表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/32







 王位継承確定とされている婚約者から、王宮のはみだし者である第二王子殿下の婚約者へと格下げ? されたわたくしに、家族は思いのほか優しかった。一応、わたくしの生まれたキッカー家は代々王家を支えてきた、それなりに由緒ある家柄で、今回のような王家からの一方的な申し出について、元内務大臣であった父は直接国王陛下へ物申せる立場であるはずなのだが、娘の気づける範囲では抗議らしい抗議もしておらず、わたくし自身も家の中で心穏やかに日々を送ることができた。


 ただ、貴族社会とは面倒なもので、心穏やかに過ごせないことが分かっていても、家の外を歩かねばならない機会は多い。



 パトリシア様ご本人の嫌がらせだとあからさまにはならないように、彼女の遠いご親戚に招待されたお茶会では、当たり前のように立派なドレスに身を包んだパトリシア様が中心にいらした。香り高い花をつける生垣に囲まれたお庭は、以前訪れたときに比べて圧迫感を感じるほど花も植木も増えて豪勢な造りになっていて、自分が案内されたテーブルは、花の香りが僅かもとどかない一番隅だった。

「あらケイティ様、この間王宮でお会いした時以来ですわね」

「ええ、お会いできてうれしいですわ。その花飾り、とてもお似合いですわ」

「ありがとう。あなたのイヤリングの宝石も、とても身の丈に合っていてよ。」

 主催ではないが主役ではあるパトリシア様に声をかけられ、わたくしが挨拶を返したとき、周囲の席の人々が耳をそばだてているのが分かったけれど、既に二人の立場は決まっているのだ。彼女にとってはさや当てをする価値もない令嬢であるわたくしは、ただひたすら続く自慢話に相槌を打つだけで許された。


(あれが格下げされたキッカー家のケイティ嬢ですって)

(よくみんなの前に姿を見せられたものね)

(聖人であらせられるショーン殿下に愛想をつかされるほど、ひどい性格だったのね)

(パトリシア嬢がお声をかけるまで、その人だと気づかなかったわ。あまりにも華がないもの……)

 このお茶会で聞こえてくる噂話にわたくしは腹を立ててもいけないし、嫌味を言う人をにらむことも許されない。良く知らない人間に当てこすりのように言いたい放題言われて居心地が良いわけがないが、家で隠れているよりも敵陣に丸腰でいる方が、あからさまな嘘まで真実にされずに済む。これが、迷惑をかけた家のために今できる最大の防御なのだと自分に言い聞かせながら、すっかり冷めた味のしない紅茶に口をつけていると、後ろから声がかかった。

「ご一緒してもよくて?」

「私も、よろしいかしら。どの席も羽虫がわいてて落ち着かないの」

「もちろんですわ……!」

 わたくしの代わりに辺りを睨みつけた友人ふたりは、給仕が椅子を引く前に自分で椅子に腰を落ち着けてこちらに笑んだ。


「遅くなってごめんなさいね。お父様ったら、あなたに関わったらわたしにまで火の粉がかかる! だなんて頭の足らないことを言っていて、招待状を取り返すのに苦労したの」

「ご迷惑をかけてごめんなさい」

「ううん。うちなんて、もともと火の粉がかかるほど王宮に近くないんだから、全然全く気にしないでいいわ」

「そんなこと……」

「あるのよ。」

 形式的な場で、わざと砕けた口調を使ってまでわたくしとの仲をアピールしてくれたキュルカ様は、腰までまっすぐ伸ばした美しい黒髪を耳にかけたあと、指先まで意識の行き届いた美しい手つきで紅茶カップを持ち上げた。

 年の近い人がお互いしかいなかったお茶会をきっかけに、わたくしが第一王子殿下と婚約をしたのと同時期から仲良くしてくれているキュルカ様のご実家ヘルマンは、代々王族も通う貴族学校の教師や研究家を多数輩出していて、このお茶会にいる人間は少なからず彼女の身内にしごかれて育っている。

 キュルカ様が黒目がちの猫目を細めて、少し声を張って「そこ、何を無駄口を叩いているのです」と言えば、その威圧感ある響きに、大抵の貴族はヘルマン生まれの教師に厳しく指導された思い出が冷や汗とともに呼び起されて、人を揶揄するような雑談をしようなどという気を無くすのは事実のことだ。

