ゴールデンウイーク 変わらない日常と変わる日常
ゴールデンウイークが近づくと、実習場の空気が少しだけ緩んだ。
放課後、工具を片付けながら、雄介が何気なく言った。
「なあ、連休どうするんや?」
誰に向けたともなく投げた言葉だったが、和也と琴葉はほぼ同時に答えた。
「月島工匠の作業場で練習」
「同じく」
一瞬、二人の視線がぶつかる。
「……ずっとだね」
「だね」
見つめあったまま短く言って、二人とも小さく笑った。雄介が目を丸くする。
「ずっとか?」
「ずっとだね……」
少し離れたところで聞いていた望が、腕を組んだ。
「一日くらい、息抜きしてもいいんじゃないか?」
ほのかが首を傾げる。
「何かいい案、あるの?」
「……まだ」
望はそう言って、肩をすくめた。しばらく沈黙が流れたあと、望がぽつりと続ける。
「寒いから、まだキャンプは初心者には厳しいけどさ。日帰りで、湖畔でバーベキューとか、どうかな?」
空気が少し明るくなる。
「ええやん、それ」
雄介がすぐに乗った。
「沙紀姉さんと風香ちゃんも誘おうや」
和也がポケットからスマホを出す。
「今、連絡してみる」
数秒後、画面を見て頷いた。
「……即OK 風香も大丈夫だって」
こうして、連休中日の湖畔バーベキューが決まった。
連休に入った初日。朝から月島工匠の作業場は、いつも通りの音に満ちていた。和也と琴葉は、過去の全国大会課題に向き合っている。まずは二人で違う一部材ずつ展開。そして墨付け、加工。手順はもう、身体に染みついていた。4月の内に過去の一課題は二人で一つ作ってみた。もちろん息詰まると坂崎に質問した。するとあっさりと教えてくれる。でも全部は教えてくれない。
「さ、ここからは自分達で考えてごらん。たぶんもう分かっているんじゃないかな」
坂崎は、とにかく一度どのような形になるか、課題図から考えて手分けをして作ってみる指示をした。技能検定に比べて圧倒的に部材数が多く、形も段違いに複雑になっている。そのため、サブロク版のシナベニア4枚を作業場に敷いて、2人で相談しながら展開を進めていく。
琴葉は、昨夜から月島家に泊まり込んでいた。作業の合間、ふと手を止めて言う。
「去年さ、和也の研ぎと鋸引きの特訓に、私も混ざらせてもらったんだよね」
和也が少しだけ顔を上げる。
「もう一年だね」
「ああ……やってたな」
しみじみとした声だった。その言葉に、琴葉の意識は昨夜へと引き戻される。
夕食は、月島家の食卓だった。沙紀、和也、風香、仁吉、月。和也の両親は仕事で不在だったが、いつもの賑やかな食卓だった。
沙紀の口調は相変わらず男っぽい。けれど、和也への声のかけ方は、以前よりどこか柔らかい。
「無理に食べるな。カツは逃げないからゆっくりよく噛んで」
「ほら口の横、ご飯粒つけてるぞ。もうしょうがないな」
そう言って、指でつまむと自分の口に運ぶ。まるで、母親のような言葉と仕草。その距離感に、琴葉は小さな違和感を覚えていた。
夜。沙紀の部屋。沙紀はベッド、琴葉は床に敷いた布団。灯りを落としたあと、ぽつりと琴葉が言った。
「沙紀ちゃん、和也と仲いいね」
一瞬の間。
「……ああ」
沙紀は天井を見たまま答えた。
「恋がいなくなって、あいつが落ち込んだ時さ。約束したんだよ」
「約束?」
「うん。“ずっと私がそばで支える”って」
淡々とした声だった。琴葉は、それ以上何も聞けなかった。
沙紀の和也への思いが、恋ではないことは分かる。でも、それが軽いものではないことも、はっきり伝わってきた。
――私は、同じ場所に立っていない。
その感覚だけが、胸に残った。
現実に戻る。作業場では、鑿の音と鋸の音が重なっている。琴葉は、和也の横顔を見て、少しだけ視線を逸らした。
これまでと同じはずなのに。どこか、同じに見えない。
連休中、沙紀は決まったように差し入れを持って現れた。
10時。昼。3時。
「はい、お茶」
「甘いのもあるぞ」
風香も一緒だったが、沙紀と和也のやり取りには慣れきっている。
「姉ちゃん、また来たの?」
「ひかえおろう、お前たちのために3時のおやつは沙紀特性手作りプリンだぞ。いらないのか和也」
「姉ちゃんのプリン! 食べる食べる」
そんな軽口。そのたびに、琴葉の心は静かにざわついた。
何も起きていない。誰も悪くない。それでも、穏やかではいられなかった。
夕方。工具を片付けながら、琴葉は何も言わなかった。
和也も、言葉を発せずに片づけをしている。練習は続く。全国大会は、まだ先だ。
そして、連休の中日には、湖畔のバーベキューが待っている。
何も変わっていない。
それでも、確実に何かが変わり始めていた。
第80話目の投稿になりました。琴葉が感じた沙紀と和也の日常に対する違和感。この違和感は恋の想像する展開なのかどうなのか‥
次回は 湖畔でのバーベキューです。
お楽しみいただければ幸いです。




