表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

神隠し

 西園寺はいつになく真剣な顔でおもむろに話し出す。

「いよいよ最後の怪異案件だ。この話は俺の亡くなった親父の遺言でもある。なんとかこの謎を解明して欲しい」

 修学旅行明けの塾初日。怪異メンバーが講義終了後に残って、おみあげや旅行談を一通り終えた後、西園寺が本題に入る。

 西園寺の父親、西覚寺の住職は2年前、楠田たちが中学一年生の時に突然亡くなった。本当に突然死だったと聞いている。ただ、あまりに急に亡くなったので何かの祟りだとかいう噂はあった。とにかく田舎はそういう噂話が大好きなのだ。野村はいまだに祟り説に御執心ではある。

 その住職の遺言とはなんなのだろうか。

「遺言というか、常々親父が気にかけていたことなんだ。死んだのはほんとに突然死だったからな。前の夜にはぴんぴんしてたんだから。まあ、その話はいいか。神隠しが起きたのは、今から8年前、君たちが小学一年生の時だ」

 現在、中学三年生の楠田たちは、8年前と言われてもほとんど記憶がない。特に楠田には幼いころの記憶がほとんどない。印象的な出来事もあるにはあるのだが、それは記憶なのか、夢なのか曖昧な部分が多い。多分、ほとんどの人間がその程度の記憶ではないかと思っている。

 父親にその辺の話を聞いたこともある。それによると人によって幼児の記憶量に差が出ることはある。ただ、実際4歳ごろから記憶の海馬が機能し出すもののようで、5歳ごろから記憶が始まるのは問題ないとの事だった。

「俺らが一年生の時か」鷲尾が記憶をたどる。「覚えてないな」

 やはり、そうなのか、他のみんなはどうなんだろう。

「君たちは同じ小学校だろ?」

 水元も含め、全員が第一小学校出身だ。第一というと第二があるようだが、実は町内にはここしかない。昔からそうなのでなぜ第一にしたのかはよく知らない。

「みんな、クラスは同じだったのか?」

「どうだったかな。俺は1組だった」鷲尾が言う。

「俺も1組だったよ」野村が続く。

「私は2組」水元が言う。

 ここで楠田が悩む。あれ、何組だったのか。鷲尾や野村はいなかったし、水元も記憶には無い。

「どうもはっきりしないけど、多分、3組だったかな。調べないとわからない」

「そうか、で、神隠しが起きたのはその1組なんだ」

 鷲尾と野村が顔を見合わせる。「え、俺たちのクラスで?」

「そうだ。始業式に出席していたその生徒はクラス分けで1組に入った。ところが翌日から唐突にいなくなった」

 野村が考え込む。西園寺は話を続ける。

「神隠しにあった子供は男の子ということだ。ただ名前もわかっていない」

「男の子」鷲尾がつぶやいて、再び記憶をたどっているようだ。そうしてつぶやく。「ああ、言われるとそんなことがあった様な気がしてきた」

「そうなんだ。実際、クラスから人一人が消えたのに誰も疑問に思っていないんだ」

「その男の子はその後も行方不明なんですか?」

「ああ、ところが誰もそれを覚えていない。学校も先生も地域のみんなが神隠しと同時にその子の存在も無くしている」

 そんなことがあるんだろうか、じゃあその子の親はどうしたんだろう。

「先生、その子の親はどうしたんですか?」

「それも謎だ。神隠しと同時にその子の親自体も存在していない」

 一同、絶句だ。生徒どころかその親まで神隠しにあったというのか。

「それで、今まで誰もその行方不明の男の子の調査をしなかったんですか?警察はどうしたんですか?」

「神隠しだからな。結局、最初からそういった男の子はいなかったことになってる。だから何もしていない」

 あまりに変な話だ。頭がこんがらがる。

「話を整理させてください。先生のお父さんはそのことを知っていたんですよね」

「そうだ。親父は男の子の存在を知っていた。それで俺に託したんだ。残念ながらそれは親父が死ぬ間際で、何故親父だけが知っていたのか、またそれを俺に話した理由も、今となってはよくわからない。ただ、親父の死後調査をしてみたんだが、結局よくわからなかった。男の子がいたような気がするというところで話が止まってる。いつかはもっと詳しい調査をしないとならないとは思っていたんだが、忙しさもあり、ついそのままになって今に至っている」

 何か雲をつかむような話だ。とにかく情報が要る。

「現在、わかっていることはその子のクラスと、他には何かありますか?」

「そこまでだ。最初のクラス分けまではいたということと、誰も彼の事を覚えていないということだけだ」

 ここで鷲尾が思い起こすように話し出す。

「俺は今、少し思い出した気がしていますよ。確かに男の子がいた。そしてその子は翌日からいなくなった。野村はどうだ?」

「ごめん、俺は記憶にない」

 水元が手を上げる。

「そう言われて、私も少し思い出してきた。神隠しにあった子供がいるって噂があったよ。うん、一年生にいた。確かに一部の生徒の中でだけ噂になってた」

 楠田にはその噂話の記憶はない。野村も同じだ。本当に学校は何もしなかったのか。3人に聞いてみる。

「それで学校側は何もしなかったんだよな」

「そう、だからなにか噂話のままだよ。でも話としては興味深いから、割とみんな知ってるかもしれない」

 一同が記憶をめぐらすもそこまでだった。とりあえず、話はここまでとなった。


 水元はこのところの夜遊びー彼女の両親がそう言っているーが響いて、対策会議は不参加となる。いつもの3人でファミレスに行く。ちなみに田舎にも田舎なりのファミレスがある。怪異バイト代も出たことから、ちょっと豪華にステーキをドリンクセット付で頼んだりする。食べながらの作戦会議だ。

