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 客観的に見てもご本人としてもよいお立場になられたはずのパトリシア様は、立場が入れ替わってからまもなく一年経つというのに、熱心にわたくしをお茶会にお招きくださる。その割には会話をしたいわけではなさそうで、ただ末席にいるわたくしが他の方々に嘲られたり笑われたりしているのを満足そうに眺めているだけだ。

 それだけのために、あまりにも熱心にお声かけくださるものだから、自意識のために時折趣味の悪いところが出るショーン殿下のご意思が入っているのかと勘繰ったこともあるけれど、さすがにショーン殿下も自分が身を置ける場でもない女性の世界に、そこまで興味がないだろうと思い直した。

 そもそも、めでたく王妃殿下候補となられたパトリシア様もそこまで暇ではないと思うのだが、彼女は色々な優先順位を脇に置いてでも、わたくしをつつくのがやめられないご様子だ。


「キッカー様、ごきげんよう。この間のお菓子召し上がりまして?」

「ごきげんよう。あの後早速取り寄せていただきましたわ、本当に美味しかったです」

「よかったですわ! またお話しましょうね……」

「はい、ぜひ」

 そんなお茶会の場でも、大体同じ招待客と毎度同じ噂話をするのにも飽きてきたらしい方々や、招待客の候補が少なくなった頃合いに声がかかるような、パトリシア様との縁がそこまで深くない招待客に話しかけられることが増えてきた。

 敵意さえ向けられなければ、交友関係を広げられるのは自分にとって嬉しいことだった。少しでも顔を広くして、ロビン殿下に頂いたリクラドラゴンの鱗石のことを知れる機会を増やしたいという下心も大いに働いてはいたものの。


「――そろそろ失礼いたしますわね、ケイティ様。今度ぜひ、わたしの家のお茶会にもお越しくださると嬉しいわ。さきほどの刺繍の本、見にいらしてくださいな」

「ごきげんようナチュ様。楽しみにしていますわ……」

 ナチュ・フィッツ様が腰を上げるのを、わたくしは名残惜しい気持ちで見送る。彼女はパトリシア様のおじい様のご友人の遠いご親戚、という主催者となんとも距離感の難しそうなご令嬢で、初めてお会いした日、嫌味なことを言うご令嬢が席を外すまでわたくしの側でさりげなく話題の転換をしてくださった。“ランズマン様よりあなたの方がずーっと話しかけやすかったの”と笑った彼女はご家族が軍部に所属しているとのことで、もしかしたらロビン殿下への印象も、悪くないのかもしれない。


「……なんだか、以前よりずいぶん御痩せになりまして?」

「えっ」

 眉をハの字にして、ちらっと八重歯の覗く柔らかい笑みがかわいらしいナチュ様を見送った後、向かいの席についたキュルカ様にそう言われて、わたくしは瞬きを返した。

「パトリシア様とかパトリシア様の近くの誰かに嫌がらせでもされているのですかぁ?」

「いえいえ! とんでもございません!!」

 隣の席についたマクレガー様にそう言われて、わたくしは慌てて首を振った。いくら離れた場所にいるといっても、当人のお耳に入れるわけにはいかない。

 自分なりの楽しみも見出し始めたわたくしを、友人たちは心配そうにみやる。

「……近頃お会いするたびに、人脈が広がっているご様子なのは喜ばしいと思うけど」

「嫌がらせをされているのだとしたら、すぐ手を打ちますからね~! まあ、このお茶会自体嫌がらせなんですけどぉ。……打ちます?」

「お気遣いはうれしいですが、間に合っていますわ」

 マクレガー様が可愛らしい顔で提案される恐ろしい話を、わたくしがやんわり断ったところで、キュルカ様は何でもないような顔で口をはさんだ。

「そういえば、今度の夜会には間に合いそうでよかったわね、ロビン殿下」

 咳き込んだわたくしの背中を軽くさすりながら、マクレガー様はキュルカ様に首を振った。

「キュルカ様、核心に触れる前にもう少し泳がせてさしあげないと~!」

「あらいけない、きっとロビン殿下の何かが気がかりでほっそりしていらっしゃるのだと思ったらつい」

 咳き込みながら友人に言われたことを思い返せば、数日後に開かれるショーン殿下主催の夜会で久しぶりにロビン殿下とお会いできることが判明してから、わたくしは食事があまり喉を通らないでいた。


 討伐隊のことは、もちろん誰にも話していない。マルクさんやエドさんはロビン殿下に婚約者があちこちを嗅ぎまわっているとは伝えずにいてくれているらしいが、わたくしは今度お会いしたとき、思い切って自分から真実を尋ねようと決めていた。

