茨のベーゼ 7話
N:茨稜剱の右腕は、依然見るも無残に折れ曲がってしまっている。
それは間違いない。
────が。
ガレオン:和香!
杉本:分かってる!!!
イイね...!
私みたいな人間にもあるのかも...!
“血沸き肉躍る”ってヤツ...!
N:茨稜剱の左腕。黒と金の鎧を纏った太い龍に変貌している。
杉本N:...あれは....!?
“象徴種”!?
イヤ、龍の象徴種は既に発見されている上に...
そもそも茨君には巨大な拳と肉体強化の業式が発現している...!
BAIXEの種別は無関係と考えるのが妥当!
ガレオンN:これが原初の英雄達の真髄...!
強烈な伸び代!!
産まれる業式一つ一つがメインで運用されるレベルの内容!
文字通り一人で幾人もの支配者に値する存在!!!
あの左腕の龍...咆哮...、火を吐く?龍に関連する超常現象の再現?
彼の性格からして物理的に噛みつく事も考えられる!
右腕が使えない事を補って余りある何かしらの優位を以て発現した業式の筈だ!
近距離の拳での攻撃や手数では無く、その長い形状を活かした遠距離攻撃を主としていると考えるのが妥当...!
<場面変換 茨とトロイサイド>
茨:つい口走っちまったけど....なんだァ....?
閃光...海蛇.....?
トロイ:閃光海蛇。
新しい“名前”と“技”だね、ケンちゃん。
茨:........その顔で喋んの、違和感凄ェな。
<左腕から生えた龍が茨の方を向いて喋っている>
トロイ:むむむっ!!そんなことないよ~っ!
今まではケンちゃんのグローブが喋ってるみたいだったでしょ?
だからこっちの方が全然マシだよ!
ホラよ~く見て、龍が喋ってるの、結構カワイくない?
キバとか!
茨:どっちかっつうとアレだな、龍のパペットマペット。
トロイ:ええ~っ!ひどぉい!
茨:...後にしよーぜ。
右腕は相変わらず超ォ~痛ェえしよォ...
トロイ:...うん......!!!
茨:っさー.....
まずは一発.....おもッッッきしブッ叩いてみっか!!!!!
トロイ:ブッ叩くって....っちょ、ケン、ちゃあああああああああああああああああああああ~~~~っ!!
茨:オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!
<左腕を思い切り振りかぶって、光る龍の頭部を相手に向かって振るう。
さながら光る鞭のような光景。>
杉本N:っぐ....!やはりか!鞭のように龍を振るっての攻撃!
予想通り近距離攻撃では無く中~遠距離を攻撃範囲とした業式!!
N:概ね分析通りの動き。
鞭という形態の特徴を事前に計算に入れていた杉本とガレオンにとっては致命的な脅威に為り得ない。
筈であった。
杉本N:何だ.......、何だそれは!!!
何故.....、何故!!!!
N:茨稜剱の左腕から伸びる光の龍。
鞭のように振るわれた其れからは────
ガレオンN:業力を全く感じない....ッ!!!!!
────ッッッ何故だ!!!!
茨稜剱の今までの能力の傾向!
それは純粋な攻撃力を体現したかのような能力!
つまり!
破壊力を裏付けるかのような猛烈な量と密度の業力があふれ出る事を意味している!
杉本N:その前提がここにきてひっくり返された!!
まるで...、私達の“法王乃孤高之塔”の発動条件の模倣!
ガレオンN:瞬間的に“業力をほぼゼロにする”事によって大きくリターンを得る一連の流れを学習したとでも....!?
N:杉本とガレオンは茨稜剱の閃光海蛇が迫る中に思考を巡らせる。
業力を介する戦闘。
それらは“膨大な数の読み合い”によって織りなされるものである。
フェイントか?直撃か?囮か?真実か?もしくは真実の中に囮が紛れ込んでいるか?
その二つはどのような割合で調整されている?
表情は?仕草は?業力の揺らぎは?
あらゆる要素から情報を精査する事が日常である彼等だからこそ、最後に選択するのは────
杉本:ガレオン!!!
ガレオン:“法王乃孤高之塔”!!!!
杉本:“号哭乃勅命”!!!!
ガレオン:“認”!!!!!!!!!!!
