茨のベーゼ 5話
N(不問):
茨:
ガレオン/男性職員A:
佐野
トロイ:
杉本:
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※茨稜剱の能力は1~4話を読んでもらわないと分からんのですが、続き物なのにたまにぶっつけで芝居かましてくるランボーみてえな奴がいるのでざっくり説明します。
茨稜剱の能力は2段階ある肉体強化です。
1段階目は“瞬間輝億”と宣言して業力(レブロと呼ばれるエネルギーみたいなもの)をウンと身体にみなぎらせるとその瞬間に発動する能力です。両腕にBAIXEが光となって装着されます。そのまま腕がピカピカ光って身体能力が強化されます。
腕がピカピカ光ってるスーパーマンです。景気良さそうでいいですね。発動コストもほぼ無いうえに流石原初の英雄達と呼ばれているだけの事はあります。
原初の英雄達を始めとした重要っぽいワードはまたのちに出てきて開設されますのでご安心ください。
2段階目は“瞬間輝億”と宣言してスーパーマン状態になった時に相手を一発殴る(拳を触れさせる)ことで発動します。
これが発動すると、
①両腕に黒と金の貴族みてえな装飾の施された防具が装着されます。
②この状態での肉体強化はすさまじく、最早そこらの能力者じゃ止められません。ダメージもほぼ効きません。
③しかし大きなデメリットが有ります。
それは殴った相手以外が見えなくなります。
白く光る透明な空間に自分と相手しかいない、みたいな状態の視界になります。
それ以外は全くの透明です。
然し相手の放つビーム、技は白く光る透明な空間に輪郭だけ浮き上がって見えるのでデメリットも使いようかな見たいな位置づけです。
ではよきいばっぺ(公式による略称)ライフを
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
N:白い壁。白いベースの色に黒の模様が混じったような色の天井。
その部屋で、呻き声が響く。
茨:ん.......。
N:“療養室”。
そう書かれたプレートが扉に立てかけられたその部屋。
茨:...........知らねー天井ッて奴か......
N:そんな部屋で、茨稜剱は目覚めた。
杉本:私は、旧劇の方が好きなんだけどねえ。
あからさまに監督が病んでるのが伝わってくるし。
N:茨稜剱の横たわるベッドの横で、パイプ椅子に座った白衣の女性。
茨:......。
誰だって聞いたら、答えてくれんのか?
杉本:勿論。
答え過ぎなくらい答えよう。
私の名前は杉本和香。
独身。
年齢はミサトさんの一個上に今年なる予定。
ちなみに具体的な数字を聞いてきたら生きたまま司法解剖って決めてるから、聞かない方が良いよ。
茨:…何じゃこいつ…
杉本:此処は私の職場。
そして私は医師免許を持つれっきとした医者で....
君は白目むいてこの部屋に担ぎ込まれたれっきとしたケガ人。
茨:.....ケガ人.....。〈そう聞いて体を起こそうとするが、痛む体に呻き声を上げる茨〉
...ッ痛て....何処だ...此処。
杉本:政府直属・日本国対支配者独立行動部隊鎮圧特課本部の第二療養室。
住所・地理的な情報は口頭で告げる事は出来ない。
BAIXE能力による傍受を警戒しての規約なんだよね。
茨:...フン。
療養室とは言うが、窓もねーし。
どーせそんな規約なくたって俺には此処の場所を開示したりしねーだろ。
俺は怪我人であると同時に...今んとこは敵にも為りかねない不穏分子。
そんなトコだろ。
杉本:おッ。鋭いね。大当たりィ。
さっすが探偵。
真実はいつも一つって感じ?
茨:.......。
杉本:.....そんなに警戒しなくても君を試したりしないよ。
治療にだってBAIXEの能力を介したものは行ってない。
全て純度100パーセント、適切な日本の治療を施してあるよ。
茨:.....“確保”、じゃねェのか。
杉本:?
あぁ....対支に所属るか、確保かって2択の事?
茨:...そうだよ。
杉本:......。<視線を落とし、手元の注射器や医療用具を整理し始める>
私は勧誘の任務は受けてない。
君とここで勧誘の話をすることは無いよ。
ただ.....。
茨:.....ただ?
杉本:佐野くんは嘘をついていない。
こうなってしまった以上君に日常に戻る選択肢は無いだろう。
.....これを告げるのは心苦しいけどね。
私達に協力か、幽閉されるか...。
その二択を選ぶ時が来るだろうさ。
──きっと、君が思うよりも早く。
N:その時、二人の会話を無遠慮に遮る様に扉の開く音が響く。
佐野:やあ。
杉本:.....ね?
茨:......お前。
佐野:“お前”じゃなくて“佐野さん”ね。
これから君の上司になるんだから。
杉本:....おいおい、佐野くん。
佐野:はい、君の職員証。
あ、言っとくけどここ数日君は気絶してたから、白目剥いてる写真になっちゃってるけど...気にしないでね。
杉本:──ちょっとちょっと!
いくらなんでも性急なんじゃないか?
茨君は目覚めたばかり、然も所属の意志があるかどうかは....
佐野:そりゃ急ぐさ、即戦力が欲しい訳だし。
杉本:そういう事を聞いているんじゃなくて..!!
佐野:それに、“君が此処に居る”んだ。
僕なんかよりよっぽど頼りになる支配者だよ。
杉本:....辞めてくれよ、気にしてるんだぞ。
佐野:おっと。僕は君の“そこ”が気に入っているんだけどね。
....それで?聞こうか、茨君。
僕達と、所属ってくれるよね?
茨:.............。
杉本N:茨稜剱....。
佐野くんからの報告によると...特筆すべき点は、強固な意志。
然し単なる直情の馬鹿では無く悪知恵が働き、危険と達成目標の両方を視野に入れた戦略を組み立てて戦う...。
連れているBAIXEは“原初の英雄達”でほぼ確定....。
会話による懐柔も無くいきなり2択を突き付けるなんて、些か危険なんじゃないか...。
茨:.....職員証の写真、撮りなおせんのか?
