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火はまだ消えてなかった

 アカデミーには、行けていた。授業にも出ている。ノートも開く。板書も写す。実習も淡々と行った。

ただ‥クラスメイトとあまり話さないし、琴葉とさえ言葉を交わさなくなっていた。放課後になると、すぐに帰ってしまう。何度か練習してみようとしたが、その度に、

「今日はやめておこう」

そうやって、自分に言い聞かせる日が続いていた。沙紀に泣かされた夜から、数日が過ぎていた。


 その朝は、少し早く家を出た。理由は分からない。ただ、そうしたくなった。実習場の前に立つと、中から人の気配を感じた。和也は、立ち止まった。ガラス越しに見えたのは、琴葉だった。シナベニアの上に模造紙を貼り、現寸図を描いている。姿勢は低く、視線は真っ直ぐ。姿勢を何度も変えながら描いている。線に、迷いがない。

(……入れないな)

そう思った。扉に手を伸ばしかけて、やめる。代わりに、外からじっと見つめた。しばらくして、動きが止まった。和也は、その場を離れた。


 午後。製図の授業が終わる。和也は、自然と実習場へ向かっていた。中に入ると、誰もいなかった。夕方の実習場は、静かだった。一角に、一か月前まで見慣れた“場所”がある。自分もその隣にいた。

琴葉の練習場所だった。定位置に置かれた作業台。差し金、鉛筆、砥石。どれも整理されて置かれている。その奥に、組み立てられた課題がいくつも置いてあった。和也は、近づいた。一つ、手に取る。差し金を当てる。無意識だった。

——精度が、違う。

以前見たものより、明らかに良くなっている。組み合わせは締まり、芯も通っている。

(……ここまで、来てたのか)

胸の奥が、少しだけ痛んだ。そのときだった。引き戸が、静かに開く。和也が振り返ると、琴葉が立っていた。すでに作業着に着替えている。一瞬、互いに言葉がなかった。そして、琴葉が少しだけ笑った。

「……僕、上手くなったでしょ」

自慢でも、誇示でもない。ただ、確かめるような声だった。和也は、もう一度課題に目を落とし、静かに答えた。

「ああ」

それだけだった。でも、その一言で、十分だった。琴葉は、ほっとしたように息を吐いた。実習場に、夕方の光が差し込む。止まっていたように見えた時間が、ほんの少しだけ、動いた。

火は、まだ小さい。

でも‥消えてはいなかった。

誰かの手によって、守られていた。


第67話目の投稿になりました。放課後の実習場に再び足を踏み出せた和也です。そして歩みを止めていたなっか琴葉の成長に驚かされ。

次回は 実力差に打ちひしがれながらも和也が練習を再開します。

お楽しみいただければ幸いです。

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