夏休み⑩ お盆の夕暮れ、煙の向こう
お盆の朝は、それぞれの家で始まった。小暮家は朝早くに墓参りを済ませ、月島家もまた、同じように手を合わせてきた。特別な言葉はない。線香の匂いと、静かな時間。
「じゃあ、夕方な」
良規がそう言い、和也は頷いた。
夕方、月島工匠の前には、簡易テーブルと七輪、そして大きな鉄板が並べられていた。肉、野菜、海鮮。蚊取り線香の煙と、炭の匂いが混ざる。
「はいはい、火、弱めて」
沙紀が仕切る。
「ほら親父、そこ危ない」
「分かっとる分かっとる」
言いながら、全然分かっていない顔の仁吉。月は、その横で笑っている。
「もう、あなたは火を見ると子どもになるんだから」
「楽しいんだからええだろ」
「ええけど、焦がさないでね」
そこに、琴葉の姿もあった。
「琴葉ちゃん、来てくれてありがとう」
月が声をかける。
「いえ、こちらこそ…」
和也が、少し気になって声をかけた。
「大丈夫だった? お盆に。親戚とか集まってない?」
琴葉は、少し笑って答えた。
「うちは明日の夜に親戚集合なんだよね。僕もお泊り。だから今日は、沙紀ちゃんたちと楽しく過ごそうって」
「そっか」
「うん。だから遠慮なく来た」
その言葉に、和也は安心した。恋も、隣で頷いている。
肉が焼け、ビールが開き、話題は自然と仕事の方へ流れた。
「そうそう」
仁吉が日本酒のなみなみとつがれたコップを片手に箸を止める。
「この前のLGSの現場な」
和也の手が、一瞬止まる。
「佐藤建装の佐藤社長から、電話があってな」
場が、少し静かになる。
「え?」
「『小暮君、うちに来ないか』だと」
一瞬の沈黙。
「引き抜きたいって話だった」
「……」
恋が、和也を見る。仁吉は、あっさり言った。
「丁寧に断った」
「え?」
和也が思わず声を出す。
「うちの4代目後継者を渡すわけにはいかない。それに今は育ててる途中だってな」
「親方…」
「でも最後は和が決めることだ」
仁吉はそう言って、肉を裏返した。
「それに」
ちらりと良規を見る。
「和は、大工向きの顔だ」
その瞬間――
「和也、」
良規が、急に言った。
「沙紀が大学を卒業したら、小暮設計は沙紀が継ぐ」
一同、きょとん。
「で」
間を置いて、
「和也、お前は好きにしろ。まあ、仁吉の後継者っていうなら、これまでどうり、うちと月島工匠は持ちつ持たれつの協業関係でいくだけだ」
一拍。次の瞬間。
「はぁっ!?」
「ちょっと待って父さん! なんでそうなる!」
和也が慌てる。
一方で――
「……マジか」
仁吉が固まる。次の瞬間、
「やったぁぁぁ!!」
月が手を叩く。
「仁ちゃん、聞いた?!」
「聞いた聞いた!」
二人で大笑い。沙紀が腹を抱える。
「ちょっと待って、急すぎる!」
恋も風香も笑っている。
「いきなり未来決まりすぎじゃない?」
琴葉は、目を丸くしていた。
「え……えぇ……?」
良規は、涼しい顔だ。
「冗談じゃないぞ」
「親父マジで言ってるの?」
和也が叫ぶ。
「ああ、でもお前が決めていい。強要はしない、お前が決めろ」
良規は、煙の向こうで言った。
「覚悟を決めてやれってことだ」
仁吉が、大きく頷いた。
「聞いたか和。逃げ場はないぞ」
「なんでそんな話になるんだよ…」
「いいじゃない」
朱莉が笑う。
「みんなで笑える未来があるってことよ」
炭が、パチンと音を立てた。夕焼けが、工房の壁を赤く染める。笑い声が、途切れない。この時間が、当たり前のように続くと、誰も疑っていなかった。和也も、恋も、そしてここにいる全員が。
煙の向こうに、まだ見えない未来があることを、このときはまだ誰も知らなかった。
第56話目の投稿になりました。夏休み編の最後はにぎやかなBBQでした。
次回は、和也,新しい挑戦の始まり回です。
お楽しみいただければ幸いです。