「まずは元1組の連中に確認が必要だな。生徒だけじゃなく先生も含めてだ。今、あそこの小学校はどうなってるんだ?」

 3年前だから大きくは変わってないはずだが、この中で小学校に通っている兄弟がいるのは、楠田以外の二人だ。鷲尾は妹が小6で、野村は弟が4年生だったはずだ。

 鷲尾がステーキをほうばりながら、「けっこう先生も変わってきたみたいだよ。俺たちがいた頃の先生でもいなくなってるのもいるらしい。先生って転勤多いんだな」

「当時の1年1組の担任は誰だった?」

「えーと確か小山先生だよ。女の先生」

「そうそう、小山先生、いたな。若い小さい先生。今はいないのか」

「いないと思ったな。結婚退職だったかな。俺たちが小学高学年の頃にはもう居なかったよな」

「そうか、じゃあ、校長とか教頭は?」

「校長は辞めたらしいよ。もう歳だったし、去年ぐらいかな。それで教頭が繰り上がって校長になったんだよ」

「じゃあ、その校長だったら知ってる可能性が高いな」

「そうだな。ちょっと先生で誰が残ってるのか、弟に聞いてみるよ」

「うん、俺も妹に確認してみる」

「あとは元1組の生徒だな。でも鷲尾はその子を覚えてるけど、野村は覚えていないんだな」

「それだけど、俺が覚えてるのは席が近かったからかもしれない。ちょうどその子が俺の前の席だったんだ。それで覚えてる。初日にいた子が翌日にいないって思ったんだ」

「じゃあ、しばらくは空席だったのか?」

 ここで鷲尾が考え込む。

「それなんだけど、次の日に俺の席の前には違う子供がいた。席は埋まっていたんだ。それで余計に印象がなくなってる」

「それを誰にも言わなかったのか?」

「その辺が曖昧なんだな。確かに疑問には思ったけど、一年生ってそれどころじゃないって言うか、幼稚園とは違ってくるだろう、生活サイクルが狂うって言うか、子供ながらに必死だった気がする」

 なるほど、そういうものだったかもしれない。こっちも覚えていないんだから仕方がない。それにしても水元は噂話として知っているのに、1組の連中はそういった噂話をしなかったのかな。

「水元は神隠しの噂話を言ってただろ、お前たちはそういった噂話をしなかったのか?」

「どうだったのかな。何か最初からいなかったことになってたみたいな気がする」鷲尾が言う。それに対して野村が続く。

「うーん、そうなんだよな。最初からいなかったということに違和感がないから、その時に先生から説明があったんじゃなかったかな。覚えてないけど。それと鷲尾が言ってたように俺も1年生の時は一杯一杯だったような気がする。鷲尾みたいにその子と席も近くなかったんじゃないかな」

「そうなると神隠しじゃないのかな」

 考えがまとまらないので、話すのを止めて食事に専念する。粗方、食べ物を片付けてから、ドリンクコーナーで飲み物を取り、あれこれ会話を続けるも有意義な情報は出てこなかった。ただ、当時の生徒たちに話を聞いて情報収取をしようということになった。


 自宅の庭、田舎のせいもあるが、とにかく大きな家なので庭もどこかの庭園並みに広い。鬼牛ならぬ飼い犬ギューが庭を走る。鬼さんから譲り受けたギューは、飼い犬として狂犬病の予防注射をし、登録も済ませた。

 獣医さんの話だとけっこう歳を取ってる犬のようで、多分10歳ぐらいじゃないかとのこと、人間で言うと中年から老人になりかけといったところだろうか、なのでそれなりの動きになっている。

 ここに来たときは山に帰りたそうにしており、楠田にもあまり懐いてなかったが、食事の世話や散歩を繰り返すことでようやく自分の居場所がここだとわかってきたようだ。

 ただ、それなりに大きな犬なので、近所のご老人などはギューを唐突に見かけるとびっくりする。確かに牛ほど大きくはないが犬にしては異様に大きいし、牛の様な白黒模様も異質かもしれない。幻覚時に見ると牛鬼に見えるのも納得する。

 ギューは名前のそれを言われると餌がもらえることで、自分のことだと認識をしてきたようだ。

 走り疲れたのか楠田の所まで来て、はあはあと息をしている。

「ギュー、神隠しって知ってるか?」

 顔を見て何か言いたげではある。食事はしたばっかりだろ。それとも何か、知ってるよとでもいいたいのか。さすがは妖怪犬だな。

 さて、いよいよ最後の怪異の謎解きを始めないとならない。まずは情報収集からだ。


 ふたたび西覚寺。怪異メンバーが情報収集を済ませて、西園寺と打ち合わせをしている。

 野村が話す。

「神隠しについて生徒たちに聞き込みをしたんですよ」

「おう、どうだった?」

「一人、はっきりと覚えている生徒がいました。いなくなった男の子がいたって言ってました。鷲尾を含め、これで2名もいたので存在自体は間違いないと思います」

「なるほどね。つまり神隠しはあったということだな」

 水元が続く。

「私は女子担当なんで、そういう話が大好物な連中が多いのよ。一人、小一で同じ1組の子がいて、奥田って言うんだけど、彼女は男の子を覚えてるって言ってるの。名前は憶えてないけど、私が言う前に神隠しの男の子って言ったのよ」

「それで?」

「新学期に顔合わせで先生から名前を呼ばれて、生徒が返事をするじゃない。その時にその男の子が呼ばれて、その奥田さんはその子の顔も見たって、おとなしそうないいとこのお坊ちゃんって感じだったって、ちょっとタイプだったのかな。ところが次の日にはその子がいなくて、席もなかったらしいのよ。おかしいなとは思ったんだけど、誰にも言えなかったって。その時、先生が何か言ったらしいんだけど、子供なんで意味が分からなかったかもしれないとも言ってる。ただ、他のみんなもそういうものだって納得したみたい」