 まだ齢17の現役の学生さんにして厳しい教師の片鱗を見せているキュルカ様の存在のおかげで、周囲のテーブルがどことなく大人しくなったタイミングで、わたくしの隣に座っていたマクレガー様が、いつものようにおっとりとした柔らかい喋り方で毒づいた。

「よりにもよって次期王妃がパトリシア様なんてぇ! 自慢話しかしない方が自慢話しかできなくなっちゃうじゃないの~! 今からでもどうにかしてくださいませ、ケイティ様~!」

「ふふ……少し声が大きくていらっしゃいますわ」

 お茶会の主役がわたくしを冷遇するために近づこうとしないのをいいことに、おっとりと主役への毒を吐き続けるマクレガー様は、この国における経済を統べていると言っても過言ではないローツ家の次女である。

 凄腕の商人がご先祖だったローツ家は、200年前ボウ国が戦争に勝つために相当融資をし、その恩賞に貴族へ引き上げられたお家柄である。5年ほど前、王宮で開かれた貴族が集まる規模の大きなパーティで彼女が他の貴族の子らに「成り上がり」などと一方的に揶揄されていた場に、たまたま居合わせたわたくしがつい口をはさんでしまって、それからの付き合いである。

『彼女の家が国を守るために尽力してくださらなかったら、あなたの家も戦火に焼かれて消えていましたのよ。階級が引き上げられたのは国がそれだけ恩義を感じたということでしょう。恩知らずで国賊みたいなことをおっしゃる前に少しは自分の頭で考えることをなさったらいかがかしら』

 婚約者がいざこざに巻き込まれに行っている様子を遠くから黙ってみていたショーン殿下が、場が収まったころに現れ「ああいうとき私が出ると角が立つからね」などとずっと自己弁護をしてくるのを一緒になって聞き流しつつ、マクレガー様は『ふくしゅうにまたお金をかけないですみました~』と嬉しそうにわたくしの手を取って、それから日も開けずお家に招いてくださったのだった。


「文句があるならショーン殿下に直接お願いしますわ」

「そうよマクレガー様、ケイティ様はまだ傷心なんだもの。そんな面倒なことまでさせられたら倒れてしまわれるわ」

「ええ~、私ただでさえ態度に出しすぎって両親に叱られてばかりですのに、今ショーン殿下にお会いなんかしたら、感情とお小遣いの許すまま不敬の限りを尽くしてしまうわ~、クーデター成功しなかったらお家取りつぶしの危機よ!」

 心底嫌そうな顔をして手をバタバタさせていたマクレガー様がようやく落ち着き、ミルクティー色の髪を揺らしてミルクティーに口をつけると、辺りに視線をやってからこちらへそっとつぶやいた。

「それで実際、どうですの……?」

「どう、とは?」

 つられて声をおとして先を促すと、マクレガー様は長いまつげをぱちぱちとさせながら興味深げにこちらを見やった。

「以前パトリシア様の仰っていた通り、“ロビン殿下は毎日毎日魔物討伐に出かけてちっともお顔を見せても下さらない! くださるプレゼントはおそろしい魔物の毛皮! 婚約者らしいことなど、なーんにもしてくださらない”んですの?」

「え……? まあたしかに、婚約をした日から一度もお会いしてはいないですわね」

「んまーいやだ、パトリシア様の被害妄想かと思っていましたのに……」

 隣の席のキュルカ様は新しいクッキーを自分の取り皿にうつしながら、気の毒そうな視線をこちらに向けたので、わたくしは少し慌てて弁解をした。

「でも、お手紙をくださいましてよ!」

「どのような? 婚約者への愛はつづられていて?」

「……こんな魔物がいた、ですとか、こんな大きな蝶を見つけた、ですとか……」

「私の小憎たらしい弟たちでも、もっとロマンチックなことを書けますわよ~」

 もうすぐ10歳になる双子の弟を持つマクレガー様の言葉にキュルカ様も、呆れた調子でため息をついて同意した。


 現旧婚約者に辛辣な二人のおかげで気も紛れ、わたくしは敵陣のお茶会をなんとか乗り切れた。帰りの馬車に揺られながら息をつくと、リンがまたなにも言わずに泣きそうな顔でこちらを見ていたので、ほほ笑んで返す。帰り際までパトリシア様に間近で勝ち誇った顔をされたときよりも、いわれのない噂話をされているときよりも、友人が気遣ってくれた時や、リンがわたくしのために泣いてくれている今の方が実感できた。第一王子殿下に婚約破棄をされた自分の立場が、傍から見れば相当哀れなものなのだと。



