月島家の風呂と歓迎会
事務所に帰ると、月と恋が出迎えてくれた。
「おかえりなさい、どうだった疲れた? その顔を見るとだいぶ疲れたよね」
「あんた大して役に立たなかったんじゃないの」
どこからかやってきた沙紀が、そう言いながら入ってきた。
「そんなことないですよ、和君がいて、三人で仕事できたから仕事がはかどって、はかどって。
今日なんか一階のボード張り全部終わって、二階にボードまで上げてもらって、明日の段取りまで、終わってますから。えらい早いですよ。大助かりですよ」
と入ってきた心太が言ってくれた。
「ふーん、ちょっとは役に立ったみたいじゃない。まあそこそこやるわね」
「和兄ちゃんお疲れ様でした。疲れたでしょう。ご飯作っておいたから一緒に食べてって。和君のおじさんとおばさんには言っておいたから。二人共、後から合流する予定」
恋が嬉しそうに言った。
「今から和、尻にひかれてんでないの。気をつけろよ最初が肝心だべ」
「もう、重さんたら 尻になんか引いてません」
恋が頬を膨らませて言った。
「和君、まずはお疲れ様でした。お風呂沸いてるから、入っちゃってね。あ、着替えは風香ちゃんに持ってきてもらってるから」
月が笑顔で言った。
月島家の浴槽に浸かっている。工務店の自宅の風呂だけあって、浴室も三畳ほどあり浴槽も大きい。夏場、汗だくで帰ってきた職人さん達がこの風呂に浸かる。その後、一杯をみんなでやるという事が多い。今時珍しいことだそうだけど、月島工匠の職人さんは徒歩で通う方が多い。FRPの浴槽になっているけど、昔は檜の浴槽だったのを覚えている。職人は宝、社員は財産というのが社風で、和也が子供の頃から頻繁に出入りしていたけど、とにかく社員が家族同様で仲がいい。
「あぁ、疲れた~、本当に足がパンパンだ」
高校に行く以外で、久しぶりに花火に出掛けた翌々日が、この重労働。でも重さん言っていたよな、「これが体で稼ぐ事だって」 体はばてていたけど、なぜか凄く充実感を感じていた。すると、
「お疲れ、和」
重と心太が入ってきた。
「お疲れさま~って、え、重さん」
「なんだ、そんな驚く事ないだろ。風呂入って、これから一杯だよ」
そっか、食事ってそういう事か。
「今日は疲れたでしょう。お、さすが元サッカー部。だいぶいい体してるね」
「そういう心太さんこそ、すごい筋肉じゃないですか」
「別に普通に仕事してるだけだよ。和君もこれからもっと筋肉付くよ」
「あ、和兄ちゃん。こっち、こっち」
風呂から上がって、LDKに行こうとしたら恋に呼ばれた。今晩の月島家の食卓は一階事務所やLDKでなく和室10帖の続き間だった。座敷用のテーブル三つが並べられている。夕食は一昨日以上に豪華だった。
「えっと、これって…今日は何の?」
「あ、和、こっち、こっち」
「おじさん、これ一体…」
部屋の一番奥のお誕生日席に、仁吉がいた。月島工匠三代目の棟梁兼社長。恰幅の良い大柄な外観に、ごつい手に握られた日本酒の入ったコップが、かわいく見える。
「和の歓迎会に決まってるだろう。バイトとは言え、今日からうちの社員の一員だし」
仁吉の斜め前の席に座らされ、
「じゃあ、私、あっちに座ってるね」
離れていこうとする恋に、
「おい、恋。お前、和の隣に座れや」
「え、お、お父さん」
「遠慮するな。どうせ主賓の和以外、席なんてどこでもいいんだから。それにお前も和の隣がいいだろ」
「だって…」
「じゃあ私、恋姉ちゃんの隣座る。いいよね、おじさん」
風香が屈託のない声で言った。
「風香、お前も来てたの」
「当たり前じゃん。まぁ私は食事に呼ばれてきただけだけど」
「がはは、おーおー風香、座れ、座れ」
その場に座ると、正面に沙紀が座る。その隣に…
「親父、お袋まで何でいるの?」
「和也の歓迎会やるって言うから、まぁ、理由はなんでもいいんだよ」
「良規と朱莉ちゃんはうちの大事な協力企業経営者だし、家族も同然だろ」
「それにこのまま本当に親戚になっちゃうかもしれないしね、恋」
「お、お母さん、ちょ」
「なんだ、恋。和と夫婦になんのは嫌か?」
「嫌、嫌とかじゃなくて」
恋が真っ赤になってうつむいた。
「仁吉おじさんもおばさんもちょっと…」
「お兄ちゃん、素直になればいいじゃん」
「まあ、お前たちが中良いのは昔から見てればわかることだしな」
「あなた、あんまりからかうと、恋後が怖いわよ」
月が仁吉をいさめた。
「あ、そうか。で、バイト今日どうだった」
「うん、久しぶりに本格的に身体動かしたから疲れたけど、充実感はあったかな。でも役に立てたのかな」
「重さん、心太、和は役に立ったのかい?」
大きな声で隣のテーブルにいた二人に仁吉が聞いた。
「いや〜役に立ったなんてもんじゃないですよ。やっぱり手元が一人増えるだけで効率が全然違う。和君が材料を運んでくれたから僕がボード加工して重さんが張ってくれて、作業がはかどりましたよ。その証拠に今朝、ボード入れてもらって、今日のうちに一階天井と壁張り終えてしまって、おまけにボード二階にあげてもらってる間に、重さんコンセントボックスの切り取りやってもらいましたし」
「それは大助かりだったんじゃないか」
「まあ、今日は初日だったし、それでも和もやる気があったし、少しずつ仕事を覚えていけばいいんじゃないんだべか」
重がコップの日本酒を口にしながら言った。
「それにしても重さんも心太さんも体力はあるし、何より作業のスピードが速いし。二人とも何でも教えてくれるし何でも知ってるし」
「心太も、よく勉強してっがらな」
「建物の壁の中が、どうなってるかを見たのも初めてだったし。どういう風に作っていくかを見るのも初めてだったし。建築って覚えることがたくさん。用語だけでもたくさんあって」
「焦ることはないよ、みんな現場で少しずつ毎日毎日覚えてくだけなんだがら。あ、心太は訓練校出身だっけ。それじゃあ学校出てきてんだもん、それで現場で経験積んだから覚えるわな」
「重さんも言っていたけど、アカデミーって、心太さんもそこ卒業だって聞いたけど、たしか職業訓練校って」
「昔はな訓練校って言っていたんだけど、今は技術何とかって言ってる」
「昔はね氷山高等技術専門校って言ってたんだよ。今は名称が変わって技術アカデミー氷山って呼ばれるようになった。高校出てから2年間で建築、特に木造住宅の施工を中心に実技主体で勉強する施設だよ」
良規が会話に割って入ってきた。
「親父なんでそんなに詳しいんだよ」
「だって昔、僕、そこの非常勤講師やってたことあるから」
「あーそうだ、良規、昔そんなこと言ってたなぁ。確か法規か何か教えてたんだっけ」
「震災の後に頼まれてね」
「はぁ?」
第9話の投稿になりました。
お楽しみいただけたのならば幸いです。