「確かに一年生だと右も左も分からないから、いなくなってもどういうことかはわからないか、先生が理由を言っても、それをさらに質問をするような雰囲気でもないのかもしれない。それでそのままになったのかな」

「でもそれは貴重な情報だね。鷲尾も記憶にあると言うし、その奥田さんも顔まで覚えてるんだから、確かにそういう子はいたってことになる」

「そうだな。それがいなくなってしまった。そして誰もそれを疑問に思わなかったのか。いなくなったような気はしているが、具体的な行動に移してない」

「そうです。それでみんなで話しあったんですが、どこから手を付けたらいいのかが、よくわかりません」

「なるほどね」

 西園寺も少し考え込む。うつむいていた顔を上げてこっちを見る。

「みんな第一小学校の出身だったよな」

 全員がうなずく。

「じゃあ、出身校訪問で学校に行って見たらどうだ。まだ、顔見知りの先生も残ってるんだろ?」

「教頭先生が今は校長になってるらしいです。鷲尾と野村は下が小学校にいるので聞いてもらいました。それと俺たちが6年生の時の担任は全員残っているらしいです」

「となると連絡が取れれば、辞めた先生なんかにも聞き込みできるんじゃないかな」

 その意見に賛同し、小学校訪問に行くことにする。


 怪異調査メンバー4名の小学校6年生時代の担任は、今も在籍していることがわかる。当初の予定通り、卒業時の担任を訪ねて見ようということになった。ただ、神隠し児童がいた鷲尾と野村の一年生時代の小山先生は、やはり退職していた。

 6年生の時に楠田は1組で野村が2組、鷲尾と水元が3組だった。それぞれが当時の担任に連絡を取り、4人の日にちと先生の都合を合わせると、その週の金曜日の午後、授業が終わってから面会できることとなる。場所は第一小学校である。

 4人が2年ぶりに小学校を訪れる。楠田にとって中学校の2年間はそれなりに長かった。そのため小学校は久々に来る気がする。実際はまったく代わり写えはしないはずだったが、思ったより既視感がないことに気が付く。その思いは楠田だけではなく、鷲尾も同じようで、「あれ、こんなグラウンドだったっけ?なんか狭い気がする」と不思議そうに話す。

「そうだね。そんな気もするね。その分、俺たちが大きくなったのかな」野村も同意している。

 正門から入ると右側に広いグラウンドがあり、校舎は反対側にある。もう5時近くで、生徒はパラパラと残っているだけでほとんどいない。校舎の入り口で来客用の下駄箱からスリッパに履き替える。

 ペタペタと音を立てながら廊下を歩く。やはり不思議な感覚だ。2年前にはここを走ったり転んだり、怒られたりしていたことが幻のように思える。それでも以前と同じように職員室は存在している。

 楠田が最初に扉を開ける。「おじゃまします」

 職員室の先生方が一斉に顔を上げる。見慣れた面々が揃っている。4人に向かって各々の先生が手を上げている。楠田の担任は山辺やまべ先生だ。各自が自分の担任の先生のところに向かっていく。

 山辺先生は2年ぶりだが、少し昔の印象とは変わっていた。男としての貫禄が出たのだろうか、確か30歳後半だと思った。

「先生、お久しぶりです」

「うん、楠田も元気そうでよかった。それにしても大きくなったな。もう大人の雰囲気だよ」

「いえ、中身はまだまだ子供です」

 山辺先生は笑顔で、「そうか、中学生になるとみんな変わっていくからな。楠田は元々大人びていたけど、さらに立派になった感じだぞ」

「そうですかね」苦笑いをする。

「これから高校受験だな。大変だろう?進学する高校は決めたのか?」

「ええ、一高を考えています」

「そうか、じゃあ相変わらずいい成績なんだな」

「まだまだですけど」一応、合否判定はAになってるが謙遜する。

「電話では話せないということだったが、何か相談事でもあるのか?」先生の方から振ってくれた。いよいよ本題に入る。

「相談というほどの事でもないんですが、少し気になることがあって調べてるんです」

「何かな?」山辺先生は不思議そうな顔で聞く。

「先生、僕たちが一年生の頃の話なんですが」

「えーと、そうなると8年前の話になるのかな?」先生が指を折って数える。

「そうです。その時に1組にいた生徒がいなくなったという噂があるんです」

 先生は怪訝な顔をする。記憶をたどるようにしながら、

「いなくなったって、どういうことだい?」

「ええ、男の子なんですが、入学初日には居たらしいんですが、二日目からいなくなって、それを誰も気にかけなかったというんです。ただ、生徒の中にはその男の子を覚えている者もいて、どうしていなくなったのかがわかっていないんです」

「え、そんなことがあったかな?僕は覚えてないな」

 そう言いながら自身のファイルを確認している。

「8年前だろ、先生は基本的に高学年担当なんだ。低学年の話はそれほど理解していない。ただ、生徒が行方不明になったようなことがあれば大騒ぎになっただろうし、覚えてると思うな」

 いいながら過去のファイル、多分、クラス名簿を見返している。

「8年前だと1組は小山先生だな。彼女は5年前に退職している」

「他の低学年担当の先生は、昔から変わっていないんですか?」

「そうだね。同じ年代の生徒を受け持つ方が、教える側も教われる側もメリットが大きいということでそうなってる。えーと、当時の一年生担当だと、今は前田先生が残ってるな。ちょうどおられるから聞いてみようか?」

