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25.最終話

「はい、余ってる薬はありません。前回と同じでいいです」


 スマホのカメラの向こうには、白衣を着た医師が映っている。


「はい。どうもありがとうございました」


 ブツ──


 通話を切って受診を終了させると、


「それだけ?」

「あぁ、たったこれだけ」


 隣にいる鈴華(すずか)が呆気に取られて口をポカンと半開きにしている。

 今、ユキが行っていたのはメンタルクリニックのオンライン診療だ。もちろん、ユキ自身の受診ではなく、他人の患者になりすましてである。

 実際にオンライン診療のやり取りを目の当たりにした鈴華は、まだ信じられないという顔でいる。もちろん、疑っているのはユキにではない。


「こんなので、診察できるの?」

「さぁ? できるから、やってるんだろ」

「顔色とか動作とか、精神科医は見てるって、何かで聞いたよ? 見なくても分かるの?」

「顔色は化粧されたら分からないけどな。動作は……知らん」


 鈴華が指摘した事は正しいので、精神科医は一体何を考えているのだろうと、ユキも疑う部分はある。同時に危うさも感じずにいられない。内科や外科と違い、精神疾患には検査というものがない。それこそ、挙動で嘘か本当かを見抜くしかない。が、患者が症状を訴える限り、薬の処方などの治療を行うしかなく、難しい点ではある。これは精神科の闇とも言える部分だ。世間から問題視される一方で、年々と心の不調で心療内科を訪れる患者は増えるばかりだ。ユキは製薬会社共々〝いいビジネスですねぇ〟と皮肉っている。


「次の予約は五時か」


 パソコンのカレンダーを開いて確認する。


「予約があるの?」

「当たり前だ。人との待ち合わせと一緒で受診する予約時間五分前には待機が常識だ」


 果たして、ユキが常識を唱えて説得力があるかどうかはかなり怪しい。


「それで三件目だよね? 何件も通院できるの?」

「二件くらいなら、オレじゃなくても、掛け持ちしてるヤツはいるけどな」


「えー」と鈴華はさらに驚く。


「薬は? 遠いのに、郵送してくれるの? 薬って郵送していいの?」

「あぁ、大丈夫だ。郵送もしてもらえるけどな、こうやってスマホに処方箋を送ってももらえる。これを近くの調剤薬局で見せるって方法」


 と、スマホに受信された電子処方箋をユキが印籠のように見せると、「ハァ……」と鈴華は感嘆にも似た吐息を漏らす。


「ところで、おまえは自分の診察はどうなんだ? てか、なんでいる?」


 二人はいつもの屋上で塔屋の上にいた。


「だって……」と、口をモゴモゴとつぶやくのが癖の鈴華は以前より少しは表情が明るくなってきていた。


 あれから、三週間が経つ。学校へは十日間、インフルエンザを理由として休んだため、クラスメイトの中に怪しむ者はいなかった。

 赤樫(あかがし)のクリニックで治療を受け薬も処方されて服薬している。そろそろ効果が出てくる頃だろう。


「精神科って、普通の病院と変わらないんだね。クラッシックが流れてて、落ち着ける感じ」

「あそこは精神科じゃなくて、心療内科だけどな。まぁ、クリニックはどこもあんな感じだけど、市街地行けばクリニックたくさんあるからな、居心地良い内装を工夫しなきゃ患者取れないんだろうな。って、肝心の医者はどうだった?」

「まだ若そうな先生だね。ちょっとカッコよくて、逆にキンチョーするかも」


 エヘッと乙女らしく笑った。「ふーん」と興味なく、若いのは本当だし、患者にモテるのも知ってはいるが、どこかつまらないユキだった。たまには悪口を聞いてみたいものだ。もっとも、闇ではいくらでも薬を処方する、悪名高き闇医者として通っているが。


