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拾った犬は、狼皇子でした  作者: 秋月 忍
クラーケンのマリネ

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19/20

平和な日々

 レックスとダンのおかげで例年の倍ラレマートの花を手に入れたアガサは、意気揚々と作業を始めた。

 基本的には干すだけなのだが、痛みやすいので一輪ずつ、がくの部分に糸を通してつるすのだ。薬草庫での作業は、湿度も温度も魔法で調整できるので、失敗することはまずないが、とにかく丁寧にやる必要がある。

 そういった作業を見たことのないダンは興味津々のようだったが、レックスに止められ、今は自習をしているらしい。

 ラレマートの花をとりにいって以来、アガサに対しての態度はともかく、レックスに対してのダンの態度はかなり変わった。

 きらきらとした憧憬の目だ。

 確かにあの身体能力を見せつけられれば、当然なのかもしれない。レックスの存在そのものが魔法のように思えるのだろう。

 ──実際、すごいけれど。

 日中しか人の形がとれない理由がわからないのは、それもある。とにかく、悪いところが見当たらないのだ。

 レックスがここに残っているのは、アガサへの恩返しであり、アガサがレックスを置いているのは、彼を治療したい気持ちがあるからなのだが。

 ──レックスがいることに慣れちゃってきたのが怖いわ。

 アガサは苦笑いをする。

 こうしてアガサが作業をしている間、レックスはきっとダンに気を配りながら家事をしてくれている。本来ならダンを預かったのはアガサなのだから、レックスに丸投げするのは無責任極まりない。

 ──いつか出ていくとわかっているのに。

 そしてこの家から出てしまえば、アガサから離れてしまえば、レックスはアガサのことを忘れてしまう。一緒に暮らした日々の記憶が全部なくなるわけではないが、アガサの顔も名もわからなくなってしまうのだ。

 忘却の枷は、もともと、魔法使いの子供を他の種族から守るためにあると言われている。魔法は使えても体力的には貧弱で弱い種族ゆえに、他の種族がその個体を個体と認識できないようにすることで、弱い子供を守ってきた。だから、枷そのものが悪いわけではない。資格試験をクリアできないアガサ自身に問題があるだけだ。

「最初は早く出て行ってほしかったのに、勝手だわ」

 アガサは大きく息を吐く。

 レックスの意志でここに残っているのだから、出ていくのもレックスの意志だ。

 その時が来たら、アガサに止めることはできない。だからこうやって、レックスのいる生活に慣れてしまってはダメなのだけれども。

 ただ、今の生活を拒絶するより、楽しみたいとアガサは思い始めている。レックスは忘れてしまっても、アガサは覚えているのだから、楽しかった思い出は、孤独な未来を苦しめるのではなく、癒すのではないかと考え始めたからだ。

「アガサ、そろそろご飯」

 薬剤庫の扉の向こうから、レックスの声がした。

「ええ。すぐ行くわ」

 アガサは作業の手を止め、返事をする。廊下に出ると、香ばしい香りが漂っていた。

 空腹を覚えて、アガサは手を洗い、食堂に顔を出すと、レックスとダンは既にテーブルについていた。

 テーブルの上には、おいしそうなパイが湯気を立てている。

「アガサ、遅い! パイが冷めちゃう」

 ダンが頬を膨らます。

「せっかく僕が、パイを作ったのに」

 どうやらレックスと一緒にパイ生地から作ったようだ。アガサは甘いパイも好きだが、ミートパイなどのいわゆるご飯系のパイも大好きなことをレックスは知っている。

「まあ。大変だったでしょう? すごいわね」

 パイ生地を練るのが手間なので、アガサはめったに作らない。まして、この暑い季節には、生地がだれやすいので作りにくいはずだ。

「ああ。時々魔法を使って冷やしてくれたりしてね。それに根気よくこねてくれた。俺一人だと、今の時期はパイは難しいから」

 レックスはダンを褒めて微笑む。

「ダンは優秀なのね」

「だからそう言ったろ! いいから食べようよ!」

 ダンは照れながら、パイを切るように急かす。

「わかった。ちょっと待って」

 レックスがパイにナイフを入れ、めいめいの皿にとりわけてくれた。

「わーい。いただきます」

「美味しそうね。いただきます」

「いただきます」

 三人は手を合わせる。和やかな食事が始まった。

 

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