「はい、お願いします」

 このタイミングで他の3人も話が一段落し、前田先生の話を聞く体制になっている。

 前田先生は女性で30歳前半の優しそうな人だった。4人は山辺先生と一緒に前田先生の近くに行く。

「前田先生、この子たちはここの卒業生なんですが、昔のことを確認したいそうなんです」

 前田先生は不思議そうな顔をして「何でしょうか?」と言う。

「8年前に前田先生は1年2組担当でしたよね」

「8年前ですか、たしかそうだったかな。あれ、あなた水元さんかな?」

 水元は1年2組だ。前田先生が水元に気づく。

「はい、水元です。ご無沙汰しています」

「うわあ、すっかり奇麗になって、どこのお嬢さんかと思ったわ」

 前田先生がにこにこしている。そして自ら話を戻して、

「当時の話ですか?」

「そうです。小山先生が担任をしていた1組にいた生徒が行方不明になったことって覚えてますか?」

「行方不明?」

「そうです。具体的には入学初日にはいたけど、2日目からいなくなったという話です」

「え、もし、そんなことがあれば大騒ぎになりますよね。私の記憶にはないです。ちょっと待ってください」

 そういいながら前田先生も昔の生徒名簿を確認している。

「8年前ですよね。水元さんが一年生で」

 該当する名簿を見つけたようで、1組を確認している。

「名簿を見る限り、生徒に変更はありませんね」

「いなくなったりはしていないんですね」

「ええ、私の記憶にもそういったことはないですし、あれば大変な事件ですから」

 やはり、そういったことはなかったのか、でも生徒の中には男の子を覚えている人もいた。小山先生に確認することはできないのだろうか。

「すみません、当時担任だった小山先生に連絡を取ることは出来ませんか?」

「どうなんでしょうか、私からは何とも、それに私は彼女の連絡先を知らないんですよ」

「そうですか」

 さて困った。これ以上話が進まなくなる。前田先生は少し考えて、

「校長先生はご存じだと思いますよ。当時は教頭でしたけど、あと、入学式に集合写真を撮りますよね。初日だったら写真が残ってるんじゃないですか」

 なるほど、これはグッドアイデアだ。入学式の写真があれば、その男の子が写ってるはずだ。

「なるほど、そうですね」山辺先生はそう言うと写真のあるファイルを探し出す。記念写真は古いものでも学校でまとめてあるようだ。しばらく探して該当の写真を見つける。

「ああ、これかな」

 全員がその写真を確認する。8年前の1年1組の記念写真だ。当然、当時、1年生だった鷲尾と野村も写っている。おおかわいらしい。鷲尾と野村が食い入るように写真を見ている。

「記憶にない生徒がいるか?」楠田が質問する。

「いや、いないな。全員、知ってるやつばかりだ」

「それは今もいるってことだよな」

「うん、転校していったやつはいるけど、行方不明になったような生徒はいない」

「やっぱり噂だけじゃないのかな。実際にそういった生徒はいなかった」

 ここで前田先生が不思議そうな顔をする。それを見て山辺先生が声を掛ける

「前田先生、何か気付くことがありますか?」

「何か違和感がありますね」

 そういいながら、別の残り2組の写真を確認する。そして気が付いたように言う。

「ほら、写真を撮った場所が違ってませんか?」

「どういうことですか?」

 全員で2枚の写真を見比べる。

「ほら、明かりというか、ちょっと写真の具合が違ってる気がしますよ」

「光の加減じゃ、ないんですか」

 確かに微妙に明るさが変わっている気がする。

「3組の写真を見ればわかるでしょう」

 そうして3組の写真を見る。この写真と残り2組の写り具合は似ている。確かに1組だけが違っているかもしれない。

「どういうことでしょうか」前田先生が言う。

「気のせいだと思いますよ。場所は同じようだし」山辺先生が言う。

 全員が少し考えをめぐらすもはっきりしない。山辺先生が言う。

「この話も含めて、校長先生に聞いてみようか」

 全員がうなずく。

 山辺先生を先頭に前田先生と4人が校長室に向かう。校長室の扉をノックすると中から校長の声がする。

「失礼します」と全員で入る、

 これが校長室か、どこかの社長室みたいなものかと思ったら、意外と質素だ。用務員室と変わらない気がする。校長は立ち上がって元生徒たちを迎えてくれた。

「ああ、卒業生の方々かな?」

「校長先生、2年前に卒業した生徒たちです」

 全員がそれぞれ自己紹介をする。元教頭の現校長先生は50歳ぐらいだろうか、中肉中背の割と小柄な先生で頭は若干薄くなっている。そういえば教頭時代の印象もあまりない。元々存在感が薄かったのかもしれない。部屋と言い用務員と言われても納得する。

「それで何か相談事ですか?」

「ええ、実は」そういって山辺先生が経緯を話す。校長は写真を見比べて、少し記憶をたどっているようだ。そして話し出す。

「どうでしょうかね。私の記憶には無いですね。そういった子供がいたようなことも聞いていませんよ。この時期は教頭になったばかりだったかな。でもそういった事実は無かったと思います」