N:己の能力をぶつける。
“出来るだけフラットに”
“いつも通り”に。
茨:!!!!!
トロイ:何ぃ....!!!
N:甘かった、と。
何よりも表情で茨は吐露してしまう。
自分の能力の発現で狼狽えていた相手に間髪入れず能力をぶつけた筈。
其処に必ず隙が生まれる、と打ち込んだ閃光海蛇。
────だが、不測の事態が日常なのは、茨だけではない。
“支配者同士の戦闘”。
それは路上の喧嘩程度の“不測”等、
熟練の支配者からすれば────
“予測しているのと同じようなもの”である────
<バチィィン、と電撃がさく裂したかのような音。茨稜剱の閃光海蛇が”跳ね返された。>
トロイ:わ~~ん!
鼻がいた~~~い!!!
茨N:....クソ!!!
早くに撃ち出し過ぎた!
焦って対応をミスってくれると期待したのによ....!!!!
キッチリ跳ね返しやがった!!!
流石に冷静だなクソッタレ...!
杉本N:フウ...!!フウ....!!
身体...、動く!
幻覚は.....、
<杉本が手の中で業力を練る。練られた業力は緑色の淡い光のサインとなって丸、三角、四角の形を取る。>
よし...良し!!!自分の業力がイメージした形で出力できてる!
一撃当てるだけでかけられる程度の幻覚じゃここまで精巧な幻覚を生み出せない筈!
よって感覚への妨害効果の線も薄い!
加えて....、跳ね返した時に茨君の身体の業力の量も質も変化していない!
確認できる異常....、無し!
つまり茨君の新しい業式を無事に跳ね返せたという事!!
これはデカい!これはデカいぞ!
接触即アウトだった“瞬間輝憶”に比べ!
鞭の場合は相手に触れただけでは効果が発動しないという発動条件の厳しさを理解できたという事実!!
能力を探り合う戦いにおいて何よりの収穫!
ガレオンN:それによって!
彼の新しい業式は”鞭を振るう前に業力を全く込めない事で既にリターンが発生する事が確約された”ものでは無く!
“業力が全く込められていない鞭による有効打によって何らかの効果が発動する”ものである可能性が高い!
整理すると...
①! 茨稜剱の新しく発動した業式...、光る鞭は“瞬間輝憶”とは異なり、敵に触れても何も効果を発動せず!
②! 加えて光る鞭を我々に向かって振るったことからただのシンボルとしてではなく、武器として...、我々に光る鞭で有効打を与えることで業式の効果の発動条件が満たされる!
であれば!!!
杉本:強化された拳が揃っていた時よりもよほど戦いやすい!
鞭という武器の致命的弱点!!!
それは接近戦への対応が後手に回る事!!!
鞭という武器の仕様上!
振りかぶってから相手に向かって振り下ろすという一連の所作は近距離では行えない....、だろう!?
ガレオン:反射するタイミングを待つのは危険過ぎる!!!!
今までの理論もあくまで“可能性が高い”程度!
茨の業式の効果が“有効打”によって引き出されるというのなら!!!
“鞭”という武器が有効打を繰り出せない範囲で攻撃するまで!!!!
N:車の急加速を思わせる速度で茨の懐に飛び込む杉本。
杉本の拳には茨の顎を砕くには十分すぎる程の業力が込められていた。
ガレオンN:完全に捉えた!
油断はしない...!
和香の拳が茨稜剱の顎を砕くその瞬間まで業力を絶対に揺らさずに────
N:意外にも、気付いたのは杉本であった。
杉本N:.....?
ちょっと.....待てよ。
茨君の左腕の龍...。
そんなに短かったか?
N:そんな素朴な疑問が頭に浮かんだ直後に、杉本の足にどん、と。
何かに躓くような感覚。
トロイ:ひゃうん。
杉本N:........ッッッ....!!
トロイ:....痛ぁい。何すんの?
茨:フーン。
感覚あんだな。
人間の身体で言うとどの辺りが痛ぇ?
トロイ:う~ん...
N:杉本の耳には、彼等の雑談は入らない。
そして彼らのその隙を突く余裕もない。
杉本の視界に映っている茨の左腕の光る鞭は確かに短く見える。
────が、短いのではない。
茨稜剱の左腕から伸びている光る龍のような鞭。
それは、地面に胴体を置き、首を持ち上げる大蛇のような体勢に収まっていた。
つまり。
茨:“業力が全く込められてない”存在!
