17歳の挫折
「和兄ちゃん」
「恋、来てくれたんだ」
「うん、頑張ってね。でも怪我しないでね」
「ありが…」
「和、頑張ってね。小百合応援してる」
そう言って制服姿の女子高生は二人の間に割って入り、ユニフォーム姿の男子に抱き着くと頬にキスをした。
「勝利のおまじない」
「ありがとう。絶対勝つから」
「和兄ちゃ…」
寂しそうに見つめる視線に男子生徒は気づかない。
「和、早くロッカールーム入って」
チームメイトにせかされる。
「あ、はいすみません。じゃあ、俺、行くから」
全国高校サッカー福徳県大会準決勝。神京高校VS氷山商業高校。晴天のその日曜日、氷山市サッカー場には多くの観客が集まり、声援を送っていた。
「さあ、試合時間は後半23分残り17分。試合は1対1の同点。第3シード守備からカウンター攻守速攻の神京か、ノーシードながらチームのエース絶好調、2年生のフォワード小暮を中心とした攻めの氷山商業か。勝った方がすでに決勝進出を決めている王者、翔志高校との決戦になります。ここまで神京はカウンターからの攻めで前半30分に1点先制。氷山商業も高い位置でのチェイシングから、ウイングの小暮がドリブルで持ち込み何度もいいボールを上げるも、堅い神京の守備に阻まれ。でも諦めない氷山商業、後半20分に小暮のドリブル突破からのシュートを神京キーパーが弾いたボールに走りこんだ3年佐山がゴールを決めて同点」
実況解説のが響きわたる。試合は一進一退の攻防戦になっていた。氷山商業は最前線のフォワード2人が高い位置で激しくチェインシングに行き、二列目の選手が相手ボールを奪いドリブルで飛び込むとゴール前にパスを出す。フォワードの二人が飛び込むも相手ディフェンダーがこれをブロックしてカウンター攻撃を仕掛ける。するとまた氷山商業のボランチの二人がチェイシングに行き、サイドバックの選手がこぼれ球を回収して、攻守が激しく入れ替わる接戦になっていた。
「あーっと、氷山商業のフォワード佐山がチェイシングしてこぼれた球を、左サイドウイング小暮が取って、ドリブルでサイドから中央へ走りこむ。氷山商業、選手がゴール前に3人が走りこむ、小暮パスかシュートか」
次の瞬間、ボールを持った選手の前後から大柄な相手ディフェンダーがボールを取りに行くと、二人のディフェンダーの足が和也の足にぶつかる形となった。
「あーっと、ペナルティーエリア内で小暮が倒された。小暮倒れて膝を押さえてうずくまっている。まだ起きない、これは大丈夫か」
審判が駆け寄ると、相手ディフェンダーの一人にレッドカードを掲げた。負傷した小暮はそのままタンカで運び出された。試合は小暮の得たPKを3年生佐山が決め、一人少なくなった神京高校の猛攻を氷山商業がしのぎ切り、氷山商業が勝った。しかし翌週の決勝戦、怪我でエース小暮を欠いた氷山商業は翔志高校に3対0で敗れてしまった。
病院のベッドの上に上半身を起こして起こしたベッドに寄りかかると、和也は窓の外を眺めていた。あの試合から数週間が過ぎていた。負傷退場後、すぐに病院に運ばれた和也は、結果、右膝半月盤損傷、複数の靭帯断裂の重傷だった。担当医からは今後、退院しても数か月リハビリに通いながら普通の生活には戻れるが、激しい負荷のかかる運動は9ケ月は無理だろうと言われた。
入院中、サッカー部の仲間や、怪我をさせた相手校の選手が見舞いに来たり、謝りに来てくれた。でも次第に和也の元を訪れる人数は、時間の経過とともに減っていった。病室に毎日見舞いに来るのは、母親とお隣さんの幼馴染二人と妹の4人だけ。そしてつい先ほど…、
「私達、別れましょう。サッカーの出来ない和なんて私、可哀そうで見てられないの。ごめんなさい」
一週間ぶりに見舞いに来た小百合。つかつかと病室に入ってくると、それだけ言うと和也の返事も聞かずに病室から出て行った。和也はサッカーでの大学進学を考えていた。それが9ケ月ボールに触れないとなるとブランクも出来る。選手生命が絶たれ、そのうえで普通の生活もままならないリハビリ生活。これからどうしていいものか放心していたところにこの仕打ち。気が付くと目から涙がこぼれ落ちていた。
もうどうでもいいや。和也の中で何かが切れてしまっていた。
初めての投稿になります。
楽しんで読んでいただければ幸いです。