 やはりそうなのか、単なる気のせいなのか、それとも子供の思い違いなのか。

「それで校長先生、当時一組担任だった小山先生の連絡先をご存じないですか?」

 校長は考えをめぐらす。「小山先生ですか、彼女は結婚退職されたんでしたよね。すみません、残念ながら連絡先はわからないです。もう教職も辞められたとは聞いています」

「そうですか」

 ここで前田先生が写真の件を質問する。

「校長先生、なぜか1組だけが写りが違う気がするんですが?」

 校長が写真を見比べて、「どうだったかな、ちょうど、天気が変わった時だったのかもしれませんよ。同じ時期に写したはずですから」

「そうですか」

 結局、何もはっきりしないまま終わってしまう。いや、神隠しはなかったということで決着が付きそうな状況になっている。

「山辺先生、色々とありがとうございました」

「うん、力になれなくてすまなかったな。また、いつでも学校に来て良いからな」

「はい、ありがとうございます」

 そういって小学校を後にする。


4人で歩きながら話をする。野村が言う。

「結局、何もわからなかったな。どう思った楠田は?」

「うん、俺も基本的には野村と同じだよ。何も解決できなかった」

 水元が言う。「でもさ、これで神隠しは無かったっていう結論になるのかな?」

「そこが微妙なんだよ。なかったということにはなってない気もするし。そういえばみんなは入学式の写真って持ってるの?」

 3人共うなずく。

「持ってるよ。多分、そんなに何度も確認していないけど、家にはあると思う」

 そうなのか、楠田はあの写真を持っているか疑問だ。さっき見た写真も初めて見た気がする。何せ楠田には5歳までの写真がないのだ。

 実は楠田の実家は5歳の時に現在の大邸宅を新築した。その際にそれ以前の家にあった写真類がすべて紛失してしまっていたのだ。当然、デジタルカメラやビデオで録画されているはずだったが、それらの記録媒体も含め、すべてが紛失してしまうという親父にしては信じられないような失態を犯している。引っ越しのゴタゴタでそっくり無くなったというのだ。紙媒体では少しだけ残っているようだが、基本はデジタルだったため、データが何も残っていないことになる。お袋などは相当、ご立腹だったらしいが、無くなったものは仕方がない。

 そんなわけで楠田の幼少期の写真は紙になっている数枚しかない。ただ、これに懲りてそれ以降はしっかりと保管されており、データもクラウドサーバにも入れて二重保管しているそうだ。それにしても学校側から支給された写真ぐらいは残っていそうなもんだが、見た覚えはない。

 ぼーっとそんなことを考えていると、水元が話す。

「それでさ、やっぱり小山先生に当たるしかないと思うんだよ」

「俺もそう思うな」楠田も同意する。

「小山先生が辞める直前の生徒たちなら、連絡先を知ってないかな、メールなり住所なり辞める時に聞いてるはずだよね」

「そうだ。そこから当たってみるか、最後って何年何組だったのかな?」

「先生は俺たちが小4の時に辞めたんだろ。となると小2を担当していたはずだから、情報を知ってるとすれば当時の小2だと今は中一になるな」

「そうか、じゃあ中一の連中に当たるか。まずは小山先生と連絡を取ることを優先しよう」

 調査の方向性は決まった。それにしても校長が辞めていった教師の連絡先を知らないというのも変な話ではないか、個人情報の絡みもあるから俺たちを煙に巻こうとしたのかもしれないが、それとももっと深い事情があるのかもしれない。


 まずは自分が所属している科学部の一年生に当たってみる。田舎なので基本は同じ中学に来ているものが殆どで、小学校時代も3クラスしかなかった。高確率で小山先生のクラスだった生徒に当たることは出来た。ところが先生の住所なり連絡先を知っているものが全くいない。聞くと小山先生は結婚退職し、辞める時には結婚後の住所がまだわからないという理由で、連絡先を知らせていなかったらしい。確認した全員が連絡先を知らないという答えになった。

 さてどうしよう。


 いつものファミレスに4人が集まる。今日は土曜日の昼間なので不良娘の水元も大丈夫だ。昼食をすませてドリンクバーで粘っている。

「やっぱり小山ルートは無理なのかな」楠田が言う。

「いや、しかしここまで調べても、誰も知らないとなると逆に不思議だ」鷲尾の弁。

「確かにそう思うよ。小山先生って良いも悪いも普通の先生でさ、とくに嫌われてるわけでもないし、そこそこ人気の先生だったよな。連絡先を知ってるやつがいても不思議はない気がする」

「となると先生のほうが連絡を拒否した気がするな」水元が言う。

 確かに水元の言うことが正しい気がする。結婚したとしても後から連絡先を知らせることは出来たはずだ。それと校長の対応も合わせると、連絡先を知らせないようにしていたと考えるのが妥当だ。

「どうする?」野村が聞く。

 いや、どうすると言われてもな。やっぱりここは亀の甲より年の功で西園寺に聞くしかないな。

「小山先生が何かを知っている可能性が高いのは確かだよな。やっぱり西園寺に頼んでみようか」

 他の三人も同意見のようでうなずいている。


 火曜日の塾。楠田がいつもの西覚寺の石段を登ろうとしていると、向こうから水元が歩いてくる。心なしか元気がない気がする。下を向いてとぼとぼと歩いている。顔を上げ目が合う。

「楠田君」

「水元、何か元気ないな」

「そうかな、いつもと変わらないよ」

 二人で石段を登っていく。水元がこっちを見ないで話をする。

「楠田君は一高志望でしょ?」

「親と最終的な進路相談はしていないけど、そうなるな」

「そこから国立医学部だよね」

「うまく行けばね」

「そうか、私もそのコースに乗りたいんだけど、厳しいな」

「あと半年もあるんだから、まだ大丈夫だろ。水元の成績だったら無理じゃないだろ」

「どうかな、ギリってところかな。もう少し成績が上がっていかないと」

「やっぱり病院継ぐのか?」

「一人っ子だから。継いで欲しいというか、医者になってほしいみたい。楠田君の所もそうでしょ?」

「いや、それがうちは何も言われてないんだ。むしろ好きなことやれって言われてる。特段、医者に成れとは言われてない」

「へーそうなんだ。楠田君だけが医者になると思ってるだけなの?他にやりたいことはないの?」

「どうかな、俺の中で医者になる前提で物事を考えてたから、他の選択肢は考えたこともなかったよ」

「へえ、何か面白いな。いや、むしろ変かもしれない」

「そうか、確かに水元みたいに親から医者になってほしいと言われる方が普通だとは思うな。そういう意味だとうちの親は変わってるな」

 今までもうちは出来た親だと思っていた。小さいころから物事の選択肢を子供に考えさせるというか、悪く言うと放任主義みたいなところがあった。そのためいつも自分で考えていく癖が付いたと思う。何かをねだったこともないし、欲しいものは自分のお小遣いの中でやりくりすることを優先していた。出来た親にうまく育てられた気がする。


