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 結局、わたくしがロビン殿下と直接お話をできることになったのは、婚約をしたあと三か月丸々開けてからだった。いつものように魔物辞典を片手に気軽に受け取ったお手紙の束の中の一文で、王族専用の別荘にお招きいただいてから今日まで、わたくしは傍から見てもそわそわし続けていたと思う。

「リン、あなたから見て気になるところはないかしら」

「ばっちりです! そのブローチがロビン殿下からの贈り物でなくて自前だっていうことが惜しい位です」

「なあにそれ」

 おばあさまから譲っていただいたブローチは、ロビン殿下の瞳の色に似たペリドットが金の装飾で彩られており、我ながら淡い黄色のシンプルなドレスによく映えていると思う。活発な印象のロビン殿下に少しでも釣り合う印象になりたくて、いつもは下ろしている髪を後ろに一つでまとめてもらったので、首元が涼しい。暖かい季節に近づいてきたものの、日陰に入ると風がまだひんやりしている。ご招待いただいたお庭が陽当たりが良い場所でよかった、お庭の緑が青々として綺麗、歩いても音がしないくらい芝がふかふか、などとあちこちに思考をめぐらせながら、わたくしは緊張を和らげようと努める。それでも、隅々整ったお庭にセッティングされたテーブルの前でこちらに手を振るロビン殿下にお辞儀をしたときには、少し固い動きになってしまっていたように思う。

「来てくれてありがとう。」

「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。お久しぶりです。素敵なお庭ですね」

「ああ、ケイティ嬢に気に入ってもらえるように庭師が張り切ってくれた。いつも丁寧にしてくれているんだけどね」

 殿下が引いてくださった椅子に座ってから、テーブルの向かい側でこちらにはにかまれたタイミングで、わたくしは気になっていたことをまず口にした。

「あの、……その頬は討伐で?」

「あっ、ええとー……」

 右頬に貼ってある、白い布に触れて口ごもるロビン殿下に、触れてはいけないことだったか、とわたくしが内心焦ったタイミングで、殿下の従者の一人が笑いをごまかすように咳き込んだ。近くで給仕をしていた侍女たちもくすくすと笑っている。こちらを嗤うような雰囲気ではないものの、居心地の悪さにわたくしが戸惑っていると、慌てた声ですぐに答えがあった。

「心配をかけたいわけじゃないんだ。髭を当ててもらっている最中に、ケイティ嬢への土産を王宮に置いてきたことを思い出して慌てて身を起こして……。今回、珍しくほとんど目立った怪我はなかったんだ、今朝までは」

「あら……」

 後ろ頭をかきながら照れ臭そうにはにかんだロビン殿下は、後ろで咳き込んでいた従者に居心地悪そうに目配せをして、小さい箱を持ってこさせた。

「毛布と、討伐中の僕をずっと慰めてくれたお礼に。……良かったら開けてみて」


 ぽん、とテーブルの上に置かれた黄色い小箱のリボンをどきどきしながらほどくと、中にはペリドットの石がついたネックレスが入っていた。チェーンはわたくしがちょうど胸元に着けているブローチの細工と同じく金で、シンプルなデザインの台座が宝石の美しさを引き立てていた。

「素敵……いただいても?」

「僕のこの怪我も報われる」

「ふふふ。ありがとうございます……とても、嬉しいですわ。とても……」

 箱から慎重に取り出したネックレスを、そばに控えていたリンにつけてもらって少し胸を張ると、手放しでほめられた。

「似合いますかしら」

「綺麗だ。あなたの白い肌にとても良く似合ってる。」

「! ……あ、りがとうございます……」

 ネックレスを褒めているのだ、と自分に必死で言い聞かせないとその場で倒れてしまいそうなくらい、率直な誉め言葉に慣れていないわたくしの胸はずっとどきどきとしていた。

(しっかりしなければ。冷静にならなくては。お相手は第二王子殿下とはいえ、ご公務を放棄して討伐旅をつづけるような、どうしようもなく責任感のない方で……お手紙を毎日下さって、こんな素敵なプレゼントを……)

 至極嬉しそうにはにかむロビン殿下のまなざしを受けて、ちっともコントロールできない心臓の音に泣きそうになりながら、わたくしはどうにか平静を保とうとつとめた。




 紅茶を一杯飲み終えるころには、わたくしは別の理由でどきどきしていた。ロビン殿下から直接伺う魔物討伐の話は、手紙よりも臨場感のあるものだったのだ。

「山の中にいるにしては風が強いなとは思っていたんだけど、その時、休憩をしていた仲間の一人がこちらに走ってきたんだ。『地響きで寝ていられない』って。それで、オットーグリズリーが群れだったとわかった。魔物が群れで現れるときは深い森の中でも風が吹くから」

