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後日談① よくある王宮での一幕と側近の独り言 side ジン

蛇足的な後日談。ジェレミーの側近のジン視点。

俺の名前はジン。

孤児上がりだが少年時代から仕えていたジェレミーが王に即位したおかげで、今は“陛下付き特別室室長”なんて立派な肩書を持った文官になっている。

だいたい長い名前の聞いたことのない役職は、立場は与えたいけど組織に組み込めない奴のためにある。

なんてことはない、ジェレミーの側近で、要は便利屋という役回りだ。

革命のどさくさで、騎士団団長の養子となり、伯爵子息という身分も持っている。


そして、現在の重要なお仕事はというとジェレミーの溺愛するお妃サマの警護なわけで……。


「王妃様、ごきげんよう。ここでお会いできてよかったわ。折り入ってお話がありますの」

ジェレミーが粛清して、貴族達はおとなしくなったかと思いきや、バカはいくらでも湧いてくる。

取り巻きを四人ほど連れた公爵家の長女が王妃様に尊大な態度で話しかけている。

鮮やかな青いドレスに琥珀のアクセサリーをこれでもかってほど身につけている。

取り巻きの令嬢も赤、黄、緑にオレンジと原色ぞろいで目が疲れる。


オイオイ、身分が上の者から話しかけるまで話すなよ。

面識もないのに、自分から話しかけるなんて論外だ。

王妃様に用件があるなら、謁見の申請を出せよ。

そんなこと、孤児で庶民出身の俺でもわかるけど。


「ごきげんよう。どういったご用件でしょう?」

王妃様は、そんな無礼な女にもにこやかに微笑みかけている。

ジェレミーと婚姻してからの王妃様は、以前と全然様子が違う。


一言で言うと、前は生命力が枯れていた。

痩せぎすの体に地味な衣装をまとって、ひたすら人々のために走り回っていた。

自分の感情や存在を消すように、ただすべきことをして生きていた。


でも、今は愛されるお妃サマっていうのがしっくりくる。

よく手入れされた銀髪はふわふわと風に揺れているし、白い肌に似合う淡いピンクのドレスを着こなしている。

華奢で可憐で、まるで妖精のようだ。


小柄で儚げな王妃様だけど、長身の公爵家の令嬢に一歩も引く様子はない。


ーーー女の闘い開始だな。

目の前の風景にげんなりしながら、部下に目配せして、ジェレミーへ知らせを出す。

さて、今日はどのくらいで駆けつけてくるかな?


「王妃様、ご懐妊だとか……おめでとうございます……」

公爵家の令嬢はちっともめでたいと思ってない顔で、王妃様のふっくらしたお腹のあたりを見つめている。


「ありがとうございます。それで、用件とはなんでしょう?」

勢いのわりに本題を切り出さない令嬢に王妃様が切り込んだ。


「あの、大きな声では言えないのですが……王妃様の妊娠中、陛下は夜お寂しいのではないかと思いまして……」

令嬢は声をひそめて、優しい声音で続けた。


「あのわたくし、昔、陛下と仲良くさせていただいた時期がありますの……一緒に来た方たちも……見知らぬ仲ではありませんし……適任かと思いまして……」

小さくて優しい声とは裏腹に、令嬢は蛇のような目で王妃様の表情を伺っている。

その目にあるのは、妬み、嫉み、恨みか?

王妃様は一瞬も表情を変えずにニコニコして話を聞いている。


「王妃様は妖精の血筋ですし、陛下が大変大事になさっているのも承知しております。でも、だからこそ陛下から直接は言い出しにくいかと思いまして……。こういったことは妻が配慮して、手配するものなんですよ」

令嬢は王妃様に身を寄せて、声のトーンを落としてささやく。

いかにも親切心からですと強調してくるところが忌々しい。


「王妃様もご存じかもしれませんが、陛下が貴族を粛清されたおかげで、貴族令嬢は婚約が潰れたりして、適齢期の令嬢が婚期を逃しているんですよ!」

王妃様は相変わらずにこやかで余裕のある表情で、その顔に怒りも動揺も見られない。

特に反応のない王妃様に、令嬢の方は悔しそうな表情をした。全然別の方向から攻めることにしたらしい。

手振り身振りも激しくなる。取り巻きの貴族令嬢を指さして熱弁している。


「結婚相手となる優良な貴族の子息が少ないのです。こういった事態ですから、陛下には側妃でも愛妾でも娶っていただいて、養っていただく義務があると思うんです!」

今度は令嬢は胸を張って腕を組み、とんでもない主張を大声でする。


「先ほども言いましたけど、わたくし、陛下とは特別仲良くさせていただいていまして。夜なんかは特に夢のように素敵な時間を過ごしたんですよ。きっと陛下にも満足いただけると思うのですけど、お許しいただけますか?」

