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リハビリと三者面談

 退院してからはあっという間だった。結果だけ言うと、入院中の補習も行い、3年生に進級することはできた。サッカー部は退部した。選手としては駄目でもマネージャーとして残るように、顧問は進めてくれた。でも怪我のリハビリ通院、補習授業で部活に顔を出せる時間もほとんどなく、何よりボールを蹴れない自分を惨めに思えてしまい嫌だった。

 入院中に、将来を考えたら進級だけはしなければならないと、両親から言われた。そんな中、恋は

「今は出来ることを一緒に一つずつすればいいよ。和兄ちゃんが留年したら、私と同級生だし。そうしたら一緒に就学旅行いける。それはそれで私うれしいもん。とにかく焦らなくていいからね」

そう言われると何だか少し安心した。

 入院中と退院直後は、サッカーが出来ない悲しさ、サッカーが出来ないことで自分の存在価値がなくなってしまうような虚無感、元の通りまでは無理でも、普通の生活が出来るまで怪我が本当に治るのかという不安感、進路に対する焦り、いくつもの気持ちに打ちひしがれていたからだ。

 それでも事故から2か月時が経過した頃には、気分が少し落ち着いてきた。

「とにかく普通の生活に戻れるように(あし)直して進級だけ目指そうかな」

「うん、その息だね和兄ちゃん」

恋の言葉が後押しになって、少しだけ前向きに考えられるようになっていた。

 それ以来、リハビリと勉強を熱心に取り組んだ。

 退院してリハビリの初めは、両親と恋の姉が交代で自動車で送迎してくれた。自宅から高校までが近かったこともあり、次第にリハビリを兼ねて怪我の前のように徒歩で通うようになった。

 初めて徒歩での登校を行った日、徒歩10分の距離だったはずなのに、松葉杖を使い40分かかった。

「うわ~家から通うのがこんな掛かるなんて」

「凄いよ和兄ちゃん。学校まで歩けたよ。大丈夫だよ少しずつならしていけば。膝痛くない?」

恋が寄り添いながら言ってくれた。心配だからと毎日一緒に登下校してくれた。次第に杖を使わずに元の時間より数分掛ければ、通えるようになっていた。

 休んでいた分の補習を受講し、真面目に授業と復習に取り組んだ結果、怪我をする前よりも成績は大幅に上がった。これまでやったことのなかった課題も、放課後残って図書室で行ってから帰るようになった。自主的な居残りも恋は毎日付き合ってくれた。

面白いもので成績が上がると、自宅に帰ってからも教科書を開くようになった事に、和也自身が驚いた。以前のように外出はしなくなり、帰宅後は部屋に閉じこもることが多くなりがちになりそうだった。でもそういう時、大抵妹達が部屋にやって来た。


「お兄ちゃん、あっそぼ」

机に向かって数学の問題を解いていると、突然部屋のドアが開いて妹の風香が入ってくる。Tシャツに短パン姿のラフな部屋着の風香。中3の妹はいつもこうして乱入してくる。

「え~また勉強してるの?」

「今、問題解いてたところだから‥」

やんわりとお断りしたつもりが、

「恋ちゃんも来てるし」

「え、恋?」

お隣さんの幼馴染だけあって、昔は良くそれぞれの家に行って遊んだものだった。今でも風香と恋は実の姉妹のように仲がいいし、どちらかの部屋で一緒にいることが多い。中学で部活を始めるまではよく和也の部屋でも遊んでいた。それが怪我をして退院すると、和也のお世話係の名のもとに、復活した。

