表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/32

誤字報告誠にありがとうございますm(uu)m!!とても助かります〜!!





 マルクさんのレストランで食事をご一緒した翌々日、ロビン殿下は他の討伐隊の方と魔物討伐に出発された。

 殿下からのお手紙を心待ちにしながら、わたくしはただ待っているのはやめることにした。


「紋章を調べたい?」

「今読んでいる物語に国内外含め、実在の貴族がモデルになっている部分があるようなのです。挿絵の紋章がヒントになっているようなので気になっていて……一覧のようなものは存在するのか、ご存じでしょうか?」

 ショーン殿下の婚約者であったときから長年お世話になっている語学の先生が、左右対称にカールしている赤茶の口髭の右端を指先でつまみながら首をかしげたので、わたくしは考えてきた嘘をつきとおす。

「おそらく王宮の図書室にはそういった資料はございましょう。グレゴリー卿にはお尋ねに?」

「趣味のことに仕事中の兄を巻き込むのが忍びなくて……その、お恥ずかしながら、今のわたくし自身は王宮に足を運びにくいのもございます」

 こちらの状況を憐れに思っていてくださるらしい先生は、ふさふさとした赤茶の眉に隠れた目元を少しやわらげてうなずいた。

「ふむ、そういうことでしたら、伝令所や……御者に尋ねるのもいいかもしれませんね。紋章を頼りに移動することもあるでしょうから」

「……! 先生に相談させていただいて本当によかったですわ……!」

「ケイティ嬢のお役に立てたならうれしいですな」

 わたくしはダンスの先生とマナーの先生にも同じように伺って得た知恵を以て、街で口が堅いと評判の乗合馬車の御者と、伝令所を訪ねることに決めた。


「お嬢様ご自身が出られなくても……私とかセネスとか、他のメイドに頼んでもいいのではありませんか」

 セネスにわざと目が隠れるように髪を整えてもらいながら、街に溶け込むワンピースを選んでくれたリンに鏡越しに言い訳をする。

「わたくしと違ってみんな仕事があるでしょう。それに、関わる人が少ない方が秘密にできることが多いと思うわ」

「それはそうですが、……お嬢様になにかあったらと思うと……」

 表情がどんどん険しくなっていく侍女に、わたくしは出来るだけ明るい声を出して許しを得ることにした。

「ヴァンがいてくれるから大丈夫よ。教えていただいた馬車乗り場と、伝令所の近くには自警団の詰め所もあるらしいし、いざとなったら駆け込むわ」

「だとしても! 油断しちゃだめですよ!」

「はい、リン」

「よい返事です」


 両親には“友人に見せてもらった花飾りがとても素敵だったので、どうしても自分のものが欲しくてお店を教えてもらった”と話してある。これは嘘ではないし、前もってお店の場所も確認してある。しかしわたくしの本来の目的は、一つしかない手がかりから魔物討伐についての秘密を探ることだった。

「……一体どちらの紋章なのかしら……」

 マルクさんのレストランでお会いした討伐隊の方のうち、何人かが防具を身に着けていた。その隅には盾の上に二重の四角形が収まった図を背景に、羊の頭部の絵が描かれた、見たことのない紋章が焼き印でもって刻まれていたのだ。

 家庭教師の先生方には逆のことを話したものの、わたくしは既に王宮勤めの兄の手を多少なりとも煩わせたあとだった。理由についてはごまかしながら、それでも、今できる限りを尽くして取り寄せた国内外の貴族の家について書かれた本や資料には、似ている絵柄すら見つけられなかった。それなら、足で稼ぐしかない。

「知り合いやお友達の家の紋章の成り立ちについて知れたのは楽しかったから、無駄ではなかったわ……地道に取り組んでいれば、何かしらきっと得られるはず」

 自分に言い聞かせるようにつぶやいてから、記憶を頼りに小さい紙に描き起こした紋章を眺め、わたくしは気合を入れ直した。




「お兄様、クラリスさまがおっしゃっていたお店、こちらだと思うわ!」

「こら、急に走っちゃ危ない」

「だって! 早くしないと売り切れちゃうと聞いているわ」

 ヴァンを兄に仕立てて街を散策する平民の娘を装いながら、わたくしはまずラバラを彫った銀の花飾りを売っているお店に飛び込み、早々に店を出たあと目の前にある伝令所へと足を運んだ。

 初めて訪ねた伝令所は、王宮と同じく白い外壁で、扉を開けるとすぐ大人の男性の腰ぐらいの高さの受付台があり、奥は広々としていた。建物の端に均等に並べられた椅子に座り、離れた場所に住む方へ送る手紙を握りしめ順番を待っているのは街の人だけでなく、わたくしのように身分を隠した貴族の人もいるようだった。

(もしかして、ロビン殿下もこうして自ら、わたくしあての手紙を持ち込んでくださったこともあるのかしら……)

 重い前髪の隙間から辺りを窺いつつ物思いにふけっている間に、わたくしの順番がやってきた。

「こんにちは。チェリカ・ニューレと申します」

「こんにちは。少々お待ちくださいね」

 リンの遠いご親戚のお名前と自分の祖母の旧姓を名乗り、わたくしと年近そうな伝令所の受付の女性に頭を下げると、母より少し年上くらいの、頬がバラ色でふっくらした女性に替わった。

