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お読みいただき誠にありがとうございます〜!




 王宮に向かう馬車の中では、リンがわたくしをずっと気にかけてくれた。

「お嬢様、素敵ですよ。その空色のドレス、今までお召しにならなかったお色でしたけれど、本当にお似合いです。」

「ありがとう」

「お化粧の印象も柔らかな感じにして正解でしたね、いつものキリっとした雰囲気も素敵ですけど、御髪もゆるく巻いたので、お顔立ちがまた違った感じで映えますねえ。ね、旦那様」

「うむ。ケイティ、私は入場してから少ししたら席を外さなければならないが、おおむね挨拶が終わったら、すぐ帰っても構わんからな」

 急に話を振られた父も、わたくしの気持ちを慮ってか優しいまなざしをこちらへ向けてくれる。エスコート役の婚約者にすっぽかされたことで、頼りになる侍女と父にものすごく気を遣われているのがひしひしと感じられ、ありがたいながらも少し居心地が悪い。

「はい、ありがとうございます……あ、こんな手前から、ずいぶん馬車が続いていますわね」

 逃げるように外をながめたわたくしは、道につまった馬車のなかに知り合いの姿を探すふりをした。


 王宮に足を踏み入れてすぐ、金色を基調にした煌びやかな内装が色ガラス越しの灯りで照らされ、思わず目をこすりたくなった。季節を忘れそうなほど華やかな花が絢爛に飾り付けられた通路を歩き、父の腕に手を添えてパーティホールのドアの前で待機する。

『――嬢……ダルク・キッカー前内務大臣殿、ケイティ・キッカー嬢……』

 息を吸って胸を張り、父と並んでそのままホールに進むと、ホール中の視線を浴びた気がした。通路の数十倍は豪華な内装に囲まれ荘厳な音楽が演奏される中、名前のわかる方と視線が合うたびに軽く会釈をし、ホールの中心でこちらを待ち構えている男女の方へとまっすぐ向かった。

 ざわめきが少し落ち着いたのが肌でわかる。野次馬ではない風を装いながらも招待客がわたくしたちのやりとりに耳をそばだてていることも。

「久しいな、ケイティ嬢。ダルク殿、忙しい公務の合間にありがとう」

 変わらず麗しい笑みを浮かべたショーン殿下へ会釈をした父の視線を受けて、わたくしは一歩前に出てドレスの両裾を持ち上げた。

「ショーン殿下、パトリシア様、本日はお招きいただきありがとうございます。」

「今夜は……」

 殿下が何かを言いかけたタイミングで、華やかなグリーンのドレスに身を包んだパトリシア様が、こちらに笑いかけた。

「ケイティ様! 先日のお茶会以来ですね、殿下、私たちとても仲良しでございますの」

「はい、パトリシア様にはいつも温かくお迎えいただいております」

「……トリシェ」

「あ、ごめんなさい」

 自分のペースを乱されたことに一瞬だけ動きを止めたショーン殿下は、自分の腕に回されたパトリシア様の手にそっと触れてから、改めてわたくしの方へと微笑みかけた。自分が彼の婚約者だったころは、今の一瞬の間に浮かんだいらだちがその日中、憂鬱の種だった気がする。

 わたくしと違って、にこにことしているパトリシア様はうまく流しているのだろう。様子を窺っていると、殿下はもったいぶったような間を置いてから口を開いた。

「……弟がすまなかったな。楽しんでいってくれ」

「ありがとうございます」

 演技がかって見えるほど丁寧な仕草で差し出されたシャンパングラスを受け取り、ほっとしたわたくしは、急いでその場を後にする。背中に感じる視線が多すぎて、追い立てられているような気になった。



「ほら、あのご令嬢が……」

「お一人なのか? 第二王子殿下はまさかこんな時に婚約者を放って……」

「こうも差がつくと哀れにも……」

 領地経営のため現在は王宮での仕事を退いたとはいえ、四年前までは陛下を近くで支える立場であった父がエスコートしてくれたことと、ショーン殿下とパトリシア様と友好的に言葉を交わせたことが良かったのか、あるいはただ人が多くて気づかなかっただけかもしれないが、心配していたよりもわたくしを揶揄する声は耳に入ってこなかった。わたくしが参加したことで言いづらいのもあるだろうし、その分ロビン殿下が非難されるような言葉の方が気になってしまった。



「ケイティ様、ご一緒いたしませんか?」

「……! ありがとうございます……!」

 仕事に向かう父と別れて一人になり、早速心細くなったところ、ナチュ様が手招きしてくれた。同席したご令嬢にも優しく受け入れていただけたので、ありがたく輪に加えてもらう。

