お腹が空いているのかい
今日も誰かの、腹の鳴く音が聞こえる。
ライスマンの戦う時が来た。
「よう、ライスマン。肉巻きにするとちょっと油っこいからな、今回は肉の佃煮を用意した。中に詰めてくれ」
「OK、オヤジさん。最高のランチを御馳走してくるぜ」
オニギリの用意、OK。
誰かの空腹を満たすために戦う心の炎、OK。
その為なら怖がられ、逃げられ、棒で叩かれても折れない覚悟、OK。
ライスマン、セットアップ。
でっでーでで でっでーでで ライスマーン♪
歌いながら疾走する。
噴水広場を駆け抜け、手をつないだカップルの間を強引に抜け、酒場のスイングドアを蹴り開けて裏口へと近道、壁を駆け登り屋根を走り、薄暗いスラムの壁を蹴り幾度も折れ曲がる細い道を飛ぶように走った。
「にいちゃん、もう食べるものないよ」
「でも盗むのはダメだ、神官様だっもがががが」
「お腹が空いているのかいこのオニギリをお食べこれはコメという植物の実を異世界からやってきた特典の力を使ってモチモチに炊き上げて中に具をつめた最高においしい俺の!俺の!」
「にいちゃんをはなせぇぇ!」
幼い子供に掴みかかられ、顔をひっかかれてようやく止まる。
口におにぎりをねじ込まれた方の子供がむせているので、あらかじめ用意した竹筒にいれた果実水を飲ませてあげる。
「なんなんですか、あなたは!」
「食べると良い。お腹が空いているんだろう?」
「変な薬をもってぼくらを誘拐するつもりですか!」
「これはコメだけど、家畜の餌とかじゃないんだ。煮るのでも炒めるのでもなく、キチンと浸水させてから炊き上げる事でこんなにもふっくらする。ふふっ、それだけでは足りないので俺の魔法でモッチモチにしているんだけどな」
「駄目だよにいちゃん、この人話聞いてない」
なぜだろう。ライスマンが熱意の籠ったプレゼンを行うといつもこんな顔をされる。美味しいコメを食べたい、食べさせたい、それだけなのに。
「にいちゃん大丈夫?変なモノ喰わされたんじゃない?」
「いや、これ、食べれるよ。食べれるどころか、うん。おいしい」
「だろぉっ!美味しいよな、美味しいんだよ、美味しいです!イヤァッホゥ!お前は見所がある。もっと食べなさい。こっちに焼きおにぎりにしたのもあるから晩御飯に持って帰りなさい。シャケのもあるぞ。海苔が苦手なら昆布巻きもある」
「にいちゃん、絶対食べない方が良いって!」
「食べられるなら何でも食べた方が良いだろ?」
実は貴族の血を引くアルベルトとローランドの兄弟が、お家騒動に巻き込まれてスラムに身を隠していたなどという事情があったのだがライスマンにはそんな事は一切関係なく、久しぶりに現れたコメの理解者にせっせと食べ物を運び続けたのであった。
数か月後には支援者たちの活躍と暗躍によりお家騒動は収束し、兄弟はライスマンの元を去る事になるのだが、ライスマンの炊き出し活動に匿名の寄付が行われるようになったが、それもライスマンの興味の外側である。
ただ、彼の目の前で空腹でいる事を許さない。それだけであった。