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プロポーズは突然に



「お嬢様、こちら巷で有名な恋愛小説です」

「…へぇ、どんなお話?」

「ある日超絶美形の貴公子と運命的な出会いを果たした貴族令嬢が、互いに恋に落ち紆余曲折を経て結婚するお話です」

「……」


 ぼふりとクッションに顔を埋める。あの日のことをルーリエに話してしまった私が馬鹿だった。以来こんな風に私と公子様の関係を揶揄したり、こっそり公子様宛の手紙を書いたりなど、ルーリエは私と公子様にどうしても結婚して欲しくてたまらないらしい。そうすれば憧れの公子様を見放題だからという理由だ。


 ちなみにそんなに好きなら自分が公子様と結婚すればいいのではと言ったところ、すごい顔で拗ねられた。見目麗しい美男美女が並んでこその至宝、公子様の隣に自分が並ぼうものなら自分の首を絞める、と。


「本当に嫌よ、あのウィンメルト公子様だけは私の本能が拒絶しているの」

「あんなに美しいのに」

「美しさなら自分にあるから十分よ」


 うわぁという目を向けないで欲しい。冗談だから。公子様が大層な美貌だということは認めよう。あれを美しくないという人間は目をどうかしている。それでも私は近寄りたいとは思わない。皆が口を揃えて褒め称えるけど、結局は数え切れないほどの女性と関係を持ってきた男なのだから。


 きっと公子様の記憶の中には、とうに忘れ去られた人もいるだろう。そんな彼の()()にしか過ぎない女性に名前を連ねたいなど思うはずがない。


「とにかく、ああいう方は結婚したって不幸にしかならないの」

「お嬢様は浮気をする男を全員、クソ野郎と思っているだけでは?」


 その通り。


「おっお嬢様!お嬢様!!」


 ルーリエが注いだ熱々のお茶に手を伸ばした時、メイドのアンが駆け込んできた。酷く動転しているようだけど、どこかきらきらした顔で私を見て、そして言った。


「ウィンメルト公子様がいらっしゃいました!」

「よしルーリエ、私今から深刻な感染症にかかるから」


 寝室へ飛び込もうとする私のドレスの裾を踏んづけるルーリエ。重心が傾いた私を支えるのはギルで、助けてくれと目で訴えても、無理ですと言わんばかりの微妙な顔で首を振った。


「さぁお召換えを」


 いつの間に準備したのか、櫛とドレスとを両手に持ちながら迫るルーリエである。尋ねてきたのが大ファンのウィンメルト公子様だからか、やけにやる気に満ちた目をしていた。


「…分かったわ、会うから、せめて格好はこのままでいいでしょう?」

「駄目です」

「これだって十分すて」

「駄目です」


 有無を言わせぬルーリエに捕まり、最近新調したばかりのドレスに着替えさせられる。レースをふんだんに使った淡い空色で、最高級の生地を使っている。プリシラ様のお茶会に着ていく勝負服にしようと思っていたが、まさかここで出番が来るとは。さすがはルーリエで、ものの数分で仕上げたあと、るんるんで私を部屋から追い出す。


 いつもなら応接室の前までは付いてくるというのに、別の場所から公子様と私を覗き見でもする気なのだろう。アンが部屋から出てきた私を見て、素敵です!と声を上げたが喜ぶ気にもなれずただ頷いた。


「ウィンメルト公子様は、瑠璃色の姫を探していらっしゃるそうなんです!なんでも皇宮で運命的な出会いを果たしたようで、お嬢様が見事な瑠璃色の瞳を持っていると聞きつけ…」

「……」


 アンのうっとりと公子様について語る間に、私は大きな窓を開ける。アンが気づかないままに遠ざかっていくのを見て、そこから勢いよく飛び降りた。アンには申し訳ないけど、公子様にはどうしてもお会いしたくない。


 あんな堂々と喧嘩を売った後に会えるわけないでしょっ!と心の中で悲鳴をあげながら、ドレスを持ち上げて走り出す。絶対面倒くさいことになる!絶対ねちねち追い詰められる!それを考えただけでぞわりと寒気がした。私の胃痛を引き起こす原因は、プリシラ様だけで十分なのよ!


「おっお嬢様!?」


 私の逃亡に気がついたアンが悲鳴をあげるが、姿を隠すように庭の薔薇園へ飛び込んだ。私が居ないとなればお父様が何とか誤魔化してくれるはずだ。後で怒られるだろうけど仕方ない。そう腹を括って薔薇園の奥まで潜りこむ。公子様もまさか仮にも伯爵令嬢が敵前逃亡のために、窓から逃げ出すだなんて思ってもいないだろう。


「ふぅ…。そうね、これからもこうして隠れればいいんだわ」


 例えば我が家からの援助を打ち切られ泣きついてきたミラベランド男爵とか、私のことが忘れられないとか言って見目のいい女を侍らしたいだけのフィラリア子爵とか。あら、そういえば。と、薔薇を愛でるためにしゃがみこんだところではたと気がつく。


 相手を応接室に残して脱走…聞いたことがあるような。


「またお会い出来ましたね、レディー」


 突然背後から声がかかり、驚いた私は前につんのめって垣根に飛び込みかける。

 私がそうなることを想定していたのか、それとも初めからこれを期待していたのか、声をかけたその男は私を華麗に抱きとめ、耳元で囁いた。


「ずっと、あなたの事を思っていました」

「ひぃっ」


 思わず胸を押しのけ自分から尻もちをつく。相手はさすがに私に押されたくらいで倒れることは無かったが、足をずらしてバランスを取りながら、奇声を上げた私をぽかんと眺めていた。が、それも一瞬のことで、すぐにいつも通りの眩しい笑顔に変わったあと、首を傾けて口を開いた。