「お話はお伺いしています。紋章についてお知りになりたいとか。」

「どうもすみません、お忙しいところに……」

 前もって紋章について詳しい方に、とお願いしていたわたくしは、いそいそと鞄からメモを取り出すと、女性はそれが周囲の目にさらされないよう、さっと受け取った。わたくしは緊張しながら相手の反応を待つ。間を置かず、彼女は口を開いた。

「……これは少なくとも、この国のご貴族様の紋章ではないと思います」

「え」

「もし盾の縁に燕の羽根の飾りがあったとして……ううん、それでも全然違うわね。お役に立てず申し訳ございません。」

「い、いえ! お時間いただいてありがとうございました。」

 申し訳なさそうな女性に頭を下げ、逃げるようにして伝令所を出ると、外で控えていたヴァンがすぐにわたくしの隣にならんだ。

「探し物は見つかったか?」

「……もう少しかかりそう」


 肩を落としたまま伝令所からやや離れた位置にある馬車乗り場へ歩いている最中、大きな馬車が向かい側から勢いよく走っていった。すれ違いに舞い上がった土埃で少し咳き込むと、ヴァンがハンカチを貸してくれた。

「チェリカ、大丈夫か」

「ええ、ありがとう……こんなに狭い道をあんな速さで……」

 文句を言いつつ振り向くと、馬車を隠すような位置で立っていたヴァンに、わたくしは首をかしげる。そしてすぐその理由がわかった。見覚えのある薄ピンク色の馬車だったからだ。

「パトリシア様……」

 そこで自分が歩いてたのがちょうど、反対側へまっすぐ進めば王宮に続く道だと気づいたわたくしは、パトリシア様はショーン殿下と睦まじくいらっしゃるのだろうか、と一瞬考えてから首を振る。ショーン殿下の婚約者に戻りたい気持ちは少しもない。それでも少しうらやましいのは、わたくしと違ってパトリシア様は王宮に行けば大抵は婚約者にお会いできるからだ。

「……行きましょ、お兄様」

 王宮とは真逆の方向に歩みを進めながら、わたくしはこの一歩一歩がわずかでもロビン殿下に近づく道のりなのだと自分に言い聞かせて、次の目的地へ向かった。



 街のはずれにある乗合馬車は、街中を循環するものと、隣街まで行くものがあるらしい。

 ちょうど馬車が出たタイミングだったためか、乗合馬車の待合には誰もいなかった。わたくしは人目が少ないことにほっとしながら、二頭の大きな馬が水を飲んでいる厩舎横の小さい建物の中で話している御者へ声をかけた。

「ごめんください……ちょっとお尋ねしたいのですが」

「ん? お嬢さんすまないね、ちょうど馬車が出たところでね。個人用の馬車ならあるけど、ちょっと高いよ。」

 建物から気のよさそうなおじさまがすぐに顔を出してくれたので、わたくしは話を進めることにした。

「いえ、本日は馬車に乗る用事はございませんの……この紋章を背負うお方のお屋敷を探しておりまして」

 鞄から取り出したメモを手渡すと、内容を確認した相手は目を丸くし、笑った。

「お嬢さん、これはお貴族様の紋章じゃないよ」

「えっ!?」




「ご令嬢が見て楽しいものはないと思いますが……」

 渋った様子を見せたのは、東の街はずれにある金物屋の店員だった。御者のおじさまが言っていた通り、マルクさんのレストランに集った討伐隊の、数人の方が身に着けていた防具の印と同じ模様がこの金物屋の看板にあった。それだけを理由にして訪ねたわたくしは、店内で大鍋や包丁と一緒に並んでいる防具を見つけて口をひらいた。

「この防具は、どれぐらいの頻度で入荷されますの」

「えっ? ……あー、これは依頼されて特別にこしらえてるものでして、他に売ってはいないんですよ」

 首の後ろに手をやりながら定型らしい返事をした店員へ、頬に手をあてて困った表情を浮かべてみせれば、相手はすぐ目の色を変えた。

「そう……。人づてにとても作りがいいと聞いたから、今度国境の領地向けに100着ほど注文しようかと思っていたのだけど。どうにか依頼主の方へ許可をいただくことはできないかしら?」

「ひゃく……ちょっと店主に聞いてきます」

 頷き返したわたくしは手近の耕具を眺めるふりをしながら、耳をすませる。

「お待たせしてすみません、……材料の関係で、やっぱりちょっと難しいみたいで……他の形ならできるらしいんですけど」

「ありがとう。一度父に相談してみますわね」

 そして、間を置かずに戻ってきた店員に挨拶をしてから店を出た。

 金物屋の前で待機していた馬車に乗り込み、わたくしは御者席のヴァンに次の目的地を告げた。金物屋の店員へ店主が口にしていた単語を、聞こえた通りに。

「イップ牧場へお願い」



 イップ牧場は、王宮の反対側にある道を馬車乗り場から、さらに半日ほど南東に進んだ先にあった。次第にすれ違う馬車や人、建物が少なくなり、畑や小さな林が点々とするだけの道のりを、傾いできた陽でオレンジ色に染まり始めた牛や羊がいる広い牧場の柵を横目に進んでいくと、古いタストロの木が密生している林があった。馬車を停めてヴァンを伴い、薄暗く細い道をさらに進むと、マルクさんのレストランのような、白い屋根の丸太小屋を見つけた。