 友人にはからかわれたけれど、ロマンチックなことが書かれていなくても、わたくしに不満がなかったのは、ロビン殿下が相当マメに生存報告という名のお手紙をくださっていたからだ。

 第二王子殿下に『なにかできることがないか』と問われたとき、わたくしが“手紙か言伝を”、と口にしたのは、自分とショーン殿下のいざこざに巻き込んでしまった罪悪感でいっぱいな中で、さらに彼の手を煩わせるのがしのびなかったからだ。本心は何もいらないと言いたかったけれど、わざわざ好意的な申し出を突っぱねる方が失礼にあたるし、多忙や配達のできない場所での仕事だとでも理由をつけてしまえば、ロビン殿下はいくらでも手を抜けるからちょうどいいと思ったのだ。

 しかし、わたくしの思惑に反して、どうやらロビン殿下はどんな険しそうな山道からでも手を尽くして手紙を送ってくださっている。こちらの返事が追い付かないほどのスピードで。


「お嬢様、お手紙が届いていますよ」

「ありがとう、取り寄せていた本が間に合ってよかったわ。」

 部屋の外から侍女のセネスに声をかけられ、刺繍する手を止めたわたくしは、いそいそとぶ厚い本を戸棚から出して机に置いてから、手紙を受け取りに玄関へと急いだ。

 魔物の討伐でお忙しいロビン殿下は、噂通りほとんど王都にいらっしゃらない。だからこそショーン殿下のように、自分が暇になったらこちらの都合を考えずに気分で王宮に呼び出したりだとか、サイズや好みの合わないドレスや、保存に困る宝石を送ってきてお礼が遅くなると拗ねるだとか、突然家に訪ねてきてもてなしを言外に求めたりすることはない。ただ間を開けずに簡素な言葉をくださる。それがなかなかどうして、とても心地がよい距離感なのだった。わたくしは婚約者に振り回されずに自分の時間を過ごせることが、こんなに充実するものだとは知らなかった。


“ジーズー湖サーベルマンタ討伐。作戦成功、部下のヒューが活躍、と書けと言われた。”

「ふふ……討伐隊の皆様と仲がよろしいのね。」

“毛布の差し入れをありがとう。今度仲間の分も礼をさせてください。オットーグリズリーの群れに遭遇、けが人なし。”

「オットーグリズリーって思っていたより小さいのね……名前からもっと大きいんだと想像していたわ。でもとても凶暴……」

 わたくしが本をめくりながら独りごちると、そばで衣類を片付けていたリンが怪訝な顔でこちらを見た。

「……その本、魔物の本だったんですね……」

「この“魔物辞典”が、一番挿絵が多かったの。」

「あ、見せてくださらなくて結構です」

 つれないリンから手紙へ視線をもどし、オットーグリズリーについてのページと辞典の最後にある王国地図のページとを行ったり来たりしながら、わたくしはロビン殿下含む魔物討伐隊の道のりを想像する。西へ東へ北から南まで、山もあるし崖も川もある。場所によっては馬では進めないだろうに、よくまあ体力が続くものだ。それだけ、王位継承者の一人としての立場を投げ出しても続けたくなるほど、魔物討伐に熱中させるなにかがあるのだろうか……と最近は呆れよりも感心が勝ってしまう。

“オットーグリズリーの根城を発見、討伐成功。強い風も止み霧が晴れ、タストロの木に花が咲いているダコラ渓谷付近に王宮より大きな虹。書きながら思い出した。王宮裏のそう深くない森で、虹がいつも出ている滝がある。興味があれば今度僕に案内させてほしい”

「あら……」

“フェリサラマンダ長期戦の末討伐成功。サラマンダ種討伐の影響か肌寒い夜。雲一つない綺麗な星空。差し入れの毛布にくるまりながらケイティ嬢のきらきらした目を思い出す。”

「まあ……」

 それに……意外と丁寧な字でつづられるロビン殿下の素朴な言葉は、意外とわたくしの乙女心を刺激するのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