「こちらケイティ・キッカー様よ。ユリイは私のいとこですの」

「ユリイ・ニーバーと申します。初めまして! お名前でお呼びしてもよろしくて?」

「もちろんですわ。わたくしもユリイ様とお呼びさせてくださいな」

「はいどうぞ! ねえナチュ、あなたの言っていた通り、噂で聞くよりずっと感じの良い方ですわね!」

「ユリイ」

「ふふ、印象が悪くなくて良かったですわ」

 わたくしが悪目立ちしている令嬢だとすぐ気づかれたものの、却って接しやすく感じてもらえたらしい。ユリイ様はナチュ様と似たまん丸の瞳をさらに大きくひらいて感情を豊かにうつし、こちらへ親しみを込めたまなざしを浮かべた。

「ケイティ様、ドレスとってもお似合いですわね! それにもしかしてそれ、リクラの鱗石じゃありません?」

「ありがとうございます、今まで身に着けたことのない色で心配だったのですけど……この石のことご存じでっ!?」

 ありがたく受け取った誉め言葉を取り落とす勢いで、わたくしがユリイ様に飛びつくと、彼女は驚いた様子を見せつつうなずいた。

 ユリイ様のお兄様は国庫の財務管理の仕事に携わっており、魔物討伐によりもたらされる素材も収入源として記録する必要があるため、そういった知識があるのだという。

「兄から話に聞いたことがあるくらいですの。ペリドットに似ているけど光に当たると鱗模様の影が見えるって……わあ、本当に綺麗ですわ!」

 ナチュ様とユリイ様に興味深げにネックレスを眺められつつ、わたくしは二人のつむじに問いかける。

「あのう。ど、どうやって保存するとこうなるかご存じですか? 知らなくて……」

「聞いた話では、採取してすぐ心臓に貼り付けるとか」

「心臓!?」

 ナチュ様と一緒になって思わず声を上げてしまったのを抑えつつ、わたくしはユリイ様に先をうながす。周りの視線が集まっている気もするが、今はそれどころではない。


「もちろん心臓に直接ではありませんわ。もともと鱗石はドラゴンの心臓の上にあるんですって。だから人の身体のそれに近しい場所……胸のあたりに二年程度貼り付けると、やわらかい状態から次第に強度のある結晶となるんだそうです。そのネックレスの石のように」

「そうなんですか!! あっ……ぶしつけに大変失礼いたしました……ありがとうございます……」

「いえ! そんなに喜んでいただけて嬉しいですわ! うふふふ……」

 わたくしは興奮を隠しきれずに身を乗り出していたのに途中で気づき、恥ずかしくなって身を小さくした。ユリイ様の楽しそうな視線にいたたまれなくなってうつむくと、ナチュ様が代わりに彼女との話を進めてくれた。

「二年だなんて、ずいぶん時間がかかるんですのね。」

「ええ、そのドラゴンを討伐した人しか得られないし作れないものだから、なかなか出回らないし、とっても価値があるんですって。……愛されていらっしゃるのね、ケイティ様」

「……そうだと、嬉しいです……」

 結局しっかり言葉に出されてしまい、熱くなった頬に手をやると、ほのぼのとした雰囲気で二人がこちらに笑いかけた。

「ふふ……私も次はケイティ様みたいなデザインにしてもらおうかしら。ほら、殿方がまたこちらを見てるわ。ダンスのお誘いではなくて?」

「……ユリイ様の方を見ていらっしゃるのでは……あ、失礼。」

 キュルカ様を見かけたわたくしが軽く手を振ると、近くの給仕に隠れていたマクレガー様も一緒にこちらへやってきた。途中ですれ違った男性に優雅なお辞儀をしていたキュルカ様は、わたくしに笑いかけた。

「ケイティ様と踊りたいですって。マクレガー様がお受けしてさしあげたらよかったのに」

「コルセットを締めすぎて、歩くのもおぼつかないですわ~」

 人数が増えたことで話題が変わり、わたくしは内心ほっとする。



 キュルカ様がたまに声をかけてくる男性をさばいてくれたので、今まで参加してきた夜会に比べて、ずいぶん和やかに年近いご令嬢たちと交流を深めることができてうれしい。ショーン殿下の婚約者という立場だと、どうしても家柄やら上下関係を気にして、お話できない方も多かったし……。と考えたときに向かい側のご令嬢が顔をこわばらせた。

「?」

 間をあけずに、キュルカ様とマクレガー様がこちらを見ながらわずかに首を振ったのに嫌な予感がした。


「ご歓談中すまない。ケイティ嬢、少しいいかな」

 わたくしが恐る恐る振り向くと、麗しい笑みを浮かべたショーン殿下が立っていた。








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