72冬の手前、立ち止まる日
冬休みに入った技術アカデミーは、静かだった。だけど、完全に止まっているわけではない。12月28日までの数日間。坂崎と神門は「自由登校練習日」として実習場に立っていた。強制ではない。来たい者だけが来る。それでも、朝8時半過ぎのの実習場には、いつもの顔ぶれが集まっていた。
2年生17名。そして、1年生の和也と琴葉。
「今日は、また通しでいくよ」
坂崎の声は変わらない。
「開始9時。標準時間は12時半。打ち切りは12時45分ね。今日は16時で作業打ち切りね」
再び空気が、少し張り詰める。
作業開始。和也から、迷いは見受けられなかった。
現寸図は、早朝に一度描き上げている。
現寸図、墨付け、木削り、加工。一つ一つが、流れるようにつながっていく。
12時5分。
琴葉は仮組に入った。
「……入ったぞ」
誰かが小さく呟く。
12時28分。
最後の叩き。
「出来ました」
標準時間内。ぴたりと収まった作品は、歪みがなく、芯が通っていた。
実習場に、静かなざわめきが走る。
和也は、その言葉を聞いていたが。自らの手は、決して止めない。
焦らない。崩さない。一つずつ、確実に。
12時45分。打ち切り。昼休みを挟んでそこから13分。和也は、最後の部材を組み上げた。
——完成。
初めてではない。だけど、今回は違った。最後まで冷静に作業できた。
坂崎と神門が、2人の作品を並べて講評した。
「琴葉」
坂崎は、短く言った。
「とてもいい。精度も、納まりもいいね。でもいけるね。まだ精度を上げられる」
次に、和也の作品を見つめた。
「和也。出来は……80点台だね」
和也は、黙って頷いた。
「でも」
坂崎は続けた。
「確実に、一つ一つ課題を克服してきているね。このまま継続して、仕上がりの精度を高めよう。時間は、一回に1分、2分ずつでいい。詰めていけばいい」
和也の胸に、その言葉が静かに落ちた。
16時になり、神門は全学生を集めて声を張った。その日、通し練習に参加した2年生は17人中完成まで辿り着いたのは、健斗を含めて6人だった。健斗は、打ち切りから一時間後に完成させていた。
「1年の二人が、ワンツーフィニッシュだ」
視線が、1年生の二人に向く。
「自覚しろ。2年生だろ。負けていい理由はない」
完成作品8個が目の前に完成時間順に並べられている。神門の言葉は和也にはどうでもよい事だった。
——確実に、レベルは上がってきている。だけど、差もまた、はっきりしてきている。
12月29日以降。
琴葉は、月島家に泊まり込んだ。仁吉に頭を下げ、作業場を借りる。
朝から夜まで。現寸。墨付け。加工。組立。和也も、隣で同じように練習を続けていた。
そして大晦日。夕方になってあたりはすっかり暗くなっていた。作業場の中だけ照明がまぶしく灯されている。
「はいはい、今日は、もう終わりだ」
沙紀の声は、強く絶対的だった。
「これ以上は、やらせない」
抵抗する間もなく、和也と琴葉は連れ出された。
「まず風呂に入ってこい」
琴葉は月島家の風呂に、和也は自宅で風呂に入ると、沙紀の車に乗せられる。時間は20時少し前。
向かった先は、神社ではなかった。恋の墓前。
冬の空気は、澄んで冷たい。墓石の前で、沙紀が言った。
「今回は、初詣じゃない」
一歩下がり、二人を見る。
「ここで、新年の目標を言え。声に出して」
琴葉が、先に一歩出た。
「全国大会に、出ます」
静かな声だった。
「……負けないよ」
和也を見て、最後の言葉は発せられた。次に、和也が墓石前に進む。。
「恋を、全国に連れていきます」
一度、息を吸う。胸の奥に、熱が集まる。
琴葉に向かい。
「必ず、追いこすから‥」
風が、墓前を通り抜けた。
1月1日。
早朝から現寸図を描く二人。ダルマストーブはついているのに、指先が冷たい。すでに朝から描いた現寸図は7枚目に達していた。
「お兄ちゃん、琴葉ちゃん時間だよ。今日はここまでだよ。二人とも和室集合」
風香が作業場に呼びに来た。
時計の針は10時過ぎを指していた。
月島家の和室で、食事会が開かれた。喪中のため、祝い事ではない。恋の遺影が、静かに置かれている。
仁吉に月と沙紀、和也の両親。そこに、琴葉の両親の姿もあった。
「……え? お父さん、お母さん」
琴葉は、目を見開いた。
「沙紀姉ちゃんが、呼んだの」
風香が、静かに言った。
食卓を囲みながら、誰も多くは語らなかった。それでも、不思議と温かかった。
翌日から。
再び、鬼神の練習が始まる。
今度は二人で。止められながら。支えられながら。
冬は、まだ終わらない。進む方向は、もう揺れていなかった。
第72話目の投稿になりました。年末の特訓、そして恋の墓前の誓い。和也と琴葉を応援する多くの人たち。新年を迎え、技能五輪県予選まであと1ヶ月。
次回は検定前最後の通し練習です。
お楽しみいただければ幸いです。




