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拾った犬は、狼皇子でした  作者: 秋月 忍
ハーブティ
9/20

 洞窟の入り口は少しだけ日がさしこんでいた。

 ポポリ草は、若干日当たりの悪いところを好むので、入口より少し奥に入ったところの方がよく生えている。

 暖かい春の日差しから離れると、まだ少し肌寒い。

 ──もう少し厚着をした方がよかったかしら。

 そう思ったアガサの肩にふわりと上着が掛けられた。

「レックス?」

「俺は暑いから」

 それだけ言って、レックスはまた薬草の採取を始める。

「……ありがとう」

 アガサは礼を述べた。

 ──本当によく気が付く人ね。

 アガサは口に出したわけではないし、そもそもつい先ほどまで、レックスは離れたところで採取していたはずだ。

 ──あたたかい。

 この上着は、レックスがもともと着ていたもので、先日、彼自身が取りにいったものだ。持って帰ってきたときは血痕や泥がついていたが、今は綺麗に洗われている。しっかりとした縫製で上等な布で作られたその上着から、レックスはもともと裕福な生活を送っていたことが見て取れた。

 しかしあれほどの大怪我をしたところをみれば、何らかの問題が起きたのだろう。

 ただ、そのことを問いただす気はアガサにはない。知りたい気持ちがないわけではないが、知ってしまえば、去った時のダメージが大きくなる。

 アガサから離れてしまえば、相手はアガサのことを忘れてしまう。アガサだけが覚えているのは、あまりにも辛い。

「ねえ、アガサ、これでいいかな」

 声にアガサが振り返ると、レックスが手にいっぱいのポポリ草をかかえてやってきた。

「え? もうそんなにいっぱい?」

 薬草の採取は慣れている者でも時間がかかる。みれば、アガサの三倍ほどの量があった。

「……全部、ポポリ草だわ」

 アガサは驚嘆する。

「すごいわ。どうしてこんなに早くみつけられるの?」

 ポポリ草を昔から知っているならともかく、レックスは今日初めて見たというのに、驚異的なスピードで正確に採取している。

「これだけ刺激的な香りなら、すぐみつかるさ。嗅覚が鋭いって言っただろう?」

 レックスは胸を張る。

「嗅覚で薬草を採取できるなんて、知らなかったわ」

 もちろん、葉の形、花の色など、基本的なことを覚えているからこそできることだろう。一度見ただけで、特徴をすべて覚えてしまったとは、驚くしかない。

「あとどれくらい探せばいい?」

「もう少しね。かごがいっぱいになったら終わりにするわ」

「わかった」

 レックスが離れていくのを見て、アガサも場所を移動する。同じところで探していては意味がない。

 アガサは洞窟の奥へと歩き出した。

 日が差し込んでいる入り口付近から離れると、一気に薄暗くなっていく。

「光よ」

 アガサは呪文を唱えた。

 光玉が天井に打ち出されると、あたりは外のように明るくなった。

 鮮明に辺りが色を持って現れると、アガサはまた採取をはじめた。

 それから採取に夢中になっていたアガサは、いつのまにか、大穴の前にまできていた。

 穴は深く、明かりが届いていないのか、底がどこにあるのか見えない。

 ──あ。

 アガサは高さに目がくらんだ。恐怖がアガサを支配する。

 ふらつきながら、離れようとしたとき、足元の草が滑り、そのまま穴の中に転落した。

 ふわりとした浮遊感に、アガサは絶望する。魔法使いならば、空中に投げ出されたとしても、なすすべはある。だが、アガサにはできない。

 ──また、落ちる!

「アガサ!」

 レックスの声がしたかと思うと、アガサは地面にうちつけられる瞬間にその腕に受け止められた。

 どうやら、アガサが落ちたのを見て、追いかけてきたようだが、どうやって、先に落ちたアガサを受け止められたのかは、アガサにはわからなかった。獣人の身体能力は魔法のようなものだと聞いていたが、それにしたって、信じられない運動能力だ。

「……アガサ?」

 助かったとわかったとたん、アガサの全身が震え始めた。忘れたはずの、遠い記憶が重なって、痛みと失ったものが蘇る。

「少しこのままで」

 アガサはレックスの胸にしがみついた。レックスのぬくもりがアガサの心を落ち着かせてくれる。

「大丈夫だ」

 レックスはアガサの背を優しく撫でた。




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