プロローグ
学園もののライトホラー小説になります。以前からこういった氷菓のような小説を書いてみたかったので挑戦してみました。残念ながらとても米澤さんのようには書けませんでした。当たり前か。
ただ、それなりに面白いものには出来たように思います。
とにかく、現在の世知辛い世の中から、反対側に思いっきり振り切ったお話を書いてみました。読んでもらえれば幸いです。
1
季節は4月。学生は新学期や入学式を迎える。
ここ東京からは相当に離れたけっこう田舎の中学校も、新学期を迎えている。
ここにとある中学生三年生がいる。彼の名前は楠田慎吾。時代劇にでも出てきそうな名前だ。今風に漣だの大翔だのかっこいい名前が欲しかったが、こればっかりは自分で決めることはできないので仕方が無い。
あまり特徴のない顔の上に、髪型もツーブロックだのマッシュルームとかいった流行りものではなく、短髪で若干くせ毛気味なので、はっきり言ってボサボサの髪型をしている。
顔は変でもなく、イケメンでもない。いたって癖のない顔だ。目が悪いので眼鏡をかけており、その眼鏡は近所のチェーン店で買った縁なしである。まあ、早く言うとどこにでもいるごく普通の中学生である。
そんな彼が普通でないのは、とにかく勉強だけは出来ると言うことだろう。人に言わせると相当な優等生らしい。模擬試験では県でトップテンに入ったこともある。校内だと理科や数学は毎回一位である。これは彼の父親が医者でもあり、当然病院を継ぐと思っているからである。医学部に入るためにこのぐらいの成績が、最低限必要だと考えているのだ。まあそれだけでなく理数系の答えがはっきり出る科目のほうが好きということもある。
一方、彼の父親楠田真一は慎吾の将来には無頓着で、医者の医の字も出さないし、好きな人生を好きなように進めばいいと常々言っている。今時できた父親なのだ。
ちなみに父が経営している病院は、楠田内科外科医院という節操のない名前だが、この地域では有名である。看板には無いが小児科も診ている。早い話が基本何でも診療するというスタンスなのである。評判もいいようで何時も混んでいる。
医院は自宅とつながっており、病院も広いが自宅も広い。田舎であることもあるが、御殿のような大きさである。世間では楠田御殿とも呼ばれている。
さて、そんな楠田慎吾には二人の友人がいる。むしろこの二人の方が地元では有名である。彼らとは小学校5年の時から仲良くなった。それ以前も狭い田舎なので顔を合わせることは多かったが、お互い接点がなかった。
そして5年の時に三人が同じクラスになり、そこから親密な付き合いが始まる。共通の趣味があるわけではないが、妙に気が合って友人付き合いが始まる。楠田は彼らを親友と思っているが、お互いに確認したことはない。そういうことを確認するのは恥ずかしい年ごろである。
友人一人目は野村祐介、運動神経が抜群で小学校の時まではサッカーをやっていた。このままいけば地域初のJリーガーにでもなるかと思ったら、中学校であっさりと陸上部に鞍替えしてしまう。チームプレーが面倒になったとのこと。一人で戦える陸上が性にあっているという。今は中距離の選手で、400mや800mで地元では敵なしだ。県大会はもちろん全国大会にも出場するぐらいなので、実力は相当なものなんだろう。そのくせ嫌味な所がないのでクラスでも人気者だ。
そしてもう一人は運動や勉強はそこそこなのだが、やたらとモテる男。鷲尾翼という、鷲尾などというあまりない名前だが、本人曰く華族の出だそうだ。ほんとか嘘かは知らない。
