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ライスマンと車輪ギルド

 首都ゾティルティから三日ほど歩くとたどり着くのがトーラという都市だ。さらに進むとナソニックという大きな街がある。

 これらの都市をつなぐ主要な街道には、だいたい半日ほどの距離ごとに宿場町がつくられいて、街道の名前に番号を名前で呼ばれており、それぞれ水や食料の補給と替え馬や馬車の修理ができるようになっている。

 大きな街は分厚い防壁を備えた軍事拠点になっていて、多くの兵士が詰めている。

 そして魔物の出現報告を受けると出動し、その地域一帯の危険な魔物を狩り尽くすのだ。この武力に守られた安全という代えがたい魅力があるからこそ、街には多くの人が集まる事になる。


「そして大勢の人が居るという事は、そこに炊き立てのコメを求める声もあるという事だ」


 今の所、そんな声はどこにもないのだが、隙あらば布教活動を行いコメのおいしさを伝えようと考えている。

 とはいえ、布教活動ばかりしているわけにもいかない。ライスマンも自分の生活の為に稼がねばならない。

 ライスマンは車輪ギルドに所属しており、主に伝令の仕事を引き受けている。

 しっかりと深い轍が刻まれた街道を、ライスマンは走り続け、ゾティルティからトーラまでの本来三日かかる距離を一日で踏破する。緊急の連絡をしたい場合に軽量な手紙だけを持って、野営もせず荷物も少なく身軽に移動する事で最速で配達するという珍しい依頼の受け方をしているのだ。情報の鮮度に価値を見出す顧客には重宝されており、良い収入源になっている。


「宿場町から次の宿場町への距離ってのは一日で無理せず移動できる距離だ。駅伝の一区間より少し短いくらいじゃないだろうか。駅伝の選手はこの区間を一時間ちょいで走るんだから、できないって事はない。そう、キチンと腹ごしらえさえできていれば! この世界の連中はパンばっかり食ってるからすぐバテるんだ」


 重い荷物を曳いた馬車の車列で、周囲の警戒を行いながらの集団移動と、マラソンの速さでは天と地の違いがあるのは当たり前だろう。

 駅伝だって一人で三区も走ったりはしないのだが。それにこの世界の旅人がなるべく街道から離れないように移動するのは、安全の為である。街道ですら恐るべき妖魔に出会う事もあるというのに、街道を離れればそこは様々な魔獣たちの縄張りである。そして一人で旅をしていれば宿場で出会う人々がついつい悪事を働くこともある。数は力、それはこの世界でも変わらない。


 止まらない&泊まらないで走り続け、ゴブリンもオーガも山賊も走って振り切る事で安全を確保しようなどという狂人は彼くらいだ。

 とはいえ、そんな作戦を実行する根拠も一応はある。

 この世界の一般人は『走る』という技術を身に着けていない事が多い。元・日本人であるライスマンは学生の間に走り方という物を訓練している。これが大きい。それに武器やら鎧やらを身に着けていればその重さは十キロを越える。十キロのコメを持って駅伝をやれと言われたら陸上部員だってバテる。

 そう、ライスマンは頭のおかしい事に、剣も鎧も無く予備の食料や野営装備も持たずに危険な街の外を逃げの一手で踏破している。

 山側から現れた炎を纏った黒い犬に追われたりもしたが振り切ることに成功し、遠目に見かけたアウルベアという獣はそっとやり過ごす。そうして、トーラまでの街道を途中で適度な休みをいれつつも、早朝に出発して夕方前に到着することに成功した。


「ゾティルティから今朝出発です。中央街道、道の破損無しで轍も良好。中央第二から第三の間でアウルベアとフレイムドッグを目視。途中の宿場町からは異常連絡なしです」


 割符を見せて門を通ったライスマンが宿も取らずに飛び込んだのは車輪ギルド。道の神を信仰する巡礼者の互助組織と旅商人が手を組んで生まれた、この世界の流通を牛耳る組織だ。他に傭兵ギルドと商人ギルドを合わせて三大ギルドと呼ばれている。


