大谷武道の無屁なるかな
閃きを求めて大谷武道は歩いていた。彼は作家であり俳優、コメンテーターも務めるマルチな男なのだが、最近とんでもないスランプに陥っていたのだ。
彼に求められている、自分でも得意だった才能の一つ「屁コキ」ができない。それに彼は悩まされていた。
「屁こきの武道」「プッと見たら大谷」などの二つ名を持ち、自己紹介で「どうも、大谷ブッ道です(武のところでブッと屁をこくギャグ)」を決めるのが大谷の鉄板スタイルだったのっだが、ある日突然、屁がこけなくなった。
それによってコメンテーターとしての仕事がまず問題にぶつかり、「今日はどうも腸が調子悪くて」などおならギャグで乗り切ったものの回復せず、現在は持ち込んだブーブークッションによるエセおならで乗り切っている。それはまあいいのだが、彼にとっておなら、屁はそんなに簡単な問題ではなかった。
どういうわけか筆が進まなくなったのだ。エッセイの仕事を複数誌に掛け持ちする人気作家でもある大谷は、日常の一部として文字を書くのだが、パソコンに向かっても何も浮かんでこない。まるで止まってしまった屁と同じように、頭の中にある発想の泉(武道に言わせると「ガス泉」)に蓋がされたように、日々意識せずとも脳内に充満していた世情に物申す臭み、刺激見たいなものがすっかりなくなって真っさらな、ただのつまらない普通のおっさんのコメントしか出てこない。
これでは、武道のエッセイのファンが、目に染みるほど匂い立つブン章、黄色い硫黄が世界の見方をクラクラするほど変えてくれる、とほめそやす切れ痔、ならぬ切れ味のない、無味無臭の、文字通りくそ文になってしまう。匂いを失ってくそになるとは飛んだ屁肉だが、武道にとっては死活問題。
もう一つの俳優業も、屁が体に詰まっているせいかセリフがまるっきり入ってこず、一人舞台のために書いた自分の脚本で多用した、得意技の屁関係のギャグが仇になって、このままでは公演不可能と関係者に言われる自体になってしまったのである。
というわけで、今公園を歩く武道が求めているのはひらめきならぬ屁らめき、天からの掲示ならぬ門からの屁いじというわけ。
今朝のメニューは焼き芋に里芋の煮付け、温泉燻卵、それをコーラで流し込むという、屁にまつわる神頼み的なもの、さらに散歩で腸を刺激しようと、今まさに努力している武道である。
ため息と同時に、朝飲んだコーラと卵による硫黄の香りのゲップをかました大谷は、もったいない、屁が逃げてしまうとばかりにあわてて口を抑えたが、馬鹿馬鹿しいとどこかで思っているもう一人の武道が自嘲させる。
思えば自分は屁と共にあった。大谷武道は振り返る。
母親に言わせれば、自分はオギャーと泣く前に屁をかましたそうだ。武道の記憶にある最初の屁の記憶は、自分のおならに笑い転げる両親の姿だった。おぼろげで、はっきりとした表情や部屋の様子は思い出せないが、自分が必死に立って歩こうとするたびに当時履いていた布おむつの中から、形が見えるような輪郭のはっきりした「プ」という音が漏れ出す。何とか立ち上がりたいが自分の足には力が入らず、尻餅をつけば「プリ」、再び立ち上がろうと四つん這いになれば「プウ」、また壁に捕まり必死に両足を踏ん張れば「プ!」と甲高い音が尻から漏れた。
両親は本当に楽しそうに自分が動くたびに笑い転げ、それが武道を幸せな気分にさせた。人は屁で喜び屁で笑う、というのが幼心に染み付いた原体験としての記おプである。
武道はそれから両親が喧嘩をすれば屁をこき、友達が仲違いすれば放屁した。今ではそれが初恋の相手だと思う、初めて出会ったかわいい、鼻ぺちゃお下げの女の子に挨拶がわりにかましたのも、ブリブリとおおきな音のする屁であった。腹を抱えて笑う彼らの姿に、大谷はますます腸しにのり、屁と共にギャグや世相を切るセンスも磨かれていった。
盲腸を切った後おならが出れば成功、とは、大谷が知る最も人に喜ばれる屁の形である。屁は人に求められ、屁は健康の証でもある。
屁が出ないことがこんなにも苦しいとは。
公園で湖を見つめる大谷は、水面のように凪いだ表情の奥で、ヘドロのように沈鬱した思いが己を蝕むかのように悪臭を放つのを感じていた。
放出されないガス、臭気、アンモニア、その他の腐敗物質が、肛門という本来の出口を見失って体内を逆流し間違った粘膜に吸収され体を毒している、そしてその毒素が自分の意識を朦朧と曇らせ、鈍らせるのが武道にははっきりとわかるのだった。
しかし同時に、そんな感覚は妄想であり、屁に依存した自分の焦りがもたらした幻覚でもあると、もう一人の武道はわかっている。
俺は屁に寄りかかりすぎていた。実態のない匂いに身を預ける、文字通り屁みたいに軽い存在だった。ノイローゼ一歩手前といってもいい大谷の精神は、自分が屁になれるなら死んでもいい、とまで思い始めていた。
こんな存在価値のない男なら、せめて一発の屁に生まれたい。密室で汗ばんだ肛門から静かに空気中に解き放たれ、室内全員の鼻を歪め精神を動揺させ、あらゆる疑念と推測を呼び起こし、肉体の拒絶反応による咳払いと吐き気が止まらなくなるような、そんな刺激的な屁に私はなりたい。
そして、その苦しみは頂点に達しようとしていた。武道が絶望の極みから、無意識にベンチから立ち上がり、湖に向かって身をなげようと一歩を踏み出した、その時。
「屁イ、尻」
自分に向かって屁を要求する、若い女性の甘い声。その誘いに導かれるように、あれだけ苦しんだ武道の無屁は解放された。
「ブアイ、ブヨオべンヴヲブッビャッべブババビッ」
(「はい、ご用件をおっしゃってください」の屁語)
武道の尻から解き放たれた、雄叫びのようなガス、色付きの放屁は公園中の人を立ち止まらせ、振り返らせた。
自分に話しかけてくれた若い女性も、信じられない物をみるような表情で武道を見ている。
武道は屁を喜びつつも、この場が凍ってしまったことに焦りを感じていた。笑いを生まない屁を放ってしまったか。この大谷ブッ道一生に不覚、、、
そのとき、女性の持つiphoneが武道を救った
「申し訳ありません、聞き取れませんでした。もう少しはっきりと喋ってください」
ここしかない、武道はしかめつらしい顔を作って答える。
「ふむ、Siriのくせにオナラが聞き取れないとは」
爆笑が公園を包んだ。武道は、しばらくぶりに解放された思いを味わっていた。
このSiriジョークを手に入れた大谷武道が、スランプ前にもまして人気を得るのはまた別の話。