山勘だったが...!
探知系の能力でも無ぇ限り!
アンタ等支配者は業力の有無で脅威かどうかを判断するのが習慣!
目まぐるしく変わる戦況では業力の籠っていない鞭の全貌を警戒し続けるのは至難!!!
少なくとも“何か攻撃を喰らうまで”はなァア!!!
ガレオン:.....!!!!!
光る鞭....!!!
我々の能力で反射された後茨の腕に戻った...、若しくは脅威ではないと思い込んでいた...!!!
だがその実!!
何とも単純なトリック....、いや、トリックでさえない!!!
ただ地面にその長い胴体をある程度垂らしていたのだ!!!!
それに!
杉本N:つっ....、つっ、躓いてしまっただとッ...........!!!
...っぐ...!!
地面に横たわる光る鞭!!!
それに私達が自ら躓く形で触れてしまった...ッ!!!
杉本N:“鞭が接触のみでは無害である”という事を認識してしまっていたッ...!!
言い換えれば!“多少の接触は許容しつつ積極的な対処をすれば寧ろ優位に立てる”という短絡的発想...!!!
...ッいや!!これは油断などによる焦りでも驕りでも無い!
“鞭による次の一手を封じる”という意図は正しい筈!
其処の決断が遅ければ遅いほど業式の攻略は難易度がハネ上がっていく!!
だが...、だが!!!!
こんな...、こんな簡単な!!!“地面に何かあるかもしれない”などという単純な罠!!!”
人間である以上絶対に発生する“緩急”という概念!!!
....ッ...狙ってそれを突いたというのか.....!!!!???
N:致命的な失態。
それに心が揺さぶられない人間はいない。
機械でもない限り、絶対に訪れる心の揺らぎ。
一瞬の中の更に一瞬。刹那の中の刹那。
ガレオンと杉本の思考はその気の遠くなる程の瞬きの中に思考を巡らせる。
ガレオンN:────ッ...まだだ!!!まだ鞭が当たっただけだ!!
有効打としての判定は接触の瞬間より一瞬遅れて訪れる筈!!
でなければ先刻の我々が光る鞭を反射出来た理由がつかない!
まだ取り返せる!茨稜剱の光る鞭が条件を満たし、効果を発動するまでのこの刹那に!!!
杉本N:私の中で最も早く業式を発動させる!!
無詠唱での発動はガレオンと呼吸が微妙にズレる恐れがあるが────...!!!
ガレオン:和香ァアア!!!!!
やれ!!!!!!
合わせる!!!!!!!!
杉本N:“法王乃孤高之塔”から“認”を────
互いの呼吸と!業力の操作と!勘で!
発動させる────!!!
ガレオンN:合わせる...、合わせるとも!!!
身体が覚えている!!
何としても反射せねば────
茨:杉本さん。あとゴリマッチョ。
アンタらすげェよ。
杉本:......は....?
茨:分かってる、オレが今ここまで食い下がれてんのは、金髪のスペックの高さ。
俺がやってんのはババ抜きのハッタリみてえなもんだ。
トロイ:ケンちゃん!!違うよ、ケンちゃんの作戦や、ケンちゃんのおかげで私も名前を思い出して技も増やせてるし...
茨:だから、オレは“勝った”なんて思わねぇ。
こんなラッキーが何度も続くなんて思わねぇよ。
命かけて俺の為にモノを教えてくれて....すげえ嬉しかった。
初めて人から本気でモノを教わったよ。
杉本:何を────!!!!!!
ガレオンN:────小僧が....!!!!!!!
一丁前に説教の真似事か....!!!
杉本:それは殊勝な心掛けだ茨君!!!!
成程、私達が諦めたとでも思っているのか!?
君に哀れみを受ける程私達がピンチに、弱弱しく見えたか!?
バカめ!!!!!
無詠唱で既に反射は発動して(割り込まれる)
トロイ:まだ分からないの?