とにかく、イケメンの上にスタイルも抜群で、芸能人並みのオーラを放つ。音楽部に入ってベース兼ボーカルで学園祭などでも大人気である。さらに女性の扱いが抜群で、優しくエレガントで嫌味もなくはっきり言って好印象しかない。さらにそれが至極自然に出来ている。彼女も色々いるみたいだが、誰が本命なのかも良くわからない。それでいて痴話げんかなんかも起きない。こういうやつは男からは嫌われるものだが、相反して男にも嫌われない。そういった筋の男にも持てるが、そうではない男性にも気に入られる。宗教家になればキリストなみに成功するのかもしれないが、まあ、預言者のように奇蹟を見せることは出来ないから、それは無理な話だ。
そしてこの鷲尾については、彼の姉が輪を掛けて有名である。茜さんと言う名前で地元でも有名な美人女子高生である。現在高校三年生で、とにかく町では【最終兵器】と噂されている。
この最終兵器というネーミングだが、地元ヤンキーの間で使われ出した言葉だそうだ。イケてる女は誰だという話になると、最後には茜が出てきて残りの女性を一気に粉砕するといったことから、名づけられた。本人はカードゲームじゃねえし、と気に入らないらしいが、すでに都内のモデル事務所とも契約済で芸能活動も開始させている。来年は都内の大学に通学しながら、本格的な芸能活動をスタートさせるらしい。たしかに会うとものすごいオーラを感じるし、ありえない魅力もある。最終兵器という名がふさわしいと思う。
そしてどの地域にも怖い話がある。人間は怖いものに対する一定の欲求があるようだ。そしてここにも曰くつきの怪異現象があり、常日頃から人々の関心を呼んでいた。田舎のせいもあってそういった怪異があたかも真実のように語られている。
この怪異について楠田は否定的な見解を持っている。彼はそう言った現象には必ず真実があり、霊魂だとか妖怪、呪などといった非科学的なものはありえないというスタンスを取っているのだ。
【科学で解明できないものはない】という信条なのである。これに対し、野村は怪異は存在すると心底思っており、そう言った事例を極端に怖がる。お化け屋敷もダメだし、ホラー映画も予告編ですら見ようとしない。かろうじて海外のホラー映画だけは見ることが出来るようだ。本人曰く、なんか現実感がないところがなんとかなるとのことだ。その反面、日本製のホラーなどは全くダメで生理的に受け付けないらしい。自分の家で似たような景色があると、途端にそれが現実になるそうだ。そして鷲尾はどちらとも言えないという中立の立場を取っている。
中学校一年生になって偶然にも3人が同じクラスなり、友人関係はさらに深まっていた。下校時は用がなければ大体一緒に帰るし、休みに遊びに行くようなこともよくあった。三人三様で馬が合うこともあったが、足りない部分を補える関係性も良かった。お互いを尊重しあえる仲である。
そしてその一年生の時の担任が、彼らにとっての生涯の師と呼べるような人物だった。西園寺佑という。担当教科は理科だった。
当時の西園寺は35歳で、担任だったのは1年間だけだったが、その一年間で彼らに色んなことを教えた。楠田は科学部で活動をしていたが、西園寺はそこの顧問もやっていた。楠田は西園寺の言う【科学で解明できないものはない】といった考え方を踏襲したのだ。生命の謎、宇宙の謎、人類はこれからどこに向かうのか、相対性理論、量子力学、そういった物理学のコアな話が出来るのはこの先生以外にはいなかった。独身で身長180cm、ラテン系の顔立ちで笑うと八重歯が白く光る。女生徒から持てるし、先生や父兄からもモテる。ただ特定の彼女がいるわけでもなく、本人にそういった気がないようだった。
西園寺は勉強だけでなく、人生などの生きる意味の話もして、ちょうど人生に悩む年頃だった生徒たちは、彼の話に何度も救われたのだ。
この西園寺だが、地元のお寺、西覚寺の住職の息子で、いずれは親の後を継いで坊さんになると言っていた。ところがそのいずれがとんでもなく早まってしまった。担任だった一年生の夏に突然、父親が亡くなってしまった。まだ、65歳の若さである。朝起きたら死んでいたという。世間では何かの祟りではないか、あの寺に何かあるのではとけっこうな噂になったが、先生曰く単なる心筋梗塞だそうだ。野村はお祓いをするべきだと坊さんに言う必要のない説教を延々としていたが。
