“禁術の書”アース
「ここがオークション会場か?」
ヴァイオレットは目の前の大きな建物を見る。
建物は高さ五階建てのかなりの大きさで屋根は三つの三角帽子の様な形になっている。
「そうだよ」
アミリア・ガードーナが頷く。
「各階ずつで違う物を競っているんだ。欲しい物が同時に違う階で起きた人は知人を使って目標の物を競るよ」
「なるほどな」
「さてと、覚悟を決めてね」
ガードナーはそう言うと建物に入る。
建物の床は正方形のタイルが二つ違う色のタイルが斜めに並ぶ様な貼り方をしている。
「まずは中央の受付でこれの紙を見せる」
ガードナーはそう言うと僕達に紙を見せ中央の受付に行く。
中央の受付をしていた女性は若干驚いた顔したがガードナーと共に僕達の方に向かい。
「ご案内します」
それだけを言い僕達を連れて行く。
「こちらです」
建物の随分と奥の方に連れて行かれた。
案内された所には『スタッフオンリー』と書かれている。
「会場はこの扉を抜け奥に進んだ所になっております。そこでは仮面の着用が義務づけられているので今この場で付けてください」
案内の女性にそう言われ僕達は素直に仮面を付ける。
仮面は穴が二つだけ空いたシンプルなデザインだった。
「ありがとうね」
ガードナーは女性にそう言うと扉を開けて僕達はそれに続く。
扉を抜けるとすぐに階段があった。
「黒だな……」
「えぇ完全な黒ですね」
会場に向け階段を降りる最中、ヴァイオレットとそんな会話をする。
こんな所にある会場なんて真っ当な物じゃ無い。
「まぁまぁ、違法競売場なのは知っていた事だろう?」
ガードナーは僕達の会話にそう返す。
仮面の所為で互いの表情が見え無い。
「そうですがやはり嫌な気分です」
近くにこんな違法な物が有るのを近所の人達はどう思うだろう。
「話はやめだ、どうやら着いた様だぞ」
ヴァイオレットが指を指す。
確かに後もう少しでかなりの広さの空間に出そうだ。
「ここが競売場ですか……」
モアさんが空間を見渡す。
そこは目の前に大きなステージがある大きな音楽ホールの様で高価な椅子が数多く並んでいる。
「上にも階があるのか……」
ヴァイオレットが言う様に競売場は二階もあり上からでも競売ができる様になっている。
「もう結構人がいますね」
周りには僕達と同じ様に仮面を付けた人が何人もいて、談笑したりしながら座席でゆったりとしていた。
「私達も座っているか……」
僕達は適当な場所に座る。
それから数分後、競売場の照明が落ちてステージの上に仮面を付け黒いドレスを着た人がステージの光に当てられながらステージの真ん中に向かう。
「体つきからして女だな」
「ドレスを着ている時点で女でしょう」
「いや、西の国では“体の弱い男は女性の服を着て神に護ってもらう”と言う風習があるからわからんぞ」
「競売ではそんなの関係無いでしょう」
ヴァイオレットとそんな馬鹿みたいな話をしていると女性はステージの真ん中に着いていた。
女性が手を上げる。
するとそこからマスクが出て来た。
周りから歓声が漏れる。
『さぁ!今宵は皆さまよくぞこのオークションに来てくださいました!』
女性はマスクを使い周りに聞こえる様に喋る。
周りは拍手を始めた。
『今回も滅多にお目にかかれない様な貴重な品ばかりです!皆さまもマニアの誇りをかけてお目当ての品を入手して下さい!」
女性の言葉を最後に大きな拍手が鳴り、後ろから仮面を付けた黒服の男が台車に乗せた一つ目の品を持ってくる。
そこには小さな結晶が複数均等に並んでいた。
『さぁまず今回の一つ目の品は“魔女の宝玉”!西の大陸の鎮座する帝国“アルサナ帝国”からの一品でございます!見てください!この美しい結晶!三十万ゴールドからのスタートです!』
「三十万ゴールド!?」
モアさんが驚いた顔をする。
「どうしたモア?」