「親にはちゃんと通院させてもらってるってワケか」

「うん……病院の先生にも治療が必要って言われたから、さすがに。でも、家庭内は少しギクシャクな感じかな。私を腫れもの扱いっていうか……」

「時間と共に、自然と元に戻るだろ。何だかんだで、本当の家族なんだからな」


 血の繋がりのある、という意味ありげな発言をして自身の生い立ちを持ち出すのはやめた。鈴華もそんなユキの心情など知るはずもなく、「うん」と答えた。

 ユキは大きく背伸びすると、そのまま体を後ろへ寝ころんだ。鈴華も真似ようとして、少しスカートを気にする。

 青く広々とした空は屋上のてっぺんから見ると、何だかとても近くて、手を伸ばせば掴めそうだった。


「あたし、春になったら一人暮らし始めてみようかなって」

「おまえ、春で卒業か」

「あ、違うよ、三年生。でも四月五日生まれだから、すぐに十八だよ。別に校則で一人暮らし禁止されてないみたいだし、母と距離取ろうかなって思って。先生からのアドバイスでもあるんだけどね。でも、今までが仲悪かったってワケじゃないよ?」

「いいんじゃないか? おまえ、息詰まってそうだし、あのオバサン、うるさそうだし、弟は反抗期に入ったみたいだしな」

「……それ、本人たちが聞いたら、怒りそう」


 どれも当たってはいたので、否定はしなかった。


「引っ越し先は近くか?」

「うーん、学校と家から近い駅の周辺で探してるけど……高いかな? バイトは焦りすぎるなって、先生が。仕送りがあるうちは、甘えればいいって」


 最後まで聞かず、あくびを一つしてユキは「ちょうどいい寝ぐらができたな」とぼそり。


「え?」

「いや、何でもない。家の近くなら、不安になったら、いつでも帰れるな」


 帰る家のある安心さ──


「ユキは? 家、どこ? 家族は? あ、年齢って……」

「質問は一つにしてくれ。って、どれも教えない」

「えー、ズルい。不公平」

「おまえも、元気になったと思ったら、言うようになったもんだな」


「ごめん……」と頭を下げて縮こまると、「よし、いつものおまえだ」うんうんと、ユキは頷く。


「あっ」


 と言って、鈴華はバッグの中から三箱のポッキーを取り出した。


「ポッキー、一緒に食べよっ」

「……おまえはやっぱり変わってるぞ? オレ、ついてけない」


 一か月前に初めて出会った時、おどおどと〝普通〟を憂うつに嘆いた少女は、今は水を得た魚のようだった。人は変われなくとも、本来あるべき姿を取り戻すことはできる。それを失っていることにさえ、本人は気づかないものだったりする。


「約束したでしょ? 一緒に食べようって」

「そうだったか?」

「忘れたの?」


 ぷっくりと鈴華はリスのように頬を膨らます。忘れたはずではなかったが、表情豊かな鈴華が嬉しく、からかう。そして、その約束を一度は破ろうとしたのは一体誰だと言ってやりたかったが、ユキは水に流してやった。


