茨のベーゼ 8話 途中
まだ途中です
N:不問
トロイ/女性職員A:
シズカ:
女性職員A/ラミィ:
和香/ジェシー:
男性職員A/室井/神道:
茨:
佐野:
N:白い部屋。ドアの上には“治療室”と書かれている。
その部屋から聞こえてくるのは、生命維持装置の無機質な音。
そして、もう一つ。
トロイ:ケンちゃん....むにゃ.....
N:泣き疲れて眠ってしまったような、間延びした声。
ベッドの横で膝をつき、ベッドに眠る男に頭を預けて眠っている女の声。
トロイ:だいじょうぶ...だからね....。
N:女は薄く光る体を不安定に横たわらせながらも、眠る男に寝言で話しかけ続ける。
──そして。
その光景が映っているモニターを眺める、複数の人間。
<場面転換 白い部屋がモニターに映った別室の中。別室には“集中監視室”の文字が刻まれた分厚いドアがある。 その時、モニターを見つめる複数の男女の職員と...、佐野・S・紫、そのBAIXEであるシズカ。そして杉本和香とそのBAIXE、ガレオン。>
和香:覚醒状態でもないのに関わらず....、
BAIXEの顕現、そしてBAIXEにおいては狭い範囲ながらも自立行動が可能。
“原初の英雄達”は皆こうなのか...?
男性職員A:は、全く以て前例と差異がありません。支配者本人が未覚醒状態であってもBAIXEは本人を中心とした2~4m半径の空間であれば自律、そして常時の顕現が確認されています。
つまり...、業力の無意識下でのBAIXEへの供給は常時行われており..、それを裏付ける様に、茨稜剱の生体情報は基準値を維持しています。
危険値に向かう可能性は非常に低いと計算は出ており、また仮に生命活動を停止したとして私たちが見逃す可能性は────
佐野:我が対支の誇る世界でも限られた回復能力を持った支配者で踏んだ枝のような茨君の右腕を完璧に治療した上に...、君たち対支の監視部門で神経を尖らせて。
労働基準法をガン無視で産毛一本をも見逃さない体制で24時間...、さっきの時報で29時間目、見逃すわけもないだろうさ。
ガレオン:消耗が苦しいか?佐野。特課の主力たる“象徴種”も未知たる“原初の英雄達”には気を揉むと見えるな。
シズカ:…誰があの趣味の悪い右腕現代アートを作ったと思ってるんだ?
ガレオン:やむを得ない結果だ。寧ろああしないと俺達が負れていた。
N:ガレオンがそう冷たく返すと佐野の背後で佇んでいたシズカが牙を剝くような表情でガレオンに言い返す。
シズカ:いつになく喋るな、ガレオン。
加減が出来ずに人間を一人殺しかけたにしては前向きだな。見習いたいものだ。
ガレオン:貴様たち特課が控えていながらこの結果になったことを忘れていないか?
俺と和香の能力が反射である事を見越しての配備だった筈だ。
シズカ:貴様.....!
和香:はいそこまで。勘弁してくれよ、久しぶりのBAIXEを顕現させた状態での完徹なんだ、気が立つのも分かる。
お互いの準備は予想出来得る限りで完全だった、茨くんが空中から叩き付けられた直後に救護班と欽五君、そして紫くんが入ってこなきゃどうなってたか。
ただでさえ気力が削られているんだ、集中しよう。
N:和香がくたびれた声でそう言うと、全員がため息交じりに席に着く。
次の瞬間。
<部屋の中に茨稜剱の生命反応が活発化したことを知らせるアラートが響く。>
女性職員A:!!!
茨稜剱の生命情報に反応有り!
意識の覚醒、間近です!
杉本N:ついに...!!
...いや然し、まさか3日も眠っているとは...!
シズカN:“業力中毒状態”からの回復には記憶の混濁や精神の不安定な状態が見られる。
部屋の外には麻酔銃と国家転覆テロを制圧する際の装備を用いた職員が30人...、何かあれば再び眠らせ、最悪全身凍結による幽閉をも...
