つかの間の祝
6月も半ばに入り、実習場の空気が少しだけ変わってきていた。変わったのは、雄介だった。あの遅刻騒ぎの一件以来、彼はバイトを辞めることなく続けながらも、学校での態度をがらりと改めていた。課題は期限を守るどころか、提出日の前に机の上に置かれていることが増えた。作業中も、何かあるたびにポケットから小さなメモ帳を取り出し、迷いなく書き込む。
寸法。注意点。指示された順番。
そのおかげで、加工のミスや段取りの抜けはほとんど見られなくなっていた。誰かが何かを言ったわけではない。ただ、雄介は静かに、確実に変わっていた。
あいりは、坂崎から少し先の予定を聞かされていた。
「7月の他の科が夏休みに入った、翌日からの2日間な。二年生で、アカデミー寮の食堂を使ってクロス工事の実習をやるよ。講師として来るのは、梅岡内装の社長と職人二人。計三人。壁装、クロス施工の実地指導だね。実習をやってみて、もし興味があれば、その場で社長に紹介する。無理にじゃない。自分で感じて決めればいい」
あいりは、うなずきながら胸の奥が少しだけざわつくのを感じていた。現場の空気。職人の手。まだ名前のつかない未来。それを想像するだけで、心拍がわずかに早くなる。
ほのかは、先日訪問した建設会社へ礼状を出していた。形式はきちんと整えたが、気持ちはまだ決まっていない。入社試験を受験するかどうかは、別の設計事務所の話も聞いてから決めるつもりだった。
――今は、選択肢を狭める時期じゃないかな。
二階建て模擬棟は、着実に形を整えていた。屋根は野地板の上にルーフィングが張られ、押縁で丁寧に留められている。軸組には本筋が入り、間柱、窓まぐさ、窓台の取り付けもすでに終わっていた。
その日、一階には紅白の幕が張られ、簡素ながらもきちんとした祭壇が組まれた。上棟式。
佐倉は、通販で購入した神主の装束を身にまとい、少し照れくさそうに立っている。坂崎が司会を務め、祝詞奏上が始まった。
上泉講師と望が代表として樒を奉納し、その後ろに二年生たちが静かに並ぶ。
校長は施主代表として挨拶をし、一年生は建物の外から、その様子をじっと見学していた。
四方固め、乾杯。
そして――さんべい。
二階の足場の上から、ヘルメットと安全帯を着けた琴葉、和也、雄介の三人が、切り餅や小袋のお菓子を投げ始める。朝礼で事前に連絡していたため、職員や一年生たちは笑いながら、それを拾い集めた。最後に、3人から紙吹雪が舞い落ちる。儀式は、穏やかに終わった。
その後は実習場で直会。職員と一、二年生が改めて乾杯し、用意されたお菓子を囲んで、自然と会話が弾んだ。いつもとは違う、和やかな午前中のひととき。
雄介が、少し口を尖らせて言った。
「わいら、上から撒く担当やったから、菓子ちっとももらえんかった」
琴葉が笑って首を振る。
「もう。縁起ものなんだから、そんなこと言っちゃだめだよ。ほら、ちゃんと用意してあるんだから」
テーブルの上のお菓子を指さす。和也も、ゆっくりとうなずいた。
「そうだね。さんべいの担当なんて、名誉なことだよ。任されるってことは、それだけ信用されてるってことだし」
雄介は一瞬、言葉に詰まり、それから小さく笑った。
第90話目の投稿になりました。上棟式、毎年恒例の行事です。昔は胸があがるとこうして上棟式(建前)を行ったものです。子供の頃、近所で建前があると、餅を拾いに行ったものです。紙に包んだ小銭をゲットしたときには餅よりもうれしいものでした。
次回は炎天下の中でのさぎょうで‥
お楽しみいただければ幸いです。