令嬢は王妃様への敵意をもう隠すこともなく、勝手な要望を押し付ける。


「あらぁ、そうですの。確かに陛下との夜の時間は夢のようですよね。あなたはとてもよく陛下のことをご存じのようですね」

王妃様がにこにこしながら返事をするので、令嬢の表情は期待に満ちて目がギラギラしてきた。

獲物がかかったと思ったのだろう。

貴族令嬢なのにその表情でバレバレだ。


「でしたら、わたくしに夢のような夜の過ごし方をご教授いただけるかしら? わたくしで陛下がご満足いただけているかわかりませんものね……。あなたの方が陛下のことよくご存じのようですし」

王妃様はまるで少女のように邪気のない笑顔で微笑んで、コテンと首をかしげる。


「え? ……いや、そうではなく……」

「わかるんですよ。あなたも泣く泣く陛下の愛妾になるなどとおっしゃっているのですよね? だって、そうでもしないとご実家を立て直すことなんてできない状況ですものね。そんな理由でもない限り、家を通さずにこんな提案しませんよね? せっかく繊維の産業で財を築いたのに、後妻であるあなたのお母様とあなたの散財のおかげで財政が傾いていますものね。公爵家の財を使い尽くすってどうすればいいのか想像もつきませんけど。あ、孤児院の改修や橋の修繕などを徹底的に行ったのかしら? そんな報告はあがっていませんけどね。それに散財癖を理由にケインズ侯爵家から婚約破棄されていますしね。トルーマン公爵令嬢」

王妃様は公爵令嬢の手をそっと握りしめて、事実を羅列していく。


さっきまでの勢いはどこへやら、公爵令嬢の顔色はドンドン悪くなっていった。

傍から見ると、王妃様が可愛そうな公爵令嬢を労わっているようにしか見えない。


王妃様は以前は地味で存在感がなくて、今はふわふわして可愛い雰囲気だ。

簡単に丸め込めると思ったんだろうな……。


貴族の顔と名前や繋がり、領地の特徴や財政はもちろん、裏の事情だって全部知っている。

腐っている重鎮や高位貴族しかいない王宮で、一生懸命、政治を動かしていたのは彼女だ。

大事な物を守るためには、容赦しなかった。

王妃様をなめてはいけない。


ジェレミーなしでも、事が収まりそうな雰囲気に俺はほっと胸を撫でおろした。


「フェリシア!!!」

足早にやってきたジェレミーが王妃様を公爵令嬢から引きはがして、引き寄せて抱きしめる。

王妃様の全身にざっと目を走らせて無事なのを確認すると、令嬢達を睨みつけた。


「陛下、今は重要な会議の時間ではなくて?」

王妃様がジェレミーの腕の中から問いかける。

王妃様の上目遣いにジェレミーが一瞬、惚ける。


いつもより駆けつけるのが遅いと思ったら、重鎮達との会議でなかなか抜けられなかったんだな。

身体的に攻撃してきたら、防ぐように言われているけど、こういった手合いは俺は苦手分野で、王妃様からも手や口を出さないように言われている。

でも、ジェレミーは王妃様の心にだって傷一つ付けたくなくて、こうして駆けつけてくる。


「お前と夜を共にしたことはない。俺は意味のない虚言が一番嫌いだ。それに、フェリシア以外に妻も愛人もいらない。フェリシアだけが俺を満たしてくれるんだ。余計なお世話だ」

周りの空気が凍り付く。

取り巻きの令嬢達が公爵家の令嬢から一歩退いた。


「でも、陛下、昔はあんなに親しくした仲ではないですか!」

「お前と親しくしたのは、情報収集のためだ」

震える声でジェレミーにすがる公爵家の令嬢を、ばっさりと切り捨てた。

ジェレミーは夜会で様々な令嬢達とダンスを踊ったり、親しく話したりはしていたが、夜を共にしたことはない。


「そうだな……お前に無駄な期待を持たせたことと、俺が貴族を粛清したせいで結婚できないこと。責任を取ってやろう」

ジェレミーの言葉に、公爵令嬢の瞳に希望が灯る。


「王命で婚約を整えてやろう。確か北の辺境のクラム伯爵が嫁が欲しいと言っていたな……。帰って沙汰を待て」

「待ってください。鬼神の元へ嫁げなんてあんまりです!」

ジェレミーにつかみかからんばかりの公爵令嬢の前に、俺は体を滑り込ませた。

泣いて怒って、忙しいな……。

表情管理が全くできてないけど、本当に公爵家の令嬢なのか?


