展開する日々
慰労会の翌日から、和也と琴葉の生活は、また忙しく動き出した。1年生の二階建て模擬棟づくり。
朝の溶接実習場には、いつもより少しだけ明るい空気が流れていた。琴葉は相変わらず元気だった。材料を運び、声を出し、迷っている一年生に声をかける。作業場の端から端まで、軽やかに動き回っている。
和也は自然と、全体を見渡す位置に立っていた。望と一緒に作業の流れを整え、危ないところがあれば声をかける。指示を出すというより、気づいたことを淡々と伝えるだけだったが、それだけで現場は落ち着いた。墨付けや加工で息詰まると相談が来る。大抵の加工は和也が代わりにやって見せた。そんな光景を上泉と坂崎は見守っている。
二人とも、朝の研ぎ物は欠かさなかった。試験が終わっても、手を動かす習慣だけは変わらない。そんなある朝、坂崎が二人を呼び止めた。
「発表までの間に、これをやろう」
差し出されたのは、一級技能士課題の図面だった。展開の教材として、これ以上ない題材だと、和也は一目で分かった。
「展開後の解答もある。いい例題だと思うよ。二人でやってみな」
坂崎はそう言って、それ以上は何も説明しなかった。
放課後。二人は実習場の隅に図面を広げ、向かい合って座った。二級の時のように、坂崎が最初から教えてくれることはない。代わりに規矩術の参考書を3冊渡された。一級技能検定課題は寄棟小屋組みで、隅木に配付き垂木がほぞで組まれていて、釘の代わりにひよどり栓で両者を固定している。隅木の墨付けの基本は規矩術の授業で教わったが、改めて課題の展開図を一から考えると難しい。構造としては、見た目以上に頭を使う課題だった。
自分たちで考え、読み、描く。
「……ここ、どうなる?」
「いや、待って。基準線が芯からじゃなくて入中からだから」
参考書を開き、閉じ、もう一度図面を見る。何度も線を引き直し、消しゴムで消す。行き詰まったところで、坂崎が近づいてきた。
「いいところまで来てるね。ここは、こういう考え方をするんだよ」
そう言って一つ示すと、
「現場だと、こっちから取る場合もある。それからね、実はもう一つ方法があるんだ」
そう言って、あっという間に現寸図を描いて、実長を計算で求めた。手法を一つで終わらない。必ず、別の方法も提示して教えてくれる。その様子を、近くで研ぎ物をしていた望が見ていた。
「先生、お尋ねしていいですか」
坂崎がうなずく。
「なんで、最初から教えてあげないんですか。先生、同じ展開でも何通りもやり方知ってますよね。一つ教えて、それから別の方法があるって教え方でも、いいんじゃないですか」
少し言いづらそうに、でも正直に言った。
「横で見てると、もどかしくて」
坂崎は、少しだけ笑った。
「確かに、そういう教え方もあるよね」
そう前置きしてから、続けた。
「でもね…自分たちで方法を探して、やってみて、つまずいて、それでもう一度考えてから教えた方がね……」
一呼吸置く。
「何倍も、何十倍も理解できるんだ」
望が黙って聞いている。
「小原の言った方法は、1を教えて、次の1を考えるやり方だ。それも悪くないよ」
坂崎は和也と琴葉の方を見た。
「でも、自分で探って、悩んで、ヒントをもらったときはね……」
「1教えて、10学べる」
その言葉は、静かだったが、強かった。
それからの日々は、あっという間に過ぎていった。放課後は、ほとんど毎日、展開図と向き合った。二人で考え、迷い、参考書を読み返す。どうしても分からないところだけ、坂崎に聞く。
「ここまで来てるなら、もう一息だね」
そう言われるたび、少しだけ前に進めた気がした。
そして、3月8日。技能検定の合格発表の日。その日は、2年生の卒業制作発表会でもあった。発表が一段落した休み時間。坂崎が、何気ない調子で言った。
「ネットで、もう発表出てるね」
琴葉が、慌ててスマホを取り出す。指が、ほんの少し震えていた。画面を覗き込む。番号があった。和也の番号も、並んでいる。
24名中、合格者は17名。和也、琴葉、健斗も、その中に入っていた。ほっと息をついた、その直後。
「まず合格はしたね」
後ろから坂崎の声がした。
「先生ほっとしています」
「当然だよ。君たちが落ちたら、あとの全員、みんな落ちちゃうからね」
喜びよりも、先に背筋が伸びた。
「点数と、全国推薦の連絡は、数日から一週間後位になるね。君たちにとっては、そのときが本当の合格発表だね」
そう言って、坂崎は続けた。
「それまでは、展開、続けよう」
和也は、現寸図の線を思い浮かべながら、静かにうなずいた。
まだ、終わっていない。
でも、確かに…前には進んでいる。
第77目の投稿になりました。合格発表、まずは二人とも合格。資格取得ならこれでおめでとうとなりますが、全国出場を目指している二人にとってはまずは通過点。90点後半の得点が全国推薦には求められます。さあ二人の全国大会出場はどうなるでしょうか。
次回は、真の結果発表です。
お楽しみいただければ幸いです。




