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4話 いずれ訪れる未来に想いを馳せて

「俺はお前が本当に好きなんだよ。全てを話した今、俺にそんな資格がないことはわかってる。でも……。お前が傷ついて泣いているところを見んのはもう嫌なんだ。伝統行事だからって、クソみたいな鉢巻締めて追っかけ回すのもよ。何が鬼は外だ。反吐が出るぜ」

「桃太郎……」

「俺の嫁になれば、馬鹿げた風習も終わると思った。それだけの地位を俺の一族は築いてきたからな。何度アピールしても、お前には全く伝わらなかったけど」

「わかんないわよ、あんなの。最初から今みたいにストレートに言ってよ。なんでそういうところ不器用なの……」


 振り返ってみれば、無断で写真を撮られたときも、お祓いを受けさせられそうになったときも、桃太郎はいつも私を守ってくれた。手段が変態的だっただけで。


 あのセクハラは少し……いや、かなりいただけないけど、いつも口にしている言葉は冗談でも嘘でもなくて……それどころか、私を本気で好きで……。


 そこまで考えたとき、頬が一気に熱くなった。やばい。何これ。心臓が爆発しそうにうるさい。それに、桃太郎がめちゃくちゃ格好良く見える。


「どうした椿。トイレに行きてぇのか」


 急にもじもじし出した私に首を傾げ、桃太郎が体を離す。咄嗟に顔を隠そうとしたけど遅かった。


 おそらく茹で蛸みたいになっている私の顔を見て、桃太郎が目を細める。その頬が微かに赤くなっているのは、目の錯覚だろうか?


「やっぱりお前、鬼じゃなくて神様だよ。俺の可愛い女神様だ」

「バカ! 何言って……」


 思ったより逞しい胸を押し返そうとしたとき、パトカーのサイレンが近づいてきた。私たちがぐだぐだ話しているうちに、藤吉郎が桃太郎のスマホを拝借して通報したそうだ。さすが猿。手先が器用だ。


「答えは落ち着いたら聞かせてくれよ」


 耳元で甘く囁いて桃太郎が立ち上がる。なんだか長い一日だった。考えてみれば、豆をぶつけられなかった節分は初めてかもしれない。


「……もう令和だもん。鬼が幸せになるお話があったっていいよね」


 その呟きに返事はなかったが、空に昇った一番星が優しく私を見下ろしていた。



 ***


 

 立春が過ぎ、徐々に春が芽生え始めた山の中でそっと花束を供える。節分の日に裸の女の人が倒れていた場所だ。


 あのあと、駆けつけた警察官たちに私と桃太郎は一部始終を包み隠さず話した。


 鬼と桃太郎がいる地域だ。人ならざるものの理解も早い。黒ジャージの男たちが最近世間を賑わせていた行方不明事件の犯人だったこともあり、私たちの主張は全面的に受け入れられ、事件は異例のスピード解決を見せた。


 男たちのうち、二人は即死。一人は一命を取り留めたが、手足の損傷がひどく、二度と自分の力では立てないだろうとのことだった。これであの女の人の無念が晴らされたわけではないけど……新たな被害者はもう生まれないはずだ。


 どうか安らかに、と心の中で呟いて立ち上がる。それに気づいた桃太郎が忠犬よろしく近寄ってきた。今日は節分ではないので、裃は着ていないし鉢巻もしていない。髪の毛もバッサリ切った。


 私が白馬の王子様が好みだというから伸ばしていたけど、自分には似合わないとようやく気づいたらしい。そんなこと知らなかったので、聞いたときは少し申し訳ない気持ちになった。


「もういいのか?」

「うん。ついて来てくれてありがとう」

「お前の行きたいとこならどこでもついてくぜ」


 さらっと甘い言葉を吐き、桃太郎が私の隣に並んで歩き出した。


 どちらともなく手を繋ぎ、道なき道を進んで頭上の吊り橋を目指す。私と桃太郎なら、日が暮れるまでに街に帰れるだろう。ザクザクと草を踏みしめる音と、下方で流れる川音だけが私たちの間を通り過ぎていく。


「それにしても、あのときどうして山の()が出てきたんだろう。ホラーだと祠を壊して祟られるのが定番だけど、周りにそんなものなかったし」

「他の山にいる奴は知らねぇけど、あいつは女の死体に惹かれるからな。四年前もそうだった」

「え?」


 思わず立ち止まり、桃太郎を見つめる。本当に端正な横顔だ。その目線の先には吊り橋がある。


「お前のばあちゃんが亡くなったとき、ひどい雨が続いて火葬場のボイラーが壊れたよな。だから、みんなで隣町の葬儀場まで運ぼうとした。そこにあいつがやってきたんだよ。ちょうど吊り橋を抜けて、この山に入ったときだった」