反射なんか意味ないんだって言ってんの。ケンちゃんは優しいから、言ってあげてんのよ、バカ。
トロイ:...いつでもいいよ、ケンちゃん。
茨:...頼む。
トロイ:もっとキツく命令しても良いんだよ。
ケンちゃんの思う事、何だってしてあげるから.....
杉本:ほ....ッ、ざ、けぇぇぇぇえええッ!!!!
ガレオンN:この至近距離だ。
躓きこそしてしまったものの、光る鞭の業式の効果は我々の業式の反射で無効化している。
一刻も早く茨稜剱の意識を刈り取る方が先決────
茨:おいおい。
ガレオン:.....ッ...!!!!
和香!!!!!
茨:どうした?
杉本:な......、
ガレオンN:....ッッ有り得ん....!!!
この俺が見逃す訳が...!!!
茨:ガス欠か?
休んでも良いんだぜェ~?
ガレオンN:反射能力を持っているからこそ!!
業力の動きには人一倍敏感なこの俺が...!!!!!
杉本:私の!!!両手から....!!!業力が消えている.....!?!?!?!?!
バカな!!!!無詠唱で私の業式は発動していた!!!!
探せ...、光る鞭意外に何か...、何か異常は...!!!!
────クソッ....、思いつかない!!!
やはり光る鞭しか考えられない!!
だが何故!!
どのタイミングで業式が発動した!?
躓いただけで....
<鞭の先端。龍の頭がトロイの声で喋る。>
トロイ:フン。
別に何か教える義理もないし。
このまま削り切ってやる。
ガレオンN:削り切る....?
待てよ。光る鞭が原因だとして....“削り切る”という表現.....。
────────....!!!!!
まさか....!!!
ガレオン:和香ァ!!!
光る鞭に躓いた箇所を確認しろ!!
杉本:ッッ....、分かった!!
確か右足首脛の真ん中付近....!
..................、こ....れは...........!!!!
杉本N:....ッ....そうか........!!!
ガレオンN:何という事だ.....ッ!!!
茨稜剱の光る鞭!!!
その形状に騙された....ッ!!
“鞭は使用者が振るうまで脅威ではない”と思い込んでしまっていた....ッ!!
だが実際は!
“ある程度自在に動かせる”のだ!!!
そうに違いない....ッ、でなければ!!!
“何かを擦って出来た様な切り傷”が残る訳が無い....!!!
杉本N:茨君が最初に振りかぶって光る鞭をぶつけたのは...!!
あれ自体がそもそもの布石!
“振りかぶって鞭のように使わずとも”!!
光る龍は自力で動き、私達を襲える状態だった!!!!!!!
ガレオンN:恐らく事の流れは....、
光る鞭を自由に動かせるにも関わらず我々にぶつけ、敢えて反射させる...!!
そしてそのことで“光る鞭はただの鞭として使用され” “光る鞭に対しては反射効果が通用するので”“鞭としての攻撃範囲を考慮すれば接近戦が有効”と認識させた!!!
実際には!!
振りかぶらず、物理的に力を込めずとも動かす事が可能であるのにも関わらず!!!
そして接近してきたところを地面に垂れた光る鞭で足元に接触させる...!!!
挑発を加えて光る鞭を“法王乃孤高之塔”で反射させるように仕向けた!!!
杉本N:そしてここからが私達に光る鞭の効果発動のトリガーである有効打..!!
光る鞭は自分で動き!!
私の脛を擦る様に鞭を引き絞り、切り傷を付けた...!!!
ガレオンN:確かに“法王乃孤高之塔”は光る鞭を反射させていた...!!
だがそれは!!!
皮膚に接触した光る鞭が皮膚を擦って切断する方向!!!
それを反射したに過ぎない!!!
チェーンソーの刃が反対に回転しても木を切断するように!
勢いよく巻き戻した巻尺が勢いよく射出されようが引き戻されようが!!
結局皮膚を切り裂いて切り傷を作る様に...!!
杉本N:茨君が狙っていたのは“反射された上で”鞭でダメージを与える瞬間...!!!!
ガレオンN:然も最悪なのは業式の効果...!!!
恐らく...“鞭で有効打を与えれば”
“有効打を与えた相手の業力を削り取る”.....!!
茨:よう。
呑気に考え事か?
<いつの間にか光る鞭の先端、龍の頭が杉本の目の前に迫っている。>
杉本:!!!
