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草むしりライスマン


 朝早く起きて、日課をこなした後は車輪ギルドで依頼を受けて草を取る。

 ライスマンだって仕事をしなければ食っていけない。

 本当は飲食店をやって米のおいしさの布教をしたいのだが、思い入れが強すぎて店の運営ができないので他の仕事をしている。客に無理やりおにぎりを食べさせたり、好き嫌いを言った客を叩き出して出禁にしてばかりいれば黒字経営など出来るはずもないのだ。


 そんなわけで、今日のライスマンは新人の監督をしながら草むしりをしている。


「異世界でさ、ギルドで依頼を受けてさ、草を採ってるって言ったらどう考えても薬草とかだろ……なのに何でタワシなのさ」


 ぶつぶつと文句を言いながらも手はテキパキと動かす。シュロの木のように繊維が剥離していく木から、モジャモジャの部分を小さな鎌で切り取って集める。これを小さく縛った物がタワシとして売れるのだ。この世界での一般的な掃除道具であり、使い古した後は火を起こす時の燃え草にも使える。だいたいどこの街でも銅貨一枚だ。


「これさ、この木の苗を持って帰ってさ、家の近くに植えたら楽に稼げるんじゃねぇ?」

「それだ! タブラ天才!」

「小僧ども、それやったら捕まるからな。街中で草木を育てるのはご法度だ、気をつけな」


 この木は燃えやすいので街中で育てる事は禁止されている。その代わりに、街道沿いに点々と残されている。これを移動のついでに持てるだけ取って買い取ってもらうのが子供や駆け出し冒険者の小銭稼ぎなのだが……


「えー、なんでだよ」


タブラとバーヤという二人の子供は車輪ギルドの新人。丙級のちびっこだ。どんなに勧めても米を食べないので興味がないのだが、最低限の面倒だけはみてやってる。


「ギルドから言われる草取り仕事って、二種類あるだろ?」

「街の中のと、外のやつだろ。知ってるよ」

「じゃ、街中に植えちゃいけないのわかるだろ」

「え?」


 こいつ、何も考えないで草むしりだけしてたのか。

 小さくため息をついて、ちびっこ達への授業を行う。新人につきそう甲級・乙級の任務はこっちがメインだったりする。


「二百年くらい昔にな、戦争があったの聞いた事あるか?」

「知ってるよ。エルフと戦争したんだろ。どっちが勝ったのかは知らねぇけど」

「どっちも勝ってねぇよ。両方痛い目見て和睦したんだ」

「ワボクってなんだ?」

「これ以上殴り合うのやめようぜ、って事だ」


 エルフは美しく、長生きだ。それを種族の特徴ではなく何らかの秘密があるのではと考えた権力者がエルフを捕えていろいろやったらしい。それでブチ切れたエルフは植物魔法を駆使して人間の街を粉砕した。

 一方、人間たちはエルフの森に火をかけて灰にした。戦争ってのはどっちも幸せにならないのだと学んで欲しい。


「昔の戦争がどうしたってんだよ?」

「植物魔法でな、城壁とかが根っこでバラバラにされて、さらにウッドゴーレムが山ほど湧いて来たんだそうだ」

「怖え」

「だろ? それ以来、街の中では植物禁止なんだ。生きた植物が無ければ植物魔法が使えないらしい。精霊とかそういうのの制限で」

「あ、だから街の中の草取り?」


 バーヤの方は多少頭が回るらしい。二種類の草取りについて、ちゃんと覚えていた。


「そう言う事だ。街の外の草取りは、いろんな物の材料を集めてこいっていう任務だ。このタワシとかな。で、街中の草取りは『ここから草を無くせ』だ。石畳の隙間とかから生えてくる草を手あたり次第に引っこ抜いてギルドに持って行くと買い取ってくれるだろ。あの草は裏で燃やしてるんだぜ」

「あの草でタワシ作れないのかな」

「できなかった。生えてくるのが早い草は繊維が弱い」


 子供の考える事など、ライスマンが全部試した後だ。

 二人からジトっとした目で見られながら、ライスマンは子供たちの手の届かない高い所から刈っていく。


「お前ら、少し金が溜まったら靴買えよ。安いサンダルだと走れないだろ」

「走ってどうするんだよ」

「手紙届けたりの仕事は結構儲かるぞ。この木にも登れると採取が捗る」


 サイズの合ってない硬い服を着た子供二人は一目で貧民層とわかる風体だが、ライスマンも草木で切らないように全身を覆う服は着ているものの、鎧も身に着けないし剣すら下げていない。食い詰めた冒険者の格好なのだ。そんな男に儲かるぞと言われても言葉に重みが無い。


「このモジャモジャ、袋一杯に集めてやっと銅貨二枚だろ、金なんて貯まらないよ」

「少しでも儲けたいのなら、ギルドに納品しないで自分で売ってもいいんだぞ」

「え、何それ、知らなかった! そうする!」

「家の前とかにベンチだして日向ぼっこしながら縄とか作ってる爺さん居るだろ。ああいう人にタワシの作り方習っときな」


 袋一杯で銅貨二枚。この袋一杯でタワシが十個は作れる。市場の日にタワシを売って歩けばあっという間に売れるだろう。

 けれど、子供の作った下手くそなタワシが直ぐに解けてしまえば、次からは買って貰えない。ちゃんとした作り方もギルドで教えてくれるのだが、こいつらは聞いていないだろう。こういう日用で使う小物は、引退した爺さんの手慰みで作られる物なのだが、流石は年の功というべきか爺さんはだいたいとんでもなく器用なのだ。元職人のジジイが作ったタワシなどは時折とんでもないクオリティの物があったりする。


「ライスマンさん、これ以上持てないです」

「そんなフワフワじゃ嵩張るから。ギュッと捻じって巻け。こんな風に」

「袋一ついくらで買ってくれるのに、袋パンパンにしても仕方ねぇだろ」

「あるよ。手抜きしてるやつより、しっかり仕事してくれるヤツに頼みたいだろ? ギルドからの信頼とか、あと少し高めに買ってくれたりとかするんだ。練習にもなる」

「練習?」


 こういう雑用的な採取任務は、もっとややこしい任務のための練習だったりするので草取りの日銭稼ぎで満足されるとギルドも困るのだ。だが、丙級のままのおっさん冒険者などはその日暮らしの生活をすることが多い。

 若い冒険者を乙級や甲級に引き上げるのも、先輩の役目だと認識しているライスマンは、実はギルド職員から結構重宝がられている。


「ほら、そこのブラシ草。歯を磨く時に使うフワフワの奴、それもとっておけ。乾かしておくとたまに売れるぞ」

「え、どれ!」

「そっちの茂みにある実は、イシャラズっていう……どう見てもトマトみたいだが不味い。でも病気治癒の薬の材料になるらしくてギルドで買い取ってくれる。そういうのも覚えておけば草取りで銅貨二枚で終わらないだろ?」

「おおおお! おっさん、良い事教えてくれるじゃねぁか、見直したぜ!」

「おっさん?」


 まだお兄さんのつもりだが、十も年下の少年からすれば全部おっさんなのだ。心の狭いライスマンは、この子達に食事を振舞うのをやめて、もくもくと草を回収するのだった。


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