ヴァイオレットがモアさんを不思議そうに見る。
「三十万ゴールドって凄い大金じゃ無いですか!?」
モアさんはそれに反発する様に言う。
やはり金額に驚いていたか……。
確かに三十万ゴールドだったら小さな家が一個買える値段だ。
だけど……。
「こんなのはまだ序の口だろうな」
「そうですよモアさん落ち着いてください」
こんなので悪目立ちしたく無い。
これ以上に高い物が有るはずだ。
「それでも、いきなり三十万ゴールド以上払う人なんているんですかね?」
モアさんは納得して無い様に言う。
「確かに普通だったらそんな高額簡単には払わないよ」
ガードナーが面白そうに言う。
恐らくモアさんの反応を楽しんでいるんだろう。
『五十五万ゴールド!』
「いた!」
すぐ後ろから三十万ゴールドを超える値段を提示している人がいる。
モアさんはそれに驚いた様だ。
「だけどここは普通の金持ちじゃない人達が沢山来る競売場……三十万ゴールドなんて道端の石ころみたいなんもんさ」
ガードナーはそうモアさんに言い放つ。
「もう考え無いことにします」
「それが良い」
モアさんは考えるのをやめた様だ。
それにしても……
「“魔女の宝玉”は違法物品なのに良く入手出来ましたね」
“魔女の宝玉”はそれを身につけただけで自分の魔力が何倍にも跳ね上がる結晶だ。
戦争で大活躍した魔法使いの大半がこれを使った装飾品を身につけていた。
「女性が言っていただろう?『アルサナ帝国からの一品です』って、これはアルサナ帝国のある情報を意味している」
「情報?」
「“魔女の宝玉”は戦争で大活躍する代物だ。そんなのを国が放置するか?いやしない、大半の国は『もし戦争が起きたら?』と考え極秘で保管するさ、けどアルサナ帝国はそうしなかった何故かわかる?」
「“魔女の宝玉”を使わなくても十分な戦力があるからですか?」
「そう」
アルミアは頷く。
「ここは誰が出品者かわからない様になってるけどここに出品するのは大抵国の大者だ。ここは顔が見え無い情報交換場所で国との戦争を互いに牽制し合っている場所なんだよ」
「恐ろしいですね」
今でこそ戦争は起きていないが昔はあった。
ただこれから戦争が起きないとは言えない。
ここのオークション会場の情報ミスでもしかしたら戦争をふっかける国が出てくるかもしれない。
「さぁ無駄話はこれまでにしてお目当ての商品を気楽に待っていよう」
アルミアはそう笑顔で言ったが僕はさっきまでの会話の所為で気楽に待てない。
➖➖➖
おのれあの豚共目が!!
俺をこんな所に封印しやがって!!
お前らには見えないのか!?
聞こえないのか!?
消えていく植物の悲鳴が!
殺されていく生き物達の命の叫びが!
見ていろ!!
必ずこの封印から出てこの世を変えてやる!!
例えいくらかかってでも!
➖➖➖
『落札!この“白月の瞳”は三百万ゴールドで落札されましたぁ!!』
壇上にいる女性の声の後に拍手が響く。
「違法な物十二種目ですね」
「そうだな」
僕の発言にヴァイオレットが相槌を打つ。
今まで流れだとどれも密猟や密造、違法な物ばかりだった。
「やった!三百万ちょうどです!」
「うむむ!」
隣ではアミリアとモアさんがゲームをしていた、どうやら次の品も見ずにどれくらいの値段で落札されるか互いに予想し合っているらしい。アミリアは慣れているのかもしれないがモアさんの胆力がけっこうすごいな。
『さぁ!続きまして次はなんと皆様!“妖精”でございます!』
『『『おぉ!!』』』
女性の発言に会場が色めき出す。
ステージの端からスーツを着た仮面の男が小さな檻に入れられた泣いている妖精を装飾された台車で運んで来た。
妖精とは人間の体に羽を持つ小さな生き物の事で魔法を扱うのが上手いとされている。
「これは……酷いな……」
「そうですね」
ヴァイオレットの発言に僕は同意する。