しまっ────
茨:もいっ、ぱああああああああああああつ!!!
トロイ:しゃああああああああッ!
N:太陽の様に一段と強く光る鞭の先端、その龍の頭が牙を剥く。
茨稜剱の声と共にまるで生きているかのように鞭が杉本の脇腹に噛みつく。
杉本:ッッッぐううううッッッ...!!!
杉本N:痛みではない....!痛みではないが....、例えるなら.....、浮遊感を伴わない酩酊状態!!!
脱力感と身体が内側から冷えていくような絶望感を感じる!!!
消費ではない業力の消失が此処まで不快だとは...!
そして何より!!!
杉本:ごォっっ....は...!!!!
ガレオンN:....ッ...!!
骨折や内臓損傷といった茨稜剱の打撃による出血や鎮痛が業力でカバーできていない....!!
本来即気絶していてもおかしくない程の痛み..!それを何とか全身に業力を張り巡らせて耐えていたというのに...!!
無慈悲に業力が削ぎ取られていくのだ、身体の反応や動きはどんどん鈍っていく...!!
鈍った体では当然茨稜剱の攻撃も────
茨:両腕が埋まっててもよォ~。
人間には立派な足がついってからよォ!!!!
トロイ:ケ~ンちゃん。さっきこの女が教えてくれたアレ、やっちゃおうよォ~。
茨:アレっつーと....アレか。
こういう爪先蹴りだよなァ~~~~~!!!
杉本N:────避けられない....ッ!!!!!!
茨:うるぁぁああああああああッ!!!!
N:杉本の右頬に訪れる“振動”。
最早それは痛みと形容するには余りにも巨大であり...
まるで言い訳をする様に、杉本の身体は吹き飛んだ。
茨:フン.....。
これでお互い壁にめり込んだな、先生。
俺の気持ちが分かったかよ?
トロイ:むふふふ~~~ッ!!
やったねえケンちゃん!!!
リベンジ大成功!!
さあ、ケガの治療をしてもらいに────
N:鞭の先端の龍の頭がそう嬉しそうに振り返る。
するとそこには、地面に膝をつき、苦しそうに肩で息をする茨稜剱が居た。
茨:ぜー....ぜー......ッッゲッホ、クソ...ッたれ.................
トロイ:......ッ.....!!!
ケンちゃん!!!!!!
N:悲痛な声を響かせて茨に身を寄せる光る龍。
茨:...んだから耳元でキンキン辞めろよ.....傷に響く.....。
ックソ....、流石に....ハァ.....もう...立ってられん.....
トロイ:....!!
N:トロイが頬を寄せると、茨の身体の体温は激しく体を動かした後であるという事を感じさせないほど冷えていた。
トロイN:....!!どうしよう....!!
ケンちゃん...!きっと血を流し過ぎちゃったんだ...!!
トロイ:ケンちゃん、無理に動かないで!
横になって待ってれば人が来るよ...!!!
大丈夫、私達の業力とあの女からの業力が有れば痛みを抑える事も...、回復は無理かもだけど、現状維持は少なくとも12時間ぐらいなら...!
杉本:興味深い台詞だねェ~.......。
<ガラガラ、という音共に壁から体を引き剥がしてきた杉本。ゆらり、ゆらりと歩いて茨に近づく。>
トロイ:.............ッ....!?
茨:......マジかよ..........。
さっきまで壁にめり込んでたよなアンタ......。
杉本:....ハァ......、....あぁ。
....ッ、ぶぇ...。
奥歯が折れたか...。
<地面に向かって唾を吐くようにするが、奥歯がカツンと出てくる。>
よくもまぁこの私を”ブッ飛ばし”てくれたもんだ、全く...。
圧特のあのゴリラでも無理だったのに。
茨:....余裕そうには、見えねェけどな....ごっほ...。
<血を地面に口から垂らしながら言う茨、それに対して片眼が腫れているのか閉じたまま頭から血を流した杉本が返す>
杉本:まあね。君がごっそり業力を削り取ってくれたお陰で痩せ我慢と必死に練ってる業力でやっと動いてる状態さ。
フーーーー.....(髪をかき上げる杉本)
見たところ、お互い残り体力も少ないってところかな?