佐野:無理だねー。紛失したとしても、写真は変わらないよ。そこら辺の大学なんかとシステムは一緒。
茨:....高卒なんだけど。
佐野:ありゃ、ゴメン。
まー対支は学歴フィルターとかないからさ。
実力主義そのものだから気にしないでね。
茨:気にしてねーよ。
...いや、一個あるわ。
証明写真ってどう考えても白目剥いてちゃダメだろ。
佐野:.....まあ、そもそも身分証明には公的な身分証明書があるしね。
対支職員証は表で使う事はほぼ無いだろうし。
杉本:ちょっ....ちょっとちょっと!!
茨君!
....今君が下した選択....、割と大きなターニングポイントだって、分かってる!?
佐野:和香さん、辞めてよ~。
折角本人がやる気なのに。
杉本:やる気って....良いのかい!?
佐野くん、君が言ったんだぞ!
悪知恵の働く“原初の英雄達”!
精査すべき案件だろう!?
茨:.....良いさ。
別にもう抵抗する意図は無ェよ。
杉本:......!
茨:...抵抗する気ならとっくにあの金髪を出して攻撃してるさ。
それに...佐野とあんな大立ち回りしてそこに居るのがタダのお医者さんだなんて思わねェよ。
BAIXEの能力の使い方...そしてその奥の深さもハンパ無ェって分からされたし...どうせ支配者をボコれるなら後ろ盾があった方が早ェのは確かだしな。
杉本:ッそれは.....。
茨:認めてンの。
完敗だって事。
佐野:ね?和香さん。決まりだ。
イヤ~助かるよ。人手不足でねぇ。
茨:....約束してほしいことがある。
佐野:?何かな?保険には入れるよ~。
生命保険に傷病保険、その他必要なものは完備してあるよ。
茨:違ェよ。
....分かってんだろ?
佐野:.....聞こうか。
茨:アイツは...オレの復讐にも、オレの巻き込まれた事件にも関係無え。
...いきなりオレの所為で無職になっちまった。
佐野:........。
参月カナ、の事かな。
茨:俺はもう“日常生活に戻れない”。
つまり....“日常に残してきたものには関与できない”。
......俺が急に居なくなって、アイツはどうなっちまうんだ。
佐野:......“保護”しようか?
茨:イヤ。
俺のところに引っ張って連れてくんのは違ぇよ。
....オレが此処で働いて稼ぐ金。
どうせ政府直属の組織なんだ、カネも弾むんだろ?
佐野:派手に使えないという制限付きだがね。
財務省はデカい額の動きにはゾンビみたいに付きまとってくるし。
目立たれて存在を嗅ぎまわれると困る。
茨:分かってる。
.....カナには、オレが死んだことにしておいてくれ。
佐野:......。
杉本N:.....哀しい子。
その返事の即答さ。
自分が死んだ事態を日ごろから想定していないと出せない速度────
茨:オレの生命保険と銘打ってオレの給料を振り込んでやってくれ。
そういう奴、少なくねえだろ?
杉本N:....君の日常は、寂しいものだったのだろうね。
....若さを謳歌する年齢の子には、残酷すぎる程の無音で満たされた日常を送っていたと簡単に想像できる程────
佐野:.....了解した。早速担当の者が向かうよ。
明日の午後には、受け取りの手続きが済んでいるだろう。
茨:...サンキュー。
佐野:然し、意外だねえ。
君の好みが黒の長髪だとは。
てっきり僕はもっと派手な<割り込まれる>
茨:正気かと思うが。
N:部屋に流れる空気は、動きを止める。
杉本:な....!!?
N:ベッドに横たわり、上体を起こしているだけの茨稜剱の体から、黄金の業力が湯気の様に立ち上る。
茨:オレの前で。
N:杉本と佐野の脳裏を過る、茨の“ベッドに横たわっている“という圧倒的形勢不利を感じさせない程の危機感。
茨:その類の戯言を吐て尚────
杉本N:これが...!!!!!
何だこの...こんな膨大な業力量を一瞬で!
身体から漏れだした量だけでこれ程の...ッ!
茨:“上司と部下の関係で居られる”とでも思っているんじゃ────
────ねぇだろうな?
N:そう茨が言い終わると、茨の横にトロイが現れる。
トロイ:ケンちゃん。おはよう。
....それで.......
戦るんだよね?
佐野:────参ったな。
頼むよ、和香さん。
杉本:全く.....!!
N:杉本が自身の全身に業力を行き渡らせようとした瞬間。
茨:....冗談だよ。
N:止まった時が再び動き出すかのように、茨の声が柔らかくなる。
同時に、茨の体から立ち上る黄金の業力は煙のように消えて行った。
茨:....分かってる、今のオレじゃどうにも為らねぇって事ぐれえな。
さっきも言ったろ?暴れねぇよ。
ただ.....そういう冗談は、辞めてくれ。
...口で言うより、こっちのが伝わるかと思ってな。
佐野:.........それは失礼を。
すまない、空気が読めないとよく言われるものでね。
トロイ:ふざけてるの?
“失礼を”が貴方にとっての謝罪な訳?
謝罪の当たり前は“土下座”でしょうが。
学生時代友達いた?
佐野:茨君と同じで、友達はいなかったよ。
トロイ:キー!!ケンちゃあん!
茨:話がややこしくなっから黙ってろよ....。
トロイ:は~い♡ンモム<お口チャックの動き>
杉本:......はああ.....
<くしゃ、と顔に手を付けて溜息を吐くが、態勢を整えて>
.......こほん。話は纏まったかな?