<場面転換 茨稜剱のいる白い部屋。>
茨:....また“知らない天井”かよ。
トロイ:ッ.....うぅ...!!!
茨:.....おお。
えっ、泣いてる?
トロイ:ケンちゃぁ~~~~~~~~ん!!!!!!!
茨:ぐぬお
N:涙を目にいっぱいに貯めたトロイは茨に飛びつく。
茨は全身に走る痛みを覚悟するが、まったく痛みなどなく、むしろ熟睡による爽やかさに驚きつつ彼女を抱きとめる。
茨:....なんでだ...?
トロイ:なんでだって...それはね、女の子はスキな人を前にするとすっごくドキドキしちゃうんだよ♡
ほらね、こうして密着してたら心臓の鼓動も自然と早くなっ
茨N:右腕が....治ってやがる...。
N:彼女の言葉を聞き流しながら、自分の右腕を不思議そうに眺める。
茨N:確か俺は..杉本と戦闘った時に右腕がへし折れまくってた筈...。
アドレナリンと業力のお陰でほぼ無傷だったとはいえ、右腕の感覚がねえのは幻覚なんかじゃなかった...。
杉本の能力自体“反射”で間違いはなかった、怪我を誤認識させる能力なんかじゃ無え...。
...とすると...
佐野:やあ、おはよう。
N:茨の思考をちょうど遮る様に佐野が部屋に入ってくる。
佐野:勿論君の腕は“能力”によって治されている。
支配者による治癒は不本意だろうが...ホラ、君の腕は現代の医学では途方も無い金額と時間がかかってしまうのでね。
現実的に君の治癒を待っていたら君が仕事出来るようになる頃には新年を二回は過ごさないとダメだろうから...、仕方なくそうさせてもらった。
トロイ:...あのさあ、別に今更ケンちゃんと私に近づくな、なんて言わない。
だけどタイミングってものを見計らってくれない?
どうせカメラか何かで見てるんでしょ?
ケンちゃんが起きた直後くらいそっとしてあげてよ。
というか普通若い恋人同士がやっと目を覚ましてからやる事くらいあなた達分からないの?
プライバシーって言葉知らないの?
馬鹿なの?死ぬの?
佐野:それで茨くん、君の戦いぶりを見せてもらった。
茨:....あーーー、なるほどな。
俺の能力の詳細な把握のためって訳な。
佐野:...のぞき見をするような真似をして、悪かったね。
だが、今後チームとして動く以上、チームを束ねる僕やサポートをする人員にとって君の能力の理解に過不足があってはならない。
BAIXEによる能力は感情や精神状態に大きく由来する。“見られている” “であれば、待ったがかかるまでのダメージは許容範囲内”という無意識のストッパーによって能力の弱体化や制限を設けてしまう事に他ならない...、
正確な分析においては必要な措置だったんだ。
トロイ:ちょっと?何無視してんの?
眠いの?寝かしちゃうよ?
映像見てたんならわかるよね?
一発入れちゃうよ?
茨:...ま、そんな感じだろうな。
実践を教えるにしちゃやりすぎだもんな、ありゃ。
トロイ:け~~~んちゃん☆
なんかケンちゃんも無視してない?☆
茨:必要以上に俺を煽ってみたり、攻撃も俺が反撃できる程度の絶妙な間を作ってみたり...、
トロイ:むきいいい!
ケンちゃん!!!無視しないでよう!!!
佐野:はっはっは。まあ、完璧に治しておいたし許してくれよ。
それに和香もかなり重症だったんだよ?
ウルトラハードステンレススチールエクソスケルトンと超凝縮加工チタンの二枚構造の壁に業力で防御しているとはいえ君のパンチによってめり込んでいるんだよ?
治療が遅れたら一時的とはいえ下半身が麻痺していた可能性さえあるほどの外傷だったんだからさ。
今も無事に会話出来て動けるがね、業力が4割も体に戻っていない。
ああ...、面会に来ていないのはそれほどまでに消耗しているものだから、万が一君が暴走した時の為に防御も何もできないからだよ。わかってやってくれ。
トロイ:ケンちゃ~~ん この際もう無視してていいから撫でてえ
シズカ:...フン。和香は鍛え方が違う。そこまで心配をせずとも良いだろう。
それより貴様の心配をするんだな。
茨:...心配?