今までのは一応、生きているものでは無かったが妖精などの生き物を捕まえて売り物にするのは酷い。
『詳細を省きますがこの妖精は“特殊な方法”で捕獲されました!さぁ!この可憐な生き物を手に入れるのは誰だ!百万からのスタートです!』
『百十万!』
『百三十万!』
壇上の上での女性の発言が終わり競りが始まる。
“特殊な方法”って……密猟以外の何物でもないだろう犯罪行為をして手に入れたんだろうな。
「所で質問なのだがエメル」
「なんですか?」
「私達が狙う禁術の書“アース”はどれくらい危険なんだ?」
「……いきなり話が変わりましたね」
「この嫌な気分を変えたいんだ早く教えろ」
「気分については激しく同感ですね。……“アース”は」
僕は気分を変える様に話す。
……自分が情けなく思える。
あそこにいる小さな生き物一匹すら救えないなんて……。
「……“アース”はあまり禁術の書の中では危険な分類ではありません」
「ん?そうなのか?」
「はい。そもそも禁術の書が何で出来ているか知っていますか?」
「いや、知らないな……」
「おや?モアさんのことを言っていたのに?」
「モアは偶然出来たに等しい」
「……」
「どうした?」
「いえ」
やはり、ヴァイオレットでもモアさんが作れたのは偶然だったんだ、おかしいと思っていた。
“禁術の書”が簡単に生まれる話なんてない。大抵はなんらかの儀式で生まれるがそれも数少ない成功例だ。何百冊もしてはじめて生まれる一冊、僕の働いている“知恵の塔”には入っていく“禁術の書”は長い長い歴史で堆積していったにすぎない。ぶっちゃけ僕が生きている間に新しく生まれた“禁術の書”を見るなんて思ってなかった。
「これは大魔導師の中でも知っているのは少数です」
「知っている口調だな」
「知っているんで」
「私が知っても良い物か?」
「問題ないですよ?それにあなた、ここで言わなければ自分で知ろうとして周りに迷惑をかけるだろうから、今言っておきます」
「お前……結構失礼な一言だぞ?今の……」
「問題ないでしょう?あなたは僕が言った言葉通りだと思いますが……」
「おい(怒)」
「……話を戻しますね」
僕は逃げる様に視線をずらす。
「後で覚えていろ」
ヴァイオレットが怖い事を言っているが無視だ無視。
「……禁術の書に必要なのは“悪魔の力”ですよ」
「?……なんだそれは?」
「言ってしまえば“自我がある莫大な力”でしょうか」
「力?」
「はい。時には僕達に知恵を与え、時には沢山の人を悲しみの底に連れ込む“力”です」
「良く分からないな……」
「僕達、大魔導師達もこれらについては良く分かっていません。唯その力とコンタクトを取るのは至難の技で、感じる事すら難しい物です」
「だが時折……」
「はい。その力と繋がりその力の一部を本に収まると……」
「禁術の書か……」
「はい。しかし一部とは言ってもその力は絶大、しっかりとした管理下に置かないと沢山の人が危険に晒されます」
「ならば何故“アース”はあまり危険ではないんだ?」
「“アース”にはその力が他の書よりもありません。あるのはある人の思いです」
「思い?」
「……“アース”を作った男は自然が多い村で産まれました」
男はその村ですくすくと元気よく成長していって魔法使いになった。
男は産まれた時からずっと近くにいる自然が好きだった。
自分が結婚をして家庭を持ったらこの自然を見せると言う夢を持っていた。
しかし、そのそれは唯の幻想となっていく。
その男よりもずっと昔からあった森はそこの領主によって切り拓かれ様としていた。
村の人全員が反対した。
男も反対した。
だけどそれは全て無駄に終わった。
反対する村人達は領主の力に潰されていった。
森は完全に切り拓かれて男の夢は幻想となって消えていった。
男は力を求めた。
全てを覆す圧倒的力を!
