神隠し 楠田篇
1
神隠しは存在したということになった。
ただ、楠田は自分なりにもう一度、考える必要性を感じていた。おそらくこの神隠し案件こそが、楠田慎吾が解明しなければならない本物の怪異という気がしていた。
当然、神隠しなどという非科学的なものは否定することから始めないとならない。科学としてありうる結論を出すべきなのだ。
まず、少なくとも3名の生徒と一人の担任がその児童の存在を認識している。さらに当時の校長が入学式の写真を撮りなおさせ、担任だけに転校の事実と児童の存在を無いことにする指示をしている。そして探偵が調べたところ神林弓弦という名前が名簿にあったことがわかっている。さらに楠田は何故か神林弓弦という名前に聞き覚えがある。ただ、戸籍上にその名前は無くなっていた。
ここまで考えると、当時の誰かがその生徒を記録から抹消しようとしていることがわかる。その理由は何か、それがわかれば今回の怪異は解決する。
楠田はこの難問を数日考える。そしてついにある推論が浮かぶ。それはまさに恐ろしいものだった。楠田にとっては怪異どころではない。とにかくそれを確認するしかない。
まずは、入学式の写真の確認をおこなう。第一小学校の記念撮影を請け負っているのは木本写真館で間違いないだろう。まあ、地元に写真館はここしかないので、間違いなく依頼しているはずだ。
学校帰りに写真館に立ち寄る。古くからある写真館で店主は60歳は優に超えている。ここはこの店主の代でおしまいにするようで、お子さんはここから離れてしまっていた。
写真館の古い木製の扉が軋みながら開く。店先には誰もいないので中に声を掛けてみる。
「すみません」
すぐには出てこない。写真館に来る客もほとんどいないのだから仕方がないか。数回、呼びかけてようやく店主が出てきた。よだれを垂らさんばかりなので、昼寝、いや夕寝をしていたのかもしれない。白髪頭で眼鏡をかけた初老の店主だ。
「はい、何かな?」
「はい、僕は第一小学校の卒業生なんですが、こちらで撮られた記念写真についてお聞きしたいんです」
店主は寝ぼけ眼で考えながら、ようやくこちらの話を理解する。
「はいはい、君が小さいころの記念写真のことかな」
「そうです。8年前に小学校一年生だった時の集合写真があると思うのですが、こちらに控えみたいなものはありますか?」
「第一小学校だよね。あると思うな。見たいの?」
「はい、出来れば焼きまわしもして欲しいんですが」
「いや、それは無理だよ。最近は個人情報にうるさくてさ、基本は学校の管理になってるから、フィルムごと学校に渡してるんだよ」
「そうなんですか」
「でも管理用に印刷した写真は残してるよ。見るかい?」
「はい、是非」
「ちょっと待ってね」
おじいさんは裏に引っ込む。個人情報の観点から言って、こちらの確認もしないで見せていいんだろうかとも思うが、まあ、見せてくれるのはありがたいのであえて何も言わない。
やはり10分近く待って、アルバムを持って出てくる。
「ここに第一小学校分があるよ。えーと8年前か」
そう言いながらアルバムをめくる。
「これかな。何組を見たいの?」
「1組です」
「じゃあ、これだ」
じいさんが見せてくれたのは、やはり撮りなおした写真だった。そこには当然、神林弓弦はいない。
「すみません。この前に撮った写真があるって聞いたんですが、それをご存じですか?」
「え、この前ってどういうこと?」
「はい、初日に撮った写真が良くなかったとかで、撮りなおしをしたと聞いています。これはその取り直し分だと思います。覚えてないですか?」
「えー、そんなことあったかな。覚えてないな」
いや、8年前じゃなくても覚えてなさそうだ。この様子だと昼めしの内容すら覚えてないだろう。
「そうだ。撮りなおしをしたとすれば、料金が高くなってないですか?追加料金が発生するでしょう。その当時の会計報告とかないですかね」
「ああ、そうだね。君、なかなかやるね」
そう言いながら、また奥に引っ込む。その間に店主が置きっぱなしにしてあるアルバムをめくる。2回撮ったことより、もっと重要な確認をしたかったのだ。そしてそれも確認する。やはり、思った通りだ。そしてやはり10分近く経過して店主が戻る。