トロイ:わふふ、おふふ
N:手だけトロイの頭にやり頭を撫でてやりながら聞き返す茨。
シズカ:貴様の能力を録画し分析した結果、単独での任務以外であれば実戦での投入が許可された。
...正直、カメラ越しですら圧倒されたよ、茨稜剱。“原初の英雄達”とは...、かなり強大な力なのだな。
茨:....、ま、誉め言葉として受け取っておくよ。
シズカ:そうか?私は警告として受け取ることを勧める。
茨:...何が言いてえ。
シズカ:...人は人以上の力を手にすると...、人である事を窮屈に感じるようになる。
私と紫様は能力を通して沢山の人間を内側から見てきた。
...吞まれるなよ、茨稜剱。
トロイ:....ケンちゃん、そんな顔しないで。
私がついててあげるからね、ケンちゃん。
<そういって茨に抱きついて茨の胸に頭を埋めるトロイ>
茨:....・
佐野:退院出来たら、対支施設内の寮を案内させる。
もうひと眠りするといい。
N:そういってシズカと紫が部屋を出ていくのを、そう呟いて見送る。
──そうすることでしか、シズカの言葉に返事が出来なかった。
<場面転換。それから5日後。 “会議室”と書かれたドアの向こう。部屋の中には茨稜剱、トロイ、佐野、シズカがいる。>
佐野:よし、時間ぴったり。元探偵とはいっても仕事柄かな、社会人顔負けだね。
茨:悪かったな、社会的地位が低くて。
トロイ:ケンちゃんは霊長類のいっこ上のランクだから気にしなくていいんだよ♡
佐野:人を食うのかい?
トロイ:んなわけないでしょ!?
ケンちゃんが好きなのはハンバーガーかっこチーズ抜きだから!!
シズカ:どちらかというと庶民的だな
トロイ:あら~~~???
ケンカしたい季節~~~???
シズカ:紫様。戦闘許可を。そして治療室の予約を。
トロイ:何?やるの?
言っとくけど今の私たち超強いんだけど?
ていうかアンタ前回“認めているからなキリッ”みたいなこと言ってたけど何様?
佐野:はいストップストップそこまで。いや~~お互い血気盛んなBAIXEを持って苦労するね。
茨:そうか?その人間の本性を現してると俺は思ってるぜ。
佐野:はっはっは。それぞれ何を信じるかは自由だからね。
....さて、本題に移ろう。
茨:...本題、な。
悪いけど探偵つっても公安サマみてえなスペシャリストの訓練は受けてねえ。
尾行や張り込みも探偵の域を出ねえぞ。
佐野:...もちろんそういう任務もあるが、今回の任務はむしろ逆、“接触”をしてもらう。
茨:...接触?
おいおい...、
佐野:まあ最後まで聞いてよ。
確かに僕たちは日本国によって作られた独立組織。
存在が明るみに出ていい訳も無い。
正体を隠すためにあらゆる隠蔽装備はしていくさ。
身元や指紋、歯の治療痕の改竄もしておいたしね。
...ま、君は虫歯とかなかったけど。
茨:つまり....、対支ってことを知られなければそこそこ派手に戦闘ってでも捕まえてえ..、もしくはブッ倒してえ奴がいるってことか。
佐野:ご名答。
まあ、そこまで凶悪だという報告もない、難易度として高い任務ではない。
ない...が、“ある不可解な点“から、十分な戦闘力を有した支配者を任命する指令が下ったという訳さ。
茨:不可解な点...?
佐野:場所は兵庫県、船坂峠。
茨:...峠?目標は山姥か何かか?