「えっとね、チョコとイチゴとショコラ……」


 そこで鈴華は懐かしい思い出をよみがえらせる。


「……高塚(たかづか)くんとね、チョコとショコラって何が違うんだろうって話してたの」

「高塚……あぁ、シュウか。そんなバカもいたな」

「ひどいっ」


 一瞬、そのままの意に受け取ってしまい、怒りそうになった鈴華だが、すぐにその言葉の裏に満ちた愛情を感じ取る。


「チョコとショコラの違いはな、言語が違うだけで同じ意味だ。秀才のあいつでも、解けなかったか」


 クッとユキが笑い、鈴華は何だか拍子抜けて、ちょっとバカだった気分になる。

 二人はポッキーを口に入れると、しばし食べるのに夢中になって、無言になる。


「ありがとう」

「何が?」

「助けてくれて」

「咀嚼音でうまく聞こえないな」


 ユキはポキポキと派手に音を鳴らしてポッキーを口にくわえて折っていく。


「……言えんじゃないか」

「え?」

「ちゃんと、『助けて』って」


 あの日、鈴華は大声で叫んだ。

 もっと早く、周りに助けを求めるべきだった。だけど、その小さいようで大きな勇気が鈴華にはなかった。

 ユキはそれを知っているからこそ、励ます。

 でも、もう大丈夫だ。

 ちゃんと声に出して伝えることができる。

 鈴華は照り付ける太陽に両手を空に透かしてみる。


「血潮……歌があるよね、歌詞、何だったかなぁ?」

「さぁな」

「てーのひらを、たいように、すかしてみーれーばー」

「やめろ、うるさい」

「まーっかに、ながーれる、ぼくのちーしーおー」

「だから、やめろ、歌うなっ」


 ユキの嫌いな歌詞。というよりも、小恥ずかしくて、もうこの年では歌えない。そんなユキの制止も聞かず、鈴華は歌う。


「ぼーくらはみんな、いーきている、いきーているから……なんだっけ?」

「知らないのか? はーらが、へるー。だ」

「んもぅ」


 また、ぷぅと鈴華が膨れる。それが癖なのだと発見して、ユキはこっそりと笑った。


「ついでに、もう一つ。いいこと教えてやるよ」


 傾き始めて、夕陽へと変わりつつある太陽にユキは手を伸ばす。


「夕陽の色で、その日の一日が決まるんだ。たとえ良くても悪くても、夕陽は優しく包んで許してくれるんだって。オレの知ってるじいさんが言ってた」

「夕陽の色?」

「何色に見える? そのじいさんはな、金メダルの色に見えたことがあるってな」

「金メダルかぁ……なんかすごい一日だったんだね。あたしはそうだなぁ……じゃあ、銅メダルかな」

「なかなかの切り返し方だな。座布団一枚」

「ユキは?」

「オレは金塊」

「……座布団、一枚持ってって」


 ハハハと、ユキと鈴華が二人で笑い合ったのは初めてだった。夕陽になるまで二人は会話もなく、暖かな日差しを受けながら、ただひたすら心地良く空に浮かび流れゆく雲を眺めていた。


 ――カァ


 と、カラスが鳴き出した頃、鈴華は笑顔で手を振って別れ、屋上を降りて行った。互いに約束はなかったが、その必要もなく思えた。きっとまた、いつものように二人は出会うだろう。


「はぁ……」


 ユキはすっかり診察の予約時間を忘れていた事を誰かさんのせいにして、喉が渇いてしまったのも一緒のせいにした。


 ――カァ


 カラスが隣で鳴いた。


「おまえ、久しぶりだな」


 あの頭の毛がハネたカラスだった。


「今度は、何を笑いに来た?」


 ――カァ


「笑いたきゃ、好きに笑えよ。今のオレには痛くもかゆくもないけどな」


 箱の中に一本残っていたポッキーをユキは口にくわえる。


 ――カァ


 そこへ、もう一羽のカラスが飛んで来た。


「なんだ? おまえの連れか?」


 二羽のカラスは仲良さそうに身を寄り添って、毛づくろいをし合っている。


「そうゆうことか」


 カラスは生涯を一羽のパートナーと共に過ごすという。


「大切にしろよ。嫁さん怒らすと、後が怖いぞ? その間抜けな頭、上げられなくなるぞ?」


 今日はユキの方が笑い返す。


 ――カァカァ


 二羽のカラスはハーモニーのように鳴いて、空に高く舞い上がる。見上げれば、空には他の仲間たちが飛び回っていた。


 傾いて消えかかろうとする夕陽をユキは目を離さず見つめ続ける。


 ──何色に見える?


 いつしかの老人の問いが頭の中に聞こえる。


「……悪くはないよ」


 金メダルには、ほど遠いかもしれないけれど、今はこの色でいい。この色が似合っている。

 ユキは一人つぶやいて、満足に目を細めた。


「さぁて、今夜はどこへ行くかな」


 冷やりとする首元を襟で塞ぐ。

 どこと言っても、もう老人の所はなくなってしまった。公園のベンチも、今夜は強い寒気が流れ込んでくるというので避けたい。実家へもまだ、帰る気にまではならない。


 となると、残るは……、


「……ヤダな」


 ボソリとぼやく。

 あの男がニヤリとほくそ笑むのが想像できる。けれど、結局は行くだろう自分自身に呆れ、ハァと溜息を一つ。

 ユキはリュックを塔屋の下へと投げ下ろすと、片手を地面につき、大きく宙返りして飛び降りた。


<了>


最後までお付き合い頂きありがとうございました!


また、

次作でお会いできることを願っています。

(^-^)/

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