禁術の書“アース”
「ひどいじゃないかエメル」
魔法の効果が切れてヴァイオレットが喋る。
自業自得だから我慢して欲しい。
「ひどいのはあなたですよ。彼女にこんな危険な物を付けるなんて」
「う~ん、ぐうの音も出ない正論だな」
「まぁしっかり反省して今後どうするか考えてください」
「あぁ」
「じゃあ、僕は帰りますね」
「いきなりだな!!」
彼女は随分と驚いたようだ。
「もう特にやることもないですしね」
そう言い僕は魔方陣を床に描き始める。
ここに来たのと同じ要領でやれば帰れるはずだ。
「では……失礼しました」
魔方陣が描き終わり僕は詠唱を始めようとするが
「待てエメル!私達も一緒に行かせろ!!」
「はい?」
ヴァイオレットが止めた。
あれ?今、何て言った?
『一緒に行かせろ』と言ったのか?
「嫌です。以上」
そう言って詠唱を再開しようとするが、
「断るな。以上」
ヴァイオレットがまた中断させる。
「あなたが“知恵の塔”に来たらトラブルが増えるので嫌なんですが」
それこそ、“知恵の塔”全体で火事が起きてもおかしくない。
モアさんの件と言い、その他の件と言い彼女はそこらへんのトラブルメーカー以上のトラブルメーカーなのだ。
「まぁ待て話を聞け“知恵の塔”は魔法書や魔導書がこの国で一番蔵書している図書館だろ?」
「まぁそうですね」
魔法使い達の実力向上を計った図書館だ。
そういった本は今後も“知恵の塔”に増えていくだろう。
「ならモアに付いた魔法を解除する魔法が存在するかもしれないだろ?そもそもそれに心当たりがありそうだったから一度モアをあそこまで運んだ訳だしな。」
「なるほど」
どうやら、彼女でもことの重大さにはある程度察しがついておりそのために僕をここまで連れてきたのか。ていうか、彼女はどうやらわざとモアさんを魔法で飛ばしたのか。
「最低ですね」
「すまん」
僕が何を考えたのか気づいたのか彼女はテヘペロと舌を出した。
「モアさんノコギリあります?」
「確かここら辺に」
「ちょっ⁉︎ごめん!ごめん!」
僕たちが彼女の舌を見てイラッとしたことに気づいたのか彼女は舌をしまい慌てて頭を下げた。
「もしかしたらあなた様が働いてる“塔”には『賢者ヴァイオレット・リリィの魔法生活〜“禁術の書”(命を弄ばれた可能性あり)との幸せ生活〜』での“禁術の書”や命弄びはぶっちゃっけどうにもならんが、魔法だけならなんとかなるかもしれんので助けてくだせぇ」
「そのよくわからないタイトルと三下態度は置いといて、確かにその部分だけでも解決すればかなりの問題がなくなりますね」
彼女の言い分には確かに一理ある。
“知恵の塔”には膨大な数の魔導書や魔法書、禁術の書がある。
もしかしたら、その中の一冊ぐらいは解除できる物があるかもしれない。
「わかりました」
「おぉ!わかってくれたか!」
「モアさんだけを連れて行きます」
「えっ?」
「何でそうなるんだぁぁぁぁああ!!」
モアさんが疑問の声を上げヴァイオレットの叫びが天高く轟く。
「私も連れて行く流れだろ!!」
「え?」
「何でそんな疑問の顔をするんだよぉぉおお!」
「わかりました特別ですよ」
「何でそんな上から何だ?」
人手が多いには越したことがないが、ヴァイオレットを連れて行くにはやはり勇気がいる。
『気がついたら死んだ』みたいなことがあるかもしれない。
「では二人共魔方陣の上に来てください………“道化師の幌馬車……乗るのは吟遊詩人……さぁ紡げや紡げ……我等を彼の地まで運び行くまで……”」
魔方陣が輝きそれがおさまったら。
そこはモアさんと一緒に転移した場所だった。
「着きましたよ」
「ここが“知恵の塔”か」
「正確にはその地下室ですよ」
そして、僕達は地下室から出た。
「おぉ!」
「!」
ヴァイオレットが感嘆の声を漏らす。
モアさんは驚きで声が出ておらず口だけがパクパク動いていた。
「驚きましたか?」
二人が見ている景色は驚いて当たり前だろう。
僕もここに初勤務の時は驚いた。
「なんてすごい景色だ!」
「圧巻ですね主」