「ごめんください」

 何度か扉を叩いても返事はなく、ため息をついて空を見上げると、タストロの木の上から真っ白なリスが下りてきた。

「あら……」

 リスが迷いなくわたくしの開いた両手の中におさまると、目の前の小屋の扉が開いた。

「ほらお嬢さん、中におはいんなさい。リスはそのまんま、そのへんにうっちゃっていいよ」

「は、はい」

「あんたは外で待ってな。鼻をかじられてもリスに手をだすんじゃないよ」


 白いリスが頭に乗った状態のヴァンを外に残し、腰が曲がった小柄のおばあさんがわたくしを迎え入れてくれた小屋の中は、牧場近くを通った時の比じゃないくらい生臭いにおいがこもっていた。その原因は、壁につるされていたり床に敷かれた紙の上に積まれたりしている動物の肉や、皮だろう。暖炉に近づくにつれ胸が悪くなる臭いが強くなる。眉間にしわが寄りそうなのを必死でこらえつつ、わたくしは腰がまがっているために視線の合わない黒いエプロン姿のおばあさんの方へ顔を向けた。

「さあて。お嬢さんみたいな人が、どうしてこんなところにやってきたんだろうね。当ててやろうか。魔物に関することだ」

「!」

「どうしてわかったか教えてやろうか。この小屋に入れるのは魔物を素材にしたもんを身に着けてる人間だけだからさ。あんたは知らなかったみたいだけどねぇ」

 思わず胸元のネックレスに手をやったタイミングで、下を向いているおばあさんは笑い声をあげた。

「悪いもんじゃないよ。悪いもんどころか、世界中を探したってそれよりいいお守りはないだろうさ。」


 元討伐隊の息子さんと一緒に魔物の解体を生業にしているというおばあさんは、先にわたくしが訪ねた金物屋へ防具の材料となる魔物の素材を卸しているのだという。そして、素材の元となる解体前の魔物は、ロビン殿下含む討伐隊の面々がこの小屋まで運んでくる。と、こちらが尋ねようとすることを次々話したおばあさんは、手渡されたカップのお茶に口をつけたわたくしの表情が曇るのが見えたようなタイミングで笑った。

「そんな不安にならないでも、お嬢さんの大事な人は大丈夫だよ。討伐隊にいるのは王宮勤めの騎士なんか到底追い付かないくらい腕が立つ奴らなんだから」

「……でも……いくら、重要な仕事だと聞いていても、魔物を相手にするなんて……」

 カマをかけながら、わたくしは緊張のあまり喉がカラカラになっていたが、おばあさんは手近に積まれた色とりどりの魔物の皮を手でぴしゃりと叩いて楽し気に続けた。

「そりゃあ討伐隊は、この国の国土がしょっちゅう魔物に脅かされているって国民に知られないように、ひっそり戦い続けなきゃなんない日陰の仕事をしてる。知らない奴らに不名誉なことを言われたりもするさ。でもね、気づかれないことが彼らの自慢でもあるのさ。それだけ見事な仕事をできてるってことだからね。……ああどうしたんだい、あんたにできるのは泣く事じゃないよ。誇ってやらなきゃ。そんだけ大層な贈り物をされてさ、辞めるまで家族にも知られちゃいけないくらいの秘密を聞かせてもらったんだろう。それならお嬢さんが誰よりも、誇ってやらなきゃ……」

 おばあさんは、嘘つきなわたくしの頬をあたたかい手でぬぐってくれた。



 丸太小屋から出てきたわたくしの目が赤くはれているのに気づいたヴァンが、慌てた様子で手のりリスを近くへ放ったのを鼻で笑ったおばあさんは、しっし、と手を払うような仕草をした。

「急にお邪魔して申し訳ございませんでした」

「今度来るときは、マルクんとこの料理でも持ってくるんだね」

「……お願いしてみます」

 罪悪感と達成感でうずまく心をそのままに、わたくしはおばあさんに頭を下げてその場をあとにした。



 かなり長居をした気がしていたのに、外の様子は陽が落ちる前の状態で踏みとどまっていた。馬車から紺色が濃くなってきた夕焼け空を眺めながら、わたくしは今日の成果について思いをはせた。

「お嬢様……大丈夫ですか?」

「ええ。ヴァン、今日はつきあってくれて本当にありがとう。家に帰ります。それから明日のことなんですが……」

「はい」

「つい最近ロビン殿下に教えていただいた、街はずれのレストランについてきてくださる?」

「喜んで!」

 御者席から、ヴァンの今日一番元気な声をきいて、わたくしは思わず笑ってしまった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