 帰宅してから1時間。部屋着に着替えた恋が入ってくる。風香とお揃いのような恰好だった。シャンプーのいい香りが漂ってくる。

「和兄ちゃん、まだ勉強してたんだ。さっきまで図書室で課題やってたのに」

「何か面白くなっちゃって」

「風ちゃんから集合ってライン来た」

スマホの画面を見せてくる。

「風香、恋呼んでどうするの?」

あきれた声で妹を見つめた。

「晩御飯の用意できたから、三人で食べて遊ぼうよ。恋ちゃん家から煮物のおすそわけもらったよ。晩御飯の用意できてるし」

ニコニコしながら腰に手を当てて得意げに言った。

「恋、ありがとう。(つき)さんにもお礼言って。いつも本当にありがとうって」

恋に向かって頭を下げた。

「別に大丈夫だよ。お母さんも好きで作っているんだもん」

手のひらを胸の前で小さく振りながら、恐縮そうに言った。

「それで我が家の親達は?」

「今日も仕事で遅くなるから、夕方先に食べちゃったって。唐揚げとポテサラはお母さんが用意してたけど」

「はぁそうか父さん達忙しいな」

やれやれと思いながら、深いため息を吐いた。

 和也の両親は自宅で設計事務所を営んでいる。繁忙期は二人とも夜遅くまで仕事をしているため、夕食は和也達が帰宅する前に済ませていた。怪我の後、和也の食事の世話は風香が行っている。恋がおすそ分けを持ってきて一緒に食べることも多かった。

「恋もまだ食べてなかったの?」

「お母さんが和兄ちゃん達と3人で食べなさいって」

 食事を済ませてから、恋と風香が食器の後片付けをしている間に、和也はシャワーを済ませた。3人はリビングでゲームをした後、アニメを見て22時過ぎに恋を帰宅させる。隣とは言え和也が玄関席まで送っていった。こんな感じの日々が3年生に進級してから多くなっていた。


 7月も終盤に差し掛かり、夏休みになっていた。和也はベッドの上で横になり、天井を見つめていた。外は連日33度越えの暑い日だったが、部屋の中はエアコンが効いていて快適だった。

 さーて、どうしようかな。 頭の中に、昨日の三者面談が思い出された。

「なぁ和也、これからどうするよ」

担任の佐々木から質問された。50代前半のベテラン教師。夏の最中だというのに長袖のYシャツにネクタイをきっちりと締めている。佐々木もどうアドバイスしていいのか分からずに、和也の答えを聞きたいのだと思われるそんな言い方だった。

「まだ僕自身どうしていいか、どうしたいのか分からないので正直迷っています」

うつむき加減に小さな声で答えた。声のトーンから不満げなのは明らだった。

「大学に進学する気はないのか。確かにサッカーでの推薦は無理なのかもしれないけれど、サッカーだけが人生じゃないだろう」

やんわりとした口調だったが、努めて言葉を選んで話しているのが分かる。和也は右手で膝の上を握りしめた。もう膝に痛みはなかった。悔しさと絶望感がこみ上げてくる。

「分かってはいるんですけど、だけどサッカー以外で何をやりたいかって言われると特に何もなくて」

「確かにな、怪我のことは残念だ、本当に残念だ。だけど部活も辞めてしまったし、その膝ではかわいそうだけどサッカー無理だろう。だったら次に進まなければいけない。進学するにしても就職するにしても、それなりの準備が必要だからな」

まさかサッカーの道が絶たれるとは思いもしなかった。これまでそれ以外の選択肢など考えたことは無かったのだから。怪我して以降、面白くなって勉強はしてきたが、何かをしたいためでは無かった。

「先生、まだ本人もどうしていいか気持ちの整理がついてないようで。でも本人の人生のことですから、やっぱり和也本人が自分で結論を出さなければならないことなのかと」

脇に座っていた母親が申し訳なさそうに言った。

「とにかく何か一歩を踏み出さないとな。て、いうか和也、サッカーやっていた時より成績上がっているし。リハビリと補習すっごく頑張ったよな。最近はクラスでも成績上位だし、学年でも270人中30番以内。たいしたものだよ。てっきりどこかの大学に進学したい目標が出来たのかと思っていたよ」

「はぁ、まだ何をやりたいのかが分からなくて。これまではリハビリとか、進級とか、日々の課題とか、目先の目標にまずは取り組もうって思ってましたから」

「幸いまだ時間はある。夏休みの間、いろいろ考えてみような。次の目標、早く見つかるといいな」

やさしい佐々木の言葉。それが何故だかつらく感じる。

 これまで目先の課題を解決することで、直視することを避けてきた進路選択の大問題。分かってはいたはずなのだけど、そこから逃げていた自分。

「はい」

ボソッと返事をすると、小さくうなずいた。

 教室はエアコンが稼働していて涼しいはずなのに、汗が額から流れ落ちていた。いたたまれなくって、ただ無性に暑くて居心地が悪かった。


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