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拾った犬は、狼皇子でした  作者: 秋月 忍
塩漬け肉とゴロゴロ野菜のシチュー
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獣人?

「ひゃぁぁ」

 全裸の男性の姿に慌てて、アガサは毛布をかける。

「人だなんて聞いてない!」

 アガサが昨日連れてきたのは、大きな犬だったはずだ。

 若い男性ではない。

「獣人?」

 アガサは今まで会ったことはなかったが、森から見える切り立った月白山脈の向こうに、ウルル王国という獣人の国がある。

 通常、獣人というのは、意志の力で獣の姿に変身すると聞いている。

 獣人は獣ではなく、あくまで『人』の姿が本来の姿なのだ。

 意識を失った状態で獣の姿になっていることはあり得ないし、また、どうして人の姿に変わったのかも謎である。

 アガサの知識が間違っているのか、それとも、特殊な事情があってのことなのか。

「とはいえ、すごい熱だわ」

 命に係るほどの大きなけがをしたのだから当然と言えば当然だ。

 できるだけのことはしたものの、まだ命の危機は脱していない。

 冷たい布を額にのせ、汗をぬぐう。

 ただの犬ではないとは思ったものの、まさか『人』の姿になるとは、完全に予想外だ。人ならば、なおのこと放り出すことはできない。

「熱がさがってくれれば、いいのだけれど」

 傷口の処置はうまくいっているようで、特に問題はなさそうだ。

 アガサは粉薬を水で練って、男の歯茎に塗った。

「それにしても……長いまつげね」

 通った鼻筋に、薄い唇。ずいぶんと整った造形をしている。鍛えているのか体格もいい。肌つやなどから想像するに、おそらく二十代後半だろう。獣人はどの獣に系統を置いているかによって外見年齢は少し違ってくるようだが、おそらくアガサより若いだろう。

「いったい、どうしてこんなことになったのかしら?」

 刀傷があるということは、山賊に襲われたのだろうか。ひょっとしたら罪人の可能性もある。

「とはいえ、この状態で放り出せないわね」

 今ここで外に放り出せば、この男の命は助からないだろう。それはさすがにこの男が極悪人であったとしても後味が悪すぎる。

「訳ありなのかも」

 だが、彼がケガをした理由はアガサには関係ないことだ。目の前に傷ついた人がいたなら、手当をするのは当たり前のことなのだから。

「とりあえず、あとできることは祈ることだけね」

 アガサはもう一度、男の汗を拭いてやると、遅くなった朝食を食べることにした。


 そうして男は三日間眠ったままだった。不思議なことに、日の出日の入りを区切りに、男は獣になったり、人になったりするようだった。アガサは家にある資料を読みあさったが、獣人がそのように変化するとはどこにも書いてなかった。ただ、資料にある通り、傷の治りはとても早い。通常なら十日以上くっつくのに時間がかかる刀傷は、三日で治っている。熱も急速に下がって顔色も良くなってきた。

 四日目の朝、アガサが様子を見に行くと、男は半身を起こして、ぼんやりとベッドにすわっていた。目の覚めるような青い瞳をしている。

「ここは、どこです?」

 男はアガサの姿を認めるとかすれた声で尋ねた。

「ここはエイハスの森よ。まず、水を飲んで」

 アガサはカップに白湯を入れて、渡す。男は白湯を受け取るとゆっくりと飲み干した。

「エイハス湖の傍で倒れていたのを私が連れてきたの。あなたは三日間眠っていたわ」

「……助けていただいたのですね。ありがとうございます」

 男は頭を下げる。

「刀傷の方はふさがったみたいだけれど、咬傷の方はもう少し時間がかかりそうだから、もうしばらくは動かない方がいいわ」

 刃物の傷はある意味綺麗な傷なので、皮膚が付きやすい。反対に咬傷の場合は膿むことが多く治りが悪いのだ。

「抜糸はあと五日後よ。それまではおとなしくしていて」

「何から何まで、なんとお礼を言ったらよいのか」

 男は頭をもう一度下げた。

「俺の名前はレックス。あなたのお名前は?」

「森にすむ魔法使いよ」

 アガサはそっけなく答える。どうせこの男は傷が治ればすぐ出ていくのだ。名乗る必要はない。名乗れば情がわく。

「命の恩人の名前を知りたい」

 男、レックスは食い下がった。

「どうせ治ったらすぐに出て行くのよ。私の名前なんて、知る必要はないわ」

 アガサは首を振る。アガサはこの森に一人でひっそりと暮らさなければいけない。森の外の人間と繋がることはできないのだ。

「お願いだ。あなたの名前が知りたい」

「なぜ?」

「あなたの名を呼びたい」

 レックスはアガサの顔をひたと見つめる。青い瞳は澄んでいて、まるで吸い込まれそうだ。

「アガサよ」

「アガサ……いい名前だね」

 根負けしたアガサが名乗ると、レックスは嬉しそうな笑みを浮かべた。ただ名乗っただけで、ここまで喜ばれてアガサはうろたえる。

「起きたのなら、ごはんを用意するわ」

 アガサはレックスに背を向け、台所へと向かった。

 

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