茨:おう。
杉本:それでは、対支に所属するにあたって必要な書類の記入を頼むよ。
これとこれと....
佐野:明日から1週間ほどは休養だ。
休養とは言っても、体内の精密検査も兼ねるけどね。
それが明ければ、晴れての新人研修。
茨:ほーお。
トロイ:.....。
佐野:僕に那那犯を使わせた、って君の噂はもちきりさ。
張りきっていこうよ、新人。
N:1週間後。
白く塗られた壁と天井に囲まれた広い空間。
“練習室”とプレートが扉に着けられている。
杉本:さ、という訳で。
新人研修の時間だよ~~。ハイ拍手。
茨:......。
杉本:オイオイ拍手しなよ。
社会から隔絶されたとはいえ、君は社会人だぞう。
コミュ力コミュ力。
茨:イヤ....アンタ医者だろ。
教官は何処な訳?
杉本:ま~確かに私の様なか弱く可憐な女性かっこしかも理系かっことじが教官とは思えない....か。
茨N:自分の属性を全部言おうとする女は始めて見たな........
杉本:いかにも、私は医者な訳だ。
だが同時に対支の職員でもある。
よって、佐野君を含めた“上”の判断プラス私のBAIXE能力を加味した上で────
君の新人研修は私が担当、ッて事になったんだよね。
茨:.....はあ。で?
杉本:んーーー......。
“で”といわれてもなあ...。
研修内容は私に一任されてるから....座学よりも...うん。
私流でいこっか。
茨:....ってぇと....つまり?
杉本:ンふふ。...私から言わせるの?♡
体で教えてあげるって言ってる、んだ、ヨン♡
むっつりスケベ♡
茨:オッ!!!俺そういうのだ~いすき!
どうやって教えてくれるの!?
まあいいや!ひとまずペペローション買ってきま~す!
杉本:実戦在る呑。
N:杉本の姿が“伸びる”。
それはあくまで茨稜剱の視界を通じた情報であり、正しくは────
茨:な────!!!
杉本:ホラ、身体で覚えよ?
じゃないと────大ケガだよ?
茨N:クッソ...ッ!!
油断した....!
茨:おい!アンタ理系なんだろ!?
理系らしく座学しろよ座学!
杉本:理系らしくとは失礼だな。現地調査や実験は理系の逃れられない責務であり業だよ?
N:“急加速”。
といっても、生半可な急加速ではない。
“其処に居る”と認識した瞬間には更に自分より近い場所に居る、という矛盾を孕むほどの加速。
言語化をするなら、学年でカースト上位のサッカー部の放つ無回転シュートが迫ってきているような...。
そんな加速から放たれる拳をなんとか────というよりたまたま という表現の方が近いが────避ける茨。
茨N:────は....疾風ぇ!!!!
クソッ!医者がしていい動きかよ...!!!
N:杉本の手のひらが茨の顔面を掴む。
杉本:おいおい。
業力でガードしないと。
死にはしないまでも────また1週間は要安静だよ?
茨:冗談ッじゃ無ェ.....!!!!
コッチには働かなきゃいけない理由もあるんでな....!
N:茨稜剱の周囲を、黄金色の業力が包む。
杉本N:業力を身体に纏う事は出来る訳か...。
成程、基礎は感覚的に掴んでいる。
佐野君と戦闘でかな?
....佐野君も人が良いんだから。
仕込みはある程度してくれてる...ッて事ね。
N:地面に叩き付けられる茨。
然し対したダメージでは無いとばかりに跳ね起き、杉本から距離を取るように飛び退く。
トロイ:ケンちゃん!!!
茨:相変わらず声がデケえな....。
トロイ:見てたよ、ケンちゃん。
私、外に出たくてうずうずしてた。
ようやくあの淫乱白衣・口調ムカつく・メガネ・いかにも嗅いでくださいと言わんばかりの香水プンプンさせ・キャラ付け必死口調・メガネ女を殴れるんだね。
杉本:う、恨まれたものだね....。っていうか眼鏡と白衣は別に良くないかい.....。あと口調についての文句二つあるし...
トロイ:サッサと構えろ。
ケンちゃんの前でクネクネした事を後悔させてあげるから。
茨N:うーむ....さっきの詠唱みてえな罵倒といい...女っつーのはこういうキレ方するんだな....
いや....コイツが特別ヤベえだけなのかもだが....
トロイ:舐められたものだね?
私とケンちゃんが何か特別な呼ばれ方してるのもとっくに気付いてる。
アナタで私達が手に負える訳?
杉本:手に負えるとは思っていないさ。
君の業力の出力は聞いてるし、なんなら其の一辺は療養室で見てる。
茨:その割には余裕じゃねえか。
杉本:余裕だよ?
だってこれは授業だもん。
君達と命を懸けて戦闘る訳じゃないし。
茨:...。
トロイ:分かるよケンちゃん、むかつくよね...!
右を思いっきり入れてやりたいよね....!!
杉本:...あ、ルール説明ね。
私に効果的な一撃を当てたら勝ち。
シンプルだね~。
ハイ質問は?
トロイ:イヤな言い方するよね、アナタ。
誤読させて長引かせる腹積もり?
一撃を“当てたら”じゃなく、“効果的な一撃”を当てたらって...どういう意味なの?
其処の定義を教えて貰わないと戦えないんだけど。
杉本N:ほお...!!!
凄いね。茨君もそうだが、感情と理性の制御が絶妙...!
私に対して胡散臭さや攻撃的な意思を覚えつつも..与えられた命題への洞察は深いままか....!!
杉本:イヤ~ゴメンゴメン。
そう、“効果的な一撃”の定義を説明していなかったね。
そんなに難しくはないよ。
“私がダメージだと認識する”事が“効果的な一撃”としての判定の根拠になる。
不満な回答かな?
トロイ:.....分かった。
ケンちゃん、ケンちゃんは質問とかな~い?
