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拾った犬は、狼皇子でした  作者: 秋月 忍
塩漬け肉とゴロゴロ野菜のシチュー
3/20

犬ではなくて狼

 アガサはニンジンを丁寧に洗い、皮をむく。それを少し厚めに切った。きざんだ玉ねぎをバターでいため、しんなりしたところで、ニンジンも一緒に炒める。

──確か、獣人は人間よりの食品でよかったはずね。

 犬猫には禁忌である玉ねぎだけれども、獣人世界では普通に食べられていると聞く。

 獣人は『人類』であって、獣ではない。一生、獣の姿をとらない獣人だっているらしい。

 アガサは今まで獣人に会ったことはなかったが、学院ではそう習った。

「聞いてみて駄目だったら、他の物を考えればいいか」

 アガサは独り言つ。冬はあまり買い出しに行けないため、材料のバリエーションがない。消化のいいもので栄養価の高いものとなると、他に思いつかなかった。

 水を入れてコトコトとニンジンが柔らかくなるまで煮ると、マッシャーでニンジンをつぶす。ドロドロの液体になったところで、鳥ガラでとったスープを加えて塩コショウで味を調えたら完成だ。

 アガサは出来上がったニンジンのポタージュスープを器によそって、レックスの寝ている部屋の扉をノックした。

「どうぞ」

 レックスの声を確認して、アガサは扉を開く。

「食事を持ってきたわ」

 アガサはベッド横に置かれているテーブルの上にのせる。

「ありがとう」

 レックスは礼を述べ、スプーンを手にした。

「念のため聞いておくけれど、玉ねぎは食べられるわよね?」

「子供じゃないから食べられるよ。好き嫌いはない方だから」

 レックスは苦笑する。

「本当に大丈夫? 犬には玉ねぎは毒だけど」

「犬?」

 念を押すアガサに、レックスは首を傾げた。

「あなた、犬の獣人でしょう?」

 アガサの問いにレックスは顔をしかめた。

「違うの?」

「えっと、まず、犬じゃない。狼だ」

 コホンとレックスは咳払いをした。

「狼?」

 言われてみれば、やたら大きい犬だとはアガサも思った。だが犬は種類によってはかなり大きいものがいる。まして、魔獣なら普通の犬の倍の大きさはあって当然だ。

「あと、どうして俺が獣人だと?」

 レックスは怪訝な顔をする。

「どうしても何も、見つけた時は、犬、ううん、狼の姿だったわ。朝になったら人間になってびっくりしたもの。その後だって、日の出日の入りを区切りに、姿が変わっているし」

「え?」

 アガサの話にレックスは心底驚いたようだった。

 どうやらアガサの事前の知識通り、獣人は人間の姿が通常の姿で、本人の意思に関係なく獣化するものではないらしい。

「獣化を繰り返す?」

 レックスは怪訝な顔をする。にわかには信じがたいようだ。

「普通のことではないのね?」

 アガサは確認する。レックスは静かに頷いた。

「よくわからないけれど、あなたは大怪我をしていたわ。何か関係があるのかもしれないわね」

 少なくともこの家にある資料には、そんな現象について書かれていなかった。だから、怪我が治れば、もとに戻るのかどうかは、アガサには全く分からない。レックスもそんなことが起こるとは思ってもいなかったようだ。どうやらレックスにとっても今まで聞いたこともない現象らしい。

「詳しいことは私にはわからないわ。とりあえず、食事をして体力を取り戻して」

「……ああ」

 レックスは頷いて、スープの器を手をのばす。

「すごくいい香りがする」

 険しかったレックスの顔が少しだけ和らいだ。

「いただきます」

 レックスはアガサに頭を下げてから、スープをさじですくって、口に入れた。

「おいしい」

 数日間何も口にしていなかったのだ。かなり空腹を覚えていたのだろう。レックスはあっというまにスープを平らげた。

「口にあったようでよかったわ。様子をみて量を増やしていくつもりよ。腹を切っているから、用心はしたほうがいいから、今日はこれでがまんして」

 それにしてもレックスは随分と顔色がよくなった。回復は早そうだ。

「お世話をかけます。このご恩は必ず返しますので」

 レックスが頭を下げる。

「必要ないわ」

 アガサは首を振った。

「傷が治ったら出て行って欲しいから」

「……」

 アガサの言葉にレックスは驚いたようだった。

「安心して。怪我が治るまでは追い出したりはしない。あなたを助けたのは私の気まぐれだから恩に着る必要もないわ」

 素っ気ないアガサの言葉に呆れたのか、それとも諦めたのか、レックスは何も言わない。

「なんにせよ、今はけがを治すことだけを考えたほうがいいわ」

 アガサはレックスに横になるように言って、食器を片付けた。

 アガサはこの森に一人で住んでいる。冷たいようだが、アガサはもう長い間、誰かと生活することがなかった。それにアガサは女性で、けが人ならまだしも、元気な若い男性と一緒に暮らすのはかなり抵抗がある。ケガが治る前に放り出すようなことはしないが、そのあとのことまでは面倒を見る気はないのだ。

「俺は……」

 レックスが何か呟いたが、アガサには聞こえなかった。



 窓がカタカタと音を立てている。外は吹雪のようだ。

「もうすっかり良くなったわね」

 傷口はくっついて綺麗に治っている。驚くほど治癒のスピードが速い。

「やっぱり、俺は恩を返したい。なんでもするから、少しの間でいいからここに置いてくれないか? それに──」

 レックスの言葉は、バンという風の音にかき消された。家が揺れるほどの風だ。

 しゅんとしているレックスは、まるで捨てられた子犬のようだ──実際には狼だそうだけれど。

 窓は相変わらず音を立て、隙間から冷たい風が吹き込む。

 アガサは大きく息を吐いた。傷は治ったけれど、今、外に出るのは自殺行為だ。それにまるで一度拾った捨て犬を、また捨てるような罪悪感がある。

──仕方ない。

 先程アガサには急に仕事が入った。こんなことを延々と考えている暇はない。

「さすがにこの吹雪の中、出ていけとは言わないわ。部屋は空いているから好きなように使って。仕事が入って立て込んでいるから、その邪魔をしないようにするなら、好きなようにしてかまわないわ」

「ああ、ありがとう」

 レックスは顔を輝かす。

「天気が良くなって、気が済んだら出て言ってね。それじゃあ、私は仕事だから」

 アガサは軽く肩をすぼめて、作業場へと向かった。

 

 

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