「口答えか? 王妃への無礼だけでなく、俺への無礼も重ねるのか?」

ジェレミーの言葉に威勢のよかった公爵令嬢が床に崩れ落ちた。

ザマーミロだな。

その様子を見て、俺も溜飲が下がる。

女騎士達が来て、公爵令嬢を引きずるように連れて行った。


「ああ、友情に免じてお前達にも王命ですばらしい縁談を用意しよう」

青ざめる取り巻き達にジェレミーは言葉をかけた。

令嬢達は目を見開いて、ジェレミーを見つめたが反論することなく肩を落としてその場をあとにした。


恐らく、公爵令嬢も含めて、王都に来られない距離で社交もあまり必要ない厳しい家に嫁がされるのだろう。

そういった家を即急にピックアップしないとな……。

また、余分な仕事が増えたな……。


「ジン、害虫が入り込むとは警備はどうなってんだ?」

「昔からの慣例で王宮で仕えている者の家族はけっこう顔パスなんだよ。どっちにしろ、女の腐ったやつはどうにかして王妃様に接触しようとするってば。それなら、俺やジェレミーの目の届く範囲のが安全だろ?」

「はー……。それもそうか……」

ジェレミーは王妃様のふわふわの髪を撫でながらつぶやく。


「ジェレミー、これくらいなら、わたくし一人で裁けますから。重要な会議を抜けてこないで」

ジェレミーと二人になったことで砕けた口調で王妃様が詰め寄っている。

でも、たぶんジェレミーの耳にその言葉は届いてないぞ?

王妃様がぷくっと頬を膨らませて、詰め寄るのをデレデレした顔して見つめているジェレミーを見て、心の中でつっこみを入れる。


「心配しなくても、大丈夫よ。わたくし、ジェレミーの唯一の妻っていう立場は誰にも譲りませんから!」

ジェレミーが一番心配なのは、王妃様が前みたいに全てを諦めてしまうことなんだろうな。

ジェレミーのことも含めて。

王妃様のその言葉にジェレミーは王妃様をそっと抱きしめた。


以前なら、王妃様はきっと公爵令嬢の言い分に打ちのめされていただろう。

ジェレミーはすばらしい王で、ステキな人だから独り占めするのはいけない、とかやっぱり自分は釣り合ってないなんて思っちゃってさ。


でも、今はジェレミーの愛で強くなったんだろうなぁ。

うん、いい傾向だ。


「ジェレミーそろそろ会議に戻れよ」

しかし、ますます王妃様にベタ惚れになってく主君に仕事をさせるにはどうしたらいいだろうか?

王妃様を抱きしめたまま、ジェレミーがジト目で睨みつけてくる。


「あのね、ジェレミー、今日診察があったんだけどね……」

「うん」

「赤ちゃんは順調で落ち着いているから、その、閨も激しくなければしてもいいって許可が出たの……」

「……うん」

「だから、早く仕事終わらせてね?」

王妃様はジェレミーの耳元でささやいているけど、地獄耳の俺には聞こえてしまった。

ダメ押しとばかりに頬にキスをする王妃様。

ジェレミーは呆然として頬を赤らめている。

恋愛を知ったばかりの少年なのか?


「ジン、引き続き、フェリシアを頼んだぞ」

「御意~」

王妃様をもう一度抱きしめて、唇にキスをすると、陛下の表情に戻ったジェレミーはさっそうと去っていった。


「ジン、いつも手間をかけさせてごめんなさい」

ジェレミーの姿が見なくなるまで、見送っていた王妃様が俺をねぎらってくれた。


「ジンのお仕事は、ジェレミーの側に付いていることなのに……」

王妃様には山ほど護衛も侍女もついているけど、ジェレミーは出来る限り一番信頼できる俺を王妃様の側に置こうとする。

お腹に大事な命が宿ってからは特に。


「いや、俺の仕事は陛下の補佐で、一番大事な仕事は王妃様が健やかに過ごせるようにすることですから!」

笑顔で答えると、つられるように王妃様も笑う。

ふんわりとした笑顔に疲れが癒される。

「ありがとう、ジン。本当のところ、わたくしもあなたが付いてくれていると心強いの」

そう言って、働き者の王妃様も公務に戻っていった。


冷酷に改革を行ったジェレミーに直接近づいてくる人間はあまりいない。

相手はバカな貴族令嬢だったり、お貴族様だったりするけど、隙を狙って王妃様に絡んでくる輩は後を絶たない。

早くみんな、王妃様の怖さや強さを知ってくれればいいのに。ジェレミーの愛の深さも。


それまでは俺の仕事は、このままだな……。

まぁ、憔悴するジェレミーとお妃サマを見守っていたあの頃より何千倍もマシだけどな!

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