バイトのライスマン
ちこくちこくー!と焼き魚の乗った皿と味噌汁を手に走る女学生。その隣を勝手に並走するライスマン。手にご飯の入った茶碗を持ち、少女から焼き魚の皿を受け取る。
「持とう。こっちのご飯も食べなさい」
「ありがとう!」
走りながら味噌汁を飲み、貝の実をほじって食べる。
「ハーレクイン魔道学園かい?」
「はい。ずずず」
「食べる方に専念してくれていい。道はこっちを通る方が早いが構わないか?」
無言でうなずき、味噌汁の腕をライスマンに渡す少女。
焼き魚の皿を渡すと、少女は器用に骨から外して食べ、ご飯を頬張った。走りながら。
学園の正門が見える頃、ちょうど朝食を食べ終える。
「あの、ありがとう。誰か知らないけど」
「俺はライスマン。美味しいご飯を食べたい者の味方だ。できればあと3分早起きする事をお勧めするよ」
「私はヒカリ。出来たらそうしてるよ」
「違いない」
こんな出来事があってから数か月。
「ちこくちこくー!」
「持とう。今日はおにぎりにしておいた」
「ありがとう!」
「片手で小鉢二つ抱えて走るのは無茶だろう」
「でも! ほうれんそうは健康にいいっていうから。あと、ひじきも美味しくって」
「一つ持つから食べきってしまいなさい」
「もぐもぐ」
「本当にあと三分早起きした方がいいぞ?」
「もがふぐっ」
「お茶を飲むと良い。ほら」
「あふぃがほぅ」
そして今日も学園の正門が見える頃、朝食を食べ終えた。
「またね、ライスマンさん!」
「ああ。明日は炊き込みご飯だ」
ヒカリが校門に駆け込むのを見届けると、そのまま良い所のボンボンやお嬢さんが通う学園の前を通り過ぎ、アブドーラの肉屋に駆け込む。砂の中を泳ぐエイのような形をした大型砂獣を丸々一頭買い取ったというので、解体の手伝いを頼まれているのだ。アブドーラは珍しい肉に目が無い。
「遅れてすまない。おぉ、デカいな。上に百人乗っても大丈夫そうだ」
「そんなに乗ったら潰れるよ。しかしお前さん、すぐそこに住んでるのに随分走って来たな。いったい何やってんだ」
「あの学園の子でな、いっつも寝坊して朝ごはん食べながら走ってるんだ」
「それで差し入れのコメ持って並走してるのか……」
「朝ごはんは一日の活力の元だからな」
「お前もお前だけど、飯食いながら走るのは止めた方がいいよ。いや、見知らぬ男の差し出すご飯を食べる嬢ちゃんも大概なんだけどな」
「美味しいから仕方ない」
「んんんん、そうなのか? そうなんだろうな」
アブドーラはライスマンの理解者だが、すべて理解できるわけでもない。追求しない事に決めた彼は、丸い刃の包丁でひれを切り取ると、身の丈ほどの大のこぎりを切り口に差し込み、分厚い皮を切り拓いていく。この砂獣の肉はツンとする独特の臭気があって不味い。だが腐りにくいという特徴があるので、うんとしょっぱく煮込むと旅人用の携帯食になる。
半日かけて皮を剥ぎ、肉を部位ごとに切り分ける。内臓は美味しくないので食べない。油の取れる部分以外は廃棄になる。
「こんなもんかな、手伝ってくれてありがとよ」
「いいって事よ、明日は日課の後はギルドで仕事受けてくるから布教活動はお休みにするぜ」
「布教……うん、コメの布教だよな。神殿の連中に聞かれないようにしろよ?」
全身を返り血と脂で染め上げ、猟奇殺人鬼のような笑顔を浮かべるアブドーラに別れを告げて自宅の賃貸ワンルーム1K風呂なしトイレ共同に帰る。
「さて、明日は草取りでも受注するかな」
コメを美味しく炊くチートを持つライスマンといえど、仕事をしないと食っていけないのだ。