事に持っておりやる気がひしひしと感じられる。
受付所に座り込んだ依頼人も少しは晴れやかな顔に変わっていた。
「そういや山賊に最近入ったガキの詳しい情報まだなんかあるか?」
拳と身体能力だけで戦うらしい
かなり身軽に動くから眼で追いつけなかったと
「そうか。名前とか分かれば生まれとかも分かりそうなもんだが…」
名前なら知っている
というか自分から高々と名乗っていた
「ほう。そいつぁ如何にもガキだな。なんつーガキだ」
確か…
「キョーヘイ・ヒナタって名乗っていたと聞いた」