「そうだね。君の言う通りだったよ。撮りなおしをしているようだ。三日後に撮った履歴があるよ」
「それじゃあ最初に撮った写真は残ってないですか?」
「それはないね。使わなかった写真は廃棄しないとデータが増えすぎて管理できなくなる。残念だけどね」
やっぱりそうなるか、まあ、仕方ない。諦めて店主にお礼を言って店をあとにする。
翌日はいよいよ最終確認の日となる。平日なので本来ならば朝から学校を休んで調べ物をしたかったのだが、学校から家に連絡が行くことも考えられる。両親に勘ぐられるのはまずい。それで知恵を絞って早退なら連絡もされないということで、1時間目が終了した時点で仮病を使って早退する。
まず市役所に行く。そこで手続きをし、推論を確かめる。そしてそれはあった。やはり間違いない。そして次に図書館に向かう。ここでどのくらいの時間が掛かるのかが良くわからなかったが、昼食も取らずに作業に没頭する。
一般的な図書館にはデータベースがあって、端末で調べることもできるようだが、ここにはそういった設備が普及していない。地道に調べるしかないのだ。とにかく目が疲れる。資料を一生懸命に探していく。学校も終わったのか、図書館には学生らしき姿も増えて来ていた。知ってるやつに会わないとも限らない。少しひやひやする。そして辺りが夕暮れを迎えようとした頃に、ついに目的のものを見つけることが出来た。推論がすべて確かめられた。これですべてのピースがそろってしまった。
2
最後の怪異を解決したことですべてがはっきりする。何故、西園寺がこのバイトを始めたのか、そして楠田たちにそれを依頼したのかを含め、合点がいった。
ただ、色々、辻褄が合わない点や関係者の思惑を確認しないとならない。それも含めて今回の神隠し案件の最後の謎解きをしたいと、西園寺を含めたみんなを呼びだした。
西園寺は楠田の提案を受け、いつもの教室にみんなを集める。テーブルを囲んで全員が座っている。西園寺は真実を知っているはずなのだ。知らない他のメンバーは何事かといった顔をしている。
西園寺が口火を切る。「今回の怪異の謎が解けたそうだ。楠田、いいか?」
「はい」
「神隠しはあったということだろ?」鷲尾が言う。他の二人もうなずく。
「うん、怪異の本当の正体がわかったんだ。ただ、どうしてそうなったのかはこれから解明しないとならないけど」
「え、どういうこと?」水元が不思議そうな顔をする。
「うん、まずは結論から言うね」
一同が楠田の話に集中する。
楠田は意を決して言う。
「神林弓弦は楠田慎吾だ」
西園寺だけが納得の表情だが、他の3人は狐につままれたような顔をする。
「何、言ってるんだ?」鷲尾が言う。
「うん、順を追って話をする」
そう言いながら、楠田は自分自身の話をする。しかし不思議と落ち着いている自分がいる。
「俺は昔から、自分の存在にある種の違和感みたいなものを感じていたんだ。自分がここにいるのに存在が無いような、不思議な感覚だった。それがどこから来ているのか、どうしてそう思うのか、よくわからなかった。
それと5歳以前の写真が、殆ど無いというのも気になっていた。両親が言うには引っ越しの際に紛失したって言うけど、あれだけしっかりした親がそんなミスをするのもおかしいと思っていた。
これは推測だけど、何かの操作をおこなって俺の幼少期の記憶は封印、もしくは書き換えられていると思う」
みんながそんなことが出来るのかと言いたそうな顔をする。ただ、話の腰を折らないように聞き続ける。
「今回、神林弓弦という名前を聞いた瞬間に、何かスイッチが入った気がした。俺はこの名前の人物を知っている、そう思った。そして入学式の写真の一件だ。これはどうにもおかしい。何故、撮り直したのか、そして前の写真を無かったことにしたのか、言い換えればどうして神林弓弦をいなかったものにしたかったのか、そこから考えると、ある推論が浮かび上がる」
誰も話をしないで聞き入っている。夕暮れを迎えて、西覚寺の周辺も静かになり、事の進展を見守っている。
「神林弓弦を楠田慎吾にしたかったんだ。そういうことだよね、西園寺先生」