 そのときの光景がよぎるのか、桃太郎が眉を寄せる。心なしか、握った手のひらが湿っている気がした。


「街の奴らは俺たちとばあちゃんが乗った車を置いて一目散に逃げた。そのときは運悪く、お供の三匹も親父とお袋も、先に葬儀場に向かっていていなかった。俺は情けないことに腰が抜けちまって、逃げることもお前を逃がすこともできずに、ただ震えているだけだったよ。でも、お前は……」


 桃太郎の喉仏が上下に動く。私はそれを黙って見ていることしかできない。一瞬の逡巡ののち、桃太郎が再び口を開く。


「ばあちゃんを亡くしたばかりで辛かったはずなのに、お前は俺を守って山の怪に立ち向かった。必死に雷を放って……俺の額に当たったのは、たまたまなんだよ。そのあと異変を察知して駆けつけたコロたちに追い払われて、山の怪は逃げていった。でも、力を使い果たしたお前はそのまま倒れちまって、三日三晩寝込んだ」

「……だから、何も覚えてないの?」

「心を守る防衛本能だって医者が言ってたな。だから、お前が俺の傷を気に病んでいるのに気づいていても、何も言えなかった。全部思い出したら壊れちまうんじゃないかと思って」


 今、話してくれたのはもう大丈夫だと思ったからだろう。私のあずかり知らないところで、桃太郎には随分苦労をかけていたようである。


「あの日から、俺は何がなんでもお前を守ろうと心に決めた。まあ、お前は逆に俺から距離を取ろうとしたけど」

「ごめんって……。だって、私がそばにいるとまた桃太郎が傷つくと思ったから」

「知ってた。だからそんな必要はねぇと言いたかったんだが……。そんなに気持ち悪かったか? お前に借りた少女漫画を参考にしたんだけどな」


 まさかの告白に目を剥く。あの数々のセクハラ発言の原因が私だったなんて。どんな漫画を貸したんだ当時の私。俺様系か? あれだけ白馬の王子様がタイプだと言っておいて……。


「あんたの行動って徹頭徹尾、私のためなのね」

「最初から言ってるだろ。俺はお前が好きなんだって。それこそランドセルを背負ってたときから、俺はお前に惚れてた」


 うわ、反則。こんなところで、そんなストレートに言う? いや、ストレートに言えって言ったのは私だけど、心の準備ってものが……。


「お前は? まだその気にならねぇか?」


 桃太郎が私の目をまっすぐに見つめる。私も彼の目をまっすぐに見つめ返す。お互いに人の理から外れた瞳の色。それでも、どんな宝石をかき集めたよりも美しく思えた。


「来年の節分は私に豆を撒かせてくれる? 今までぶつけられた復讐をしたいと思ってんの。境内で恵方巻きも食べたい」

「! いいぜ! じゃあ、神社の邪気を祓わなきゃな。それこそ鬼が逃げ出す勢いで」

「いいわよ、追い出さなくても。鬼も神も人もみんないられる場所にしましょ。そしたら……お母さんたちも戻ってくるかもしれないし。娘の晴れ姿を見に」


 感極まった様子の桃太郎が私を強く抱きしめる。それに私も全力で応える。長く続いた伝統を変えるのは一朝一夕にはいかないし、まだまだ問題は山積みかもしれないけど、とりあえずはこれでいい。


 お伽話はめでたしめでたしで締め括るものだから。


『鬼も、神も、人もみんな寄っといで! 鬼はー内! 福もー内!』


 ちゅ、と唇で鳴る音の合間に、そんな声が聞こえた気がした。

桃太郎と鬼は末長く幸せに暮らしましたとさ。

最後までお読みいただきましてありがとうございました!


↓以下人物まとめ


小鳥遊椿たかなしつばき

最後まで苗字は出てこなかった。色々と拗らせた自己評価低い系女子高生。桃太郎のことは憎からず想っていたが、傷つけた負い目があったので無意識のうちに自分の気持ちに蓋をしていた。雷神の子孫。色んな神通力を使えるけど腕力はない。


鬼無桃太郎きなしももたろう

椿が好きすぎて、ギリギリアウトな恥ずかしい発言を繰り返す男子高校生。桃太郎の子孫。元々、コロの口調に影響を受けていた上に、俺様系少女漫画を参考にしたせいで完全にチンピラに進化した。顔はドがつくほどの美少年。喋ると台無し。目が金色だが、これは神に呪われた証。本人は怪力なだけの人間。

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