 塾が終わってから、西園寺と打ち合わせをおこなう。このところ毎回、こういうことになっている。この神隠し案件が終了したら、このバイトも終わるので、打ち合わせもなくなる。少し寂しい気もする。

 これまでの経緯と小山先生への連絡をどう付ければいいのかを相談する。西園寺は話を聞いてしばらく考えた後、

「わかった。まずは小山先生と話を出来るようにしよう」

 さすがは西園寺だ。「出来るんですか?」

「どうかな、君たちの言うように生徒達との連絡を拒絶しているのかもしれないな。そこも含めて交渉してみるよ」

「当てはあるんですか?」

「まあね。一応、住職だしな。ルートは持ってるよ。ああ、少し時間をくれ」

 なんと住職ってそんなことも出来るのか、少し疑問も残るが、怪異メンバーは了解して、この件は西園寺に任せることにする。


 4人で帰り道を歩く。ここにきて水元と野村の関係は告白前と変わらなくなってきていた。ほっとする傾向だ。

 水元が話出す。「野村君は陸上の県大会があるんでしょ?」

「うん、中三だから最後になるかな。夏休み前の一大イベントだよ」

「応援に行くよ」

「ああ、ありがとう、大会でいい成績が残せたら、推薦で高校に行けるらしいんだ」

 野村の陸上の成績だったら間違いないだろう。でも彼は少し考えているみたいだ。

「お前の成績だったら間違いなく、推薦で行けるだろ、全国大会だって上位に行けるんだから」

「そうなんだけど、陸上を続けるかどうかで迷ってる」

「そうなのか?」

「うん、陸上の最終目標はオリンピックレベルかどうかだと思うんだ。そのレベルに行けないとは思ってないけど、そこまで頑張れるかどうかの自信がない」

「そうか、難しいところだな」

「推薦枠で高校に入っても、陸上を辞めたらそれこそ価値がないだろ、そこまで考えると踏ん切りがつかない」

 野村の悩みはもっともだと思う。14歳でこれからの人生の決断をするのは困難だ。むしろ考えなしに突っ走っていくような奴じゃないとこういう世界で生き残れないのかもしれない。医者になるぐらいの目標のほうが遥かに気が楽だ。鷲尾はどうするんだろうと思っていたら彼が話す。

「野村は色々考えてるんだな。俺なんか、まだ全然先が見えてないよ。姉ちゃんの事務所関係の人からも業界どうだって話があるんだけど、芸能界ってのもなあ、それこそ俺みたいにフラフラしてるやつは向いてない気がする」

「でもバンドは続けるんだろ?」

「バンドは面白いし、やってて楽しいんだけど、そっちも絶対的な才能がないと生き残れないだろ、あるとは思ってるけどね」

「何かみんな最初から後ろ向きなんだね」水元が厳しい一言を言う。

 確かにそうかもしれないけど、言い返せるような思いもない。ここで気が付いた。ああ、3人とも似ているのかもしれない。そういうところの価値観は一致している。


 その後、数日を経過して西園寺から連絡が入る。小山先生のその後がわかったとの事だった。結婚されて名前が辰巳たつみに変わっていたが、現在は埼玉県大宮市に住んでいるとのことだった。

 連絡先を知らせなかった理由は、どうやら学校との関係を絶ちたかったようだ。当時は子供なのでよくはわからなかったが、教育者としての悩みを抱えていて、教師を続けることも出来ないほどの精神状態だったらしい。それでも鷲尾と野村の事は覚えており、面会は可能との話だった。それで週末に4人で大宮まで行くことにする。


 地元から大宮まで行くには新幹線でも行けるが、そこまでのお金がもったいないので普通電車にする。それでも2時間近くはかかる。ちょっとした小旅行である。

 車窓から見る景色はとにかく田んぼや畑が続いていく。実に見慣れた風景だ。せっかく大宮まで行くので、先生との面会は午前中には終わらせようと早めに出発する。車中ではみんなすぐに寝入ってしまった。

 そうこうして大宮に着く。先生の自宅は駅から歩いて10分ぐらいのマンションだそうだ。住所を頼りにスマホで位置情報を調べながら行く。

 大宮についてあまり知識はなかったが、駅に着くとここがとんでもない都会であることに驚く。まるで東京じゃないか、高層ビルがたくさん建っている。

 楠田が率直な感想を言う。「大宮ってけっこう都会なんだな」

「都心に出るのも便利だから、人口は増えてるみたいだよ。マンションも都心に比べると手ごろな価格みたい」と水元。

「えーと、多分、あのマンションだね」

 水元の話す先にあるマンションは、地上15階はあろうかという高層ビルだ。

「すげえな、俺たちの地元にはない高さだ」鷲尾が感心している。

 確かに田舎だと5階建てでも高い。15階建てなど見たこともない。

 マンションの前まで来る。近くで見るとさらに高い。高級タワーマンションだ。さらに入り口はセキュリティシステムがあるようで、外から連絡しないと開けてもらえないらしい。自動ドアに乗っても全く開こうとしない。こういう場合は楠田の担当となる。

 先生の部屋番号は912なので、入り口わきのシステムで該当の部屋番号を入力する。3人は興味津々で周りを囲む。しばらく待つとスピーカーから声が聞こえる。先生の声のようだ。「今、開けるね」そう言うと、入り口のロックが金属音と共に解除される。さすがは高級マンションだ。

 入り口の自動ドアから中に入る。入り口のロビーも大理石みたいなマーブル調の壁に囲まれており、高級感満載だ。受付らしきテーブルもあり、管理人もしくは警備の人が常駐しているようだが、今はロビー前に人はいなかった。そのまま中に入るとさらに自動ドアがあり、その先にエレベータがある。9階のボタンを押して上に上がる。