西園寺がうなずく。「続けなさい」西園寺が言う。
「これはこの神隠し案件に携わったみんなの総意だと思う。俺はその理由も調べた。当時、入学式が終わった後、神林弓弦は家に帰った。そして両親とドライブに出かけたんだ。おそらく夕食を外で食べようとしたんだと思う。そこで事故が起きた」
図書館で見つけてきた新聞記事のコピーをみんなに見せる。
『自動車事故、家族を襲った悲劇。―夕方の国道を走行中の自家用車に大型トラックが出合い頭に衝突した。この事故で乗用車に乗っていた神林剛さんとその妻、歩美さんは即死、後部座席にいた長男だけが奇蹟的に助かった』
「この事故で奇跡的に助かったのは俺だ。そしておそらくその時に治療に当たったのが、今の父親だと思う」
ここでようやく西園寺が話に加わる。
「そのとおりだ。けが人は楠田先生の所に運ばれた。残念ながらご両親はほぼ即死の状態だった。そして一人残った弓弦君をどうするかで相談になった。結論から言うと、残った子供は楠田先生の子供として育てることになったんだ。先生たちはお子さんに恵まれなかった。それもあって弓弦君を引き取ることに問題は無かった。そこで楠田先生は子供の記憶の書き換えをおこなった。これは決して悪意じゃないよ。弓弦君に事故のトラウマを残さないようにしたかったんだ。まだ4歳の子供だ。どんな影響が残るかもわからないだろう、そうして弓弦君の戸籍も書き換えた」
楠田は市役所から入手した戸籍謄本を出す。中学生であっても本人確認が出来れば、戸籍謄本は手に入れることが出来る。証明書は必要だったが、出してもらえた。原戸籍には旧名と新しい名前の記載があり、神林弓弦は楠田慎吾になっていた。
「俺だけが入学式の写真を持ってないのも不思議だった。今回、写真館で当時の1年3組の写真を見せてもらった。やはり、俺は映ってなかった」
スマホで撮った写真館にあったその写真を見せる。
「この辺はよく覚えてないんだけど、俺は少し遅れて3組に入ったみたいだ。だから写真に写ってない。多分入学式の時に病欠したとかいう話にしたのかもしれない。そのまま一組に入れると気付く子供もいるかもしれないから3組にしたと思う」
西園寺が話す。
「その通りだ。この話を進めたのは楠田先生と当時の校長先生、それと俺の親父だった住職だ。この3人が中心になって話を進めていった。
俺はずいぶん経ってからこの話を聞かされた。楠田慎吾が高校に入る頃には、このことを本人に知らせないとならないと話していた。当時、この話を計画したみんなが、時期については意見が一致していた。楠田にとっては天地がひっくり返るような事実だろ、そのショックたるや、俺にも想像できない」
西園寺が珍しく心痛な面持ちで話す。なるほど楠田のケアを考えて今回の話を進めていたことは理解できる。そういう意味では今回楠田は自分の事ながら、何か他人事のように事件を解決していた。神隠しの謎を解くという行為に集中できたのだ。これが単純に自分自身の話として他人から聞かされていたら、もっとダメージは大きかったかもしれない。それでも冷静に考えて、世界の底が抜けるような喪失感はある。少し青ざめた楠田が言う。
「神隠し案件だと思って、調査していたから、他人事みたいには考えられたかもしれない」
野村は思いつめたように話をする。
「俺は何も言えないけど、楠田にとってはとんでもない話だな。それこそ、すべてが信じられないような気にもなるだろう」
鷲尾が続く。
「俺もそう思う。その通りだよ。でもさ、これで俺たちの関係が変わるわけでもないし、今までと同じだぞ」
鷲尾の言葉は力強い。楠田を救ってくれる。そうだ。何かが変わるわけでもないのだ。今まで通りだ。西園寺が話をつなげる。
「楠田はいい仲間に巡り合えた。このタイミングがベストだと思ったよ。これ以上、後に、例えば大学に入った頃とかに長引かせても意味はない。今は納得できないかもしれないが、楠田の人生はこれからだしな」
期せずして楠田の頬を涙がつたう。なんだか自分の感情が自分じゃないみたいだ。どう感じていいのかもわからない。
