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拾った犬は、狼皇子でした  作者: 秋月 忍
塩漬け肉とゴロゴロ野菜のシチュー
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お仕事

 アガサは作業部屋に戻ると、調剤を開始する。

 乳鉢で薬草をすりつぶし、丁寧に混ぜながら、魔力を込めていく。しっかりと魔力を均等に合わせることが大切だ。

 アガサの作成する薬は魔力の宿った薬で、普通の薬よりも効力が高い。どちらかと言えばガサツなところのあるアガサだが、薬を作ることに関しては丁寧で評判もいい。

 アガサはそれを森の外の人間たちに売ったり、まじないをしたりして生計を立てている。

 作業部屋の隅に備え付けられたポストがコトリと音を立てた。

「ああ、また仕事ね……」

 このポストは魔法のポストで、森の外にも置かれている。そこに手紙を入れると、ここに送られてくるのだ。

 アガサは作業の手を止めて、ポストに手を伸ばす。

『親愛なる魔法使いさま』と書かれた封筒が三通ほど入っていた。アガサは中身を確認する。

「えっとご領主さまとジムさんが育毛剤、エレナさんが貧血のお薬ね」

 貧血を緩和する仕事はともかく、人気の育毛剤は、この時期にしか作成できない。レイファス湖で採取する『月の雫』が必要だからだ。

「ふう。今年も何とかなりそうでよかった」

 材料を確認して、アガサは胸をなでおろす。

 このポストは基本的に一方通行なので、作るも作らないもアガサの自由なのだが、よほどのことがない限りアガサは仕事を受けている。

 仕事をもらったら、全力で取り組み少しでも良いものを返す。そうすれば、また次の仕事がくる。

 アガサにはそのつながりがとても貴重だ。

 誰かが自分を覚えていてくれるというのは、心の慰めになる。

「魔法使いさま、か……」

 依頼人たちはみんな、もう長い付き合いだ。直接顔を合わせてもいる。だが、何度あったとしても、彼らがアガサの名を呼ぶことはない。

 名乗る名乗らないの問題ではなく、アガサの名前や顔を覚えていられないのだ。

 魔法使いは、一人前と認められるまで、他種族の記憶に残らない『忘却の枷』という一種の呪いがかかっている。

 人口の九割が魔法使いのマナリ国にいる分には、別段問題はないが、アガサのように国を離れ、他種族相手に商売をしているとかなり不自由だ。もっとも、会って話している分には認識してもらえるし、アガサの名前も顔も忘れてしまっても『魔法使い』と会ったことは記憶できる。だから、届く依頼の手紙のあて名は常に『魔法使い』だ。

 レックスに『あなたの名前を知りたい』と言われたとき、アガサは名乗りたくなかった。名乗らなければ呼びようがない。名を呼ばれてしまったら、忘れられることが辛くなる。

 さすがにこの家にいる間は、アガサのことを忘れることはないだろうが、家の敷地から出れば、この家のこともアガサのことも忘れてしまうはずだ。

──まあ、いつものことだけれど。

 アガサは肩をすくめた。すべてはアガサが半人前のせいだ。アガサの作る薬も、魔法も、決して他の魔法使いに劣るものではないが、それでも、アガサは一人前になることはできなかった。だからこそアガサはここにいる。

──そんなことより、ちょっとこれだけの量を作るのはたいへんだわ。

 アガサは大きく息を吸うと、中断していた作業を再開した。



 レックスは困惑していた。好きにしていいと言われたが具体的に何をしたらいいか思いつかない。何をして欲しいのか聞きたくても、アガサと話ができない。

 屋根の雪下ろしでもと思ったのだが、どうやら魔法が働いているらしく、屋根に雪が積もることはないようだ。アガサが魔法使いというのは本当なのだろう。まだ魔法を使っているところをレックスは見てないが。

 アガサと言えば、あれから作業所に引きこもっており、いつ寝ているのか、食事をしているのかも定かではない。ただ台所が散らかっているのをみると何か食べてはいるのだろう。洗濯もする暇がないようで、衣類が山となっている。当然、掃除もしていない。

 最初は勝手に触っていいものかわからず、部屋から出ることも控えていたレックスだったが、五日もするとどんどん環境が荒れていくことに気づいた。少なくとも自分がやらなければ、食事も出ない。レックスは完全に放置されている。おそらくレックスをおざなりにしているだけでなく、アガサ自身の生活が不健康になっているのだろう。

──とりあえず、少しずつ片付けよう。

 アガサに聞くことが出来ないので、レックスは掃除道具を探すところから始めることにする。

──まあ、日中にしか作業できないけれど。

 アガサから聞いていた通り、レックスは日が沈むと狼の姿に戻ってしまう。朝になれば、また人に戻れることはわかったが、狼の姿になると、意識はあるのに言葉を操ることができないようだ。

 不自由だが、レックスはそういうものだと割り切った。うじうじ考えたところで、どうにもならない。今は命を助けてくれたアガサに、何か恩返しがしたいのだ。

──まずは、毛だらけのラグを掃除しないとな。

 とはいえ、夜になったらまた汚れるんだよなあ、とレックスはラグを眺めて、ため息をついた。


 



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