「間一髪だったのですね……!」

「うん。運が悪ければ一人残らず食われてただろう。やつら血の匂いに敏感だから」

「まあ……」

 こほん、と咳ばらいが聞こえたので瞬きをすると、紅茶のポットを持ってきたメイドの一人がロビン殿下を諫めた。

「失礼ながら殿下、可憐なご令嬢にお聞かせするにはいささか刺激が強すぎるお話なのでは……」

「ああ、ごめん! ……穏やかなお茶の時間に話すことじゃなかったな」

 目の前で起きたやりとりに驚いて、わたくしは一拍置いてから返事をしてしまった。

「……え、いえ、お気遣いありがとうございます。わたくしは大丈夫ですわ。ぜひ、続きを聞かせてくださいませ。あのう……読んだ本には、オットーグリズリーは赤い花に弱いと書いてあったのですが」

 青ざめた殿下と注意をしたメイドにそれぞれ笑みを返し、わたくしは首を軽く振って殿下のお話の先を促すと、ロビン殿下は嬉しそうに口を開いた。

「! よく知ってるな。赤い花といっても、香りが弱いベルチなんかじゃだめで、ラバラみたいな強い香りに酔っぱらうんだ。」

「女性が好きな香りですわね。わたくしの友人も、ラバラの香水を使っていますわ」

「そう。だからその時は、土埃にまみれたむさくるしい男たちでラバラの香水を吹き付け合って、『あー、むなしい』って嘆いてからオットーグリズリーに向かって剣を振るったよ。もしかしたら、うまくいったのは香水の効果だけじゃなかったかもしれない」

「まあ、ふふふ」

「殿下……」

「……キッカー様がお心の広いお方でよかったですねえ」

 こちらを気遣い、メイドや殿下の従者が頭を抱えつつ時折釘をさしてくれるのが少し邪魔に感じてしまうほど、わたくしはロビン殿下とのお話を楽しんだ。本来なら、街で買い物をすることすら従者を連れて護衛をつけて、前もって十分に下見をさせて、厳重な警備体制をしいて……と相当大がかりになるご身分でありながら、身一つで魔物と対峙しつづける第二王子の話は、あまりにも自分の知るものと世界が違いすぎて、時折物語を聞いているような気分になってしまうほど刺激的だった。


 わたくしの反応を見て、次第に口調だけでなく態度もくだけてきたロビン殿下は、直近の討伐の話を終えたあと、少し考えるような表情になった。

「……ケイティ嬢。もしよかったらなんだけど」

「はい?」

「もし都合が良かったら、今度、僕の友人が開いているレストランに一緒に行かないか」

 デートのお誘いの言葉にしては、どこか不安そうな様子にわたくしは瞬きを返す。

「その……ずっとあなたを紹介しろって言われていて、差し入れのお礼もしたいからって」

「! もしかして、討伐隊のご友人ですか?」

 殿下が落ち着かない様子で頷きこちらを窺いつつ、カップの持ち手を指でひたすら撫でながら、これまでにないくらい不安そうに、口を開いた。

「……ちょっと僕みたいに粗雑なところもある連中だけど、……気はいい奴らなのは保証する」

「ご迷惑でないなら、是非」

 わたくしの返答に、ぱっと顔をあげたロビン殿下は至極嬉しそうに目を輝かせた。その反応に、こちらの方もうれしくなる。

「ありがとう!」

「こちらこそ、ありがとうございます。ドレスコードはありまして?」

「少し歩く場所があるから、動きやすい方が楽だと思う。あ、あと」

「あと?」

「とても味がいい店だから、コルセットは無い方が楽だと思う、いてっ」

「ご令嬢になにをおっしゃってるのですか……! キッカー様、礼儀がなっていなくて誠に申し訳ございません……」

「いえ……ふふ」

 従者に頭を軽くはたかれたロビン殿下のお言葉ではあったが、わたくしにとっては親切なアドバイスだったので笑って返すことにした。



 別荘から家に向かう馬車の中で、リンが少し口をとがらせていた。

「どうしたの」

「センスも人も、思っていたよりは悪くないのはよくわかりました。でもお嬢様にはもっと……、もっと落ち着きがあって品のある素敵な殿方がいらっしゃるのではないでしょうか。あんな、婚約者とのお茶会には向かない話をして、従者やメイドにからかわれたり注意をされて、あまりにも威厳のない……なさすぎると思います」

「わたくしだって品のない質問をしたと思うし、快くいろいろなお話をお聞かせ頂けて嬉しかったわ。それに……必要もないのに従者やメイドの所作にケチをつけるのを威厳とは思わないし、こちらに興味のない自慢話や誰かを見下す話を延々とするのが品があって素敵とは思わないわ」

 わたくしの反論に含まれた比較対象を読み取ったらしい彼女は、気を取り直したように息をついてから頬に手をあて首をかしげた。

「……なんにせよ、次はお食事会のためのお洋服を見繕わなくてはですね! お嬢様の魅力でもって、粗野な討伐隊の殿方を丸め込めるくらいに……可愛らしさ全振りで行くか、手の届かない高貴さを突き詰めるか、それとも……あ、お嬢様」

「え」

 ぶつぶつと呟いて一人で何かを検討していたリンが、不意にわたくしの両手を取ると、彼女は表情をやわらげた。

「……まあ、ショーン殿下よりはずっとましだと思います。」

 王宮に招かれたときと違い、自分の手が温かいままだったのを言外に示され、わたくしは熱くなった顔を隠すようにうつむく。考えていたよりも、自分は態度に出やすいのかもしれない。




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