1.「学校の裏サイトによる噂」
上から三段目、右から四列目。
(ここ?)
古びたコインロッカーの前、数えていた手をピタリと止める。
制服姿のロングストレートヘアをした少女は、周囲を気にしながら、長いまつ毛で覆われた大きな瞳を小さく揺らした。
A県立高等学校に通う、二年三組の天川鈴華。
偏差値の高い名門高校として有名だ。
その学校へ通う生徒が、まさかこんなところでそんな事をしようとしているかなど、誰が想像できるだろうか。
鈴華はフッと自嘲気味に小さく笑った。
近くに学生の姿は見当たらない。
改札口には鈴華と同じ帰宅部の生徒がチラホラいたが、駅の裏口に設置してあるこの古びたコインロッカーの前には、ほとんどの人が素通りして立ち止まることはない。
部活帰りの大勢の生徒たちが駅に押し寄せて来るのはまだ少し先だ。
どの駅のコインロッカーかは明確に分かっていないが、今の数え方で合っているはずだ。
──ドラッグジャック
今、そんな言葉が学生の間で渡り歩いている。
何でも欲しい薬を手に入れてくれるという謎の人物。
ただし、合法。
麻薬や覚醒剤などの薬物ではない。それらの薬物は犯罪であるのは確かであるし、夜の街にでも迷い込めば手に入れられるだろうが、鈴華が求めているものではない。
『うつが治った』
そんな、お医者さまごっこのような可愛い噂話が友人達の間で浮上した。情報の発信源はSNSではなく、学校の裏サイトの掲示板だった。
『楽になった』
病気の薬なのだから当たり前だろうが、鈴華には夢のように聞こえた。
精神科の薬を手に入れるには、病院へ行かなければいけない。そのためには保護者の理解が絶対的に必要だ。しかし、それでも未成年の受診を断っている病院も多かった。
近くて遠い、そんな存在の薬。
だからだろうか、ごく普通の真面目な生徒たちの間でも噂は広がっている。
そのため、友人との会話から詳しい情報交換をする事ができた。医師や薬剤師を目指している生徒も少なくないので、簡単な薬の知識もネットで得た。
しかし、ドラッグジャックとはどんな悪人か。何人か接触したらしき生徒はいるようだが、その正体については語られる事はなく、誰も何も知らない。
鈴華はもう一度、周囲に目を配らせると、深呼吸を一つ。ロッカーの扉を恐る恐る開いた。
すると、中に黒い封筒が一枚。
この中に希望する薬の名を書いた〝処方箋〟を入れる。という手順のはずだったのだが、
(あれ?)
封をされていない封筒の中から白い一枚の紙が、すでに入っていた。
ドキリとする。
誰か他の人のだと、見てはいけないと思う前に、折り目のない紙から文字がしっかりと読み取れた。
──校舎の屋上で待つ。
バッと思わず後ろを振り返った。が、通りすがりの誰もが知らぬ顔で歩いているばかりだった。
一瞬、見張られてでもいるのかと思ったが、この文は最初から書かれて置かれていたものなのだろう。
(校舎?)
どこの学校の屋上かは指定されていない。このロッカーと同じく、どこなのか具体的な場所は分からない。では、噂されている裏サイトの学校という事だろうか。
通路の窓から外を見た。いつの間にか夕暮れが近づこうとしていた。もう少しすれば部活動の生徒も学校から帰る頃だろう。そうすれば、校舎は人気が少なくなる。
焦りと不安を感じて鈴華は深呼吸をした。
そしてロッカーを閉じると迷いを消して意を決するよう踵を返し、その足先を学校へと向けた。
◇
空が赤く焼けていくのを眺めていた。
ユキは仰向けに寝転んだまま、両手の手のひらを広げて、空へと大きく伸ばした。
「──てーのひらを、たいように、すかしてみーれーばー、まーっかに、ながーれる、ぼくのちーしーおー」
そこだけ歌って、その他は口ずさむのをやめる。
歌詞を知らない訳でも、忘れて覚えていない訳でもない。ただ、好きではなく気乗りがしなかっただけだ。
手のひらを透かしてみても、流れる血潮とやらは見えない。沈みかけの夕陽では無理か。
そのまま目線を手のひらから手首の腕時計に移す。
「そろそろ、来るか?」
今頃、向こうは動揺して困惑していることだろう。
一度、冷静になって、よく考えた上で決めようと、そのまま家へ帰るようであるならば、ここへ来る必要もないだろう。
一つ、ここで賭けでもしてみる。
「来る──な」
賭けるまでもなく、核心に近い。
両手を下ろし、瞼を閉じて、照らされて差し込んでくる光を感じながら、待つ。
やがて、ゆっくりと慎重に石橋を叩くよう階段を登って来る足音が聞こえてきた。
「──当たった、な」
ユキはニヤリと笑うと同時に、ふぁとあくびを一つ。待ちくたびれて眠い目を擦った。
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