23.「金メダル」
結局、赤樫にお勧めされた珈琲専門店でモンブランとイチゴのショートケーキを買ったユキだ。
「じいさん、どっちが好きなんだろ?」
どっちを選んでも良いように、二人でケンカしないように、二つずつ買った。
ここ数日、会えずじまいだったが、さすがに今日はいるだろう。寒く冷え込んできていたので、きっと焚火をして暖をとりながら、釣り竿でもいじっているに違いない。
ユキは足取りも軽くステップを踏みながら、夕暮れ時の河川敷へとやって来ると、遠目に赤い物影が見えた。
自然と足早に老人の元へと向かうと、パチパチと音を鳴らしながら焚火の炎がゆらゆらと揺れている。その隣で、老人は横に寝そべっていた。
「じいさん? そんなとこで何寝てんだ?」
昼間っから酒でも飲んだくれて酔っ払い、そのまま昼寝をしてしまったのか。
「ほら、起きろよ。そんなところで腹出して寝てると、風邪引くぞ」
毛布一枚も被らずにいた。ユキが声をかけるも返事はなく、起きる気配もない。
「おい?」
何度目かの呼びかけに、老人はピクピクと体を動かし、仰向けにゴロリと転がると、苦しそうにもがくよう息を吐いた。
「じいさんっ?」
ユキは手に持っていたケーキの箱をドサッと地面に落とす。
「じいさんっ、どうしたんだよっ?」
近寄り、体を揺さぶる。ユキの鼓動が早まり、顔が青ざめていく。
一瞬、例の男どもが仕返しに襲いに来たのかと思ったが、そうではない。顔の血色が悪く冷え切った体には外傷などは見当たらなかったので、病的なものだと判断する。
「あ……あぁ、ユ……キ?」
何度か揺さぶり、薄目を開けてわずかに反応を示した老人は、ろれつが回らない舌でユキの名を口にした。体に痺れを起こしているようだった。
「オレだ、ユキだ。待ってろ、今すぐ救急車……」
スマホで一一九番を押すユキの手を、老人が弱々しい手つきで止める。
「無駄じゃ……」
「何言ってる、このままじゃ手遅れになるっ」
体の痺れから推測されるのは、脳梗塞か脳卒中だった。すぐに病院へ行けば、後遺症も少なく助かる可能性は十分にある。
「このまま……いかせてくれ」
「何言って、じい……さん?」
「自分の体じゃ、自分でわかる。白い箱の中で……生きた屍のように、チューブに繋がれるなんぞ……ごめんじゃ」
「じいさん……」
老人は、以前から自身の体に不調があるのを知っていた。しかし、ユキには気づかれぬよう、ずっとひた隠してきた。数日前、ここにいなかったのは病院へ行っていたからだった。その時、医師から病気があると告げられた。
「頼む、ここで……いかせてくれ」
「じい……さん」
徐々に老人の意識は遠のいていく。そんな中でも、老人は必死に笑みを絶やさず、ユキの手を握りしめる。
「ユキや……体を……夕陽の方に向けてくれ。夕陽が……見たい」
ユキは老人の上半身を抱きかかえて起こす。
「これで、いいか? 夕陽、ちゃんと見えるか?」
「あぁ……あぁ、見える、キレイじゃ。今まで見てきた夕陽の中で一番、キレイじゃ……光っておる……金色じゃ、金メダルの色じゃ。わしの人生、一等賞じゃあ! ハハハッ」
老人は満足そうに、弱々しくも高らかに声を上げて笑った。ユキの目には涙が浮かんでいて、夕陽の色は白く滲んでいた。
「ユキや、いっぱい太陽を浴びろ。いっぱい太陽に当たりながら、歩いていけ。何が正しくて、何が間違いかは、その日の夕陽が教えてくれる。たとえ、間違っていたとしても、夕陽がやさしく温かく包んで許してくれるんじゃ……」
いつも、ユキを心配していた。何も言わず、陰から見守ってくれていた。そんな老人が最後にユキに伝えた言葉。
「ユキ……わしの孫、かわいい孫じゃ。一緒にいられて……よかった、よかったのぅ……」
「じいさん? じいさんっ?」
真冬の空の下、夕陽が暮れて沈むと共に、老人は瞳を閉じた。
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