翌朝
三題噺もどき―ごひゃくに。
外から、セミの声が聞こえる。
リビングの窓は開けてはいないのだけど……。
と、思ったが、よく見たらキッチンにつけられている裏口ドアが開いていた。なんというか、裏口ドアについている窓が開いていた。
あそこはいつも母が開け放してあるんだった。
「……」
夜リビングの冷房を入れるときは閉めているから、今朝また開けたんだろう。
あそこを開けたところでたいして部屋の気温は変わらないが、まぁ、空気の入れかえにはなるのかもしれない。他に窓開いてないから意味ないと思うけど。
「……」
今朝。
今まで通りの時間に起きて、起きたはいいものの特に予定もないんだよなぁと。
ぼんやりとしていたら、両親はいつの間にか出勤していたので、リビングに降りてきた。
二階建ての我が家は、よく見るような家と同じ作りだ。一階がリビングで、二階にそれぞれの私室がある。
「……」
しかし、こうしてリビングに降りてきても、何もすることはない。
なんとなく、携帯をいじる気にもなれないのが、なんだかおもしろい。仕事をしている間や、学業に励んでいた頃は、あんなに寝る間も惜しんで携帯をいじっていたのに。
いざ時間ができてしまうと、そんな気も失せてしまうのか……。
まぁ、それなりにゲームのアプリは入れているので、ログインぐらいはするけど、それ以上がない。動画もあまり見る気にもなれない。
「……」
リビングのソファに座り、ぼうっとしている。
セミの鳴き声と、時折車の通りすぎる音。
扇風機の低い音に、時計の針の進む音。
何も手につかずに、ただ時間だけが過ぎていく感覚。
近年まれにみる暑さで、思考回路は焼けていく。
「……ん」
このままでは、なんとなくヤバイ気がして。
とりあえず、何か他の情報を入れてみようかと、テレビをつけてみる。
この時間帯にテレビを見ていたことがないので、何をしているかは知らないが……。ニュースぐらいはいつでもしているだろう。
「……」
すぐにテレビに映し出されたのは、あるニュース番組だった。
ニュース番組の、ある特集という感じの……某テーマパークの楽しみ方みたいな感じのやつだった。定期的にこういう特集を見るが、あまり興味のない身としては楽しみ方も何も……って感じではある。
「……」
もう少し近くに住んでるとか、年間パスポートを持っているとかだったら、よさそうだけど。
ここからそこまではあまりにも遠いし、年パスなんてものは持っているわけはないし。
まぁ、でも、楽しそうだなぁとは思わなくはない。あんなにはしゃいで、大人も子供も関係なく楽しめるのだと証明しているようで、羨ましくもある。
「……」
時折、引きで映るそのテーマパークには、ものすごい数の人が映っている。
かなり日差しが強いのか、待機中の列には日傘をさしている女性が多々見られる。
並んでいて、それをされると危なそうだが、そんなことは今に始まったことじゃないんだろう。きっと行き慣れている人は慣れて居るだろうし、この猛暑の中では文句も言うまい。むしろ日傘をしていない人を見ると、暑くないのかと心配になる。今では男女関係なく傘をさすべきだと言われているんだし、それだけ異常な暑さなんだから、尚更あれこれ言う人は居ないだろう。
「……」
しかし、なんで今の時期にと思ったが、そうか。今世間的には夏休みなのか。
すっかり忘れていたが、そういえば妹も夏休みだと言っていた。それには関係なく、部活があったり授業があったりで朝はすでに家にいないので、そういう感覚があまりない。
妹が出て行く時間より先に自分が出勤していたのもあるんだけど。
「……」
なんというか……そうかぁ、夏休みかぁ。
テレビに映るのは、家族づれが多いように思う。他にも若者が集団で居たりもする。インタビューを受けている人たちは、心底楽しそうに笑っている。
今この瞬間が、とても楽しいのだと誰が見ても思えるような。
「……」
瞬間。
一人、ぽかんと、浮かんでいるような感覚に陥った。
真っ暗な、何もないところに、ただ浮かぶだけの何か。
こんなに、あんなに、人々は各々楽しんでいるのに。
人生を謳歌しているように見えるのに。
自分はなんで、今こんなとこに1人でいるんだろう。
どうして、仕事を辞めたんだろう。
次も何も決まっていないのに?なんであそこから離れたかったんだろう。
どうして、実家に暮らしていながら、こんな親不孝なことをしてしまったんだろう。
親に迷惑をかけるだけなのに?何も言わないのは興味がないからだろう。気遣ってとかじゃない。
やりたいことも、やってみたいことも、何もないのに。
なんで自分は一人でこんな所にいるんだろう。
存在意義なんてない癖に、どうしてここにいるんだろう。
なんのために。
いきてるんだろう。
『―――きゃぁーー!!!』
「―――!!!」
突然聞こえた悲鳴に引き戻される。
テレビでは水にぬれて楽しむアトラクションが映されていた。
よくない癖だ……勝手に変な思考が先走りする。
考えたところで意味はないのに、考え始めると止まりそうになくなる。
「……」
次が決まってないなら、さっさと探さなくては。
何もしないままでは、生活がしていけなくなる。
生きていけなくなる。
お題:パスポート・浮かぶ・傘