“知恵の塔”は遠くから見たら円柱型の建物で真ん中方は吹き抜けになっている。
“知恵の塔”の壁、そこには彫刻された美しい本棚とそこに入っている膨大な数の本。
それが所狭しと並んでいて、見ている者を圧巻する。
「ここにある本、全てを読むには人生を三回は繰り返さないと無理らしいですよ」
「ではお前もまだ全部を読んではいないんだな?」
「はい」
「読んだ中に私のコピー魔法を解除する方法はありましたか?」
「残念ながらありません」
もし読んでいたらヴァイオレットの家で解除は出来なくとも何とかなったかもしれない。
「そうですか」
モアさんが残念そうな顔をする。
そんな時だった。
『クルッポー!』
「何だ?あれは?」
「あれは鳩ですよ主」
「知っている。そうではなくて“何故鳩がいるのか?”と言う意味だ」
彼女達の言う通り“知恵の塔”の窓から鳩が入って来た。
この鳩は……
「この鳩は魔導連盟が飼っている鳩。通称“魔鳩”又の名を“声繋ぎの鳩”ですよ」
「“声繋ぎ”?」
モアさんが不思議そうな顔をする。
確かに普通の鳩にはそんな名前がつかないだろうけど。
『こちら魔導検察。“秋明菊の大魔導師”エメル・サフィスに連絡する』
「鳩が喋った!?」
モアさんが驚いた声を上げるが魔鳩はそんな彼女に見向きもせずに話し続ける。
“声繋ぎの鳩”と言われている理由がこれだ。
魔鳩は聞いた声を指定した場所の特定の人物を見つけるまで忘れずに届ける事からこの名前が付いた。今は音声を繋ぐ魔法道具もあるが、決して話を忘れず特定の人にしか話さないこの鳩は今でも極秘の連絡、盗聴を嫌がる人には愛されている。
『近年行方が解らずにいた禁術の書“アース”が発見された』
「!!」
『場所はガンキン町の“ミール商店”地下競売場だ。違法地下競売場では無いのだが我々も手が出せない理由があり調査が難しい。そこで貴殿に地下競売で“アース”を競り落として欲しい。競売開催時間は夜零時からだ。細かい指示と競売の招待券は魔鳩の脚に結んである以上だ』
「了解」
僕は魔鳩に餌を与え脚に結んである紙を取ると魔鳩を帰るように飛ぶ。
「すいません急用が出来ました。二人は魔法の解除方法を調べていてください」
「何だ今のは?」
「魔導連盟の仕事場の一つ魔導検察からの依頼ですね」
「それは理解出来る。何故お前がやるのかと言う点に私は疑問を持っているんだ。魔導検察の仕事は国の犯罪を取り締まることと、市民の安全を守ることだ。禁術の書集めも魔導検察の仕事だろ?」
まぁ確かにごもっともな正論だ。
魔法使いの市民の平和を常に考え、犯罪を取り締まるのが魔導検察の仕事だ。
禁術の書の被害を避ける為の仕事も魔導検察の仕事になるだろう。
だけど
「それは私が“知恵の塔”の司書だからです」
「?」
「マダカス・ホールの事を覚えていますか?」
「あぁ」
「“知恵の塔”の前職員がマダカス・ホールでした」
「!!」
「禁術の書は高く売れます。彼は欲に目がくらみ禁術の書“アース”を密売しようとしましたが失敗して“隠者”になりました」
「なるほど」
「禁術の書“アース”は“知恵の塔”に保管されていた物です。僕は司書として禁術の書を回収しなくてはいけません」
「わかった」
「わかってくれましたか」
彼女が理解してくれて嬉しい気分になった。
「私達も行くとしよう!!」
「全然わかってくれてないですね!!」
何でそう言う回答になるんだ。
まぁ彼女ことだ。
どうせ
「面白そうだからだ!」
「でしょうね!!」
やっぱり!!
「解除の魔法を調べなくていいんですか!?」
「なぁにまだ時間はあるさ!!なぁモア」
「えっ?あっはい」
「な」
「『な』じゃないですよ」
全く彼女と関わると頭が痛くなる。
「ではジャンケンで決めよう」
「ジャンケン?」
「あぁ私が勝ったら『一緒に行く』お前が勝ったら『留守番』だ」
「わかりました」
ここでウダウダ議論してても時間の無駄だ。
ジャンケンの負ける確率は簡単に考えて三分の一簡単には負けないだろう。
「「ジャンケン」」
ポン!!