「楠田、ご両親も心配していたぞ。今回の怪異解決計画は二人とも承知済みだ。特にお母さまは心労が過ぎて倒れるかと思った」
「そうですか、でもそんな素振りも見せなったな」
「ああ、そういうところも苦労されたみたいだ」
何故かもらい泣きをしている野村が言う。
「西園寺先生は初めからこういう結末を迎えるために、俺たちにバイトをさせたんですね」
「そうだな。でも思った以上だったよ。みんなですべての謎を解けるとは思っていなかった。俺は感動すら覚えたよ」
なんか夢中で怪異解決に熱中してしまったのだ。やはり西園寺の手の中で踊らされていただけだったのかもしれない。
「楠田、さっきみんなが言ったとおりだぞ。これで何かが変わるわけじゃない。俺と楠田、仲間たちと楠田、そして親子の関係だって今までと同じなんだ。それと俺としてはこれで楠田が次のステップに進んでいけると思ってる。すべてがはっきりしたわけだからな。これからも自分で自分の道を切り開いて生きて行ってほしい」
ラテン系イケメン塾教師が熱く語る。確かに西園寺が言うように新たな楠田慎吾として生きていくしかないとは思った。
西覚寺のいつもの石段をみんなで降りていく。そろそろ日も暮れかかって、辺りは鮮やかな夕焼けに染まっていく。いつもの光景だ。
「夕焼けがきれいだね」水元が言う。
その水元の夕陽に照らされた顔を心底、きれいだと思う。なるほど、今、生きているんだな。
「私も楠田君たちの仲間だからね。そのこと忘れないでね」
水元が夕焼けだけじゃない真っ赤な顔でそう言う。
「ああ、ありがと」
今日はどこにも寄らずに自宅に戻ることにする。楠田にはその必要がある。
夕暮れは夜になる。いつもの自宅が迫って来る。通いなれた家ではあるがいつもとは違う。そして玄関まで来る。灯がほんのりとついている。
数十秒、そのまま家の前で佇んでいた。どんな顔で入ればいいんだろう、今までと同じでいいんだろうか、あれこれ考える。
そして意を決して扉を開ける。
入り口付近に母親がいた。その後ろには父親もいる。二人はそこでずっと待っていたのだろうか。
母親はすでに涙をためていて、慎吾を抱きしめる。中学生になって母親とは、とんでもない距離が出来ていたが、そんなことを忘れさせてくれる暖かさだ。ああ、自分はこの家の家族だ。そう思えた。
ダイニングには夕食の支度が出来ていた。いつも通りの食卓。いつも通りの配置だ。
「お腹減ったでしょ、夕食にしましょう」母が言う。
そして家族で夕食を食べる。食事中は無言だった。そして食後に居間のソファに座る。父親が話を始める。
「慎吾にはすまないことをした」
肯定も否定も出来ないので、そのまま聞いている。
「あの日、警察から事故の連絡を受けた。当時から救急患者はうちの病院で診ることが多かった。
神林さん、慎吾の本当のご両親は残念ながら、手の施しようがなかった。ただ、慎吾は脳震盪を起こしてはいたが、奇蹟的に大きな怪我も無かった。外見上はほぼ無傷だったんだ。
事故は信号機のない交差点での出会いがしらの事故だった。ただ、大型トラックは速度超過のようで、トラックの運転手は命にかかわるようなケガではなかった。
警察は神林さんの関係者に連絡をし、会社の上司の方が来られた。話を聞くと、神林さんのご両親、慎吾のとっての祖父母だね、その方たちはすでに他界されており、親戚も遠縁のものしかいないようだった。残念ながら慎吾は天涯孤独になってしまったんだ。あとね、神林さんは通信関係の会社に勤務されていて、ちょうどこちらに転勤して社宅で新生活を始められたばかりだった。そしてあの事故は慎吾が小学校に入学した初日の出来事だった。
慎吾をどうするかで校長先生と住職、神林さんの上司の方と相談になった。しかし、その時にはもう私たちの子供で育てようという思いになっていたんだ。慎吾は暫く昏睡状態だったが、私と母さんはその寝顔を見ながら同じ考えだった。うちは子供が出来なくてね。もう二人とも諦めたところだった。そこに慎吾が現れただろう、勝手な言い方だが、この子供は我々が育てるべきだとも思ったんだ。
私にはそれなりの医学知識もあった。慎吾を育てるにあたって事故のトラウマを残さないほうがいいという知見もあった。それと最初から自分たちの子供として育てたほうが良いと判断した。