トロイ:一緒にするなよ、女。
立ってるのもやっとの出血でしょ?
...それとも、今の私達なら捉えられるとでも?
杉本:はっはっは.....やってみなきゃ分かんないだろ。
トロイ:...相変わらず腹の立つ返事...。
トロイN:想定外...!!ックソ...、この女...!!!
どんな体力してる....!!!!
今のケンちゃんはとてもじゃないけど普段の2割も体力が残ってない...!!!
何とか時間を稼がないと....!!!
杉本:おっとっと。
<ぎゅん、と正面に気付けば移動している杉本>
杉本:甘く見てもらっちゃ困る。
幾ら君が恵まれた能力を持っていて、私の能力とは比べ物にならない程応用がきいたとして....
君も肉体はボロボロだろう?
つまり...業力を少しでも回復させられた方が有利に戦える。
ガレオン:何の事はない、“経験”と“基礎”だ。
筋肉の鍛錬と変わらない。
業力を少しでも早く、少しでも多く、濃く練れる様に日々訓練する事で────
互いの業力の残量を削り合う最終局面で、優位に立てるという単純な理屈。
茨N:────...違ぇ!!!!
アイツ等が速ぇんじゃねぇ!!
杉本:気付いたか?
今の私の動きは遅い。
支配者は勿論...、いや、万全の状態なら普通の人間にも捉えられる程ね。
だが、極限状態の拮抗勝負では業力の差は余りにも敏感に勝敗に影響するのさ。
だろう?
────どこを見ている?
私はこっちだ、茨稜剱君。
<茨の眼は杉本を捉えきれていない。既に杉本に茨の向いている方向とは逆の方向に移動されている。>
ガレオン:合わせろ.....和香!!!!
杉本:フ ン !!!!!!!!
<業力を纏った足が後ろ回し蹴りで茨の顔面を捉える。
反応する暇も無く吹き飛ぶ茨。>
茨:っごぶッ....!!!
杉本:悪いが追撃させてもらう...!!!
────シッ!!!
<手刀で茨の腹を思い切り殴打する>
茨:げ.........ッ....、ごぼォォォッ!!!
ガレオン:まだまだァァァ!!!!
ガレオンN:和香の左足に業力を集中!!!
この前蹴りで終わらせる!!!
狙うのは鳩尾!!!!
これが直撃さえすれば幾ら原初の英雄達と言えど...!!!
茨:俺も゛....!!!
杉本N:...!!!!
まだ意識があるのか...!?!?
その肉体のダメージで...!?
業力での鎮痛も!回復も!満足に出来ない筈だろ....!!!
茨:負けず嫌いなモンでなァ゛!!!!!!!
ガレオンN:空中で体を捻って....!!!
茨:オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
杉本N:踵から業力を噴射しての回転蹴り!!!!!
というより....最早スレッジハンマーだぞ...!!!
まだこんなに体が動くなんて聞いていないぞ...!!!!
クソッ....、防御が間に合わない!
間に合ったとしても...今度こそ腕が壊れる!!
ガレオン:“法王乃孤高之塔”!
“号哭乃勅命”!!!!!!
杉本:“認”!!!!!
<バチィ、と茨の蹴りが跳ね返される。>
茨:ッぐ...!!!!
ぐああああああああああああああああああッ!!!
杉本:そうさ、激痛だろう!!!
細い足首が受け身もとらずに...!!自分の蹴りの威力を喰らうんだ!
いい加減....!!!
気絶してろッ!!!!
<茨の顔面に拳を撃ち出す杉本。>
ガレオン:ッ...!!!
いかん和香!!!!
N:ガレオンの声が響く。
その声の意図を理解するより一瞬早く、杉本の身体はガレオンの意図を汲む形で動いた。
<びょん、とジャンプして地を這うようにと突撃してきた龍の鞭を回避する杉本>
トロイN:────..........!!!!!飛び上がって......!!!!!
....回避.....された....!!!!!!
N:茨稜剱と杉本とガレオンによる接近戦が始まった瞬間。
トロイは思考を切り替えた。
より杉本とガレオンの攻略に的確な動きは何か。
彼女らが最も戦闘において不利を感じる局面は何か。
それは....。
杉本N:意識外からの奇襲!!!!!!ハァッ.....、ハァッ.....!!!