「いやー素晴らしい町だなエメル」
「綺麗ですねエメルさん」
「……はいそうですね」
一時間後に僕達はガンキン町に行った。
まさか、あの時にヴァイオレットがチョキを出すなんて。
「で?これからどうするんだ?」
ガンキン町に着いた僕等はある程度の観光を楽しみ今は近くの喫茶店でゆったりしている。
ヴァイオレットと僕はコーヒー、モアさんは大きいパンケーキを食べている。
「指示書にはここから近い駅にもう直ぐ魔導検察の協力者が来るらしいので会いに行きますか?」
「私達も行くのか?」
「何の為に来たんですか?モアさんは安全の為に何処かで待っといて欲しいです。ヴァイオレット、貴方は完全に大量殺人魔法兵器ですから市民の安全の為にもついて来て下さい」
「モアはコピー魔法があるから戦力としては充分過ぎる程頼もしいからついて来させるべきだ。あと何が大量殺人魔法兵器だ。私は人間だぞ、殺人眼鏡」
「誰が殺人眼鏡ですか?」
「お前だ」
「僕ですか……」
「モグモグ…あの……お二人共モグ喧嘩はモグやめて下さいモグモグモグモグ」
口喧嘩する僕達を見かねてモアさんがパンケーキを食べながら止めに入る。
「モグよ、食べながら喋るな」
「口の横にクリームがついてますよモグさん」
「誰がモグさんですか!」
それなのに僕達はモアさんを茶化す。
その後、モアさんの機嫌を直してから僕達は駅に向かった。
「ここか?」
「はいそうです」
この町の駅はあまり大きくは無いが小さいかと言われるとそうではない。
まぁ中くらいの大きさだ。
「駅と言うことは、そいつは箒には乗らないのか?」
彼女がそんなことを言う確かに魔法使いの移動手段と言えば箒だが、
「もし町で犯罪者との戦闘があった場合、箒からだと狙い辛いからですよ。空を飛びながら敵に撃つ訳ですから」
「なるほどな」
空中で滞空しながら撃つと言う方法もあるがそれは格好の的だ。
しかも、今回は禁術の書の回収もあるので目立つ事は極力避けるべきだ。
「箒って乗る物では無いですしね」
「そうですね。でも昔だって箒では無く“笊”か“絨毯”を使って飛んで飛んでたんですよ」
「笊で!?」
「えぇ、だけどスピードがあまり出ずにいたので様々な道具を試し“箒”に行き着いた訳です」
「そんなことが」
そんなプチ知識をモアさんに伝授していると、
「おや?“協力者”は君たちかい?」
駅の出口から出て来た鞄を下げた女性が僕達に話しかける。
「!貴方は!」
「……久しぶりだな」
僕はその人に驚き、ヴァイオレットも僕以上ではないが多少驚いた様だ。
「あぁ久しぶりだね」
その人は赤髪の背の高い女性“薔薇の大魔導師”アミリア・ガードナーだった。
「まさか“協力者”が君達だったなんてね~。随分昔の事件と言い今回の事件と言い君達とは中々に切れない縁があるね」
「そうでしょうか」
「私はそうは思わないな」
“協力者”アミリア・ガードナーに連れられ僕達は現場に向かう事になった。
「所で……君達の後ろにいるその可愛らしい女の子は誰だい?髪の色を見る限り君達の子ではなさそうだが」
アミリアはモアさんを見る。
やばい。こう言う時の言い訳を考えていなかった。
「私の弟子だ」
「へー?君の?」
「そうだ……魔法は使えるし今回の事件でも充分な戦力になる筈だ」
「へー」
ヴァイオレットが何のこともないと言う表情で言う。
ヴァイオレットなら平然と嘘つくのうまそうだな、詐欺師に向いてそうだ。
「分かった今回の件の“協力者”は三人と言うことだね」
「感謝する」
「いやいや、人の手は多ければ多いほど良い」
そんなことを言いアミリアは鞄の中から穴が二つあいた白いお面を三つ取り出す。
「これは?」
「これから行く競売場は身分がバレるのがダメなんだ。だからこのお面を君達もつけて欲しい」
そう言う本人も僕達にお面を渡すと自分も似た様なお面を取り出しつけていた。
「気になっていたんですが」
「何だい?」
僕はアミリアに聞きたかったことを聞く。
「どうして競売場には魔導検察の権力が通用しないんですか?権力を使えば直ぐに“アース”も回収出来るでしょうに……」
「それはだね」
「簡単だエメル、“合法扱いされているだけの競売場”だからだ」
「そう言う事だよ」
「?」
「つまりだな」
僕が良く理解出来ない事にヴァイオレットが気づき補足する。
「権力者達が作り上げだ違法競売場しかし、そんなのは“正統な正義”で潰される。だから表向きは違法競売場では無く高い商品を扱う“金持ち専門の競売場”として使用されているんだ」
「そう、そうしてそれが長く続けば他国のお偉いさんも来るようになり余計に手が出しづらくなった現状。やるなら」
「“正統な競り”で危険物を取ると」
「「そう言う事」」
彼女達の説明にようやく理解出来た。
要は“正義”ではなく“競り”で回収するしかないと。
「世も末ですね」
「そう言うな」
僕の嘆きにヴァイオレットは笑って返す。彼女のこの懐の広さというか豪胆さというかてきとうなとこらは見習う必要がありそうだ。
「あの~私はまだ話が理解出来ないんですけど」
モアさんはまだ話を理解出来ていない様だ。
「要はお金で悪者から指定の物を獲ると言う事だ」
「なるほど」
モアさんも理解し僕達はこの町の競売場に向かった。
……いや小首を傾げてるし、まだ理解してないかもしれない。
「所でエメル」
「はい?」
「お前、私のことを詐欺師だと思っだろう」
「いえ」
「本当か?」
「ただなれるだろうなと思っただけです」
「同じだボケ」
ヴァイオレットに殴られたけっこう痛い。
ビシシ!
連続で脇を殴らないでください。