 エレベータは一部がガラス張りで外が見えるようになっている。

 鷲尾が感心している。「ガラス張りじゃん、いい景色だな」

 9階に到着。渡り廊下が続いている。そこから見える景色はなかなかのものだった。下を見ると足がすくむ。見回すと大宮は高層ビルが多い。やはり都会だ。それに新しい建物ばかりだ。みんなで物珍しそうに周りを見ながら、先生の部屋まで来る。チャイムを鳴らすとインターホンではなく、いきなり扉が開く。中から小山先生こと辰巳夫人が出てきた。

「いらっしゃい」

 楠田も覚えがある。すっかり主婦にはなった感はあるが、昔の面影も残っている。まだ30歳前半か。小柄でショートヘアのかわいらしい女性だ。

「えーと、鷲尾君と野村君だよね。おっきくなったね」

 先生は鷲尾と野村を見て話す。覚えてもらえるのはうれしいだろう。二人とも満面の笑顔だ。

「お久しぶりです」

 楠田と水元も挨拶して家の中に入る。部屋は3LDKぐらいあるかもしれない。リビングに子供がいた。

「悠人挨拶して」男の子は3歳ぐらいだろうか、かわいらしくぺこりと挨拶する。さらにベビーベッドがあって赤ちゃんもいるようだ。

「赤ちゃんがいるんですね」

「そうなの、もうすぐ8カ月かな。子供二人だと大変」

 そういいながら笑顔で話す。

「今日はご主人おられないんですか?」

「土曜日なのに仕事してるのよ」

 ご主人は都内の会社で営業職をしているらしい。学生時代からの知り合いだったそうだ。先生が話す。

「学校のみんなには悪い事したと思ってるのよ。連絡先も教えないでそのまま辞めたでしょ。当時は精神的に参ってて、しっかり物事が考えられなかったの」

 自分の描いていた教師像と現実とのギャップや、考えた以上に教師と言う仕事が大変で、まったく余裕がなかったそうだ。結局、6年間で教師生活を終えたことになる。

「ちょうど、結婚も決まって新居も構える頃だったので、そのまま退職したの」

「校長先生も連絡先を知らないっておっしゃってました」

「校長先生って昔の教頭先生だよね。そうか、連絡しなかったかな。とにかくバタバタしてたからな。し忘れたのかもしれないな」

 水元はさすがに女の子なのか子供をあやしながら話をする。

「それで先生にお聞きしたいのは、8年前の事なんですけど」

「ああ、辰巳でいいわよ。もう先生じゃないから、えーと8年前ね。鷲尾君と野村君が1年生の頃の話になるかな」

「そうです。当時入学の時には居た生徒が、次の日にはいなくなったことがあったそうなんですが、覚えていますか?」

 先生こと辰巳夫人は考え込む。「そんなことあったかな?」

「僕は覚えてるんです。男の子で僕の前に座っていたけど、次の日には居なくなって、それを誰も話題にしなかったんです」

 鷲尾はそう言いながら写真を出す。例の集合写真だ。辰巳さんはそれを見ながら、さらに考える。すると何か思い出したように、「ああ、そうだわ、この写真は後から撮ったんだ。思い出した。確かに男の子がいたんだけど、いなくなったかもしれない」

 やはり辰巳さんも記憶にあるようだ。やはり実際に男の子はいたのか。

「えーとね、私が聞いたのは翌日、校長先生だったかな。その男の子は親の都合で他校に行くことになったって聞いた。それでいまさらなんで、生徒達には最初からいなかったことで、話を進めてくれって言われたんだ」

 何か微妙におかしな話である。他校に行ったと言えば済む話ではないか。それをいなかったことにするというのはどういうことなんだろう。

「それで、集合写真も撮りなおしたのよ。最初の写真は使わなかった。その子が写ってたからね」

「僕たちはあんまり覚えてないんですよ。撮りなおしたって話も記憶にない」鷲尾が話して野村もうなずく。

「多分、前の写真が撮れてなかったとか話したのかもしれない」

 小一の記憶なんてそんなものなのかもしれない。初めてのことなので撮影は2回するものなのか程度に考えたのかもしれない。

「辰巳さんはその男の子を覚えていますか?」

「うーん、今、言われて思い出したぐらいだから、どんな子だったかな。はっきりと記憶にないな」

「辰巳さんはその男の子の名前を覚えてますか?」

「それは無理よ、名簿とかは学校に置いてきたからね」

「そうですよね。あと他に何か覚えているようなことはないですか?」

「うーん、そうね。自分としてはあの当時はとにかく忙しかったの。まだまだ慣れないし、周りから怒られることも多くてね。ご父兄の方からも上司からも小言が多くてね。ちょうどあの頃から色々参ってたな。鷲尾君たちには良い教師じゃなかったかも」

「いえ、そんなことないですよ。俺たちには最初の先生だったけど、頼りがいがあって良い先生でしたよ」鷲尾が言い、野村もうなずく。 

 その回答に辰巳さんはうれしそうに、「そう言ってもらえると、少しは報われる気がするな」

 大変だったんだろうな。近年、教師の成り手が減っていると聞くが、なんとなくわかる気がする。

 それよりも神隠し案件は、その男の子が転校したということでいいのだろうか、どこか腑に落ちない決着だが、これ以上、調べることも出来ない。それからは差しさわりの無い話をしながら、先生宅を後にする。