茨:...同じ事聴こうとしてたんだよ、オレもよ。
トロイ:わあ~♡
お揃いだね♡
杉本:お熱い事で羨ましいよ。
じゃあ....再開で。
N:そう答えるや否や、杉本の背後に茨の体が溶けるように移動する。
トロイの姿が消え、茨の両腕に光となって絡みつく。
トロイ:“瞬間輝億”。
茨:さて....これが終わりゃ座学だ。
N:そう言うと茨は地面を蹴る。
杉本が先に見せた速度と遜色のない勢いで突っ込んでいく。
杉本N:...成程、“瞬間輝億”の“1段階目”の内容は一見純粋な装備型と大差ないね。
何らかの形に変形したBAIXEを身に纏う事で強化される膂力値を活かして戦う...か。
茨:ブツブツくっちゃべってられるほどオレの連撃は甘くねぇぜ!!!オラァァアアァッ!!!
N:茨の繰り出す連撃を紙一重で躱す杉本。
普段のひょうひょうとした笑顔で避けている。
しかし時折茨の攻撃が掠めているのか、徐々に杉本の頬や服が薄く切れ始める。
杉本N:飛び道具は...無さそうだね。
ならば見立て通り身体をメインとした基本にして多面適応な近接戦闘形式....。
強化された膂力値をもって戦うのであれば理想的だ。
然し大きく異質のは“原初の英雄達”ならではの業力量の跳ね上がり方!
強烈な業力によって補強された攻撃は一撃一撃が戦闘訓練を積んだ教官級の威力!
適当に手足を振り回していてもそこそこの相手とならいい勝負が出来てしまう程...!
しかし業力量だけなら周囲の空間の変形や空間内への概念強制を強いる為に業力量の平均値が高い“舞台型”でも出せそうな数値ではある!
だが....!
茨:オラオラオラァ!!
だんだん攻撃が掠り始めてきてるぜ!?
杉本N:療養室で一瞥しただけでは理解らなかったが!
更に異質なのが業力の質!そして業力が生成される速度!
何億もの層を束ねたような密度の業力が瞬時に溢れ出ている...!
通常の支配者が瞬時に練って出せるものでは到底無い...!
これらだけでもイヤになるのに....!
それらを見せつけておきながら更にじりじりと茨君とそのBAIXEの業力量が上がってきている!
完全な回避はもはや今の私には困難!
...余裕って言ったの、撤回しようかな....。
トロイ:ケンちゃん!相手は回避しか出来ていない!
ブラフ可能性も薄い...!
今の私達ならあの女に反撃の暇を与えずに押し切れる!
茨:分かってンだよ金髪!
BAIXEを出すにしろ佐野との戦闘で経験済み...!
この速度の中でBAIXEを出して能力を振るう時間的余裕は無ぇ筈だ!
うりゃあああああああああアアァァッ!
杉本N:ッ...これだ!
支配者同士の戦闘で重要な“視点”!
何が優位か、何を以て優位なのかを瞬時に判断する視点...、そしてそれを一瞬で実行する決断力...!それら二つをBAIXEと支配者共に無自覚ながら持っている!
トロイ:ケンちゃん!左フックの中段じゃ弾かれる!
右の直弾!
茨:分かって....らッッ!!
杉本N:回避にくい...ッ!!!
格闘経験は無いハズだ!!!!
何だ!?何が私を追い詰めている!?
茨N:隙有!
N:佐野との死闘を経て、茨とトロイの関係は変化しつつあった。
常に独りで探偵業の中で拳を振るってきた茨にとって、他者がいきなり自分の戦闘に助力として介入して来る事は全くの未経験であり、未経験がむしろ茨のペースを崩してしまう事は予想に難くなかった。
尤も、それは介入して来るのが他者であればという場合の話である。
杉本N:...っぐ!迅雷い上に狙いが的確...!!!
N:問。
杉本N:まるで第三者的な視点が有るかのよう...ッ...!
N:『BAIXEは他人か?』
N:正答。
トロイは“他人”では無い。
杉本:....!!! 茨くんのBAIXE!
攻撃の前に指示をしている....ッ!
N:茨より生まれ出でたBAIXEであるトロイは自分の主の戦いのクセを必然我が身の事のように知っているのである。
結果、トロイとの共闘は茨の攻撃の威力の向上のみならず、戦闘行為の中での膨大な攻撃手段候補から最も自分・敵にとって最適な一撃を選択する脳の容量を彼女に預けても問題が無いほどに茨との連携は高い次元で行われていた。
トロイN:良いよケンちゃん!タイミング完璧!
左前蹴り..ッ鳩尾直撃コース!!!!!
杉本N:しかもこの戦闘技術の完成度の理由!
それは...茨くんの元探偵というキャリアに有る!
、彼が従事していたのは確かに探偵業....ッ、しかしその実態は探偵とは名ばかりの“復讐屋”!
支配者との路上の喧嘩もこなす彼だからこその実践的近接格闘術!!
無論体系化されたものに比べては荒くはある!
荒くはあるが..業力とBAIXEが絡むと脅威さがハネ上がる...!!
茨N:クソッ!避けやがる...!
医者だっつったろ!!!なんでこンな強ぇんだよ!!!
杉本N:更に最も恐ろしいのが!
この茨君の能力が“1段階目”であるという事実!!!
“原初の英雄達”....、天井が見えない...!
茨:フウ....ッ!
まだまだァァッ!!!!!
杉本N:こんな経験は初めてだ...!
何の才能も持たず努力で這い上がった私だが...こう断ずるを得ない!!!
茨君という一人の支配者の脅威さ!
それは...性格と従事していた職における戦闘経験と目の前の課題への即断性!更にそれらを加えた上での先天性超攻撃型能力!!