そして禁術の書の完成に乗り出した。
“力”ともコンタクトが取れてあと一歩で完成するところで男は捕まった。
どんな理由があっても“禁術の書”を造るのは犯罪だ。
男はその力を捕まる前に食べた。
文字通り口から流し込んだ。
男が飲み込んだ力が暴走するのを恐れた当時の人達は男を男が作りあげた禁術の書になる筈だった物を媒介にして封印した。
「……これが“アース”が生まれるまでの物語です」
「……哀れだな」
「そうですね」
確かに哀れだ。
大切な物が消えていった男が力を求めた事を誰も責める事は出来ない。
「だけど一歩間違えば沢山の人が死んだかもしれません」
それだけは避けないといけない。
そこにどんな理由が有っても周りの人が傷ついて良い理由にはならない。
『五百万ゴールド!五百万ゴールドが出ました!更にないか!?……ありませんね!“妖精”は五百万ゴールドで落札されました!』
“妖精”の競りが終わり会場が拍手に包まれる。
『さぁ!今日のオークションも最後の品となりました!この輝かしいオークションを飾る最後の品はなんと!“禁術の書”です!』
『『『おぉ!!!』』』
女性の一言に周りが感嘆の声を上げる。
「遂に来たよ。頑張ろうか」
アミリアが言う。
その一言に僕達は気を引き締める。
今までよりも豪華な装飾がされた台座の上に“アース”は置かれた。
『この禁術の書の名は“アース”、森を愛した男が作りあげた呪われた書です!』
「ん?」
「どうしたんですか?ヴァイオレット?」
女性の解説を聞いていたらヴァイオレットが小さく声を上げた。
「いや……あの書……封印が解けかけているぞ」
「!?」
「本当ですか!?主!」
「それは本当かい!?」
彼女の発言を聞いたモアさんもアミリアも驚きの声を上げる。
「あぁ。あれはまずいぞ。ちょっとした衝撃でいつでも封印が解ける」
「……まずいな……」
このまま封印が解ければ町の中で沢山の人の血が流れる。
「なんとしても落とさなくちゃ」
『それでは今回最高金額七百万からのスタートです!』
僕達の決意と共に競りが始まる。
『七百五十万!』
『八百万!』
周りでどんどん金額を宣言する人がいる。
「アミリアさん!」
「わかってるいるさ!一千万!」
「おぉ!」
アミリアの宣言した金額にモアさんが驚く。
『一千万が出たー!さぁ一千万を超える人はいないかぁ!』
『一千五百万!』
「えー!」
アミリアの金額を超えた事にモアさんが更に驚く。
「なら二千万だ!」
『『『おぉぉおお!』』』
アミリアの宣言に周りが浮き足立つ。
……魔導連盟は彼女に幾ら出したんだ?
「やばいぞ!エメル!」
「!どうしたんですか?」
ヴァイオレットの大声に驚いたがその後の発言で僕は更に驚く。
「封印が解けるぞ!」
「えぇぇぇええ!?」
ヴァイオレットが嫌な宣言をして来た。
慌てて“アース”を見てみると確かに書の周りで魔力が渦巻いている。
周りの人達も数人気づいているようだ。
「恐らく周りの騒ぎで封印が解けてしまったんだな」
「そんな事で!?」
それだけで封印が解けるのか!?
思ったりより封印が弱かった!
「どうするんだ?」
「どうするって……今すぐ封印をかけ直さないと!」
あともう少しで“アース”の力が暴走するかもしれない。
だとしたら今すぐ封印をかけ直さないといけない!
ビキ
会場中にヒビが入る音がした。
その音を全員が聞いた。
『何だ今のは?』
『禁術の書からしたぞ!』
「あっ……エメル、もう無理だぞ」
「そんな!?」
「……まずいね」
アミリアもヴァイオレットと同じ様な事を言う。
『皆様!ご安心下さい!只今商品の確認をしています!』
壇上の女性はパニックになりかけているのを抑えようとするが……。
➖オマエラ……。
『ひっ!?』
頭の中で声が響く。
「何だこれは?」
「まずいです!封印されてた男が飲み込んだ力と共に出ようとしてます!」
➖オマエラ……ゼンイン……。
「急ぐぞエメル!モア!」
「はい!」
「わかってます!」
魔法陣を描きながら“アース”に近づく。
「封印は簡単な物で構いません!今はこの場を収めるが先です!」
「わかった!」
「はい!」
僕の発言に二人は返事する。
ステージには登った“アース”まであと少し……。
(いける!)
僕はそう思った。
あとは封印の魔法を使えば何とかなる!
だけど現実は甘くなかった。
➖コロス!
禁術の書から封印された男が出て来た。