73支え合うということ
正月休みが明けても、アカデミーの授業はすぐには始まらなかった。成人式の翌日からが通常授業。それまでは、建築科の実習場が「自由練習日」として開放されていた。
1月5日。朝の空気は刺すように冷たかった。
和也と琴葉は、いつもより少し早い時間に実習場の鍵を開けた。その時点で、二人ともすでに一枚、現寸図を描き終えている。家を出る前、まだ暗い部屋で描いた線だった。
「……寒いね」
琴葉が息を白くしながら言う。
「でも、頭は冴えてる」
和也はそう答えた。どちらも余計な言葉はなかった。その日、通し練習に臨んだのは3人だけだった。和也、琴葉、そして2年の健斗。坂崎が開始時刻を告げる。
「9時スタート。今日も本番想定でいくよ」
実習場に、静かな緊張が落ちた。
作業が始まる。
琴葉は、いつも通りだった。
現寸図は頭に入っている。墨付け、木削り、加工、すべてが淀みなくつながっていく。
和也も、落ち着いていた。以前のような焦りはない。一手一手を、確実に積み重ねていく。
12時20分。
「……出来ました」
琴葉の声が、静かに響いた。標準時間内。坂崎と神門が、黙って作品を見る。
歪みはない。芯も通っている。細部の納まりも、明らかに一段上だった。
和也は、その声を聞いても手を止めなかった。時計を見ない。ただ、目の前の木と向き合う。
12時35分。
「……完成です」
延長5分。和也は、ついに打ち切り時間内で組み上げた。
坂崎が講評を始める。
「琴葉。90点」
短く、しかしはっきりと言った。
「和也。87点」
和也は、深く息を吐いた。
「二人とも、ここまで来たのは努力の継続の結果だよ」
坂崎は続けた。
「琴葉は、少しブレーキがかかり始めてる。でもそれは悪いことじゃない。この精度を維持しなさい。維持する中で、少しずつ上がっていく」
琴葉は、静かに頷いた。
「和也は、明らかに精度が上がってきてる。焦らず、一分、二分ずつ詰めればいい」
そして、少しだけ笑って言った。
「ミックスアップだね」
和也と琴葉を、交互に見る。
「お互いの存在が、お互いを引き上げている。こんな関係は、なかなか巡り合えない」
その言葉が、二人の胸に深く残った。
昼休み。実習場の引き戸が、がらりと開いた。
「おーい!」
望だった。
その後ろから、ほのか、あいり、雄介が現れる。手には、紙袋や箱。
「激励だよ」
ケンタッキー。
手作りの弁当。
ケーキまである。
「なんでやねん、ここ実習場やぞ!」
雄介が笑う。
さらに、外から車の音。沙紀と風香が降りてきた。
「和也、琴葉、栄養補給に来たよ」
沙紀は、迷いなく弁当を広げる。
坂崎は、沙紀に向かって軽く頭を下げた。
「……お悔やみ、申し上げます」
沙紀は、首を振った。
「いえ。和也を見守ってくださって、ありがとうございます」
坂崎は、静かに答えた。
「僕は何もしていないよ。和也が、家族や仲間に支えられて、自分で戻ってきた。それだけだ」
和也は、その会話を聞きながら、弁当を口に運んだ。ただ胸が熱くなった。
午後の作業開始。健斗は、打ち切り後、昼休みを挟んで30分で組み上げた。三人の完成課題が、並んだ。坂崎は研ぎ物をしていた和也と琴葉を呼んだ。
「二人で、健斗の作品を講評してみて」
一瞬、健斗が緊張する。琴葉が口を開いた。
「墨付けは正確。でも、ここ」
梁と柱の胴付き部分を指す。
「加工が甘いと思います。中が高いので胴付きがくっついていません」
次は和也。
「ここ、仮組で直してるでしょ。鋸引きで決め切れたと思います」
健斗は、何度も頷いた。坂崎は、二人に言った。
「人に教えるってことは、客観的に見るってことだ。それは、自分を見ることでもある。これから必ず、お互いの作品を評価し合いなさい。講評して、改善案を言って、出来ればやって見せる。この方法は、レベルが拮抗してないと成立しない。今の二人だから出来る」
健斗が、頭を下げた。
「……僕も、混ぜてください」
琴葉は少し笑って、和也を見た。
「いいよね」
「もちろん」
和也は、そう答えた。
外では、冬の空が少しだけ明るくなっていた。
支え合うということ。競い合うということ。そして、共に前に進むということ。その意味を、二人は少しずつ、体で理解し始めていた。
試験まで、あと一か月。
道は厳しい。
でも―もう、一人じゃなかった。
73話目の投稿になりました。正月明けの通し練習、継続は力なり、ついに和也も延長時間内で組めるようになりました。そして家族や友人たちの激励。そして坂崎から出された指示は、お互いに講評しあい教えあう事。地力がついた二人だから出来る指導法です。
次回は そんな二人の講評合戦に周りが‥
お楽しみいただければ幸いです。