杉本:厄介な生徒だよ...!特別手当を申請するからな....佐野君!
茨:アザにならねぇように...一応加減してやるぜ....先生ェ!!!!!
N:茨の輝く腕が杉本の背中を捉える。
回避するにはもはや不可能な速度。
直撃してしまえば数秒の行動停止は免れない威力。
それらを伴った拳が風を裂断る。
杉本N:....ッく...!もう私の想定する攻撃速度を越えてきた!
...避けられないぞ!!
受けるか!?...ッいや、業力を纏った程度では茨君の拳の威力は殺せない..重傷は免れない!!!
──“こう”するしか...ッ!
N:杉本は後方にバク転の要領で飛び退きながら、空中で両手を茨に向ける。
茨N:....ッ!!
何か撃ち出すのか!?
トロイN:イヤ....感覚で分かる!
佐野の言う業力とかいうものが集まってる感じはしない...!
私達の拳がまだ当たっていない1段階目の強度でも高確率で無問題!
茨N:押し切るぜ!!!!
N:その判断は、間違いでは無かった。
杉本が両の掌を茨に向けたのは、茨を攻撃する意図があるわけではない。
その行為の意図は、寧ろ逆。
茨から自分を遠ざける為の行為。
────両掌から業力を噴射し、後方に飛び退く為。
茨:しまっ.....
トロイN:空中で掌から業力を噴射...!!
所謂ロケットの要領で後ろへ一時的に高速移動....!
杉本:思ったよりも早く使う事になったね。
茨N:BAIXEを展開する気だ...!!!
ッッッ不利い!
俺はBAIXEに対する経験値がまだ低い!
今こうしてもぎ取った優位が振出しに戻る!!
トロイ:ケンちゃん!
茨:分かってる...距離を詰める!
ぜぇりゃっしゃああああああああああ!!
N:慌てた様に茨が飛び込む。
然し、杉本の生み出した時間は、茨とトロイが対処するには余りに巨大な隙。
杉本の全身を業力が包み、杉本の真横にBAIXEが現れる。
杉本:準備、出来てるかい?
ガレオン:無論だ。
...俗な表現だが、ヒヤヒヤさせるな、相変わらず。
杉本:...ごめんよ。
これも仕事なんだ、分かってくれる?
ガレオン:俺をそんな子供だと思わないでくれ、和香。
....おっと、これ以上は喋る暇もなさそうだ。
杉本:そうだね。いくよ....。
ガレオン:────“法王乃孤高之塔”。
N:身体に注連縄を巻き付け、短髪の大柄な筋肉質の男。
“ガレオン”と呼ばれたそのBAIXEが返事をするや否や、杉本は自らのBAIXE能力を発動した。
杉本:覚悟しておくんだね。
私の能力はBAIXEにおける戦闘においては“最も忌避されている”能力。
N:ガレオンの姿が光となって消え、杉本の体に溶けるように絡み合う。
次の瞬間には、杉本の体には背中には円になった縄が浮き、服装は黒い巫女服の様なものに変わっている。
茨N:...ッ...、関係無ぇ!オレの“瞬間輝億”の威力なら削り切れる!
そして...一発目で仕留めきれなかったとしても、二発目でオレの“瞬間輝億”は強化される!
ウダウダ考えるな!
オレの“手数”という優位...手放さねェ!!
茨:押し切る....ッ!
<茨が距離を詰める>
杉本:可愛いね。直情的な子は嫌いじゃないよ。
トロイ:.....!!!
人の男に色目を!!!!
使うなァあ!!!!!!!!!!
茨N:.....?避けねえ.......?
N:猛烈な、鉄をぶつけ合わせたような音。
肉体が触れた事で生み出されたとは思えない音が響く。
<場面転換 対支事務室で背もたれの椅子に深く腰掛け、天井を眺めて呟く佐野>
佐野:....茨くん、大丈夫かなあ.....。
男性職員A:そんな言うならお前がやればよかったじゃん。
佐野:僕が戦ると能力が割れてる相手に対する特訓しかできないでしょ?
支配者同士の戦闘は派手に見えて...基本的に互いの能力の探り合いから始まる。
その理不尽さ、警戒すべき要点、駆け引き...。
その要素がどれ程戦闘の生命線を握るかを肌で味わってもらわないと。
“原初の英雄達”といえどそれらを無視して何でもできます、なんて思いあがる可能性を全力で叩き潰しておきたい。
男性職員A:現場の奴が言うと違うねぇ...。
佐野:シズカは“我々が出て支配者の厳しさを今度こそ教え込んでやるべき”と鼻息荒くして怒っていたけどね。
茨くんは正しく育てれば...人類の大きな希望になってくれるに違いないさ。
男性職員A:..。それを言うならお前も人類の希望だろ?“象徴種”。
....いつまで隠し通すつもりだ?
佐野:まっ、新人研修が終わったら打ち明けるさ。
打ち明けるっていうか...職務上知るだろうし。
────とにかく、茨くん。
死なないでね。
和香は君からすれば相性が物凄く悪い。
力で押す事は考え得る限り最悪手だと....気付いてくれよ。
<場面戻る>
トロイ:う...ッぐ.....!!!
茨:激痛..ぇ......!!!
何が起きた......!?
杉本N:凄い威力....。
“そりゃ痛いだろう”ね。
<額に汗をかいた杉本が何もなかったかのように立っている>
杉本:茨くんのBAIXEちゃん。色目じゃ無いさ。
好みだって言ったんだよ?
ガレオン:......。
気分が良い会話では無いな。
杉本:あっは♡嫌だなあ、あんな子供に嫉妬するのかい?
ガレオン:嫉妬未満の熱だ。
だが....煩わしいというこの感情を否定仕切れないのも事実。
杉本:んふふ♡キミは純粋だもんねえ♡
悪かったよ、ガレオン。
茨N:何だ...何が起きた! クソ...思考が纏まらねェ!