「驚かせてしまったようですね」

「…申し訳ありません、ウィンメルト公子様」


 脱走作戦はいい案だった。きっと公子様以外の男性には通用するだろう。私と全く同じ考えをもち、それを日常的に行うこの公子様以外には。ちらりと公子様を見ると、太陽光までを味方につけ、アメジストと見紛うほどの煌めきを放つ瞳を私に向けていた。


「どうしてこちらに?と言いたげな顔ですね」

「……」

「レディーなら私と同じことをしそうだなと思いまして」


 同じにしないで頂きたい。と思うけれど、実際同じことをしてしまった手前何も言えない。


「このような姿で申し訳ありません」

「このような姿とは?」


 言いながら公子様は立ち上がり、それから私に向けて手を伸ばした。この手を取らなければ前回の二の舞になる。そう分かっている私は、すぐさまその手を掴み起き上がった。


「今日も変わらずお美しいですよ。こんな美人が人間界に居れば、水の女神も恥じらってしまいますね」


 私の瞳が瑠璃色で、ドレスが空色であることにかけたのだろうか。甘ったるい声を右から左へ聞き流す。私の考えが合っていれば、公子様はあの日の口止めに来たのだろう。


 あの様子ではプリシラ様から隠れていたとしか考えられないし、こういう男はプリシラ様のような女性が一番嫌いなのではないだろうか。自由気ままに生きているようなウィンメルト公子様の遊びを、独占欲の強いプリシラ様が許すはずもない。皇女の配偶者という地位を目当てにしてもお得な気がするが、既に帝国最高位貴族であるというのに、わざわざ皇室に縛られたいと思うだろうか。


 それでもプリシラ様を怒らせると後が面倒くさい。それで私がプリシラ様に告げ口しないように、上手く丸め込もうというつもりなのだろう。


「あなたの瞳の前ではどんな宝石もくすむでしょう」


 あーはい、魂胆が丸見えですわよ、お美しい公子様。


 なんてことを思いながら、挨拶がわりに手の甲に唇を寄せる公子様を見ていた。


「まぁお恥ずかしい。今この場を女神様に見られているかと思うと肩身が狭いですわ」

(訳:居心地悪いのでやめていただけますか)


「それは申し訳ありません。ですが愚かな私はあなたを褒め称えることでしか生きる意味を見いだせないのですよ」

(訳:ということでまだまだいきますよ)


 しっかり毒をこめて微笑んだはずなのだが効いていない。勝ち気な顔立ちをしている私がうっすら微笑むと、それはそれは恐ろしいらしいのだけど?

「失礼」


 いきなり公子様が跪く。ぎょっとした私を置き去りに、ドレスの裾に着いていた埃を払った。汚れた手袋を外す姿さえ優雅で、やけに手馴れている。きっと女性を虜にする常套手段なのだろう。


「ありがとうございます」

「いえ」

「……あ」


 公子様が立ち上がる拍子に、剣の柄に取り付けられていた白いタッセルが揺れた。どこかで見たような、と考えるとすぐに思い当たる。茂みから飛び出していたあれだ。あの時、私が猫だと勘違いしたのはこれだったか、と恨めしく思いそれを睨みつける。


「ミシャ…」

「ミシャ、ですか?」


 思わず声に出てしまい、復唱した公子様から目を逸らす。公子様はそんな私を見てくすりと笑ったあと、首を傾げてこう言った。


「では、私はこれからミシャと名乗りましょうか」

「……はい?」

「レディーに名付けて頂けるとは光栄ですから」

「……そうですね、では私はこれからミシャと呼ばせて頂きます」


 プリシラ様の愛猫の名前ですけどね。とぼけたような顔でにこにこと笑っているが、自分がまさか猫の名前で呼ばれていることは知るまい。鋭いのか鈍いのか分からず、思わず呆れて彫刻のようなその美しい顔を眺めた。


「どうかしましたか?」


 と言いながらさりげなくエスコートの腕を差し出してきているが、私はそれを無視して歩き出した。こんなところに公子様と二人きりでいて、噂を流されでもするのはごめんだ。さっさとお父様の所へ行ってしまおう。


「ロゼ、と呼んでも?」

「お断り致します」


 ロゼリアではなくロゼなあたり、ミシャという愛称のお返しのつもりなのだろう。私のことをロゼと呼ぶ人はお父様くらいだ。残念なことに友人のいない私が公子様に愛称で呼ばれてしまっては、新たに家族となるのだと勘違いされてしまう。そうでなくともこれからお父様の所へ行くというのに、そこでロゼとでも呼ばれたら大変だ。


「…何を笑っておられるのですか?」


 くすくすと笑い声が聞こえ振り返ると、少し離れところで立ち止まった公子様が髪をかきあげていた。光が弾けるような笑顔にその仕草が重なるのはまずい。そう思った私が目を逸らしたのがバレたのか、公子様はさらに笑いながら言った。


「正直なところ、こんな態度をとられるのは初めてです」


 でしょうね。


 すんっと澄ました顔の私が相当おかしかったのだろう。必死に笑いをこらえる公子様の目には涙が滲んでいた。


「私のことがお嫌いですか?」

「いいえ、滅相もございませんわ」

「それは良かった」


 うふふと笑い合う私たちだが、どちらも目が笑っていないことくらい分かっている。なんとなく感じていた。公子様は品定めをするような目で私を見ていると。あなたのその顔に見惚れて頭が鈍くなるような、そこら辺の令嬢と同じにしてもらっては困る。そんな思いを込めて睨み返したその時、突然公子様が跪いた。


「え」


 え、というよりは濁点が着くような濁った声を上げた私を見上げ、蕩けるような笑みで、こう言った。


「では、私と結婚していただけませんか」






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