それで催眠療法をおこなった。繰り返し暗示をかけることで慎吾は生まれた時から楠田慎吾であり、我々の子供として育って来たという偽の情報を植え付けさせてもらった。もちろん、実際にあったことを盛り込むことで、暗示が真実になるようにした。慎吾の幼少期の写真をもらって、それに紐づけた。すまないが、神林さんとの写真は見せないようにした。
こうして神林弓弦は楠田慎吾になった。校長先生と相談して楠田慎吾として再入学させてもらった。時期は少しだけ遅れたけど、病欠で入学が遅れたように見せかけた。なので、学校関係者は校長先生と教頭先生以外は真実を知らないはずだよ」
母親が家族分のコーヒーを持ってくる。父さんは礼を言ってそれを飲む。いつもの姿だ。なるほど、幼少期の記憶が曖昧なのはこれが原因なのか、それとトラウマで言えばそんなものはなかった。通常であれば事故のトラウマが残るものなのだろう。
母さんもソファーに座り、話をする。
「慎吾は私たちの子供と思って育てていたけど、いつか本当の話をしなければならない。それが私たちの命題だったの。いつまでも知らないでいて欲しいとも思ったけど、そうもいかない。それはお父さんも私も同じ意見だった」
父親がそれを引き継いで話をする。
「それとね。いつまでも慎吾に隠し事をしているといった背徳感もあったんだよ。虫のいい話かもしれないが、真実を話して、それこそ本当の家族になりたいと思っていたんだ」
それには何も言えなかった。まだ、気持ちの整理が付いていない。これからの家族の在り方がどうなるのかがわからない。
「住職が亡くなって西園寺先生が後を継いだ。住職も慎吾の事は気にかけておられてね。いつかはちゃんと説明しなければならないとは思っておられた。その話を西園寺先生から聞いてね。今回のバイト話は彼からの提案だった」
やはり西園寺の考えだったのか。
「彼は昔からこの地域で起きる怪異について、色々解決してきたようで、それなりに実績もある人だった。それと慎吾の事はよくご存じで、怪異の解決に合わせて今回の件を自分で解明させるのがいいのではないかと言ってくれた」
なるほど、確かにそうかもしれない、今回の神隠しをそのまま聞かされるダメージよりも、はるかに自分で納得がいく形、言い換えれば達成感で紛らわされた感がある。そこまで西園寺が計画していたということか。
「我々も反対する理由はなかった。慎吾が自分の力で自身に起きた不運を知ってもらえたほうがいいとも思った。それでもそのダメージは我々の知る由もないがね。
それと今は慎吾にとって一番いい環境にある。親友ともいえる友達に恵まれているからね。母さんは、まだ若くてこの苦境に耐えられないんじゃないかって心配してたけど、私はここまでいい友人に巡り合った今しかないと思ったよ」
確かに野村や鷲尾、そして水元が居てくれて、自分は救われている。そしてこれほどの友達に出会えたという実感もある。
「さっきも言ったけど、これからも私たちの息子でいてほしい。そして本当の家族になりたいと思ってるよ」
母親も隣でうなずいている。
「うん、まだ、整理がついてないって言うのが本当の気持ちだけど、これまでとこれからで変わるものでもないと思う」
「そうか、それでいい」
「あとね、俺が聞きたいのは、医者を継いで欲しいのかどうかって父さんがどう思ってるかってことかな。本当にどうしてほしいの?」
ここで父は今日初めての笑顔を見せる。
「そのことか、それについては前から言ってることと変わりはないよ。慎吾がやりたいことをやればいい。医者になって欲しいなんて思ってない。この病院だって、誰かやりたい人がいればその人に譲るつもりだよ」
なるほど、これは変わらないのか、さすがはぶれない父親だ。
「わかった。それなら好きにするよ。高校に入って気持ちが変わらなかったら医者になろうかな」
「うん、そうしなさい。いいかい、慎吾には無限の可能性があるんだ。あなたがやりたいこと出来ることは無限にあるんだよ」
血はつながらないかもしれないが、この人たちが楠田慎吾の両親でいてくれてよかったと思った。