腕の痛みの所為でマトモに頭が働かねぇぞ...!
トロイN:攻撃した瞬間に激痛!!!
確認できたのはそれだけ....
杉本に触れる事で発動する能力...!?
それとも何らかの条件を満たした故の幻覚...?
茨N:...ッヒントが少なすぎる!!!
このまま突っ込むのは賢くねぇ!
賢くねぇけど....
トロイN:ここで選択してはいけないのは“様子見”!
攻撃の手を緩めれば負ける...!
ケンちゃんも同じ思いの筈!
能力解析の為に...被弾覚悟でもう一度攻撃する!
その時に相手の能力を見極めるしか無い!!
杉本:...成程。
正体不明のダメージを負いながらも攻撃の手を緩める様には見えないね。
ガレオンN:正解だ。
支配者同士の戦いで読み合いは必須。
事前に情報が共有される場合ばかりが対支の案件では無い。
考えなしに突っ込むのは命取りにしかならない....が。
“1度攻撃を受けてしまった以上”、時間を無駄にする選択肢は論外!
膠着は取り返しのつかない優位を相手に与えてしまうケースが多い!
新人がよくやりがちな選択ミスをよくぞ...。潜り抜けた修羅場の数によるものか。
破綻しないギリギリを攻めた危機管理....。
茨:金髪!
トロイ:いつでもいけるよ、ケンちゃん!
N:茨の腕に黒と金色の装飾が施された巨大な腕の鎧が装着される。
然し杉本は構えを解いて表情から緊張を解く。
杉本:はい、ストップ。ゴメン、さっきはちょっと先生風吹かせようとしちゃった。
余裕ではないよ。“原初の英雄達”を相手にしているんだもん。
....そんなに私の顔を睨んだって私の能力の答えは浮かび上がってこないよ。
ハイ、嫌な先輩ムーブはこの辺にして。君が痛い思いをしたところで、お待ちかね、座学のコーナー。
茨:........クソッ。んだよ...いいトコなのに...
トロイN:...いちいち癇に障る....!
<拳を下げないまでも、話を聞く姿勢になる茨とトロイ>
杉本:薄々勘付いてはいると思うけど...
私達支配者には“業力”が宿る。
これは非支配者には不可視であり、BAIXEを存在させるため・BAIXEの能力を発動・維持させるため・そしてその能力への防御に使われる。
茨:ま、業力があるってのはさすがに分かるよ。
オレの体を包んでる黄金色の煙も業力だろ?
杉本:素晴らしい。ハナマルあげちゃう。
トロイ:この業力....、用途はBAIXEの能力の為の燃料だけじゃないでしょ?
隠さないで全部スッと教えてよ。
─業力には“応用”が効く。
コッチはもう見抜いてんの。
茨N:そ、そうだったのか....
杉本:...二人共イヤになるほど鋭いね。
茨N:だ、だまっとこ
ガレオン:...応用、その通りだ。業力には物理法則が適用される。
質量も持たせることが出来る。...適用された物理法則を再び無視するように設定し、挙動を行える。
さっきの和香のように噴射して推進力にする、業力を固めて物体にするといったような用途もな。
補足だが、業力で物体を作り出す事を生成と我々は呼称している。
概念自体は単純だが、単語は頻出だ。作戦会議等では特に多く出てくる。覚えておくといいだろう。
茨N:高校の教員みてえなBAIXEだな...。
杉本:業力の使い方は多岐に渡る。むしろそれを主にして戦う型もいるくらい。
放出してビームみたいにしたり、武器を生成したり、防壁として使ってみたり...。
身体に纏って鎧みたいにする奴もいるし、身体に業力を纏った部位が強化されるのを利用した近接特化型も珍しくないよ。
茨:漫画じゃんか。
杉本:そう、漫画だね。だから対支が作られた。
街中に漫画のキャラ.....そうだね、例えば孫悟空がいてごらんよ。
あっちこっちでかめはめ波が飛び交い、街角では毎日のようにセルゲームが開かれる。
世界は耐えきれずに壊れちゃうよ。
茨:セルゲーム、最近の世代には通じねえからな。
ガレオン:......そう....なのか。
トロイ:ショック受けてる!?
ガレオン:好きなキャラクターはバイオレット大佐だ
茨:レッドリボン軍の!?
杉本:はい私語やめて~。
じゃあ私達は孫悟空に対してどう動くか?
答えは単純。支配者が孫悟空になる前に私達が発見して叩く。
正確には...無印ドラゴンボールの少年期の孫悟空であるうちに対処をする。
ほっぽってZのドラゴンボールの孫悟空に成長しちゃう前にね。
ま、Zの孫悟空になっちゃうのも最近増えてきてるけど....人手不足とはいえ政府が血眼で後進育成してるし、今のとこはギリギリ対応できてるって感じかな。
でも対支にはかなり優秀な探知系の支配者も居るし、全国に秘密裏に配置されたの特殊監視カメラのお陰で日本で騒ぎ起こしたら割と一発で分かるんだけど。
トロイ:...ケンちゃん、聞いた?
秘密裏に配置された特殊監視カメラ、だって。
流石政府直下の秘密組織。
何個法律破ってるのかな?
国民が知ればデモまっしぐらな案件がボロボロ出てくるね。
茨:...業力の基礎知識については分かった。
暗記するさ。
だが金髪の言う事にも一理ある。
国民がこの事実を知れば流石に御しきれない混乱が起きちまうぞ。
杉本:勿論。
国民皆がこの事実を知れば、ね。
トロイ:...成程。
情報統制によってこの事実は公表されていない訳ね。
日本政府も割とやるじゃん。
杉本:そう、国はこの事実を公表していないし、今後もよっぽどのことが無いとしないだろう。
私達のこの組織も国が“国の脅威に為り得る”と断ずれば解体されるだろうね。
あれ、佐野君から聞いてない?