 鷲尾が駅までの道を歩きながら話す。

「神隠しはなかったということになるな。男の子は転校したということだ」

「それでいいのかな。何かピンと来ない部分が多いよ。何で転校したって言わなかったんだろ。それとわざわざ写真も撮りなおしてるし、普通そこまでするかな」

「確かに手間は掛けてるな」

 しかし、これ以上あれこれ考えても次の方法が見つからない。やはりここまでなのかもしれない。以降も色々話をしたが、結局いいアイデアが見つからない。何かいい打開策は無いものなのか、それこそ、その男の子が誰だったのかを調べるのに、探偵でも雇うしかないのかもしれない。


 それから、しばらくして、「探偵ね、それは金もかかるし、難しいだろうなあ」などど帰りの電車で話していた鷲尾から連絡が入る。なんとその当てがあるそうだ。

 鷲尾が指定したいつものファストフード店に行く。中に入って、なるほどと思った。そこには最終兵器、鷲尾茜さんがいた。

 店に入って来る客がびっくりしてガン見するほどの美人である。さらに楠田がその席に座ることで、さらに驚かれる始末だ。店に鷲尾姉弟といつものメンツが集合した。

「みんな、久しぶり」茜さんがしゃべると心地よい風が吹くようだ。

「姉ちゃんが探偵に知り合いがいるっていうんだよ」弟の弁。

「そうなんですか、でも探偵って費用が掛かるって聞いたことがありますけど」

「通常はとってもお高いんだけどさ、私の頼みだと格安になるみたいよ」

 いったいどういうことなんだろ。

「いくらなんですか?」

「言い値でいいっていうから5000円にしといた。それでいいでしょ」

 探偵に調査を依頼する相場を知らないが、おそらく5万円は下らないだろう、9割引きだな。

「大丈夫です」

「翼から概ね話を聞いたんだけど、翼と同級生で第一小学校に入学して、その後転校していった生徒を調べればいいんだよね」

「そうです。鷲尾と同じクラスに入学して、たった一日で転校していった生徒です」

「よし、わかった。調べとくよ」

「茜さんの知り合いの探偵さんってどんな人なんですか?」

「え、業界にはそういった知り合いが結構いるんだよ。まあ、任せといて」

 なるほど、そういうものなのか、あまり深く追求しても仕方がない。水元は興味深々のようだったが、質問はしなかった。そして本当に探偵さんが調査をしてくれることになる。


 自分の部屋で昔のアルバムを見てみる。楠田家では写真類は画像データで残してあり、サーバーにアクセスすることで確認できるようになっている。そういった管理は親父がやっているが、以前の紛失で懲りた母親がその中から重要な画像だけは印刷してアルバムにしてくれている。また、人から貰った写真などもそのアルバムに入れるようになっている。

 そのアルバムを見る。やはり、小学校以前の写真は数枚しかない。そして思ったとおり入学式の写真はなかった。自分の記憶が正しかったことがわかる。見た覚えがないのだ。こうなるともらってなかったのか失くしたのかもよくわからない。

「慎吾、どうかした?」

 後ろから母親の声がする。振り返って話をする。

「昔の写真なんだけど、小学校の入学式の写真がない」

「え、そう、学校からもらったやつなのかな?」

「うん、入学式の時に撮った全員写ってるやつなんだけど、見当たらないんだ」

「捨てるわけないから、どこかに紛れたのかな、慎吾が一年の時は引越ししたばかりだから、バタバタしてたのよね。お父さんのせいで写真も無くなったし、わかった、探してみる」

「うん」

 やはり、引越しのゴタゴタが影響しているのか、これだけの大邸宅だもんな。引越しもさぞ大変だったのだろう。こっちは全く覚えていないけど。


 探偵の調査報告書はそれから1週間後に出てきた。思ったより早かった。さすがはプロだ。再びファストフードに鷲尾姉弟と俺たちが集合する。

 茜さんが報告書を見せながら話を始める。

「探偵さんによるとそれほど大変な仕事じゃなかったみたい、割と簡単に割り出せたって。8年前の第一小学校入学予定生徒名簿を入手して、その後の各クラスの名簿と照らし合わせたんだってさ。その結果、当初入学予定の生徒でいなくなったものが一人だけいたんだって」

 どこからその名簿を入手したのかが、不明だがおそらく超法規的処置なんだろうな。

「その男の名前はこれ何て読むんだ」

 茜さんは読めなかったが、楠田が見たところ、報告書に在った名前は神林弓弦だった。

「多分、かんばやしゆづるだと思いますよ」その名前を言いながらどこかで聞いたことがあるような気がする。はてどこだったか。

「この男の子がその後、いなくなったってことですよね」水元が聞く。

「そうみたいだね。予定名簿から、いなくなった生徒はこの子だけだそうよ」

「それでこの神林君はどうなったんですか?やっぱり転校したってことなんですかね」

「えーと、それは調査対象じゃないからな。探偵さんもそれ以上は調べてないんだ」やっぱりそうか、仕方がない。

「と言われたんだけど、そこはもう少し調べてくれってお願いした」

 おお、さすがは茜さんだ。

「なんか、そういうのはほんとにやばいらしいんだけど、調べてもらったら」

 その回答に固唾をのむ。

「いないんだってさ、戸籍上、存在しないんだって」

「え、どういうことですか?」戸籍にないとは。

「不思議だよね。戸籍にそのかんばやしなんちゃらは存在しないんだよ。だからやっぱり神隠しにあったってこと。それが結論」

 戸籍上に存在しないとは驚く。名前は名簿にあって、その後、戸籍が無くなっている。一体、どういうことなのか、やっぱり神隠しは本当にあったということなのか。鷲尾が言う。

「俺も不思議でしょうがないんだよ。だって俺はその子を見たんだよ。小山先生も記憶にあるって言うし、そして今回、名前もわかった。でも戸籍上は存在していない」

 所詮は中学生が4人、そして高校生が一人、これ以上、どういうことなのかわかるはずもない。そして今回の怪異の結論として神隠しは存在したと言うことしかなくなってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