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それぞれの現場

 模擬棟の建築は順調に進んでいた。本筋違、間柱、窓まぐさ、窓台の取り付けを終え、アルミサッシも無事に納まった。現場には、建物としての輪郭がはっきりと立ち上がり始めている。雄介は、和也と同じ班で作業していた。言われた指示は忠実にこなす。迷いなく動き、体を止めない。細かい仕上げよりも、流れの中で次の作業に移ることを好む性格は、現場でもはっきりしていた。

 相変わらず、和也と琴葉は朝から実習場に来て、研ぎ物や図面に向かっている。放課後になると、二人は過去の全国大会課題に取り組み、黙々と手を動かしていた。


 そんなある日の放課後だった。鑿の音がひと段落したころ、雄介がぽつりと聞いてきた。

「なあ……建方専門の大工って、どうなんや?」

和也は、手を止めて首をかしげる。

「建方専門? なにそれ?」

「わいも最近まで知らんかったんやけどな。坂崎先生が教えてくれたんや」

雄介は少し身を乗り出した。

「建売専門の全国区の会社があって、その下請けの中で県内の建方だけを専門にやっとる工務店があるらしい。月に22棟前後、建方ばっかりや」

「……月22?」

和也が思わず聞き返す。休日と祝日、天候で作業できないことを考えるとほぼほぼ毎日建方作業をしていることになる。月島工匠では多くて月に1棟あるかないか。

「やろ。聞いた瞬間、ワクワクと恐怖が同時に来たわ」

「そんな仕事あるんだね」

和也は素直に感心した。

「わいも聞かされるまで知らんかった」

雄介は笑う。

「毎日のように上棟やぞ」

その会話に、琴葉が手を止めて加わった。

「雨の日とか、どうするの?」

「それも聞いた。月に一棟は、自分とこで建方後の造作もやるらしい」

「基本は建方専門で、並行して一人の社員大工が造作やっとって、雨で建方できん日は、みんなで造作に回るんやと」

「じゃあ……造作も覚えられるんだ」

琴葉の声に、少し興味が混じる。

「そうみたいやな」

「なんで雄介に、先生はそこ勧めたの?」

その問いに、雄介は少し照れたように頭をかいた。

「わいが求職票に“大工”って書いたらな」

「先生に言われたんや。“お前は性格的に、通常の造作大工は向いてないと思うよ”って」

「はっきり言うね」

「せやろ。でも続きがあってな」

雄介は肩をすくめる。

「“さっさと作業をこなして、次に行く仕事のほうが向いてる。建方専門、見てきたら”って」

「……それで?」

和也が聞く。

「まだ分からん。せやから、とりあえず会社訪問と建方現場の見学行ってくる」

 数日後。坂崎がアポイントを取り、雄介は午後から現場見学に向かった。免許を取ったばかりの車で、少し緊張しながらの運転だった。


 その日の放課後。建築実習場では、和也と琴葉がいつも通り練習をしていた。そこに、雄介が戻ってくる。顔が、やけに明るい。

「どうだった?」

和也が聞く。

「良かったわ」

一拍置いて、雄介は言った。

「正確にはな……“きつそうやけど、絶対楽しい”や」

「それ、雄介らしいね」

「上で釘打っとるとき見てて思ったわ。“これ、部活やん”って。体育会系の現場や」

その言葉に、望、ほのか、あいりも集まってくる。

「そんなに良かったんだ」

望が笑う。

「わいには、ぴったりやと思う。午後に行ったときにはもう垂木終わっとって、野地板やっとった。たった6人であっというまや。一人一人の動きが早い早い」

「私は行かなくて正解だな」

あいりが苦笑する。

「高いとこ無理だし……でも、あーあ。私、就職どうしよ」

「私は来週、建設会社訪問」

ほのかも、少し硬い表情を見せた。

和也、琴葉、望の三人は、すでに進路のめどが立っている。一方で、雄介、ほのか、あいりは、今まさに就職活動の真っ只中にいた。同じ実習場。同じ模擬棟。けれど、見ている先は、少しずつ分かれ始めている。

雄介は、作業着の袖を引っ張りながら言った。

「ま、まだ分からんことだらけやけどな。でも、“現場で生きる”って感じは、嫌いやない」

和也はうなずき、琴葉はその横顔を見ていた。それぞれが、それぞれの現場を探し始めている。同じ場所に立ちながら、少しずつ、違う未来へ向かって。

模擬棟の中に、夕方の光が差し込んでいた。



第87話目の投稿になりました。雄介達の就職活動が本格的に始まりました。さあ、雄介はどのような結果になるでしょう。それにあいり、ほのか‥。

次回は 雄介のアルバイトです。

お楽しみいただければ幸いです。

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