「ご苦労さん、ゆっくりやすんでくれ」

「明日ナソニックに向かうんで、手紙あったらお願いします」

「わかった」


異常の検知、轍が崩れていないかの確認、手紙などの軽い荷物の配達。これだけでそこそこの収入になるのだから楽なもんだとライスマンは思っている。


「主任、今の人は何なんですか?」

「特急便だ。ライスマンという男で……コメとかいう物を食ってくれと押し付けられるけど、害はない」

「いや、そうじゃなくて今朝出発って」

「慣れろ」


 普通は三人から四人の斥候と戦士の集団で、三日かけて移動する。何も用事が無くても定期的に街道の安全を確認しておき、その上で商人たちの馬車の車列が通る。そうして農村から大量の食料や生産物が運ばれ、都市に集められて加工された物が他の都市へと運ばれるのだから、街道は生命線だ。

 街道の安全確認というのは危険で重要な任務なのだ。

 この『定期巡回』を担っているのが車輪ギルドの重要な任務の一つだ。ソロ活動という物が基本的に存在しない中で、この新人は貴重なイレギュラーを見たのだ。


「非武装で走って移動? え、正気なんですかあの人」

「重い物は運べないから主に手紙くらいしか運んでくれないけどな。だいたい貴族が依頼を出すし、たまに商人ギルドからも発注される。そのついでに車輪ギルド間の定期連絡も運んでくれるんだよ。タダで」

「タダですか? 普通より二日も早く運ぶんですよね、お金払わないんですか?」


 新人の驚愕の声に、主任は苦虫を口いっぱいに頬張ったような顔になる。


「あいつな、受け取ってくれないんだよ。『善意でのギルドへの貢献ですから』って」

「へぇ。良い人なんですね」

「明日になればわかる」

「???」


 きょとんとした新人の顔は、次の日の朝には主任と同じ表情を浮かべる事になる。


 ギルドへの報告を行ったライスマンは、馴染みの宿をとり、足をゆっくりと洗って揉み解した後に早めに床に就く。

 そして翌日、日が昇る前に置き出して、朝の仕込みをする厨房の隅を借りる。鋳鉄製の重い鍋と薪の賃料にと銅貨を支払うと、腰のポーチから精米済みのコメを取り出した。両手を合わせて祈るように丁寧に研ぐと、科学実験でもしているかのように厳密に水を計って炊く。赤子泣いても蓋とるな。噴きこぼれている鍋を心配そうに見る女将さんに大丈夫だとハンドサインで伝えたあと、炊きあがったほかほかの白米に岩塩を削って握り飯を作る。


「海苔がもっとあればなぁ」


 残念そうに呟くと、抗菌作用のある大きな葉っぱで包んで、自分用の弁当と布教用のおにぎりを作り、鍋からはがしたおコゲをパリパリと美味そうに食べるのだった。


 そして朝の鐘が鳴ると同時に車輪ギルドに飛び込んできたライスマンは、ナソニック行きの手紙の袋を受け取ると、カウンターに飛び乗り正座したままで炊き立てのおコメの美味しさ瑞々しさ素晴らしさと、口に含んだときのその感動と腹持ちの良さについて語り、主任と受付嬢の口におにぎりを詰め込むと、嵐のように去って行った。


 車輪ギルドの発祥は旅の神の巡礼者たちだ。旅の神は、豊穣を司る大地の女神とは友好関係にある。その彼らからすると、大地の女神が人に与えたという麦は神聖な食べ物という扱いになっているにもかかわらず、麦ではない穀物を布教して回るライスマンの行動は異教徒のふるまいに他ならない。


「あいつもな、これさえなければギルドランク昇格とかもあるんだけどなぁ」


 困ったようにモグモグする主任であった。不味くはない。むしろ美味しい。でも常識的にうまくない、彼はそんな存在なのだった。

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