佐野:.....いいや、“1000万の公道競争”さ。
<場面転換 船坂峠の頂上。スポーツカーが一台止まっている。その車の中で一人の男とBAIXEがいる。>
N:船坂峠の頂上。そこには一台のスポーツカーが止まっていた。
青く塗られた車体には銀のラインが数本走っており、ひとたびエンジンを吹かすだけで流星と見紛うほど美しかった。
ラミィ:ねぇ、隼。私達の能力って、きっと運命で定められていたんだわ。
神道:間違い無え。
この道に焦がれて、車を手にして...。
──お前に出逢った。
ラミィ:...隼、私貴方が好きよ。
誰よりも敏くて、道の上の空気を押し退けて。
矢みたいに走る貴方が...。
神道:...もっと、もっともっと...。
俺は俺の人生を進化してやるさ...。
俺とラミィ、お前の能力。“最終激走界”で....。
<場面転換・会議室。>
茨:“1000万の公道競争”?
賞金か?
佐野:ご名答。
走り屋独自の掲示板、走板というサイトに日時と場所が指定されている。
えーと...参加費は20万、同乗者は一人まで。改造は武装以外であれば車検の範囲内で自由...だってさ。
茨:...冗談よせよ、2024年だぞ?
そんなモン開催したらギャラリーだけでエグい数行くだろ。
警察からすりゃ絶好の点数稼ぎだろって。
トロイ:ねずみとりだよ、ケンちゃん。ねずみとり。
茨:それそれ。
走り屋御用達の峠なんざ警官の絶好の点数稼ぎの庭だろ?
何か問題が起きりゃすぐに捕まる筈だ。
シズカ:...その通り。
...が...、これを見ろ。
N:会議室のプロジェクターに、複数の棒グラフが映し出される。
茨:...検挙率ほぼゼロ?低すぎンだろ...、どういうことだ?
走り屋風情をなんで天下の警察が捕まえねえんだよ。
トロイ:うまく逃げてるだけとか?...にしても、ゼロっていうのは...。
佐野:そう。
奇妙なんだ。
警察が検挙できていないのでは無い。
警察によると...、検挙する走り屋など確認できない。
茨:......!!!
トロイ:...成程。
佐野:そして指定された時刻から1時間ほどすると....、
N:シズカが佐野の言葉に合わせるようにプロジェクターを次に進める。
再び別のグラフが現れる。
佐野:衰弱した人間が船坂峠を降りた出口に突如車に乗った状態で現れるのだそうだ。
────全員、衰弱した状態で。
シズカ:極めつけに、グラフだ。
船坂峠の有る上郡町にある病院の20~50代の患者の入院者数を現したグラフ...、この数値がここ半年で急増している。
この患者達の原因の8割が栄養失調及び重篤な飢餓状態...、加えて前後一時間弱の記憶の欠如が見られている。
ここで警察のデータによると、入院している人間の愛車はすべてが改造を施されており、明らかに“1000万の公道競争”に向けて参加を志している人間である事が予想できる。
佐野:──明らかに支配者による案件だ。
警察はこれ以上の操作を踏み込めないと判断し、対支による介入が要請された。
...整理しよう。
“1000万の公道競争”を餌に人間が集められている。
その競争は“目撃されていない”。
時間が経つと競争の参加者は衰弱、記憶喪失の状態で現れる。
シズカ:...不自然なほど体系化されている。
...恐らく競争によって得られる何か...、もしくは競争そのものか。
それへの執着と見て取れる。
茨N:ご丁寧に被害者の記憶を消す事で!!..足なんか着く訳ねェってか....!
トロイ:....!ケンちゃん...?
茨:イイね~...燃えてきたぜ。
こういう卑怯モンが支配者だとやる気が滾ってしょうがねえからよ。
N:茨の体から金色の業力があふれ、トロイの目が呼応するように金色に輝き始めたその瞬間。
佐野:と、モチベーションもアップしたところで。
N:室内の空気が張り詰めた出鼻を挫く様に佐野が明るく声を上げる。
佐野:君の今回の相棒....、というか、同期を紹介しよう!
な~に、とってもいいヤツさ!
茨:.........仲間?
前書きに同じ