 はぐらかれるかもしれないし、嫌われてしまうかもしれない。でもこのまま知らない顔をしてお側にはいられない。

「……」

「やっぱりなにか心配ごとでも?」

「ええ、その、……夜会用にと、ロビン殿下にいただいたドレスが自分に似合うかが……」

「んまあぁ……!」

「ケイティ様……」

 表向きの本音を口にしてから、出せない本音を飲み込むように唇を噛んだわたくしに、友人たちはなにやら感じ入ったような表情を浮かべていた。

「私……応援しますわぁ」

「ケイティ様がそこまでロビン殿下へ心を寄せていらっしゃるなんて。第一王子殿下のお話なんてあてにならないわね」

 どこか満足げなキュルカ様の一言に、わたくしはひとまず相槌をうつ。

「ショーン殿下がなにか?」

「ケイティ様がまだご自分に未練があるだとかなんとか、ことあるごとに口にされているらしいですわよ」

「ぅありえないですわ!!」

「……あらあらぁ、ここは現婚約者様主催のお茶会の場ですわよぉ」

 集中した周囲の視線をごまかすように、テーブルの一同は揃って咳ばらいをしたあと、カップに口をつけた。つい声を荒げたとき、中身の大半がソーサーにこぼれてしまっていたカップを給仕の方に手渡したわたくしに、笑いをこらえながらキュルカ様がつぶやいた。

「……夜会の時、ロビン殿下だけじゃなくて、元婚約者様にもお会いするでしょう。一応、気をつけてね。」

「ありがとう……パトリシア様がしつこい理由もわかりましたわ」

「全く面倒くさいですわねぇ。偉くなればなるほどお暇になられるのかしら~」

 わたくしたちのやり取りに、マクレガー様はパトリシア様に負けないあどけない笑みを浮かべて、ひときわ大きなクッキーをお皿の上で真っ二つにしてから口に運んだ。





 家の中で一番大きな姿見を前に、いろんな角度から自分を眺めてわたくしは顔をしかめた。

「やっぱり、髪をあげたほうが良いかしら……」

「上げられるならイヤリングをもう少し大きくしたほうが良いと思いますよ」

「そうしたら首元が寂しく見えない?」

 あらわになった肩先を隠すように、一旦ストールをかけてくれたリンは、鏡に向かって楽しそうに微笑みながら根気強くつきあってくれた。

「ネックレスを変えますか? こちらとか」

「……このままがいいわ」

「じゃあやっぱり髪は下ろしましょう。大丈夫です、とてもお似合いですから!」

「ありがとう……」

「明日も早いです。もうお休みになられては」

「そうね……」

 侍女たちに明日また身に着ける夜会用のドレスを脱がしてもらいながら、未だ鏡越しにネックレスを見つめて不安になっているわたくしは、ノックの音に顔をあげる。

「お手紙かしら」

「今日は遅かったですねえ」

 セネスを扉の前で迎えると、彼女は眉を下げた。

「従者の方が、お言伝をお持ちになりました」

「え?」



 急いで応接間に向かうと、父が先に待っていた。わたくしの顔を見るなり頭を下げたのは、王族用の別荘やマルクさんのレストランでお会いしたことのある、ロビン殿下の従者の方だった。

「夜分に申し訳ございません」

「いえ、わざわざお越しいただきありがとうございます。あの……?」

「ロビン殿下が明日の夜会は出席できないそうなんだ」

「えっ?」

 思わず父に聞き返そうとすると、殿下の従者がこちらへ頭を下げたまま口を開く。

「……誠に申し訳ございません、少々予定が狂ったようで。出先から急いでこちらに向かっていると聞いておりますが、いつ戻るか確実ではありません。日を改め、必ず直接お詫びに参ります」

「そういうわけだから、明日は私がお前をエスコートする。いいね」

「はい……」

 従者の方の言葉を受けて淡々と引き継いだ父に、呆然としたまま頷き返したわたくしは、そのまま彼を見送る流れになった空気に気づき慌てて声をあげた。

「あ、あのっ! ひとつ、お願いできまして?」

「は、はい! 何なりと……!」

「戻られたら、できるだけ早くお知らせいただけませんか。……もし殿下が、わたくしには知らせないように仰られたとしても」

 わたくしの言葉を最後まで聞いた従者は唇を噛み、ゆっくりうなずいてから再び頭を下げた。




(贈っていただいたドレス姿を見ていただけないのは残念だけど……何かあったのかしら)

 玄関前でロビン殿下の従者が乗り込んだ馬車を見送りながら、物思いにふけっていたわたくしに声をかけた父は、途中で口をつぐんだ。

「ケイティ」

「はい」

「お前がもし望むなら……なんでもない。早く休むように」

「? ……はい、おやすみなさいませ。明日はよろしくお願いいたします。」

「ああ」


 残念な気持ちと共にこみあげる不安が胸を渦巻いたまま部屋に戻ると、リンがベッドを整えてくれていた。

「お嬢様、ネックレスを」

「あ……つけたままだったわね」

 ネックレスを外してもらおうとベッドの上で姿勢を変えて、うつむきかけたところでやめる。

「お嬢様?」

「ごめんなさい。……今日はつけたままでいたいの」

 急に押し寄せたさみしさを抱いたまま毛布をかぶり、わたくしは無意識に握りしめたままだったペリドット色の石の滑らかな表面を指先でなでながら目をつむる。ロビン殿下からのお手紙を受け取らずに眠るのは、最初に受け取って以来初めてのことだった。




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