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並んで削る

 抜糸は、思っていたよりあっけなく終わった。

「もういいですよ」

医師のその一言に、琴葉は何度も頷いた。指を動かす。違和感は残るが、痛みはない。

——戻れる。

その気持ちが、先に立った。その足で実習場に向かう。


 実習場に着くなり、作業エリアに入る。琴葉は、鑿を手に取った。握る。

……軽い。思ったより、感覚が遠い。

「……」

無意識に、力が入る。

「待って」

和也が、すぐに声をかけた。

「焦らない方がいい」

琴葉は、唇を噛む。

「……大丈夫、だと思った」

「怪我の後は、そんなもんだよ」

和也は、静かに続けた。

「今週は、リハビリだよ」

背後から坂崎が声をかける。

「……リハビリ?」

「ここまでの復習だね。最初から全部の工程を二人でこれまでやってきた事を全て確認して一つ課題を作ってごらん」

琴葉が顔を上げる。

「大会まで、あと3週間」

悲壮感のある琴葉の言葉に

「時間はまだあるよ」

はっきりとした坂崎の声だった。

「今までやってきたことを、信じよう」

和也が言うと、琴葉の肩から、少しだけ力が抜けた。


 現寸図。琴葉は、鉛筆を握る。線を引く。ゆっくり、確実に。

「ここ、どう見る?」

「……この通り、もう一回確認したい」

和也は、頷いた。

「いいよ」

描いて、講評。消して、描き直す。

木に向かう。鉋で部材を長方形に削ってから、振れている部材のくせ取りを行う。断面がひし形に削られていく。

「これ、(かね)(直角)甘いよ」

「このくせ、もう一回確認してみよう」

琴葉も鉋を握ってゆっくり削っていく。

墨壺で芯墨を打ち、墨差しと指金、自在金を使って墨を入れていく。

「これ、墨現寸に微妙に合わない。もう一回作ろう」

慌てずに、墨付けの駄目だった部座を新しい部材で作り直して墨を付け直す。

「これ何でずれたんだろう?」

「たぶんここの起点の取り方が甘かったんだよ」

失敗した部材を確認しながら、新しい部材に墨を入れ直す。墨付けが終わると鑿を入れて加工する。

ゆっくり。スピードは意識しない。墨を落としすぎないように意識する。

「ここ、もう少し攻めた方がいいかな」

「僕はここは少し残し気味にする……怖いんだ」

「でも後から手直し多くならない?」

現寸、木削り、墨付け、加工。すべて手順を確認しながら進める。組立も、2人でやった。普段は一人で組むため、2人で組立すると作業がはかどった。

「次、ここ下穴」

「了解」

「ここ押さえながら、釘打たないと」

「その前に矩(直角)確認しないと」

「あ、そうか」

全ての動作や体の使い方を言葉に出しながら作業を進めていく。


 完成した課題を前に、2人は並んで立った。精度は、申し分なかった。納まりも、美しい。

ただし——

「4日、かかったね」

 坂崎が言った。

「……はい」

「時間はかかったね」

琴葉の胸が、きゅっと縮む。坂崎は続けた。

「その代わり出来はいい」

完成した課題を、指で軽く叩く。

「1から全部、確認できたね」

「……」

「この時期に、それができたのは大きい」

坂崎は、琴葉を見る。

「よくやったね」

「……ありがとうございます」

「感覚も、だいぶ戻ってきてるようだ」

和也にも視線を向ける。

「このまま、焦らずに時間を詰めていこう」

「はい」


 その夜。和也は、ベッドに横になっていた。天井を見つめたまま、目を閉じる。

——あの日。怪我をした夜、枕元に、沙紀がいた。膝をつき、和也の顔を覗き込む。

「いいか」

沙紀は、低い声で言った。

「琴葉を、しっかり励ましてやれ」

「……うん」

「あいつは今、間に合わないかもしれないって思ってる」

「……」

「絶望に、近い」

沙紀は、和也の頭を撫でた。

「大怪我したお前なら、分かるだろ」

「……分かる」

「一緒に並んで頑張ってきた琴葉を、見捨てるな」

「……分かってる」

「お前が、支えろ」

和也は、小さく頷いた。

「うん」

記憶が、静かに遠のく。

 

 実習場。琴葉は、和也の隣で、もう一度木に向かっていた。同じ高さ。同じ目線。並んで削る。大会まで、あと2週間。

——まだ、間に合う。

2人とも、そう信じていた。



第100話目の投稿になりました。ここまでお読みくださりありがとうございます。

琴葉と和也、課題をゆっくり確認しました。技能検定でもこうして試験の少し前に、制限時間関係なく1から手順を確認することはとても大切になります。試験時間を気にして、つい忘れてしまったり飛ばしてしまっている大事な手順やポイントを確認し直すことで、再確認できます。そうすることで、作品の完成精度が格段に向上します。

次回は、全国大会前2週間前の練習です。

お楽しみいただければ幸いです。


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