間一髪!!だが...、視界の外からの攻撃は二度目!!!!
些か計画が甘かったね茨君!!!!
N:────と、もう一つ。
茨:漸く両足を地面から離したな?
ガレオンN:しまッ.......!!!!!
....ッ...!!!!
茨稜剱!!!!お前の目標は業力を削り取る事では無く....!!!!
N:“法王乃孤高之塔”の発動条件。
“両手若しくは両足の地面への接地”への妨害。
茨:空中には地面なんかある筈も無ェ。
頼みの綱の“法王乃孤高之塔”の発動条件は封じた...ッ!
トロイ:ケンちゃん....、“今”!!!!
茨:んッらああああああああああああああ!!!!
<バキィと杉本の身体を蹴り上げる茨。空中に再びさらに高く吹き飛ばされる杉本。>
もう二度とアンタに反射は使わせねえ。
...んんんんんん....ッ.........!!!
<地面にしゃがみ込む様にして力を貯める茨>
しゃあッ!!!
<思い切り飛び跳ねて吹き飛んでいく杉本を追う茨>
トロイN:完全に決まった!!!
この勢いのままケンちゃんが蹴りを食らわせれば杉本には大ダメージ...!!!
顔面....、はさすがに殺しちゃうかもだから、下半身...、少なくとも足のどちらかはへし折っておきたい!!!
────完璧な手順!!!
“閃光海蛇”の能力を“ほぼ”解明されてるっぽいのには驚きだけど....、空中戦を誘えた時点で私達の勝ちは決まったも同然!!!
トロイ:このまま突っ込んじゃえ、ケンちゃん!!!!!
N:全身の感覚が無く、ひたすらに骨が軋むかのような限界の状態。
然し、勝利の感覚が茨とトロイを包んでいた。
だが、風を切る音を差し置いて、茨の耳は信じられない音を捉える。
杉本:“法王乃孤高之塔”。
ガレオン:“号哭乃勅命”。
茨N:.............!?!?!?!?!?
バカな!!!!!!!!!!!空中だぞ!!!!!!
有り得ねぇ!!!
トロイN:虚勢.....!?!?!
イヤ!!杉本は業力を全身から消している...ッ!
私達の攻撃が直撃すれば完全に無防備の状態でケンちゃんの蹴りを受けるだけの筈!
ただの虚勢にしてはリスクが高すぎる....!
茨N:....何だあの体勢...........は......?
空中に居る筈だろ....?
────...しゃがんでいる....?
N:茨は理解できなかった。
ここにきて能力の発動が可能であるとそんな安いブラフを吐くようなペアには見えなかったから。
そして、とてもではないが、茨の目に映る杉本の瞳は。
勝利を捉えたかの様に煌めいていた。
茨N:.....ちょっと待て.....。
此処は.....室内...........。
N:茨稜剱とトロイの脳内に閃く、負け筋。
トロイN:“法王乃孤高之塔”の発動条件...。
両手足いずれかの地面への接地...。
杉本:空中戦を仕掛けてくると思ったよ、茨君。
空中であれば私が能力を発動できないと踏んで...、そしてかつ君の“瞬間輝憶”の能力で私以外が見えていないという事も加味して。
ガレオン:君達は必ず“天井という存在を完全に見落として”油断して飛びあがってくる...とな。
分かるか?“地面に触れる”とは、私達から見て、だ。
地学的な意味では無い。
そして業式の開示には能力の威力の向上、適用される能力の対象範囲の増加や選択肢の複雑化等が挙げられる。
つまり....、我等の業式は開示による能力強化の恩恵を受けつつ誤読を誘う言い回しをしているのだ。
トロイN:良い気になってベラベラ喋りやがってッ...!!
っていうか業式って何よ....ッ!!!!
茨N:自分たちが直立する際に使用する箇所が地面として判定を受ける...ッて事か!!!
つまり天井に着地すれば!!!
そこは天井では無く能力の上では地面という判定!!!
トロイN:“地面”とは自分達の立つ位置によって変わり得るという事を伝えないだけで...!厄介過ぎる...!
茨:...次は負けねーぞ。クソッタレ。
杉本:その意気だ。
きっと君達は強くなるよ。
ガレオン:.....“認”。
N:大地が揺れる。