トロイN:あんのメガネ1号......!!!
<場面転換 対支事務室でPCで書類作成をしている佐野>
佐野:ぶぇっくし。
男性職員A:おいおい風邪かー?
佐野:かなー。アハハ。
<場面戻る>
茨:...情報統制ってやり方がうまく行くとは想えねぇ。
良くて時間稼ぎだろ。
ガレオン:そう、時間稼ぎだ。
いずれこの事実もバレるだろうな。
だが対支がいま最も必要としているのは“時間”だ。
未だ多いBAIXEという謎の生態...。
その運用へのノウハウ取得と制御の為の力の育成。
この二つを極めればBAIXEによる混乱などテロ対策程度の重要度に下がるわけだ。
トロイ:人手不足、って言ってたしね。
...で。いい加減教えてよ。
“原初の英雄達”...って、何?
杉本:..............。それは次の実戦をうまく君達が切り抜けられたら教えてあげる。
さて、座学タイム終了。
おたがいのBAIXE能力も発動したことだし....
戦闘再開っか。
茨:クソッ。
緩急つけられてやりにくいぜ....!
トロイ:大丈夫だよ、ケンちゃん!
私がついてるんだし!
ガレオン:...和香。
N:声を落とし、杉本のBAIXE“ガレオン”が口を開く。
杉本:どうした、ガレオン?
ガレオン:....俺と会話しているのを悟られないようにしてくれ。
万が一にも私が今から話すことを奴等に聞かれたくない...。
杉本:....聴こうか。
ガレオン:...私の予想だが...。
彼の腕の鎧は鎧であると同時に“蓋”だ。
杉本:....“蓋”?
ガレオン:彼が1段階目の時には業力は放出され続けていたが、────今は凪いでいる。
杉本:────...!!!
N:杉本の胸をよぎる大きな衝撃。
それは自分の“油断”を自覚した故の衝撃。
気付くべきだったのだ。
“先ほどまであれ程の業力量を放出していた彼からなぜ────
いきなり業力が放出されなくなったのか”。
杉本:てっきり“茨くんの業力の生成量...、それは感情にリンクしているのだろう...!”
“だから座学の中で落ち着いて業力の放出量が少なくなったんだろうな”とばかり思っていた────!!
ガレオン:....俺もそう思っていた。
...だが違う。
であれば、“BAIXEを装備している状態で全く業力が生まれないのは不自然”だ。
,,,というのも、
そんな状態には、全くの無感情でしか為れないからだ。
“感情を抑えて冷静で居る”と“感情が無い”では大きく違う。
どんな熟練者であっても人間である以上はBAIXE能力を発動している間は業力を意図的に完全に遮断する事など出来はしない。
杉本:....という事は...。
ガレオン:仮説は二つ。
“肉体と精神が疑似的な仮死状態になっている”か...
杉本N:“溢れ出るあの無限にも思える馬鹿げた業力”が!
“僅かにも外部に漏れずに内に留められ続けている”....!!
ガレオン:“留められ続けている”は表現としてはやや違う。
正確には…“圧縮され続けている”。
仮に後者なのであれば緊急事態い。
茨稜剱の能力。その1段階目までは“単なるバカ力”として我々でも対処出来る範疇ではあった。
だが...2段階目からではそんな次元では済まない。
如何に俺達の能力といえど...あの業力を“瞬間的な最大火力を重視した形式で振り回されれば”。
タイミングを間違えれば重傷....最悪、死ぬことも視野に入れねばならない。
杉本:ク...ッ...ソ...!
ガレオン:如何する?
ここで戦闘を辞め、座学に切り替えれば安全に済むぞ。
杉本:....。私は.....
<場面転換 対支事務室から出て天井を眺めながら喫煙室でタバコを吸っている佐野。そこに男性職員Aが入ってくる。>
男性職員A:...禁煙失敗、か?
佐野:...最近は忙しくてね。
家で楽器が演奏できてない。
そうなると.....ついね。
男性職員A:依存先は増やせ、とはよく言ったもんだな。
で?どっちに踏んでるんだ?
佐野:踏むって....何が?
男性職員A:新人研修。
どっちが勝つと思う?
“原初の英雄達”の大型新人。
はたまた俺達と同期の“努力の鬼”か。
佐野:...和香をまだその呼び方で呼んでるのか。
男性職員A:おいおい。俺等の後輩は全員そう呼んでるぞ。
勧誘じゃなく正規の筆記と実技で入ってきた超雑草根性ウーマンだってな。
...おーい?もしもーし?遠い目してどうした?
佐野:分かってるだろ?遠くを見てるんだよ。
男性職員A:なんでまた。久々にヤニ入れたからクラクラしてんの?
大学生かよ。
佐野:勿論違うさ。
勝つとか負けるとか、そういう次元で和香はやってないんだよなあ、って思っただけ。
男性職員A:う....。わり、俺杉本さんとはあんまり交流無くて...怒んなよ...
佐野:ああいや、別に責めてるわけじゃない。
僕も割と一緒に居てから教えてもらったんだけどね。
和香は....茨くんとは真逆の動機で動いている。
男性職員A:真逆....?
佐野:和香も両親が殺されて天涯孤独なんだ。
犯人は装備型のBAIXE能力に覚醒したばかりの支配者。
丁度某国公立大学の医学部に合格した日の帰り道。
男性職員A:ちょっと待て。何が真逆なんだよ?
話を聞く限り...茨くんと同じようにそこで支配者による犯罪に怒りを燃やして対支に居るんじゃないのか?
