第9話 米をモチモチにするライスマン
車輪ギルドの要請で調査任務を請け負う事になった。推定でゴブリン。巣を作っているかもしれないとの事。
ギルドで指定された二人組と組んで三人で、発見地点であるゾティルティ・トーラ間中央街道の2番村に向かう。この辺りは、俺もついこの間通ったけど何も見かけなかったな。一人旅なんてのは良い餌だから襲われやすいのに。移動が速すぎたかな。
一人で走れば昼前には着く距離が、パーティならどうしても遅くなる。そもそもは知らないしな……そこは仕方がない事なので許容しよう。許容できない事は別にある。
今回組む二人組というのは、隣国の神聖国から遺物を売りに来た二人組。戦士のブラニクと、追跡兼兼知恵者である、狩人のグレイステップだ。
調査の為のパーティの中には、万が一に備えて戦闘ができる戦士、追跡者、知恵者、そして危険に遭遇した場合に逃走して情報を持ち帰る報告者がいる事が望ましいとされている。大抵は知恵者が報告者を兼ねるのだが、危険からの生存能力は俺の方が高いとギルドは判断しているらしい。
彼らはどうやら遺跡の発掘で一山当てたらしく、ミスリルの鎖帷子を買ってご満悦なのだ。古代王国の遺物はアーティファクトと呼ばれ、使い道がわからなくても高額で買い取られる。そして出土量の多い隣国よりも、コメドゥコーロ王国の方が買い取り額が高い。密輸だけどね。気にする奴はいない。で、その自慢話が辛い。
「なぁ、ライスマン。その装備がひどすぎるんじゃないか。俺たち程の鎧は手に入らないにしても」
「そうそう。革の鎧でももっと厚くしないと意味ないぞ」
俺は革ジャン位の上着だけ。武器は棒と鉈。
「俺は逃げ足専門だからいいんだよ」
鉈は藪を払う用だし、棒も似たようなもんだ。荷物は少なければ少ないほどいい。
「まぁ、でも鉄や青銅で補強すると重くなるからな。ミスリルでもない限り」
「そう。ミスリルは薄くても丈夫だし、鉄よりも軽いから。俺たちのみたいに」
そもそも鎧ってのが意味ないんだよ、とは言わない。鎧なんてのは人間相手の戦争するならともかく、魔物には意味がない。象と喧嘩するのに鎧つける意味あるか? サソリの駆除するのに鎧いるか?
当たったら死ぬなら身軽な方がいいし、蛇やサソリの駆除ならブーツやミトンをしっかり身に着ければいい。ケースバイケースだ。でもそういう正論は高い装備をボッタクリで買わされた二人を傷つける。黙っていてやる位の優しさはあるさ。一応、人間から襲われにくくなるっていう効果はあるだろうし。
地平線まで続く草原をまっすぐにぶった切る街道。街道と言っても踏み固められた土で、舗装なんてされてない。けれど、道には深い轍が刻まれている。この轍が崩れていない事を確認しながら歩く。周囲の警戒もしながら。
「古代王国時代に使役されていたとされる巨人の鎧、その脚の部分見つけたんだよ。すげぇぞ、脛あてだけで俺の身長よりでけぇんだ」
「よくそんなの持って帰れたな。なぁ、アレはゴブリンじゃないか?」
「ウサギだ。二人掛かりでやっとだったぜ。中に鉄でできたの鎧立ての残骸があって錆び腐ってたんだが、その錆びが流れた赤い水の跡を見つけてな、ピーンときたんだよ」
「いい勘してるな。おい、アレは鳥か?」
「だろぉ! そうだろ! ただの鳥だよ」
ほんとにこいつら警戒してるんだろうな。不意打ちなんか受けたら俺は逃げるぞ。
こいつらの自慢話が三周した頃に、街道沿いの宿場町である一番村に到着する。自慢話は適当に聞き流して、一番村の飯屋に入る。
どうでもいいが、村や街っていう言葉はこの世界では純粋に規模だけで決まる。「農村」「漁村」なども一単語で表せるし、かなり細かく使い分けされている。
この辺は日本から転移した時に自然に理解できるようになっているが、どうやら「道」という言葉も幅の広さや用途によって細かく使い分けされているようだ。翻訳能力万歳だな。
「いらっしゃい、食事かい?」
「ああ。三人だ」
飯屋に入ると人数だけ聞かれて勝手に深皿に盛られた麦粥が出てくる。日本のファミレスや定食屋みたいに、沢山メニューが並んでいるなんて事は無いんだよ。食事か飲み物。選べるのはそれくらいで好き嫌いは出来ない。
なにせ、毎年冬には餓死者が出るような世界だ。食料が余って廃棄するなんて事はないし、賞味期限っていう言葉もない。飯屋に入って金を払うと、大抵は麦の粥と漬物か、豆を煮た奴か、良くて根菜を煮込んだスープが出る。さらに言うと、一番村、二番村、三番村という風に街道の一日の移動距離ごとに設置された街道宿は、流通する品物もだいたい同じなので食べ物も同じだ。もう少し遠くまで行くと干し果物などが出たりもするが。王都の近くなら王都に運んだ方がよく売れるのだろう。食のバリエーションはかなり貧しい。
ブラニクはかなり体格がいいので、飯も良く食うのだろう。大盛りにした麦粥を黙々と口に運んでいる。狩人のグレイステップの方は道中で摘んできた酸味のある草を千切って麦粥に乗せている。あれ、レモンみたいな匂いがするんだよ。
俺はというと、深皿に両手を添わせると魔力を解放。特殊能力を発動させる。一部の人間が生れながらに持つ『加護』とか『奇跡』って奴に近い。異世界から着た連中はだいたい何らかの加護を持っている。
「おい、なんだそれは」
「おれの持ってる加護だよ」
「麦粥が……白い?」
「穀物ならお米にできる能力なんだ。お前のも変換してやろうか?」
親切心で申し出ると、皿を抱えて逃げる。
「旨いのに」
「嫌だ、そんな変なモノにしないでくれ」
この世界の連中は食への探求心が低すぎる。あと、豊穣の神の信者はマジで麦ばっか食う。荒れ地に住む植えた人々に加護を与えてくれた神らしいけど、米食うなとは言って無いと思うんだよね。
麦粥に俺の『お米モチモチ魔法』を使うと粥になってしまう。炊く所からやれば美味しい白米が食べられるので、交渉して少しだけ売ってもらう。米は家畜の餌として売られている事があるのだが、雑穀扱いなので安定して手に入らないのだ。
嘘みたいな話だが、これが俺の唯一のチート能力だったりする。
さらに嘘みたいな話だが、わりとこの魔法の使い手はいるっぽい。異世界から人が落ちてくる事はそこそこあるらしいが、戦闘力とかに振り切った転移者は食の貧しさでノイローゼになったりするんだそうだ。