表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/91

試す日

7時15分。

沙紀の車が、アカデミーの正門から入って建築実習場の前に止まった。

「行ってこい」

それだけ言って、沙紀はハンドルから手を離した。和也と琴葉は同時にドアを開け、車を降りる。実習場は、すでに開いていた。中に入ると、暖房が最大火力でついている。冬の冷えた身体に、ゆっくりと熱が戻ってきた。坂崎が、細々と準備をしていた。

「協会はこれから来る。来たら受付するようになるから。材料に触らなければ、作業エリアに入って準備していいよ。全部教えた通りで‥」

琴葉と和也は、決められたそれぞれの作業エリアに入った。鉋を出し、刃の出を微調整する。準備しておいた木材に墨差しで線を引いて墨を確認し、墨壺で芯墨を打ち墨の具合を確認した。最後に数種類の鉋を引いてみて刃の具合を確認した。これまでに何度も繰り返しやってきたこと。身体が自然に動いた。


 7時半を過ぎる頃、健斗が来た。その後、2年生たちが、少しずつ集まってくる。

 8時を回ると、空気が変わった。職業能力開発協会の担当者と、技能検定員が到着した。

 今日は、アカデミーの学生が24名。一般企業からの参加者が2名。神門と坂崎は、補佐員として検定員を手伝う。

8時15分過ぎ。受付開始。琴葉と和也は、2人そろって一番で受付を済ませた。名前を告げ、紙ゼッケンを受け取る。

8時40分過ぎ。

検定員が受験者全員を集め、説明が始まる。

注意事項。提出方法。時間配分。

和也と琴葉は縦に並び隣どうしで、その脇に企業参加の二人。

各自準備が整い、開始数分前には、作業エリアで待機している。開始の合図がかかるまでの数分間、何とも言えない緊張感を感じ、とても長く感じられた。

9時。

「作業開始してください」

その一言で、世界が切り替わった。会場内が静寂に包まれ、現寸図を描く定規をあてる音、線を引く音だけが響いていた。

9時22分。

琴葉が、慎重に確認してから最初に手を挙げて、図面を提出した。

9時24分。

和也も、図面を提出する。会場内に琴葉の鉋削りの音が響き始めた。

健斗は、9時29分。その後、次々と手が上がる。

10時5分過ぎ。琴葉と、ほぼ同時に和也も削りを終える。

10時20分。

琴葉が、第一回目の墨付け部材――桁・梁・柱材を提出。

その1分後。和也も、追い掛けるように手を挙げた。

10時40分。

琴葉、第二回墨付け部材提出。少し遅れて、和也も提出した。

この時間から、来年二級技能検定を受験する一年生が会場内に見学で入ってきていた。指定された見学場所から会場内を見渡している。

10時42分過ぎ。

実習場に、鑿を叩く音が響き始めた。一定の間隔で、迷いのない音。続いて、インパクトドライバーのドリル音。受験生たちが、音の方向を見る。あまりの速さに、目を見開く者もいた。

「はやっ」

見学の1年生の間からも驚きの声があがった。

11時40分。

仮組を行い始める琴葉。少し遅れて和也続く。玄翁で、当て木をして材を叩く音が重なる。また、視線が集まる。だが、琴葉も和也も、周囲を見ない。ただ、木を見る。

「うそ、もう組立なの?」

あいりが声を漏らした。

11時50分を過ぎた頃。

二人は、鉋で木口と糸面を取り始めていた。

11時55分

琴葉、組立開始。バケツに入れた水に梁の蟻頭を付けてから桁にはめ込む。桁からかすかにはみ出た蟻頭を鉋で削る。

12時。

和也、組立開始。

12時13分。

2人は既に課題を組みあげているけど、まだ提出はしない。じっと完成作品を見ながら、タオルをお湯で湿らせて汚れをふき取っている。もうやることが無いとなって‥

「出来ました」

琴葉が、手を挙げた。その直後に和也も手を挙げた。和也もすでに組みあがっていた課題をタオルで丁寧に拭いていた。琴葉の提出するタイミングを見計らっていた。

会場内から今日何度目かのどよめきが起きる。

健斗は、12時25分に完成した。

12時29分。

検定員の声が響く。

「標準時間終了、1分前です」

このころから会場内に玄翁の音が大きく響いていた。ここで、一気に手が上がる。

健斗の提出後。8名ほどの受験者が手を挙げた。和也の隣の工務店の一人も、ここで完成した。

12時30分。

「これより、延長時間に入ります」

打ち切り時間。2年生4名が未完成だった。それ以外は、一応完成して提出していた。琴葉と和也は、完成直後に作品と現寸図、紙ゼッケンを揃えて提出していた。


 会場内の他の受験生の様子を見ながら、のんびり片付けを終え、道具を道具箱にしまう。いつもの習慣で鉋と鑿は砥石と一緒に別のプラスチックケースにしまい、持ち帰るように大きなカバンに入れていた。二人とも方から下げている。標準時間終了前に実習場から出ると、外の空気がやけに軽く感じられた。

「お疲れ」

明るい声で琴葉から声を掛けた。

「加工、時間いっぱい使うつもりだったけど……」

和也が言う。

「それでも時間、余ったね」

琴葉が答える。

「でも、出来は……悪くないんじゃないかな」

「うん。多分」

「それより今日も帰って研ぎ物するの?」

「和也こそ」

「習慣って怖いね、本当。家で研ぐように持ち帰らないとなんか不安なんだよね。さすがに今日は置いて帰ろうと考えたけど…」

「ついつい、いつもの習慣で持ってきちゃった」

二人は顔を見合わせて笑った。会場の外で、望、雄介、あいり、ほのかが待っていた。

「おつかれ!」

「おまえら早すぎや! まだ試験やってる最中や」 

声をかけられた瞬間。琴葉がよろめいた。

「……なんか、力抜けちゃったよ…」

和也も、同じだった。身体に力が入らない。心地いい脱力感。やるべきことは、全部やった。

結果は、もう…自分たちの手を離れていた。


第76話目の投稿になりました。技能検定(技能五輪県予選)終わりました。日々の積み上げ。琴葉、和也は標準時間余裕で完成しました。経験上言えます。うまい方は早い。段取りがいい。琴葉、和也の血のにじむ努力は嘘をつきませんでした。健斗も標準時間内完成です。でも全国の推薦は別の話。結果(出来)が全てです。さあ、2人の結果は‥。

次回は検定の合格発表です。

お楽しみいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