第8話 逃げ足を評価されるライスマン
首都ゾティルティの車輪ギルドが緊張に包まれていた。
車輪ギルドに人型の小さな魔物を見たとの報告がはいったらしい。
「ライスマンさん、連絡要員で参加してください」
「俺、討伐より採取とか輸送がいいんだよ」
「そんな事言わずに、今は人が足りないんですよ」
魔物は発見され次第大規模な山狩りが行われて、安全が確認できるまで軍属の戦闘職が徹底的に狩りを行う。長距離移動に向かない金属鎧と長い槍を持ち、専門の訓練を受けた彼らの濃密な包囲により、巣もろともに根絶される。
とはいえ、常に兵士が出動するわけにもいかない。人数に限りがあるし、駆除する対象に合わせた装備という物もある。
なので、身軽で浅くても幅広い技術を持つ冒険者が、発見と調査を請け負うのだ。
だから魔物目撃の第一報が入った後は、その正体と生息地を確認するための調査が行われる。
調査チームに必要なのは、足跡や糞から追跡が行える技能、痕跡や見た目から対象の名前を特定する知識、万が一戦闘になった場合に身を守る最低限の護身技能。そして得た情報を必ず持ち帰る生存技能。つまり逃げ足だ。
「ライスマンさん、狩人が出払っているんです。ぜひお願いしたいのです」
「今日は釣りしに川まで行こうと思ってたんだよ。具にする川魚の燻製がそろそろなくなりそうで」
「魔物の発見報告とおにぎりの具! どっちが大事だと」
「サラサ君! 休憩とって無かったろう、変わるよ」
声を荒げようとした受付嬢をギルドの主任が抑える。ライスマンにその言葉は厳禁だ。おにぎりの方が大事に決まってると叫んでこの場で米を炊き始めるに決まっているのだ。何度かやっているからわかる。
癖の強い連中を操縦する事に長けた腕利き職員である、シグレ=ライスヌードル主任は考えた。この金でも名誉でも動かない連中……おそらくは転移者か転生者。このタイプを動かすには興味を刺激するか、正面から頼み倒すのが有効。
「ライスマンさん、海苔欲しいって言ってましたよね」
「手に入るのっ?!」
食いつきすぎだろう。転移者に多いのだが、妙に素直で交渉事が下手。高確率でライスマンはそうなのだろう。それにしてはたいした能力を持たないが……まさか米ではあるまい。
「川の上流の方で岩ノリがとれるかもしれないので、その調査の為に安全を確保したいです。推定でゴブリンですがやってくれませんか」
「もちろん引き受けよう。でも、人型の小型って事はコボルドとかプーカ、レッドキャップなんかの可能性もあるよな?」
「……ええ、そうですね」
詳しいな。まぁ、他のは群れをつくらないので、ほぼゴブリンなのだけれど。これは値上げ交渉かな。
「もしかしたらエルフだったりとかしますか」
「もしそうなら即撤退でお願いします」
「了解」
なんだ、値上げ交渉じゃなかったのか。エルフだったらいくら逃げ足早くても帰っては来れないだろう。あいつらは弓の名手なのだ。
「状況はわかった。人型は増えると厄介だものな」
「ええ、知恵が回るケースがあるので」
「……人型だけど、人間じゃないんだよな?」
「間違いなく魔物との報告です」
「第二種討伐の事前調査ね」
人型の魔物、というやつは特殊な力を持たない事が多い。
火を吐く、飛ぶ、擬態する、毒を持つ。このような能力を持つ魔物は対策を持たずに立ち向かうと大きな被害がでる。その為、事前の情報が重要になってくる。これらの非人型魔物を第一種討伐対象とギルドでは呼んでいる。
ほとんどが大型の獣や虫であり単体で人間よりも強いのだが、人型の危険性はまた少し違ってくる。
人と同じ骨格をした魔物は、人のように道具を使う。人のように知恵を使う。そして人のように言葉を使うのだ。人語を解する事もあるという。一匹逃せば、魔物が我が人間に対して対策を取って再び牙をむく。その為、追い払うのではなく完全駆逐が目的となる。これらを第二種討伐対象と呼ぶ。
「ん。第三種でなければいいかな」
「ライスマンさんは第三種は受けないとギルドカードにも書いてありますので、こちらでも把握しています」
「人はちょっとね」
「わかります。そこは線を引く方も多いので」
そして第三種討伐対象。これは盗賊や山賊、税金逃れの隠れ村、そして他国との水源や国境線争いの小競り合いを含む、人間が相手の戦闘行為になる。
つまりは人型の魔物ではなく人間を相手とする駆除だ。
危険度は未知数である上に、恨みを買う事にもなり、心理的にも好ましくない為、第三種討伐を受けない冒険者は多い。ライスマンもその中に含まれている。
「俺が第三種受けないのは、ちょっと理由があるんだけどね」
「ええ、誰しも様々な理由を抱えています。ギルドはそこに踏み込みませんのでご安心を」
ライスマンは人間はだれしもコメを食えばオニギリ仲間になると思っているだけなので、ギルド職員の配慮は見当違いなのだが。
車輪ギルド所属の冒険者にとって、仕事とは戦いではない。
未知の領域を探検して地図を作り、既知の領域とする事。
そして、既知の領域をを定期的に往復し、保全し、安全を確認する事。この既知の領域は主に商人や徴税官の行き来する街道を指す。
危険があったら逃亡して報告する要員として、足の速いライスマンは実に重宝なのだ。下手にプライドが高く危険に立ち向かう血の気の多いタイプとは違い、ライスマンが危なければ躊躇わずに逃げて来てくれるのだから。