表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/25

8.「待ち合わせは屋上で」

 鈴華(すずか)は屋上へと続く階段の下まで来るとスマートフォンで時計を確認した。

 何も時間指定はされていない。ましてや、場所も同じで良かったのか分からない。だが、胸が高鳴るのを感じながら登っていく。それは、薬欲しさの気持ちからではない。

 あの美少年のような、ユキ――その強い瞳を持つ存在の魅力に惹かれ、憧れのようなものを抱いていることを、鈴華は知らず知らずにいた。

 屋上のドアに手をかけ回し、そっと開いた。他に誰もいる気配はないが、ドアの外を出ると塔屋を見上げた。すると、何か黒い物が垣間見えている。

 鈴華は塔屋の上へ登ろうとして、細い階段に足をかけると、カンッと音がした。バレただろうかと思いつつ、そっとなるべく音を立てないよう足を忍ばせる。

 急な斜面に手すりをしっかり掴んで、頭をひょっこりと覗かせると――そこに、ユキはいた。

 ユキはコンクリートの上に仰向けに寝そべったまま、


「――早い」


 と、一言。


「ご、ごめん。だって……」

「だって?」

「いや……」


 鈴華にも、何が〝だって〟なのかよく分からず、言葉を詰まらせる。気になるからというのが本音だが、言うと鬱陶しく嫌がられそうだった。


「まだ放課後、来てないだろ。気分でも優れないのか、ただのさぼりか、どっちでも知ったこっちゃないけどな」


 冷たくあしらっているようで、気遣っているようだが、単に興味がないだけにもみえる。


「ちょっと、なんか頭痛がして……保健室でいたんだけど、そんまま早退してきちゃった」

「あの薬、飲んだのか?」

「あ、うん」

「頭痛は薬の副作用かもな」とユキは少し考え、

「何の薬にも副作用はある。多少のデメリットは我慢して、メリットを取るかどうかだ。まぁ、初めてだからな、もう少し様子見てみろ」

「うん、そうする」


 その辺りの判断は鈴華には分からずユキの言う通りにした。何だかとても頼りになると鈴華は思った。


「もう少ししたら、客が一人来る。大人しく、ここで静かに待ってろよ、いいな?」


「え?」と軽く驚き、「うん」と返事をすると、どこかに隠れなければと焦ったが、塔屋の上に居れば見つからないのだと気づき、上へと登り切った。


「いつもここでやり取りしてるの?」


 ユキは答える代わりに、


「仕事のジャマをするなと言ってる。これでもくわえてろ」


 そう言って、ポッキーを鈴華の口に突っ込んだ。ユキの口にもポッキーがくわえられている。鈴華は真似をしてポッキーを噛まずにくわえている。すると表面にコーティングされたチョコだけが口の中で甘く溶けていく。

 秋風がふわりと吹きつけた。

 だいぶ朝夕は冷え込むようになったが、今日のような晴天の日はちょうど良く風が心地いい。

 鈴華は秋風に吹かれながら口にポッキーを含んだまま、ぼんやりと空を眺める。

 何をやっているのだろう。

 まるで悩み事などなかったような、忘れてしまったような、大空を前に吹っ飛んでいった気分になる。けれど、それが本当だと思い込むほど、素直ではなかった。

 隣で同じく風を受けているユキの方を向く。何となく、こうして一緒にいられるのが嬉しい。

 不思議に見つめていると、


「なんだよ、オレが珍しい人物ってのは分かるけど、ジロジロ見ながらよだれ垂らすのやめろよ」

「──っ」


 ポッキーをつたって垂れそうになっているよだれを慌てて拭うと、顔を赤くする。


「おまえ、自分のことフツーとか言ってるけど、オレからしたら十分変わったヤツだけどな」


 個性的という響きには少し憧れるが、変わっているとは少し複雑な気分にさせられる。


「薬の転売屋なんかに近づいてんじゃないぞ」

「そっ、それは……」

「それは?」


 またしても言葉に詰まり、耳元から首筋に変な汗を流す。

 ユキは間違いなく裏社会の人間だが、それを全く感じさせない。根拠は何もないが、理解してくれる人だと鈴華は直感していた。

 気づけばユキはノートパソコンを開いて何やら険しい顔をしていた。


「……お客さんは?」


 そっと声をかけるも返事はなく、難しい顔つきでパソコンの画面を睨んだままだ。

 そうしていると、ピクリとユキが眉を上げた。


 ――カチャリ


 塔屋の下から扉のドアノブがゆっくりと回る音がした。


読んで頂きありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