そんなわけで浄土真宗の寺を継ぐために、中学一年の担任を終えると西園寺は学校を辞めていった。楠田などは個人的にまだまだ交流を持ちたい先生だったので残念で仕方がなかった。
そんな西園寺が辞める時に楠田に言った。
「楠田、4月からは寺で塾やるからお前も来いよ」
なんと、坊さんだけでは食っていけないので塾を開くという。場所はその西覚寺である。楠田は塾に行く必要もない成績だったが、西園寺に会いたいこともあって、その塾に行くことにする。野村と鷲尾もなし崩しに同じ塾に通うことになる。
現役だった教師の塾でもあることから、塾の評判はおのずと上がり、塾生数も教える限界の10名まで膨れ上がる。また出身中学で出る試験問題の予想はことごとく当たり、カンニング並みじゃないかと言われるほどだった。西園寺曰く、あいつらの考えそうなことは手に取るようにわかると、元同僚をコケにするようなセリフまで吐いていた。
塾では理科と数学を教えており、中学3学年を受け持つので、学年ごとに二日づつ週に6日間塾を開いていた。3年生は火曜日と木曜日になる。時間は6時から8時までで、塾終わりに3人で夕食に行くのも楽しみの一つだった。
そんなある夜、その西園寺が塾終わりに楠田たちに話があるという。
2
西覚寺はこの町唯一の浄土真宗のお寺でそこそこ大きい。裏手には墓地もあり、周辺の住民は異教徒じゃなければ、ほぼ間違いなく、お世話になっている。
お寺は山の上にあり、除夜の鐘を突く大きな鐘もある。そこに体育館ぐらいの広さの境内があり、お寺と住居用母屋が棟続きに建っている。寺側の20畳はあろうかという講堂が塾の教室になっている。
塾が終わったその教室で3人が居残りしている。陸上の訓練なのか、寝転びながら足を動かしている野村が言う。
「楠田、西園寺の用事って何なのかな?」
「塾の成績自体は3人とも悪くないよな」
「ああ、楠田から色々教えてもらってるから、いい方だと思うぞ」
楠田は勉強の分野では彼らをフォローしている。それ以外の中学生特有の関心事については、逆に鷲尾たちから情報を得ているので、持ちつ持たれずの関係だ。
「じゃあ、鷲尾が何か悪さしたとかか?」野村がからかう。
「え、俺?何もしてないと思うよ。特にこの塾では何もしていない」
この塾以外だと何かしているのかと聞きたくもあるが、確かにこの塾の女性と鷲尾が絡んでいるのを見たことは無い。
そこにふすまを開けて西園寺が入って来る。
「お待たせ、今、ラーメンの出前取ったから食って帰れな」
「ありがとうございます」
今日はラーメン付きの話なのか。ちなみにラーメンの出前だと、この近所の永楽になる。町中華なのだが、他の料理はいまいちでもラーメンだけはうまい。
「あの、それで話って何ですか?」
西園寺はにこっと笑い、「実はな、お前たちにバイトを頼みたい」
「バイトですか?」三人が顔を見合わせる。
怪訝そうに野村が話す。「俺はクラブ活動もあるからバイトは難しいかも」
「いや、大丈夫だ。時間はかからないし、やりようによってはすぐに終わるから」
再び3人で顔を見合わせる。なんだろう、短時間で終わるバイトとは。
西園寺が続ける。「俺も坊さんになって色々なことがわかって来た」
玄関のほうから出前が届いた音がする。声からするとやはり近所の永楽だ。「ちょっと待っててな」
先生が出前を取りに行く。ここのお寺には先生と母親がいるだけで、母親はお寺から離れた母屋に住んでおり、夜になるとお寺を切り盛りしているのは先生だけになる。
鷲尾が言う。「何だろうな、短時間で出来るバイトって?」
「あれじゃないのか、境内の掃除とか、お墓の清掃とか」楠田が答えると、それについては野村が不満そうだ。
「お墓はいやだな。何か出てきそうだし」
怖がりな野村ならではの意見である。
