夏休み⑦ 段取りと火柱と包囲網
朝の湖畔は、夜とはまるで別の顔をしていた。水面は凪ぎ、光が反射してきらきらと揺れる。テントの間を、少し冷たい風が抜けていった。一番早く起きていたのは、やはり沙紀だった。サイトの端で、木刀を構え、静かに素振りをしている。空気を切り裂く音、呼吸と足運びだけが、確かにそこにあった。
「……やっぱりやってる」
恋が眠そうな顔で出てきて、小さく呟く。
「やらないと落ち着かない」
沙紀は一振り終えて、木刀を下ろした。
「おはよう」
「おはよう。朝からすごいね」
「癖だよ」
そう言って、水を一口飲む。その様子を、少し離れたところで琴葉が見ていた。
――やっぱり、強い人だ。
剣道の強さだけじゃない。自分の芯を、毎日きちんと整えている強さ。
朝食の準備は、自然と望が仕切る形になった。
「まず湯を沸かす。パンとスープ。火は強くしない」
短い指示。でも、無駄がない。和也と琴葉は、言われる前に動いた。
テーブルを出し、ゴミ袋を準備し、クーラーを整理する。
「息ぴったりやな」
雄介が言う。
「仕事の癖」
和也が答えると、琴葉が頷いた。
「段取りは命」
「なんでキャンプでそんな重い言葉出るんや!」
「現場と一緒」
「なんでや〜!!」
朝からいつもの調子で、全員が笑う。ほのかが、包丁を持ちながら言った。
「望さん、慣れてますよね」
「大学の頃から。前の仕事してた時も、週末はだいたいキャンプだった」
「へえ……」
ほのかは、それ以上聞かなかった。でも、その背中を少しだけ意識しているのが分かる。
朝食のあと、湖へ向かう。水着に着替えた女子たちが、声を上げて走る。
「冷たっ!」
「気持ちいい!」
風香と恋がはしゃぐ。琴葉は足元を確認しながら、慎重に入っていく。
沙紀はタオルを肩に掛けたまま、木刀を地面に立てて手をのせたまま、見張り役のように仁王立ちしていた。
「沙紀さん、入らないんですか?」
ほのかが聞くと、沙紀は即答した。
「皆の安全確保が必要だ」
「安全確保?」
「どこに良からぬ輩がいるか分からないからな」
「そんな一緒に遊びましょうよ」
「ありがたいがこれだけ女子が水着姿で戯れているからな。いつ周りの男どもがふらちにナンパしてくるかもしれない。私がにらみを利かせていれば問題ない」
真顔で言うから、全員が笑った。
和也は少し離れたところで、その様子を眺めていた。胸の奥が、穏やかに温かい。そこへ、あいりが近づいてくる。
「和也くん、泳げる?」
「普通には」
「私、ちょっと苦手で……教えてほしいな」
和也が頷きかけた、その瞬間。
「私も行く」
恋。
「私もー!」
風香。
「私も。危ないし」
琴葉。
「それなら私が指南してやろう」
いつの間にか沙紀まで木刀を携えて声を掛けてきた。4人が当たり前のように並ぶ。あいりは一瞬だけ固まってから、笑った。
「……女子、強すぎ」
ほのかが小声で言う。
「完全包囲網だね」
雄介が遠くで叫ぶ。
「女子連合こわっ! なんでや〜!!」
沙紀が即座に言った。
「安全第一」
琴葉も頷く。
「現場と同じ」
恋が微笑む。
「楽しいからね」
和也は、苦笑しながら湖に入った。
昼は、望の段取りで調理が進んだ。
「米を先。スープはそのあと。焼き物は最後」
「望さん、ほんと生活力高いですね」
風香が言うと、望は少し照れたように視線を逸らした。
「慣れてるだけ」
ほのかが、静かに言う。
「慣れって、すごいです」
望は一瞬だけ彼女を見て、短く答えた。
「……ありがとう」
その一言で、ほのかの表情が少し柔らいだ。
雄介が肉を持ってはりきる。
「ほな、焼きます!」
「雄介、待て」
望が言い終わる前に、雄介はなぜか油を足した。
ボワッ。火柱。
「うわあああ!」
「なんでや〜!!」
和也が反射でバケツを掴み、沙紀が距離を取らせ、望が冷静に薪を崩す。火は、すぐに落ち着いた。望が静かに言う。
「雄介。火は“増やす”ものじゃない。“育てる”もの」
「……育て方、分からん」
「分からないなら触らないほうがいい」
「なんでや〜!!」
その返しに、全員がまた笑った。
夕方、温泉から戻ると、焚き火が再び起こされた。望が火を育て、和也と琴葉が薪を分け、沙紀が木っ端をなたで割る。
「沙紀姉、割り方きれい」
和也が言うと、沙紀は肩をすくめる。
「木は素直だからな」
恋が笑う。
「人より?」
「恋、それは深い」
沙紀が返して、二人が笑った。
焚き火が落ち着くと、女子トークが始まる。
刀剣。幕末。アニメ。
恋と風香と琴葉が話し、沙紀が専門的な補足を入れる。そこへ、あいりとほのかが混ざっていく。
「え、そんな設定なんだ」
「そこがいいんだよ!」
「洗脳完了だね」
琴葉が言って、全員が笑う。
和也は少し離れて、その輪を見ていた。恋は、楽しそうに笑っている。
――いい時間だ。
ただ、それだけを思った。
焚き火は、静かに燃えていた。
第53話目の投稿になりました。鉄壁の女子包囲網、そして際立つ望のキャンプスキル。キャンプ2日目。女子会トークも絶好調。
次回も、もう少しキャンプの続き、和也と恋の幸せな時間が流れます。
お楽しみいただければ幸いです。