佐野:...。
僕もそう思ったし、そう聞いた。
そうしたら彼女はこう答えたんだ。
“私が怒りを向けるべきなのはこの社会のシステム”
“支配者を憎んで意味のない負の連鎖を歩むくらいなら”
“私が支配者の為の整備に尽力する”
“もう二度と 人間と支配者等と言う くだらない対立の構図を目の当たりにしない為に。”
“支配者に人間が脆いと そして人間に支配者が化け物だと 絶対に誰にも思わせない その理論が基準の社会を作ってみせる。”
...ってね。
男性職員A:.....イヤ...、冗談だろ?
自分の親が殺されてんだぞ?
普通復讐だろ?対支の精神鑑定通ったのかよ。
佐野:精神鑑定?通ったよ?
全くの異常無し。
だからこそ狂ってるな、と思ったよ。
理不尽に晒された人間の正常な反応じゃないとも思ったし、今も思っている。
茨くんの方がまだ健全だ。
奪われた人間が抱くのは絶望か怒りの二種類。
怒りを原動力にBAIXEを生み出すのがまだ人間らしい。
男性職員A:───精神鑑定を欺る技術を持っている....?
佐野:違う違う。そんなんじゃないよ。
“本気でそう思っている”。
彼女はマシーンじゃないからね。
目の前で起きた事象は事象として処理する。
悲しんで、葬式を行い、亡き父母を想って今も涙を流す。
でも、其れは彼女の新しい目標になった。
その精神性の源泉は彼女の家庭にある。
男性職員A:家庭ったって....親が死んで平気に働き始める奴はオカシイって!
家庭でどうこう出来る範疇の心のダメージじゃねえよ!
佐野:.....彼女の両親は父親が裁判官、母親が介護士。
そんな二人の間に生まれた彼女が心の中に持っているのは、“矛と盾”さ。
男性職員A:矛と....盾?
佐野:父親は法律という冷たい物差しで人を計り、一方で母親は老いた人々を力の限り助け続けた。
裁判官が冷酷で介護士が温かい心を持っている、という訳じゃない。
むしろ彼女の父親は幼かった彼女の悪戯を許し、母親はそんな二人を嗜める。
そんな温かい家庭を築いていた。
そして現実と理想、法と人、そのどちらもを孕んだ職務に就く両親から彼女は“生きるという事”について学んだんだよ。
その結果..彼女の心は脆さと鋭さを兼ね備えたんだ。
だからこそ、両親が例え理不尽に殺されてしまっても...怒りにも絶望にも支配されなかった。
自分を壊してしまいそうな悲しみにも向き合い、分析をした。
男性職員A:....知らなかったな。
佐野:和香はこれをわざわざ言わないからね。
別に隠しているわけではないと言っていたから話すけど。
男性職員A:....。
佐野:茨くんの動機が“怒り”であるのなら...。
彼女の動機は、“お節介”。
男性職員A:....へ?
佐野:お節介だよ、お節介。
イヤ僕じゃないよ、彼女がそう言ってるんだよ?
男性職員A:“支配者に人間が脆いと そして人間に支配者が化け物だと 絶対に思わせない そう人々が思える社会を作ってみせる”....。
佐野:ね?お節介だろ?笑っちゃうくらい優しくて、不器用で...人が好きだって隠せない彼女のお節介。
“誰かの為に”なんて言わずに、実直に、本気で彼女のお節介をやるつもりなのさ。偽善と言われようと、どんな狭き門が自分を待ち受けたとしても。
自分のお節介は両親の遺してくれた形のない形見と...それは愛おしそうに言うんだ。
そんなお節介は、勝ち負けの判断を必要としない。
男性職員A:....じゃあ、杉本さんは茨くんとは...
佐野:戦うよ。戦う。立ちはだかるさ。
そういう事じゃない。
不殺とか、不戦主義とか、そういう事じゃないんだよ。
努力しかなかった自分に、茨くんの才能を突き付けられても。
茨くんの攻撃が自分の命に届く牙であると気付いても。
彼女は何かを教えるだろう。
だから推薦した。
そういう性分と、それを可能にするだけの能力が和香にはあるんだ。
....理想と、理想を理想で終わらせない為の道を描き、ひたすらに歩む。
僕から言わせれば、和香は“努力”等と言う言葉に収められる女性では無い。
...さ、仕事に戻ろう。
茨くんの第一研修が終わるまでは本部待機なんだ。
久しぶりの退屈な仕事だよ、全く。
<場面戻る>
杉本:私は。
これから大人として“彼に支配者と戦え”と...。“傷は治してあげるからさ” “頑張れ”と。
残酷な命令を課す立場になるんだ。
笑えるだろ?
“努力の鬼”と呼ばれた私は若く、無限を秘めた後輩を送り出すハンコ押し。
そんな私を前にして彼は言ったんだよ。
<回想開始>
茨:.....カナには、オレが死んだことにしておいてくれ。
<回想終了>
杉本:なのに!!!ここで私が“痛い思いをしたくないので、お勉強に切り替えましょう。茨君を舐めてまちた☆”なんて...
<場面転換 喫煙室に居る佐野>
佐野:挑まれればきっと...立ち向かうよ。和香は。
そういう人間だから。
<場面戻る>
杉本:言える訳、無いだろう!!!
ガレオン:....フ.....。
ガレオンN:身内にはやや甘い傾向が和香には有る。
俺なりに発破をかけたつもりだったが....
要らない心配だったな。
茨:....?
何か分かんねぇが...
トロイ:アイツら…。顔つきが変わったね。
.....いくよ、ケンちゃん。
茨N:顔つきだけじゃ...ねェ...!
トロイN:業力の質が変わった!
業力の密度が数倍...いや、10倍は厚くなっている!
....来る..!
茨:フー....あのさ。
指図すんな。
トロイ:んふふっ..♡
反抗期みたいでカワイイ...♡
茨:いくぜ。
トロイ:うん。
茨:────“収束”!!!!
N:光が閃る。
ルビ多すぎて4ぬ