西園寺がお盆に乗せたラーメンを4人前持ってくる。
「続きは食べながら話そう」
やっぱり永楽はラーメンだけはうまい、醤油ベースで出汁も効いている。いわゆる東京ラーメンとでも言うのだろうか、都内から遥か離れた田舎だけど。
4人でラーメンを食べながら西園寺の話が続く。
「お寺は檀家と言って、この地域に昔からいる人が大勢いる。親父の代にも、檀家から相談事が数多く来ていた。以前は親父がそういう相談事を引き受けていたんだな。俺はそんなこと知らなかったから、代替わりになって初めて知るような話もけっこうあった」
「そんなもんですか」ラーメンを方張りながら鷲尾が言う。
「うん、そうだ。それでそんな中に一風変わった依頼事がある」
なんだろう、変わった依頼事とは。
「いわゆる怪異とでもいった話だな」
「怪異、オカルトですか?」野村が嫌そうな顔をする。
西園寺は話を続ける。「そうなんだな、田舎だということもあってそういった怪異を信じてる人も多い。俺や楠田はそういう話は科学で解明できると信じているよな」
楠田がうなずく。もちろん、科学で解明できないものはない。世間の謎ごときは宇宙や生命の不思議に比べれば何と言うこともない。
「そこでだ、今、お寺に解決して欲しいという依頼事が3件あるんだ」
「3件ですか?」これが多いのか少ないのか良くわからない。
「いや、無理ですよ。単なる中学生にそれは止めた方がいいですって」野村の顔色はすでに青い。楠田が取りなす。
「まあまあ、野村さ、話を最後まで聞こうよ」
「俺がこなせればいいんだが、修行中の身なので毎日忙しいんだな。それでそのお手伝いを君たちにお願いしたい」
「お手伝い?」
「そう、現場に行って状況確認や情報収集、それと出来ればだが謎も解明して欲しい」
何か少し面白そうな話ではある。しかし楠田以外の二人はあまり乗り気ではない。特に野村はすでに冷や汗をかいている。
「バイト料は1件に付き、一万円出そう」
なんと一万円は破格だ。田舎のバイト料は安い。時給1000円とかが平気でまかり通るし、場合によっては800円も出ないところもある。
「それは一人にですか?」
「うん、一人ずつに1万円出す。俺の払いは総額3万円だな」
金額を聞いて、楠田だけでなく鷲尾も俄然やる気になったようだ。1時間で終われば時給1万円になる。
「あと、解決したら追加報酬でさらに1万円出す」
これはいい、増々やる気になる。ただ、野村はやはり気になるようで、「でもさ、ほんとに祟りとかだったらどうするんですか?世の中にはまだ、そういったものがあるんですよ」
野村らしい。オカルトを心底恐れている。
「祟りだったら、俺がお祓いするから」
ん?何か矛盾がありありだ。怪異現象を信じていない西園寺がお祓いするとは。楠田が突っ込む。
「でも先生は祟りとか、幽霊とかを信じていないんですよね」
「もちろんだ。ただ、仕事柄お祓いや葬式やそういう儀式はやる」
「でも死後の世界とかは信じていない」
「難しい質問だな。若干、営業妨害になるかもしれないが、まあ、そういったところだ」
そんなこと坊主が言って、大丈夫なのかと言いたくなる。
「でも、お祓いはするんですね」
「お祓いもするし、魂抜きもやるな。そういった表に出ない仕事も実際やってる」
自分で言ってておかしくないか、何か矛盾だらけだ。でも、まあいいか、うまく行けば、時給2万円は魅力だ。
「俺はやってもいいけど、鷲尾と野村はどうする?」
「お祓いしてくれるんなら、やるかな、お金は必要だし」鷲尾が言う。
「俺はいやだな」野村がしり込みする。
「大丈夫だって、俺がフォローするし、鷲尾もいるんだ」
「そうだぞ、なんなら野村は離れて付いてきてもいい」鷲尾もフォローする。そこまで言われると野村も渋々同意する。
「いいよ、やるよ」
「よし、これで決まった。じゃあ最初の案件から説明する」
こうして三人の怪異バイトが始まった。